ネット上でもっと気軽に読める文書を増やしたい、こう思っている私sogoが勝手に始めたプロジェクトです。

お気に召すまま

  • HOME »
  • お気に召すまま

お気に召すまま

訳者あとがき|ダウンロード用テキストはこちら。

この話は、フランスが数々の所領(公国とも言われていた)に別れていたころの話である。その所領の1つはある横領者によって治められていた。彼は、正当な公爵であった、みずからの兄から位を取り上げて追放したのだった。公爵は、自分の領地から追放され、忠臣たちとともにアーデンの森[#注1]の中へ引きこもっていった。善良な性格だった公爵は、ここで親友たちと生活していたのだ。親友たちの方でも、自分の土地や収入が不正な横領者の元へはいるというのに、あえて公爵のために、みずから進んで付き従っていた。慣れていくにつれて、ここで送っている屈託のない気楽な生活が、虚飾や華やかさに満ちた宮廷生活よりもずっと楽しくなってきた。ここで、彼らは英国でかつてロビンフットが暮らしていたように生活していた。また、この森には、毎日貴公子が大勢宮廷から遊びに来て、黄金時代[#注2]の人たちのように心安らかな日々を送っていた。

夏になると、公爵たちは森の巨木がつくる快い日陰に寝そべって、野生の鹿が楽しそうにとびはねているのを眺めていた。いじらしいまだら毛のお馬鹿さんたちはとてもかわいく見えた。鹿たちは森に古くから住んでいるように見えた。そんな感情から、鹿肉を食料にするために鹿を殺さなければいけないことを公爵たちは悲しんだ。冬の寒い風は、公爵に、自分の身にふりかかった運命のいたずらを思わせた。公爵はぐっとこらえてこう言うのだった。「私の体に吹きつけるこの冷たい風こそ、真実を告げているのだ。お世辞を言うことはなく、ただ私の立場を正しく示してくれる。手痛くかみつくけれど、その歯は薄情や忘恩ほど鋭くはない。人は逆境をとやかく云々するようだが、そこからけっこうな用途がくみ取れるのだ。薬用として珍重される貴重な玉が、毒があっていやがられるひきがえるの頭からとれるようにね。[#注3]」

こんなふうに、忍耐強い公爵は、見るものすべてに有益な教訓を学んできた。そして、常に教訓を読みとってきたおかげで、先に述べたことから人里離れた生活を余儀なくされた今でも、木々に言葉を、流れる小川に書物を、石ころの中に神の教えを、つまり、あらゆるものの中によきものを見いだすことができるようになった。さて、追放された公爵には、ロザリンドという一人娘があった。ロザリンドは、横領者フレドリックがロザリンドの父を追放したときに、フレドリックの娘シーリアの遊び相手として宮廷に引き続き滞在することが許されていた。2人の娘の間には、固い友情が結ばれていた。互いの父親が仲違いしても、そのちぎりはまだ続いていて、シーリアは、ロザリンドに対して力のおよぶ限り愛情を傾けることで、ロザリンドの父を廃するという、自分の父がなした不正の償いをしようとした。ロザリンドの方では、父が追放され、自分は追放した悪党に依存して暮らしていることを重うと、心が暗くなった。シーリアは、ただただ彼女を励ますのだった。

ある日、シーリアが、いつものように優しく「お願いロザリンド。もっと陽気になさって。」と言っていた。そこへ、フレドリック公の使いがやってきて、レスリングの試合がもうすぐ始まるところですから、もしご覧になりたければすぐに宮廷前の中庭にお越し下さい、と告げた。シーリアは、ロザリンドが喜ぶだろうと考え、試合を見に行くことにした。

レスリングは、今でこそ田舎の人がやるだけになってしまったけれど、当時は王侯貴族や貴婦人や淑女たちの間でも大人気のスポーツだった。そういう背景から、レスリングの試合にシーリアとロザリンドは行ったのである。2人には、その試合がとても悲劇的な結末をむかえるように思えた。というのは、体が大きくて力も強いことで知られていて、長年にわたってレスリングの技術を磨き、その競技で多くの人を殺してきた男が、とても若い男とレスリングをすることになっていたからである。その若者はあまりに若く、まだ技も未熟だったので、観客はみな、若者がきっと殺されてしまうだろうと思っていた。

フレドリック公は、シーリアとロザリンドを見つけてこう言った。「やあ、おまえたちもレスリングを見にお忍びでやってきたのかな。だが、おまえたちにはこれはあまり面白くないだろう。互いの差が大きすぎるんでね。あの若い方がかわいそうだから、レスリングを思いとどまるように説得したいと考えてるんだ。2人で、あの男を説得してくれないか。」

令嬢たちは、このような人道的な役目をするのを大いに喜んだ。まずシーリアが、見知らぬ若者に、こんな試合はおやめ下さい、と頼んだ。それからロザリンドが、たいへん優しく彼に話しかけた。そこには、若者の身に待ちかまえている危険に対する、同情と思いやりがこもっていた。

彼女のやさしい言葉は、若者に試合を放棄させるに値するものだったけれども、この愛らしい令嬢の目の前で、勇気を見せてやりたいという思いが彼を支配する結果となった。彼はシーリアとロザリンドの懇願を、気品高く控えめな態度で拒否したので、令嬢たちは前以上に彼が気がかりになった。彼は結局こう言って断った。「あなた方のような、美しい立派な娘さんに逆らう結果となって申し訳ありません。しかし、その美しい目と優しい心とで、私の試合を見守っていてください。私が負けても、それは恵まれない1人の人間が恥をかくだけのこと。殺されたところで、死にたいと願うものが死ぬだけのことです。友だちに迷惑をかけることもありません。私のことを嘆く人などこの世にいないのです。世間も損はしませんよ、無一文の私が死んでも。私が場所をあければ、世界は私よりもっといいもので埋め合わせがつくでしょう。」

いよいよレスリングの試合が始まった。シーリアは、見知らぬ若者がけがをしないように願っていた。一方ロザリンドは、もっと深く彼に同情していた。若者が言った、自分は孤独なのだとか、死んでしまいたいといった話は、ロザリンドに、あの人も自分と同じ不幸な身なのだと思わせた。それで、大変彼に同情していた。レスリングの間中ずっと彼のことを心配していた。それは、その瞬間に彼女が見知らぬ若者に恋をしてしまったと言ってもよかった。

美しい令嬢たちが無名の青年に見せた親切心が、彼に勇気と力を与えた。彼は奇跡を起こした。相手を完全にうち負かしてしまったのだ。相手は大変な負傷を負ってしまい、しばらく口もきけず、身動きもできなかった。

フレドリック公は、この見知らぬ若者が見せた勇気と腕前をおおいに気に入って、召しかかえるつもりで名前と素性を知りたがった。

若者は、自分の名はオーランドゥで、ロウランド・ドゥ・ボイズ卿の末子だといった。

オーランドゥの父、ロウランド・ドゥ・ボイズ卿は数年前に亡くなっていた。しかし在世中は、追放された公爵の忠実な臣下であり、親友でもあった。そのため、オーランドゥが、自分が追放した兄の友人の息子と聞いて、フレドリックが抱いた勇気ある若者に対する好意はすっかり不快の念に変わってしまった。彼はたいそう不機嫌になり、その場を去ってしまった。兄の友人だった人の名前を聞くことは、フレドリックにとっては不愉快なことであったが、まだ若者が見せた勇敢さを惜しむ気持ちは持っていたようで、フレドリックは出ていくときに、オーランドゥが誰か他の人の息子だったらよかったのに、と言った。

ロザリンドは、彼女の新しいお気に入りが、父の友人の息子だと聞いて喜び、シーリアに言った。「父はロウランド・ドゥ・ボイズ卿が好きでしたから、もし私が、あの人があの方のお子さまと知っていたら、あんな冒険をなさる前に、私は泣きながらお止めしたでしょうに。」

それから、令嬢たちはオーランドゥの所へ行った。オーランドゥは、公爵が急に不機嫌になったことにとまどっていた。2人は彼に親切な励ましの言葉をかけた。そして2人は立ち去ったが、ロザリンドは引き返し、父の旧友の息子にして、勇気ある若者に、丁寧に話しかけた。そして首から鎖をはずし、こう言った。「あなた、私のためにこれをかけてください。私は幸せと縁がないのです。もし幸せになったら、あなたにもっと立派な贈り物を差し上げるのですけど。」

娘たちだけになったとき、ロザリンドの話はまだオーランドゥのことだった。シーリアは、いとこが美しく若いレスラーを好きになったことに気づいた。そしてロザリンドに言った。「そんなに急に恋に落ちるなんて、ありえるのかしら?」

「公爵は―私の父のことですけど―あの方のお父様をとても愛していましたわ。」ロザリンドは答えた。

「そんなことが、」シーリアは言った。「その人の息子さんを愛すべきだってことになるのかしら? それなら、私はあの方を嫌うべきだってことになるわ。父はあの方のお父様を嫌っていましたから。でも私はオーランドゥを嫌いませんよ。」

フレドリックはロウランド・ドゥ・ボイズの息子を見て、大変不機嫌だった。追放された公爵が、貴族たちの間で今も慕われていることを思いだしたのだ。それに、姪のこともつねづね不愉快に思っていた。なぜなら、人々が姪のことを褒めそやし、立派な父親のことで彼女のことを気の毒がっていたからである。そんなわけで、急に姪を憎むようになった。

シーリアとロザリンドがオーランドゥのことを話していると、フレドリックが部屋に入ってきた。そして、すっかり怒った顔つきで、ロザリンドに対し、今すぐ宮殿を出ていけ、おまえも父親のように追放の身になれと命令した。シーリアはロザリンドを助けようとしたが無駄だった。フレドリックは、お前のためにロザリンドを追放しないでおいたのだ、と言ったのである。

「あのころ私は、あの人をおいてくれとはお願いしませんでした。」シーリアは言った。「私はまだ若くて、あの人の良さが分からなかったんですもの。だけど今は、もうよく知ってますわ。それに、長いこと一緒に、寝て、起きて、勉強して、遊んで、食事をしてきたんですから、もうロザリンドなしでは生きていけませんわ。」

それに対し、フレドリックはこう答えた。「あの女はもうお前の手におえる女じゃないんだよ。あたりはいいし、おとなしいし、辛抱強いから人々の受けがいい。みんなあいつに同情するのだ。あの女の弁護をするのはおろかだよ。あの女がいなくなれば、お前はもっと光って立派に見えるよ。だから、あいつのために口を開かないでほしい。あの女を追放する命令は取り消せないんだよ。」

シーリアは、父にロザリンドを宮殿に残しておくよう説き伏せることは自分にはできないだろうと判断した。そして、即座にロザリンドについていこうと決めた。その夜、2人は宮殿を抜けだし、ロザリンドの父である、追放された公爵を、アーデンの森まで捜しに行った。