それは、あの若く美しきオフィーリア、かつてハムレットが愛した女性の葬式であった。若きオフィーリアは、哀れな父が死んでしまってから、だんだん気が狂っていってしまった。父が非業の死を遂げ、しかも自分が愛した王子の手にかかって死んだという事実は、あの優しい乙女に打撃を与え、しばらくするとすっかり狂気に落ちてしまっていた。宮廷の女性たちに花を与えながら、この花は父上の葬儀に使うんだと言い、愛の歌や死の歌を歌ったり、ときには誰にもよく分からないことを歌ったり、まるで自分の身に何が起こったのか記憶を失っているみたいな感じであった。ある小川の上にヤナギが斜めに生え、その葉っぱが水面に映っていた。誰も見ていないある日のこと、オフィーリアはヒナギクやイラクサなど、花や草を編んで作った花輪を持ってその小川にやってきた。そしてヤナギの枝に花輪をかけようとよじ登っていき、やがて枝が折れ、あの美しい乙女も、花輪も、その他彼女が集めたものもみんな、水の中に落とされてしまった。しばらくの間は服のおかげで浮いていて、自分が抱える悩みを忘れてしまったのか、あるいはもともとそこにすんでいる生物であったかのように、古い歌の節々を歌っていた。だがすぐに服が水を含んで重たくなり、彼女を美しい旋律から引き離し、泥だらけの無惨な死に追いやってしまった。オフィーリアの葬式は、彼女の兄であるレアティーズが取り仕切っていた。そして、王や王妃、廷臣たちはみな列席していた。まさにそのさなかに、ハムレットは宮廷に到着したのである。ハムレットはこの行事が何を意味するものなのか知らなかったので、式の邪魔をしないようにと、片隅に立っていた。そして、乙女の葬式における習わしとして、墓の上に花が撒かれている様を見ていた。王妃みずから花を投げ入れ、こう言っているのも見ていた。「愛しい人に愛しい花を! おぉ美しき娘よ、私はお前の花嫁の臥床《ねどこ》を飾るつもりだったのです。それがまさかお前の墓に撒くことになってしまうとは。汝《なんじ》を私のハムレットの嫁として迎えたかったのに。」そして、彼女の兄がオフィーリアの墓からスミレの花が咲いてくれよと祈るのを聞いていた。兄が深い悲しみのあまり気が狂ったように墓穴に飛び込み、自分の上に土の山を築いておくれ、妹と一緒に埋められたいんだと従者に言っているのを聞いていた。そうこうするうちに、ハムレットの心にあの美しい乙女に対する愛情が甦《よみがえ》ってきた。彼女の兄がそんな風な激しい悲しみを見せているのを見ていられなくなってしまった。ハムレットの中では、彼はその他四万の兄弟よりもオフィーリアを愛していたからだ。そこでハムレットは姿を現し、レアティーズが飛び込んだ墓穴に、彼と同じようにかそれ以上の狂い方で飛び込んだ。さて、レアティーズは男がハムレットであることに気づき、彼こそが自分の父と妹を死に追いやった張本人であったから、にっくき敵とのどに掴みかかったので、従者たちは二人を引き分けた。ハムレットは葬式が終わった後で、レアティーズに対し、挑みかからんとばかりに墓穴に飛び込んだ自分の軽率な振る舞いを詫びた。だが同時に、誰であれオフィーリアの死による悲しみが、自分よりも勝っているように見えたのが許せなかったのですとも言った。そしてその場では、この二人の高貴な若者たちは和解したように思われた。
しかし、レアティーズが父と妹オフィーリアの死を深く悲しみ、怒っている様を見て、ハムレットの叔父にして邪な心を持つ現王は、ハムレットを破滅させようと企んでいたのである。王はレアティーズに、二人の平和と和解を現すと称して、ハムレットとフェンシングの試合をしないかと持ちかけた。ハムレットもそれを承諾し、試合の日時も決められた。この試合を見ようと廷臣たちはこぞって集まった。レアティーズは王の示唆を受け入れ、毒を仕込んだ武器を用意した。ハムレットもレアティーズも、宮廷人たちの間でフェンシングの名手と評判だったから、この試合には廷臣たちが多くの賭をした。ハムレットは、レアティーズの悪巧みなど夢にも思わず、レアティーズの武器を改めもしないで、フォイル[#注一]を取り上げた。一方レアティーズは、フォイルや、刃をなくした刀―――剣術試合ではそういう刀を使うようにと定められている―――ではなく、先のとがった、しかも毒を仕込んだ剣を武器としていた。最初のうち、レアティーズはハムレットを軽くあしらい、わざとハムレットが優勢に見えるようにしていた。王はそれを見て、とても大げさに驚き、ハムレットに心ないお世辞を浴びせ、ハムレットの勝利に乾杯を捧げたり、彼の勝利に大金を賭けたりしていた。だが何合か剣を交わしているうちに、レアティーズはかっとなって毒入りの剣でハムレットを突き、致命傷を与えた。ハムレットは激怒し、レアティーズの計略を知らぬまま、試合の中で自分の無害な武器とレアティーズの危険なそれをと取り替え、レアティーズの体を彼自身の剣で突き通した。レアティーズはまさしく自分自身の計略に引っかかってしまったのである。その時突然王妃の悲鳴が響き渡った。王妃は毒物を飲んでいた。王がハムレットのために特別に用意した杯からうっかり毒を飲んでしまったのだ。その杯は、ハムレットがフェンシングに熱中した後に飲み物をほしがったときに彼に与えるつもりだった。その杯に、王はレアティーズがフェンシング試合でハムレットを殺し損ねたときに備えて致死量の毒を仕込んでいた。だが、王妃にそのことを注意しておくのを忘れたため、王妃はその杯から毒を飲み、毒を飲んだ人がよくあげる金切り声をあげてまもなく死んでしまったのである。ハムレットは、これには何か陰謀が潜んでいると考え、陰謀を暴き出す間ここのドアを閉めろと命令した。ここでレアティーズが、もう探す必要はない、自分が首謀者だからとハムレットに言った。ハムレットの攻撃で受けた傷のせいでもう自分が長くはいきられないことを悟り、みずからの計略をすべてハムレットにうち明け、俺はその犠牲を受けたんだと言った。そしてまた、剣の切っ先に毒を仕込んだことも告白し、もう君は三十分と生きられないだろう、この毒に治療法はないんだからとも語った。すべて語った後、レアティーズはハムレットに許しを請い、王こそがこの陰謀を企んだ張本人なのだという言葉を残して死んだ。ここでハムレットは、自分の最後が近づいているのを感じ取り、まだ少し毒が残っていた剣を取るやすばやく邪な叔父の方に向き直り、心臓にその剣を突き刺した。こうして、ハムレットは父の亡霊との約束を果たし、その命令を完遂し、卑劣な殺人に復讐が行われたのであった。その後ハムレットは、いよいよ自分が息絶え、命が消えるときが来たと思うと、親友であり、この運命的な悲劇の目撃者であるホレーシオの方を見た。そして、虫の息になりながら、この悲劇を全世界に向けて語っておくれとホレーシオに頼んだ(ホレーシオが王子の後を追い、殉死しようというそぶりを見て取ったのだ)。ホレーシオは王子に、すべての事情を知る人として、真実を公にすることを約束した。ハムレットは満足し、その気高い心は砕け散った。ホレーシオ他その場に居合わせた人たちは大粒の涙を流してこの美しき王子の魂を天使のご加護にゆだねた。当然の事ながら、ハムレットは親切心と上品さを兼ね備えた王子であったし、王子にふさわしい気高さや美点を数多く持っていたので、多くの人々に愛されていた。もし彼が生き続けていたら、間違いなくデンマーク史上にその偉大な名を残し、完璧な王となっていたことであろう。
原作:HAMLET, PRINCE OF DENMARK(TALES FROM SHAKESPEARE)
原作者:Charles Lamb
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翻訳履歴:2007年2月10日,翻訳初アップ。
2015年6月17日、cnccさんの指摘を受けて訂正。