ある日ゲニミードは公爵に出会い話をした。公爵はゲニミードの素性を尋ねた。ゲニミードが、自分は公爵と同じく良家の出であると話すと、公爵は笑った。こんなかわいい羊飼いが高貴な血を引いているとは思わなかったからである。公爵が元気で幸せそうに見えたので、ゲニミードは安心して、それ以上の説明は2、3日先送りすることにした。
ある日の朝、オーランドゥがゲニミードを訪ねようとすると、男が1人地面に寝ていた。その首には緑色の大蛇が巻きついていた。大蛇はオーランドゥが近づくのを見ると、するすると藪の中に入ってしまった。オーランドゥがなおも近づくと、一頭の雌ライオンがその男にねらいを定めてしゃがんでいた。その頭は地面についており、猫が獲物を狙うがごとく、眠っている男が目を覚ますのを待っているのだった(ライオンというものは、死んだものや眠っているものは食わないといわれている)。摂理の神が、この男を蛇と雌ライオンという危機から救いださんとして、オーランドゥをつかわしたみたいに思えた。しかし、オーランドゥがその男の顔を見ると、二重の危機にさらされながら眠っている男は、なんと自分の兄オリヴァであった。かねてからオーランドゥを虐待し、なおかつ火を放って焼き殺そうとした当人なのだった。
オーランドゥは、このまま兄を飢えた雌ライオンの餌食にしてやろうかと思いかけたが、兄弟愛と生来の育ちの良さから、はじめに抱いた兄への怒りを抑えた。そして、刀を抜き、雌ライオンに立ちむかい、これを倒した。これにより、彼は兄の命を毒蛇と狂暴な雌ライオンから救いだした。しかし、雌ライオンは倒される前に、鋭い爪で相手の腕を引き裂いたのだった。
オーランドゥが雌ライオンと格闘している間に、オリヴァは目を覚まし、自分の弟が、あれほど自分がいじめたのにもかかわらず、命を懸けて野獣の猛威から自分を救ってくれたのを知った。恥と後悔で胸がいっぱいになり、卑劣な行為を悔い改め、オーランドゥに、自分が加えてきた侮辱を許してくれと涙を流して訴えた。オーランドゥは兄が悔い改めたのを見て喜び、すぐに彼を許した。2人は抱き合った。オリヴァは最初は弟を殺すつもりで森に来たのだったが、これ以来、真の兄弟愛でもってオーランドゥを愛するようになった。
オーランドゥの腕の傷からはおびただしい量の血が出ていた。体が弱ってとてもゲニミードを訪ねていけそうもなかったので、兄に、ゲニミードのところへ行って(「その人をぼくはふざけてロザリンドと呼んでいるんだ。」とオーランドゥは言った)、自分の身に起こったことを知らせてくれ、と頼んだ。そこでオリヴァはゲニミードの家を訪ね、ゲニミードとエリーナに、オーランドゥが命を救ってくれた次第を話した。オーランドゥの勇敢さと、自分が運良く難を免れた事情を語り終わると、自分こそオーランドゥを虐待した兄であると告白し、兄弟の仲直りの話をした。
オリヴァが自分の犯した罪を深く後悔しているのを見て、優しい心を持つエリーナは感銘を受けた。そしてたちまちオリヴァを愛するようになった。一方オリヴァも、自分の苦悩を聞いてエリーナが深く同情してくれるのを見て、たちまちエリーナを愛するようになった。
ところで、エリーナとオリヴァの胸中に愛情が忍びこんでいる間に、ゲニミードにも愛情の力が働いていた。ゲニミードは、オーランドゥが危機に陥り、雌ライオンに傷つけられたのを見て、気を失ってしまった。再び気づいたとき、彼はロザリンドならこうするだろう行動をしたんだと称し、オリヴァにこう言った。「弟さんのオーランドゥに、ぼくがうまく気絶の真似をしたと言ってくださいね。」
しかしオリヴァは、ゲニミードの顔色が悪いのを見て、彼が本当に気絶したことを見抜き、この青年の気の弱さを妙だなと思いながらこう言った。「そうかい。もし真似するんなら、元気を出して一人前の男の真似をするんだな。」
「そうしましょう。」ゲニミードは大まじめに言った。「しかしぼくは本当は女性であるべきだったんだ。」
オリヴァはずいぶん長いこと2人のところにいたから、やっと弟の元に帰ってきたときには話すことがたくさんあった。オーランドゥが負傷したと聞いてゲニミードが気を失ったことはもちろん、美しい羊飼いの娘エリーナを好きになってしまったこと、初めてあったばかりなのにエリーナが彼の告白に好意を持って耳を傾けたことなどをオーランドゥに話したのだ。そしてオリヴァは弟に、もうほとんど決定したことのように、自分はエリーナと結婚するんだ、と話した。彼はこうも言った。自分はエリーナをとても愛しているんだ。だから羊飼いとしてここに住む。故郷の財産や家はオーランドゥに譲るつもりだ。
「異議なしです。」オーランドゥは言った。「結婚式は明日にしましょう。私は公爵と友人がたを招待しますね。さあ、あの羊飼いさんのところへ行って承知させなさい。あの人今1人ですよ。あそこにあの人のお兄さんが来てますからね。」
オリヴァはエリーナのところへ行った。ゲニミードが来たことをオーランドゥは気づいていたのだが、ゲニミードは負傷した友人に調子はどうだいと尋ねた。
オーランドゥとゲニミードは、オリヴァとエリーナの間に突然芽生えた恋愛感情のことを話しだした。そのとき、オーランドゥはゲニミードに、あなたの美しい娘さんに、明日オリヴァと結婚してくれるよう頼んでくれ、と言った。そして、自分も同じ日にロザリンドと結婚できたらどれだけうれしいだろうなあ、と付け足した。
ゲニミードはこの提案に大乗り気で、もしオーランドゥが口で言うようにロザリンドを本当に愛しているなら、その願いは叶うだろう、と言った。なぜかというと、明日になるとロザリンド本人が現れる、そしてロザリンドは喜んでオーランドゥと結婚するから、と請けあった。
これは不思議なことに思えたが、ゲニミードがロザリンド嬢であるからには、ゲニミードには簡単に実行できることだった。だが口では魔術の助けを得て行うんだと言い、その魔法は有名な魔術師だったおじに習ったんだと話した。
恋に甘くなったオーランドゥは、半信半疑で聞きながら、ゲニミードに本気で言っているのかと尋ねた。「命にかけて本当です。」とゲニミードは答えた。「ですから、晴れ着を着て、公爵とその友人たちに結婚式に来てもらいなさい。もし明日ロザリンドと結婚したいなら、彼女に来させますから。」
翌朝、オリヴァはエリーナの承諾を得たので、2人は公爵の御前に出た。オーランドゥも2人に同席していた。
一同がこの2人の結婚式を祝おうと集まってきた。だが花嫁がまだ1人しかいなかったので、不思議に思いいろんな推測が飛び交い、大方ゲニミードはオーランドゥをからかっているんだろうという結論になっていた。
公爵は、不思議な方法で連れてこられるのが自分の娘だと聞き、オーランドゥに、その羊飼いは本当に約束を実行できるのかね、と尋ねた。そして、オーランドゥがどう考えてよいか分からないと答えていると、ゲニミードが入ってきて、公爵に、もし令嬢をつれてきたらオーランドゥとの結婚を承諾するかどうか尋ねた。「承諾するよ。」公爵は言った。「たとえ王国を娘に委譲することになったとしてもね。」
それを聞いて、ゲニミードはオーランドゥに尋ねた。「もしぼくがここに彼女を連れてきたら、あなたは彼女と結婚すると言われるのですね。」「そうするよ。」オーランドゥは答えた。「もし私が多くの王国を治める王だったとしてもね。」
そこで、ゲニミードとエリーナは連れだって出ていった。ゲニミードが男の服装を脱ぎ捨てて、もう一度彼女の着物を着ると、魔術の力もなしに、すぐロザリンドとなった。エリーナはいなかの服を自分自身の立派な着物に着替えると、なんの苦もなくシーリア嬢に変わった。
2人がいない間、公爵はオーランドゥに、羊飼いのゲニミードが娘のロザリンドに似ているように思えると話した。オーランドゥも、そっくりに見えるんですと答えた。
いったいどうなっていくのか心配するいとまもなく、ロザリンドとシーリアが自分の服を来て入ってきた。そして、自分がここに現れたのは魔法によるものだとは一言も言わずに、ロザリンドは父の前にひざまずいて祝福を求めた。ロザリンドが突然姿を現したことは、列席した人々にはとても不思議なことに見えた。まさに魔法だと思えた。しかしロザリンドは、父をからかうようなことはせず、自分が追放となったいきさつを話し、森の中で自分は羊飼いの少年、いとこのシーリアはその妹として住んでいたことを告白した。
公爵はすでに結婚に対して与えた承諾を確認した。そしてオーランドゥとロザリンド、オリヴァとシーリアとが同時に結婚した。この結婚は、このような荒れ果てた森の中では、こんな状況につきものの華麗な盛儀では祝えなかったが、かつてなく幸せな結婚となった。
一同がいい感じに涼しい木陰で鹿肉を食べていると、この善良な公爵と真実の恋人たちに完全な幸福を与えるかのごとく、予期せぬ使者が到着し、公爵にうれしい知らせを告げた。それは、公国が公爵に返還されたというものだった。
あの横領者は、娘シーリアが家出したことに激怒し、また日ごとに立派な人々が、追放の身である正統な公爵の元へはせ参じようと、アーデンの森に向かうと聞いて、兄が逆境にあっても尊敬されているのをねたむあまり、大軍の先頭に立って、森めざして軍を進めた。兄を捕らえ、忠実な従者たちを刃にかけようと企てたのだ。
ところが、摂理の神が不思議な介入を行い、よこしまな弟に邪悪な計画を思いとどまらせたのだ。というのは、彼が森の外れにさしかかったとき、1人の老僧(隠者であった)に出会い、その人といろいろ語り合い、ついに悪い計画をまったくやめてしまうに至ったのである。それ以来、彼は心から悔い改め、不正に手にいれた領地を放棄して、余生を修道院で送ろうと決心した。心からの悔い改めの第一歩として、兄に使者を派遣し、(前に述べたように)長い間横領していた公国を兄に返還し、兄の逆境時代に忠実に付き従ってきた人たちの領地と所領を返そうと申し出ることにしたのだ。
この予期しなかった愉快な知らせは、まったくちょうどいいときに来たから、姫君たちの結婚式のお祭り気分や祝賀気分をいやが上にも盛り上げた。シーリアはロザリンドの父である公爵の身に起こった幸運にお祝いを述べて、ロザリンドの幸せを心から喜んだ。シーリア自身について言えば、父の公国返還によって、公国の後継者は自分ではなくロザリンドになったのであるが、2人の間にある愛情は純粋で、一点のねたみも羨望も混ざっていなかった。
今や公爵は、追放中にともにいてくれた真の友人たちに報いる機会を得たのだ。付き従った人たちも、忍耐強く公爵と不幸な運命を共にした末に、平和と幸福に包まれながら、正統な公爵と共に宮殿に戻れることを大変喜んだのである。
[#注1]フランスとベルギーとにまたがるアルデンヌ(Ardennes)高原の森、ということに設定してある。
[#注2]ギリシア人が人類の歴史を金・銀・銅・鉄の4時代に分けた第1の時代。社会の進歩が最高潮に達して幸福と平和に満ちた時代。
[#注3]昔の迷信。
[#注4]新約聖書「ペテロの第一の手紙」から。
[#注5]神様のこと。出典は「ヨブ記」38章、「列王紀略上」17章などか。
[#注6]ここは、およそキリストの愛の教えが伝えられているところに住んだことがあるならば、ということ。
[#注7]通常10音節弱強格14行の詩。
[#注8]特定の人、物などに寄せる抒情詩。
原作:AS YOU LIKE IT(TALES FROM SHAKESPEARE)
原作者:Mary Lamb
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翻訳履歴:2001年6月4日,翻訳初アップ。
2001年6月6日、katoktさんの指摘を反映。
2001年6月7日、枯葉さんの指摘を反映。
2001年6月12日、プロジェクト杉田玄白正式参加に伴い正式版へ。