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ロミオとジュリエット

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ロミオとジュリエット

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昔、ヴェロナの2大名家といえば、ともに富豪である、キャピュレット家とモンタギュー家とされていた。両家は昔から争いあい、それが高じて、互いに憎みあうほどになっていた。そうした心理は、一族の遠縁のものや従者にまでおよんでおり、そのためにモンタギュー家の召使いがキャピュレット家の召使いに会ったり、キャピュレット家の人がモンタギュー家の人にたまたま出会っただけで、激しい口論が起こり、時には流血事件にまでなるようになった。こうした偶然の出会いから起こるけんかにより、ヴェロナの町における幸福な平和はたびたび破られていた。ある日、老キャピュレット卿が一大宴会を主催し、貴婦人や貴族をおおぜい招いた。ヴェロナでも評判の美人はみな出席し、モンタギュー家の者でさえなければ誰でも歓迎された。

このキャピュレット家の饗宴に、ロザラインという人も出席していた。彼女は、老モンタギュー卿の息子のロミオに愛されていた。モンタギュー家の者がこの宴会で顔を見られるのはとても危険な事であった。しかし、ロミオの友人であったベンヴォリオは、若殿に対し、仮面で変装して宴会に出席しましょうと説いた。そうすれば、ロミオはロザラインにあえるし、また、ロザラインを、ヴェロナでも選りすぐりの美女と見比べることもできます。それによって、あなたの白鳥をカラスだと思うようになるでしょう(とベンヴォリオは言った)。ロミオは、ベンヴォリオの言葉をあまり信用しなかった。しかしロザラインを愛していたので、行く気になった。ロミオは誠実かつ熱烈な恋人であり、恋のために夜も眠れず、人目をさけ、1人でロザラインのことを考える人であった。ロザラインはといえば、ロミオを軽蔑しており、ロミオの愛に対して、少しも優しくしたり好意で報いることがなかった。ベンヴォリオは、いろんな女性たちを見せることで、友人の恋の病を治してやろうと思ったのだ。

こういう次第で、キャピュレット卿が開いた宴会に、若いロミオはベンヴォリオと、2人の共通の友人であるマーキューシオといっしょに、仮面をつけて出席した。老キャピュレットは彼らを歓迎した。足の指にまめができて困っている女性でもなければ、きっとあなた方と踊ろうとするでしょうな、と言った。老人は楽天的で愉快な人だった。自分も若いときは仮面をつけたものだ、美人とひそひそ話だってやれたもんだ、と言うのだった。

一同は踊り始めた。突然ロミオは、そこで踊っている、並はずれて美しい娘に目を奪われた。ロミオには、その人がたいまつに明るく燃えるよう教えているかに見えた。その美しさは、黒人が身につけている宝石のように、夜のやみのなかで際立っていた。その美しさは、費やすにはあまりに豪奢《ごうしゃ》で、地上におくにはあまりに高貴すぎた! からすに混じった雪のように白い鳩(とロミオは言った)、そう思えるくらい、彼女の美しさは完璧であり、一座の娘たちから抜きんでて輝いていた。ロミオがこのように彼女をほめたたえているところを、キャピュレット卿の甥であるティバルトに聞かれてしまった。ティバルトは、声を聞いてロミオだと知ったのである。ティバルトは火のように激しい気性の男であったから、モンタギュー家の者が仮面で顔を隠して、一族の祝祭をばかにしたり侮辱したり(ティバルトがそう言ったのだ)するのには我慢がならなかった。彼は怒りにまかせて暴れまわり、若いロミオを殺そうとした。しかし、ティバルトのおじ、老キャピュレット卿は、その場ではティバルトが客人に危害を加えるのを許さなかった。宴会に来ていたお客に対する配慮もあったし、ロミオは紳士らしく振る舞っていたし、ヴェロナ中の人がみなロミオのことを立派な落ち着いた青年として誇りに思っていたからだ。ティバルトはしぶしぶながら我慢せざるを得なかった。しかし、いつかこの性悪のモンタギューにここにもぐりこんだ事の償いを存分にさせてやる、と言いのこした。

ダンスが終わると、ロミオはあの女性が立っているところを見つめていた。仮面をつけているおかげで、多少の無礼は許してもらえそうだったので、大胆にも彼はそっと彼女の手を取り、それを聖地と呼び、もしこれに手を触れて汚《けが》したのであれば、自分は赤面した巡礼だから、償いのために接吻させて欲しい、と言った。

「巡礼さま。」その女性は言った。「あなたのご信心はあまりにもお行儀よく、お上品でございます。聖者にだって手はございますもの、巡礼がお触れになってもよろしゅうございます。でも、接吻はいけませんわ。」

「聖者には唇がないのでしょうか、それに巡礼には?」ロミオは言った。

「いえ。」娘は言った。「お祈りに使わなければならないのですから、唇はございます。」

「それならば、私の愛する聖女さま。」ロミオは言った。「私の祈りを聞き届けてください。でなければ、私は絶望してしまいます。」

このようなほのめかしや、気の利いた愛のせりふを交換していると、娘は母親に呼ばれて、どこかへいってしまった。ロミオは、彼女の母はだれか、と尋ねて、あの類をみない美しさでもって彼の心を魅了した若い娘は、ジュリエットという名で、モンタギュー家の大敵キャピュレット卿の跡取り娘であることを知った。ロミオはそうとは知らずに敵《かたき》に思いを寄せてしまったのだ。このことは彼を苦しめたけれど、愛を捨てることはできなかった。

一方、ジュリエットの方も、ロミオと同様に苦しんでいた。というのは、彼女もまた、さっき言葉を交わした紳士がロミオであり、モンタギュー家の一員であることを知ったからである。驚くべきことに、彼女もロミオに対して、熱情的な一目惚れをしてしまっていたのだ。不吉な恋の始まりのようにジュリエットには思えた。彼女は敵《かたき》を恋しなければならなかった。ロミオは、彼女にとっては敵《かたき》の中でも、家族のことを思えば何をおいても憎むべき人のはずだった。にもかかわらず、愛してしまったのである。

真夜中になったので、ロミオは友人たちと宴会場をあとにした。しかし、友人たちはすぐにロミオを見失った。ロミオは心を奪われたあの人がいる家を立ち去ることができず、ジュリエットの家の裏手にあった果樹園の塀をとびこえたのだ。そこで彼が新しい恋についてあれこれ考えていると、間もなく、ジュリエットがロミオの頭上にあった窓から姿を見せた。その並はずれた美しさは、まるで東からのぼってくる朝日の光のように輝いて見えた。果樹園をほのかに照らす月は、この新たに出現した太陽の素晴らしい輝きをみて、悲しみに沈み青ざめているように、ロミオには見えた。彼女が手の上にほおをよりかからせているのを見て、彼は熱情がゆえに、ぼくがその手にはめる手袋だったらなあ、そうすれば彼女のほおに触れられるのに、と思うのだった。

ロミオがあれこれと思い悩んでいる間、ジュリエットは、自分がひとりであると感じ、「ああ、ああ。」といいながら深いため息をつくのだった。ロミオは彼女がものをいうのを聞いて喜び、彼女に聞こえないようにそっと言った。「もう一度話しておくれ、輝く天使。まさしくそうだ。あなたは人々がうち退いて見つめる、天上からやってきたお使いのように、ぼくの頭上にいるのだから。」

ジュリエットは、立ち聞きされているとも知らず、先ほどの事件によって生み出された新たな激情に身をまかせて、恋人の名を呼んだ(その場にはいないと思っていたのだ)。

「おお、ロミオ、ロミオ。」ジュリエットは言った。「どうしてあなたはロミオなの?私を想うなら、あなたのお父さまをすてて、お名前を名乗らないでくださいな。もしそうなさらないなら、私への愛を誓って欲しいですわ。そうすれば、私はキャピュレット家の人でなくなりましょう。」

ロミオは、これを聞いて勇気づけられ、口を開こうと思ったが、もっと先を聞こうと考えた。

令嬢はなおも、愛情を(彼女が想うままに)自らに語り続けた。ロミオがロミオであり、モンタギュー家の一員であることをなじり、彼が他の名前であってくれればよかったのにと言い、その憎い名前は捨ててしまえばいい、名前は本人の一部ではないのだから、捨ててしまって、かわりに私のすべてをとって欲しいと言った。

このような愛の言葉を聞いて、ロミオはもう我慢できなかった。ジュリエットの告白を、空想のものでなくて、本当に彼に話しかけたものであったように答えて、もしあなたが、ロミオという名前が気に入らないのなら、もうぼくはロミオではない、恋人とでも何とでも好きなように呼んでくれ、と言った。

ジュリエットは、庭に男の声がしたので驚いた。はじめ、夜の闇に隠れて彼女の秘密を聞いたのが誰なのか分からなかった。しかし彼がもう一度話しだしたとき、ロミオが語る言葉をそれほど耳にしたわけでもないのに、恋人の耳は鋭いもので、すぐにその人がロミオだと分かった。ジュリエットは、ロミオが果樹園の塀にのぼって危険を冒していることをいさめた。というのは、もしジュリエットの親類がそこにいるロミオを見つけたら、モンタギュー家の一員ということで殺されるに決まっているからだ。

「ああ、」ロミオは言った。「彼らの刀20本よりも、あなたの瞳の方が私には恐ろしいのです。もしあなたが私をやさしく見守っていてくれるなら、彼らの敵意など関係ありません。彼らの憎しみによってこの命が終わる方が、あなたの愛なしに命長らえるよりもずっといいのです。」

「どうやってこの場所に入ってきたのですか。」ジュリエットは言った。「どなたの案内で来たのでしょうか。」

「愛に導かれてやってきました。」ロミオは答えた。「案内人などいません。しかし、あなたがどれほど離れていようと、そこがはるかな海に洗われている広々とした岸辺だとしても、私はあなたのような宝を求めて旅に出ますよ。」

ジュリエットの顔は真っ赤になったけれども、夜のおかげでロミオに見られずにすんだ。彼女は、そのつもりはなかったのに、ロミオへの愛を本人に告白してしまったのが恥ずかしかったのだ。できれば言葉を呼び戻したかったが、それは不可能だった。彼女としては、礼儀正しくありたかったし、慎重な令嬢がやるように、恋人に対して距離をおきたかった。恋人に向かってまゆをひそめたり、気むずかしくしてみせたかった。言い寄ってきた人に、最初は冷たくあしらい、はねつけて、深く愛したあとでも、はにかみやさりげなさを身につけていたかった。求婚者たちに、あまりに身持ちが軽く、簡単に手に入るなどとは思われたくなかった。手に入れるのが難しければ難しいほど、その価値は増すのだから。しかし、この場合、ジュリエットにはそういった拒否やはぐらかし、あるいは求婚を長引かせるお定まりのやり方をする余地はなかった。ロミオはすでに、彼がそばにいるとは夢にも思っていなかったジュリエットがもらした愛の告白を、直接聞いてしまっていたのだ。そういった次第で、彼女にとって目新しい状況がそうすることを許したのか、すなおな態度で、ロミオが聞いたことにうそはないと言った。ロミオに「うるわしのモンタギューさま」(恋はすっぱい名を甘くするものだ)という名で呼びかけ、そして、自分がかんたんに心を許したのを、軽率だとか、卑しい心根からだとみないでください、私の落ち度(もし落ち度というのなら)は、心の思いを不思議にも明かしてしまった夜の偶然のせいにしてください、と頼んだ。加えてジュリエットは、ロミオへのふるまいは、普通の女性に比べて分別ある行為だとはいえませんが、慎重とみえてもうわべばかり、遠慮とみえても小細工に過ぎない人たちに比べれば私の方がずっと真実の恋人であることを証明いたしましょう、と言った。

ロミオは天に向かって誓おうとした、たとえわずかな不名誉であっても、そのような立派な女性に負わせようとはロミオは露ほども思ってなかったからだ。ところが、ジュリエットは、誓ってはなりませぬ、と彼を止めた。彼女にとっては、彼に会えたことはうれしかったが、今宵の約束は軽率で突然すぎるからうれしいものではなかったからである。しかしロミオが、今夜愛の誓いを取り交わしたいと何度も言い続けるので、ジュリエットは、私はすでにあなたへの愛を誓ってしまいました、と言った(ロミオが立ち聞きしたあの告白のことだ)。また、もう一度誓いを取り交わしたいから、前に捧げたものを返してほしい、海がはてしなく広いように、私の愛情も広く深いのですから、とも言った。

このように愛の言葉を交わしていると、ジュリエットは乳母に呼ばれた。この乳母は彼女といっしょに寝ており、もう夜明けだからベットにはいるときだと思ったのだ。しかしジュリエットは急いで戻ってきて、またロミオにふたことみこと言った。その内容は、もしロミオの愛が真実のもので、私と結婚したいのでしたら、私は明日、式の日取りを決めるための使者を送ります。そのときには、自分の財産をすべてあなたに捧げます、そしてあなたの夫としてどこへでもついていきますわ、というものだった。2人がそう取り決めている間にも、ジュリエットは何度も乳母に呼ばれ、中に入っては出ての繰り返しだった。彼女はロミオが自分から離れるのがなごり惜しく、そのさまは若い娘が、飼っていた鳥が飛び去ってしまうのが惜しくて、ちょっと手から飛ばせてみては絹糸で引き戻しているみたいだった。ロミオも別れを惜しんでいた。恋人たちにとって最上の音楽は、夜交わすお互いの言葉が紡ぎ出す響きなのだから、当然といえよう。

しかし最後には2人は別れた。夜の間の甘美な眠りといこいを夢にみながら。