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ロミオとジュリエット

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2人が別れる頃には夜明けを迎えていた。ロミオは恋人とのことや2人の楽しかった出会いのことを考えると、とても眠れそうになかった。そこで家には帰らず、修道士ロレンスに会おうと、修道院に向かった。

修道士はすでに起きて礼拝をしていた。若いロミオがそんなに早くでかけてきたのを見て、前夜は床につかず、若者らしい恋の病にかかって眠れなかったのだろう、と言い当てた。ロミオが恋のせいで眠れなかったのだろう、という点では彼は正しかった。しかしその相手については間違っていた。修道士は、ロミオがロザラインを想って眠れなかったと考えていたからである。ロミオは修道士に、ジュリエットに対する新しい恋をうち明け、その日2人を結婚させてくれるよう頼んだ。彼は信心深い人だったので、ロミオが急に恋する相手を変えたのに驚いて、目を見張り両手をあげた。ロレンスはロザラインに対するロミオの愛情を個人的に知っており、ロザラインの尊大さに対してロミオがこぼした不平もよく聞いていたのだ。ロレンスはロミオにこう諭した、若人の愛は本当は心の中に宿るのではなくて目に宿るのだ、と。

これに対してロミオは、あなたはよく、私を愛してくれないロザラインに夢中になりすぎると言って私を叱りましたね、でも、ジュリエットとはともに愛しあっているのです、と言い返した。

修道士もいくぶん、彼がいうことに同意した。そして、ジュリエットとロミオ、2人の若者が結婚することで、モンタギュー家とキャピュレット家の間にある、永年にわたる不和を解消できるかもしれない、と考えた。この修道士ほど、両家の仲が悪いことを悲しんでいた人はいないだろう。なぜなら彼は両家の人たちをよく知っており、たびたび両家を仲直りさせようとしてきたが、徒労に終わっていたのである。これによって両家を仲直りさせようという心づもりと、ロミオをかわいく思うあまり彼の言うことに反対ができなかったことから、この老人は、2人を結婚させてやることを承知した。

今やロミオは幸せの絶頂だった。ジュリエットの方でも、約束に従って出した使者から彼の意向を知ると、すぐに修道士ロレンスの庵へ間違いなく向かい、そこで2人は神聖な結婚によって結ばれた。修道士は神がこの結婚にお恵みを下さるように祈り、この若いモンタギューと若いキャピュレットが結ばれることで、両家の古くから続く争いと永年にわたる不和がなくなってくれるよう祈った。式が終わると、ジュリエットは家に急ぎ、夜になるのをいらいらしながら待った。その夜、ロミオはジュリエットと前の晩に会った果樹園に来る約束になっていた。それまでの時間は、彼女には非常に退屈なものに感じられた。まるで盛大なお祭りの前の晩に、新調した晴れ着をもらった子どもが、朝までそれを着てはいけませんといわれていらいらしているかのようだった。

その同じ日の昼ごろ、ロミオの友達であるベンヴォリオとマーキューシオとがヴェロナの町を歩いていて、キャピュレット家の一団に出会った。その先頭には短気なティバルトがいた。彼こそは、老キャピュレット卿の宴会で止められなければロミオに決闘をいどんだであろうあの男である。ティバルトは、マーキューシオに会うと、彼がモンタギュー家のロミオと交際しているのを遠慮なく攻撃した。マーキューシオも、ティバルト同様に血気盛んで激しやすい性格だったから、これまた遠慮なくやりかえした。ベンヴォリオが2人の間をいろいろとなだめたのだが、2人はけんかを始めようとしていた。ちょうどそのとき、ロミオ自身がそこに通りかかった。怒り狂ったティバルトはマーキューシオからロミオへと矛先《ほこさき》を変え、悪党とか何とか人を侮辱する名前で呼んだ。

ロミオはティバルトとのけんかは特に避けたかった。なぜなら、ティバルトはジュリエットの親類で、ジュリエットのお気に入りだったからだ。それだけでなく、この若いモンタギューは、生まれつき分別があり、平和的でもあったので、一族の争いにはまったく参加してこなかったし、キャピュレットという名前は、今やロミオが愛する女性の名だったから、ロミオにとっては怒りをあおる合い言葉というよりは、憤りを押さえる魔法の言葉だった。そこでロミオは、ティバルトをなだめようとして、穏やかな口調で“キャピュレットさん”と呼びかけた。ロミオはモンタギューの一員であるにもかかわらず、その名前を口にすることに密かな喜びを感じているようだった。

しかし、モンタギュー家の者すべてを、地獄を憎むように憎んでいたティバルトは、ロミオの取りなしに耳を貸そうともせず、剣を抜いた。マーキューシオはというと、彼はロミオがティバルトとの平和的関係を望む秘められた理由のことを何も知らなかったので、ロミオが自制しているのを、彼がおろかにも屈服してしまったものとみなし、ティバルトを口汚くののしり、はじめに起こったけんかを続けた。こうしてティバルトとマーキューシオは決闘した。そしてマーキューシオが致命傷を受けて倒れた。その間、ロミオとベンヴォリオは、決闘者たちを引き離そうとして努力したが無駄に終わった。

マーキューシオは死んだ。ロミオはもう我慢できず、ティバルトが言った、悪党などというさげすみの言葉をそっくり返した。そうしてロミオとティバルトは闘い、結局ティバルトはロミオに殺害された。

この殺傷事件は、真っ昼間に、ヴェロナのまんなかで行われたので、そのニュースはたちまち大勢の市民をそこに集めた。その中にはモンタギュー卿やキャピュレット卿の姿もあり、それぞれ妻を連れてきていた。

ほどなく、ヴェロナを治める公爵が自らやってきた。公爵はティバルトが殺したマーキューシオの親戚で、かねてから、自分の所領内における治安がモンタギュー・キャピュレット両家の争いによって乱されてきたので、罪を犯した人を法に照らして厳格に処罰しようと決意してやってきたのだ。

ベンヴォリオは、この乱闘の目撃者だったので、公爵は彼に、事の起こりを述べよ、と命じた。ベンヴォリオは、真実を述べながらも、ロミオを傷つけないように、また、自分の友人たちが関係してくる部分はぼかしたりかばったりするように陳述した。

キャピュレット夫人は、近親であったティバルトを失った悲しみから、どこまでも報復しようとして、ティバルトを殺したロミオに対して極刑をもって臨むよう、また、ベンヴォリオの申し立てを考慮しないように申し出た。ベンヴォリオはロミオの友人であり、つまり、モンタギュー家の者であり、身びいきして話している、と言うのだった。したがって、キャピュレット夫人は義理の息子に不利になるような嘆願をしていたわけである。ただし彼女は、ロミオが自分の義理の息子であり、ジュリエットの夫であるということはまだ知らなかったのである。

一方、モンタギュー夫人は我が子の命乞いをしていた。夫人は、ロミオがティバルトの命を取ったことを罰する必要はない、なぜなら、ティバルトはマーキューシオを殺しているので、すでに法律によって保護する必要がなくなっているのだからと、いくぶん理にかなったことを言ったのである。

公爵は、夫人たちの感情的な申し立てには重きをおかず、事実を慎重に検討して宣告をくだした。その宣告は、ロミオをヴェロナから追放する、というものだった。

若いジュリエットにとって悲しい知らせだった。彼女は花嫁たること数時間にすぎず、今やこの命令によって永久に離婚と決定したかに見えた。この知らせが彼女のもとに届いたとき、ジュリエットははじめ、彼女の愛するいとこを殺したロミオに対して、無性に腹が立った。彼女はロミオを、美しい暴君とか、天使のような悪魔とか、強欲な鳩とか、羊の皮をかぶった狼とか、花の顔をした蛇の心、そのほかいろいろな矛盾した名前で呼んだ。それは、ジュリエットの心の中で、ロミオへの愛と恨みが戦っているさまを表していた。しかし、結局愛が勝利をおさめた。ロミオが自分のいとこを殺した悲しみによる涙は、ティバルトに殺されたかもしれなかった自分の夫が生きていたのを喜ぶ涙に変わった。やがて、さらに別の涙がやってきた。それはロミオの追放をなげく涙であった。そのことは、ジュリエットにとってはティバルトが何人死ぬよりもずっとつらいことだった。

ロミオはけんかのあと、修道士ロレンスの庵に逃れた。そこで初めて公爵の宣告を知らされた。ロミオにとってその内容は死よりもむごい内容だった。ロミオにとって、ヴェロナの城壁の外に世界は存在せず、ジュリエットのいない生活など考えられなかった。天国はジュリエットの住むところにあり、そこ以外はすべて煉獄《れんごく》であり、責め苦であり、地獄であった。

修道士は、ロミオの悲しみに対して哲学的な慰めを与えたいと思ったけれども、狂乱状態にあったこの青年は何にも耳をかさず、狂ったように髪をかきむしり、俺の墓の長さを測るのだ、と言って、大地にその身を投げるのだった。

こういうぶさまな状況からロミオが立ち直ったのは、ひとえに彼が愛した女性から手紙が来たからであった。それによって少し元気になった。それを見た修道士は、その機をとらえてロミオが見せた女々しい弱気をいさめた。

ロミオはティバルトを殺したけれども、自分自身を殺すことで、彼あればこそ生きている、彼の愛する人をも殺すつもりか、と修道士は言った。人間の高貴な容姿も、これを堅固にしておく勇気を欠けば、ただのろう人形にすぎないのだ、とも言った。法はロミオに寛大な処分をくだしたのだ、当然死罪になってもいいはずなのに、公爵はただヴェロナからの追放を君に課したにすぎない。彼はティバルトを殺した。しかし、ティバルトが君を殺したかもしれないではないか。ありがたいと言っていいだろう。ジュリエットは無事で、(願ってもないことに)ロミオの愛妻になっただろう。これこそありがたいことなのだよ。

修道士はそういった幸福を指摘したのだが、ロミオはすねて、無作法な娘みたいにそのことを受けつけなかった。さらに修道士は、絶望する者は(と彼は言った)みじめな死を迎えてしまうのだ、よく気をつけておくように、とロミオをさとした。

ロミオがやや平静になったのを見て、修道士はロミオに、今後の身の振り方について提案した。ロミオは今夜、誰にも知られずにジュリエットに別れを告げなさい。それから、まっすぐにマンテュアへ行くように。ロミオはそこにいなさい、私が適当な時期をみはからって、ロミオとジュリエットの結婚を公表するようにします。2人の結婚は両家を和解に導き、喜ばしい結果をもたらすでありましょう。そうなれば、公爵はまちがいなくロミオをお許しになりますから、悲しみをもって出発したときよりも20倍もの喜びをもってヴェロナに帰ることになりますよ。

ロミオは修道士の賢明な忠告に納得し、いおりを出て彼の妻を訪ねることにした。その夜は妻と共にすごし、夜明けを待ってひとりマンテュアに旅立つつもりだった。マンテュアには、修道士がときどき手紙を出して、故国の状況を知らせることを約束した。

その夜、ロミオは愛する妻とすごした。前夜ロミオが愛の告白を聞いたあの果樹園から、ひそかに寝室へ入れてもらったのだ。2人は純粋な愛と歓喜の一晩をすごした。しかし、この夜の楽しさ、そして2人が共にある喜びは、やがて離ればなれにならなければいけないという見通しと、過ぎし日の致命的事件の影によって、悲しみの彩りを添えられていた。来なければいい夜明けが、早く来すぎるように思えた。ジュリエットは、ひばりの朝の歌を聞いたが、夜鳴くナイチンゲールだと思いたかった。しかし、歌ったのはまちがいなくひばりであって、その声が不快な不協和音のようにジュリエットには聞こえるのだった。東の空にあがる朝日の光もまた、まちがいなく2人の別れの時を示すのだった。

ロミオは心に重荷を抱えたまま愛妻と別れた。彼は、マンテュアから毎日、1時間おきにでも手紙を書くと約束した。しかし、ロミオが寝室の窓から地面へと降りていくときに、ジュリエットは悲しい予感におそわれた。ロミオが墓の中にある死体に見えたのだ。ロミオもまた不安につつまれた。しかし、今やロミオは急いでその場を離れなければならなかった。夜が明けてのち、ヴェロナの城壁内で見つかれば殺されてしまうからだ。

このことは、不幸な星の元に生まれついた恋人たちの身にふりかかる悲劇の始まりにすぎなかった。ロミオが去っていく日もたたぬうちに、キャピュレット老公がジュリエットに縁談を持ちかけたのだ。すでに結婚しているとは夢にも思わずに、老公はジュリエットのために夫となる人を選んだ。その人はパリスという若くて立派な貴族であった。ジュリエットがロミオと出会っていなければ、彼こそジュリエットにとってもっともふさわしい求婚者だったろう。

ジュリエットは、父の申し出に驚き、とまどった。そして、次のような理由を挙げて結婚に反対した。いわく、まだ私は若く、結婚には不向きです。ティバルトが亡くなったばかりですし、その悲しみを思うと、喜んだ顔をして夫を迎えるわけにはいきません。それに、ティバルトの葬儀も済んだばかりなのに、キャピュレット家が婚礼をあげることはどんなに無作法に見えるかも分かりませんわ。

ジュリエットは、あらゆる理由を挙げて結婚に反対した。ただ、本当に反対する理由、つまり、自分はすでに結婚していることだけは言わなかった。

しかし、キャピュレット卿は、ジュリエットの言い逃れにはまったく耳をかさなかった。言い訳はきかぬ、次の木曜日にパリスと結婚するのだから準備しておくように、と命令した。卿は娘のために、金持ちで、若くて、上品で、ヴェロナのどんな気位の高い娘でも大喜びで承知するような夫を捜してやったので、内気を装って(ジュリエットが拒否するのを、卿はこうとった)娘が自ら幸運を避けるようなふるまいを我慢できなかった。

進退きわまったジュリエットは、困ったときにいつも相談する、例の親切な修道士に頼った。修道士はジュリエットに、命がけの方策をする決心はあるかと尋ねた。ジュリエットの答えは、パリスと結婚するくらいなら、生きながら墓に入るつもりです、愛する夫が生きているのですから、というものだった。

そこで、修道士はこう助言した。家に帰って、うれしそうに、父の望みに従ってパリスと結婚すると伝えなさい。そして翌晩、つまり結婚式の前夜を迎えたら、今から渡す薬びんの中身を飲み干すように。その薬を服用後24時間たつとそなたの体は冷たくなり、仮死状態になるのだ。朝になって花婿がそなたを迎えにくるが、彼はそなたが死んでいると思うだろう。そこで、この国の習慣に従って、棺にはおおいをかけないで、一家の納骨堂におさめるために運ばれてゆくだろう。そこでもしそなたが、女として当然抱くような恐怖心を捨てて、この薬を飲んでもらえたら、薬を飲んでから42時間たつと(これは確実にそうなるのだ)朝目が覚めるみたいに必ず目覚めるのです。あなたが目覚める前に、この計画についてあなたの夫に知らせておきます。彼は夜のうちにやってきて、あなたをマンテュアへ連れていくでしょう。

ロミオへの愛と、パリスと結婚することへの恐怖が、若いジュリエットにこのような身の毛もよだつ冒険に着手する力を与えた。ジュリエットは修道士から薬びんを受け取り、必ず指示を守りますと約束した。

修道院からでると、ジュリエットはパリス伯に会い、上品そうなそぶりで、彼の花嫁となる約束をした。これはキャピュレット公夫妻にはうれしい知らせであった。老公は若返ったように見えた。ジュリエットは、伯爵を拒否したことではなはだしく父の機嫌を損ねたのだったが、今度はすなおに結婚すると約束したので、父は機嫌を直した。家中が、近くおこなわれる婚礼のしたくで大騒ぎとなった。そのお祭り騒ぎをヴェロナ始まって以来の規模でするためには費用はおかまいなしだった。

水曜日の夜、ジュリエットはあの薬を飲み干した。その胸には修道士へのいろんな疑いが去来した。たとえば、自分とロミオを結婚させたことで不名誉をこうむらないために、自分に毒を与えたのではないか、いや、あの人は聖者として世に知られているではないか。それに、ロミオが迎えにくる前に目が覚めてしまわないだろうか。あんな恐ろしい場所、キャピュレット家の死者の骨でいっぱいな納骨所、血まみれのティバルトが、経かたびらを着てくずれかかって寝ているところ、そういう場所で、自分は気が狂ってしまうのではないか。自分が昔聞いた、死体を安置する場所にうろついている幽霊の話などもいろいろ考えていた。しかし、やがて、ロミオへの愛や、パリスへの嫌悪を思い返して、無我夢中で薬を飲み干し、気を失った。