宇宙戦争 ハーバート・ジョージ・ウェルズ 五十公野清一訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)戦争《せんそう》前夜 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)なん千|倍《ばい》も [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#5字下げ] ------------------------------------------------------- [#5字下げ]戦争《せんそう》前夜[#「戦争前夜」は中見出し] 「うむ、うむ、どうも、これは、へんだぞ。」  直径《ちょっけい》二メートルもあろうと思われる、大きな天体観測鏡《てんたいぼうえんきょう》をのぞきながら、オギルギー博士《はくし》が、しきりにうめきだした。 「先生、どうしたんですか、そんなにうなって――どこかわるいんじゃないんですか。」  そばにいた、秘書《ひしょ》のマリーが、心配そうに、博士《はくし》の顔をのぞきこむと、助手のジムくんも、 「先生、すこしお休みにならないと、ほんとに病気になりますよ。」  と、いった。が、博士《はくし》は、 「いや、それどこじゃないんだ。ちょっと、のぞいてごらん!」 「どうやら、これは、火星の人間に、先を越《こ》されるんじゃないかな! わしは、心配になってきたよ。」 と、つぶやくようにいった。 「なんです。先生。」  ジムが、博士《はくし》にかわって、天体鏡《てんたいきょう》をのぞいた。じっと、火星の表面をのぞきこんでいたジムくんの顔も、みるみる青ざめていった。 「先生。なんだか、すごいことが起こっていますね。」 と、ジムが、そういうと、マリーが、 「ジムさん、どうしたの? わたしにも見せて……。」 と、ジムくんをおしのけるようにして、天体鏡《てんたいきょう》をのぞきこんだ。 「あら、ほんとだわ。火星の表面が、もえきってしまいやしないか、と思われるほど、一か所だけ、光りかがやいているわ!」  マリーも青くなってさけんだ。  いったいこれは、どういうことだろう?  ここは、イギリスの、ある天文台である。  オギルギー博士《はくし》は、世界でも有名《ゆうめい》な天文学者である。ところで、オギルギー博士《はくし》は、ずっとまえから、こんなことを考えていた。 「地球上の人間が、たえまなく戦争《せんそう》をしているのは、人間があんまり多すぎるからだ。なんとかして、地球のほかに、人間の住める新しい世界をみつけて、地球上の人間を、ごっそり半分ぐらい新世界に送りだしたいものだ。そしたら、地球上に戦争《せんそう》なんて、なくなるにちがいない。」  地球以外の世界といえば、宇宙《うちゅう》にちらばっている、なん億《おく》という、星のことだ。その、なん億《おく》という星の中にはきっと、地球より、まだまだ楽しく、人間の住める所があるにちがいない。  こういう考えから、オギルギー博士《はくし》は、この天文台で、天体の観測《かんそく》をやりだしたのであるが、世間の人は、 「だって、たとえば、そういう所が、地球のそとにあるとしたって、とても人間がいけないじゃないか、ばかばかしい。」 と、いって、だれも博士《はくし》のいうことをほんきできくものはなかった。 [#5字下げ]火星人の考えていること[#「火星人の考えていること」は中見出し]  博士《はくし》は、いろいろの星をしらべた結果《けっか》、やっぱり、むかしから生物の住んでいる、といわれてきた火星が、いちばん人間の住む地球と、にかよった星だ、ということをつきとめたのだった。  そして、いまでは、なんとかして火星にゆける方法《ほうほう》はないか、と研究しているのであった。  が、いま、突然《とつぜん》、博士《はくし》の天体鏡《てんたいきょう》にうつった、火星のようすをみて、博士《はくし》がびっくりしたのもとうぜんである。それは、博士《はくし》が、まえまえから、 「あるいは、火星の生物も、自分とおんなじことを考えていて、いつかはこの、火星の生物が、地球に襲来《しゅうらい》してきはしないだろうか。」 と、心配していたからだった。 「ねえ、ジム、マリー、あのようすは、ただごとではないよ。わしは、きっと、火星の生物が、地球にやって来るロケット弾《だん》でも発射《はっしゃ》したんで、あんなに火星の表面が光るのではないか、と思うんだよ。」 といって、博士《はくし》は、 「でも、たとえば、火星の生物が、いま、ロケット弾《だん》で地球にとびだしたとしても、きっと五年か六年ぐらいあとでないと、地球にとどかないがね。」 「たいへんねえ、先生。ほんとに火星の生物が地球にやってくるつもりかしら……。」 と、ジムとマリーは、顔をみあわせるのだった。  この心配は、あたっていた。火星は、もう死にかかっていて、火星の生物も、だんだん死滅《しめつ》していっていた。そして、いまでは、ごく知識《ちしき》のすすんだ生物だけが、やっと生きのこっていて、 『いったい火星のいのちはあとなん百年つづくだろう。』と、心ぼそがっていた。  火星の生物は、間もなく、じぶんたちのすんでいる火星が、月のように死滅《しめつ》するか、または一つの隕石《いんせき》になって、どこかにふっとんでゆくことを考えると、生きたきもちもなかった。そして、博士《はくし》とおなじように、火星の生物ぜんぶが、そっくりそろって、移《うつ》り住めるところをさがしていた。  それには、地球のほかにはなかった。地球の人間などよりも、なん千|倍《ばい》も知識《ちしき》の発達《はったつ》した火星の生物は、もう、地球にやってきて、地球に住む研究を完成《かんせい》していたのである。  なんとおそろしいことだろう。  火星の生物がどんなものか、それはわからないが、ともかく、その火星の生物が、どっと地球にやってきたら、どんなおそろしいことがおこるだろう。  火星人は、地球の人間をみなごろしにして、地球上を占領《せんりょう》するのかもしれない。  この火星人の襲来《しゅうらい》が、どうやら開始されたらしいのだ。火星では、地球に生物を送る、ロケット弾《だん》の砲台《ほうだい》が完成《かんせい》して、その第一|弾《だん》が発射《はっしゃ》されたのだった。 [#5字下げ]またまた大|異変《いへん》[#「またまた大異変」は中見出し]  さて、すると、その日から、二十四時間ばかりたった夕方のことだった。  ちょっとの間、博士《はくし》にかわって、天体鏡《てんたいきょう》をのぞいていた助手のジムが、いきなり、大きな声でさけんだ。 「あれっ! 先生っ!。また火星の表面が燃《も》えていますよ。」 「うん、なに――どれどれっ!」  窓《まど》ぎわで、ぼんやり、外のけしきをながめていた博士《はくし》は、いきなりとび上がって、天体鏡《てんたいきょう》にしがみついた。 「うむ、これは、第二|弾《だん》の発射《はっしゃ》かな。」  火星の表面の一か所に、もうもうとけむりがうずまいて、それが、まっかに光りかがやいていた。約《やく》三十分ぐらいそんなようすがつづいて、だんだん赤い輝《かがや》きがうすくなり、もやもやのけむりもなくなっていった。 「これは……、火星の生物が、総攻撃《そうこうげき》を開始したな!」  そうつぶやく博士《はくし》の顔には、血《ち》のけがなかった。 「先生、なにしに火星の生物は、地球にやってくるんでしょう。」 と、そばのマリーがきいた。 「そりゃわからんね。ただ地球の人間となかよしになりたいだけかもしれないし、ほかに、べつな目的《もくてき》があるかもしれんしね。」  博士《はくし》だって、そこまではわからないのだ。いや、火星の表面におきたまっかな輝《かがや》きが、はたして、地球にむかって、ロケット弾《だん》を発射《はっしゃ》したためかどうかも、ほんとはわからないのだ。ただ、いろいろのことから考えて、博士《はくし》や、ジムやマリーだけが、そう信《しん》じているだけだった。 「ジム、マリー、しばらくのあいだ、ゆだんしないで、天体鏡《てんたいきょう》をのぞいていなくちゃならんね。」  博士《はくし》は、沈痛《ちんつう》なおももちでそういって、また、天体鏡《てんたいきょう》にしがみついていた。  それからというもの、三人は、一|秒間《びょうかん》も休まずに、かわるがわる天体鏡《てんたいきょう》をのぞいていたが、火星の表面は、だいたい二十四時間ごとに、十回ばかりも、つづけて燃《も》えたった。  そして、十日めに、ロンドンのある新聞に、つぎのような記事がでた。 [#ここから4字下げ] 五、六年後に、火星の生物きたらん! [#ここから2字下げ] 数年来、ペニン山脈《さんみゃく》の山頂《さんちょう》にこもって、火星の研究にしたがってきたオギルギー博士《はくし》の信《しん》ずるところによると、今から五年か六年ののちに、火星の生物が、この地球上にやってきて、なにか大|問題《もんだい》をひきおこすだろうということである。 [#ここで字下げ終わり]  しかし、こんな記事も、だれもほんきにする者がなく、 「天文台の気ちがい博士《はくし》がなんかいいだしたよ。」 と、あざわらっていただけだった。 [#5字下げ]六年後のある夜[#「六年後のある夜」は中見出し]  それから六年たった。  だれも、みんな、オギルギー博士《はくし》のことなど、忘《わす》れてしまっていた。  と、ある夏の、夕方《ゆうがた》ちかくのことだった。  わたし(哲学者《てつがくしゃ》、姓名《せいめい》は、原著《げんちょ》にかいてなく、ただわたし、となっている)は、となり町のオッターショーで、ばったり、オギルギーにあった。  オギルギーとは、学校がいっしょである。かれは、わたしの顔をみるなりいった。 「いいところであった。ちょっと、おれの天文台の望遠鏡《ぼうえんきょう》を、のぞいていけよ。」  オギルギーは、いまは、ここの天文台に転勤《てんきん》になっていた。 「おれが、天体鏡《てんたいきょう》をのぞいても、しかたがないじゃないか。」 「いや、そうじゃない。哲学者《てつがくしゃ》のきみでも、あれを見たら、きもをつぶすだろう。」  わたしは、かれにさそわれて、天体鏡《てんたいきょう》をのぞくことになった。そしてびっくりした。天体鏡《てんたいきょう》にうつった、星の表面の一|部分《ぶぶん》が、まっかにもえているのだ。 「それは、火星だがね。どうもかれらは、また、地球に向かって、なにかやりだしたらしい。」 と、そばでオギルギー博士《はくし》がいった。 「なんのことだい、それは……。」  かれは、火星の人間が、地球の人類《じんるい》に向かって、戦《たたか》いをいどんでいるのだ、と話した。  わたしは、なんだか、へんな気もちで、家にかえって、書さいにこもったが、 「さて、もう寝《ね》ようかな。」 と、思っていたときだった。  空の一かくが、きゅうにくもって、突然《とつぜん》、シュル、シュル、シューというような、けたたましいもの音が起こった。 「なんだろう!」  わたしが、びっくりして空をみあげると、空いちめん、黄色い粉《こな》でもまいたように、かすんでいる。 「へんだぞ! 雲でもないし、霧《きり》でもないし。」  雲でもない、霧《きり》でもない――はっきりいうと、飛行機《ひこうき》が通ったあとにおきる飛行機《ひこうき》雲、つまり空の空気が飛行機《ひこうき》のまさつで水蒸気《すいじょうき》になる、あの飛行機《ひこうき》雲みたいなかんじだった。  シュルシュル、という音は、だんだん大きくなってきた。だんだん、目に見えるようになってきた。なにか、まるいものが、ものすごいいきおいで、地上に落下してくるのだった。  シュルシュルという音は、その落下する音で、雲のようなものは、その怪物《かいぶつ》の落下で、空気がもうれつにまさつされておきた水蒸気《すいじょうき》、つまり、飛行機《ひこうき》雲とおなじものだった。  やがて、怪物《かいぶつ》は、となりの町のオッターショーと、わたしの村のメーバリー近くの、オーゼルの荒野《こうや》に落下したようだった。 「新兵器《しんへいき》じゃないだろうか。」  いままで、だれも知らなかったような爆弾《ばくだん》かなんかじゃないだろうか、と、わたしは、きも[#「きも」に傍点]をひやして、そのほうを見まもった。  が、いつまでたっても、爆発《ばくはつ》したようすもなければ、たとえば、水素爆弾《すいそばくだん》のように、怪物《かいぶつ》の落下したあたりに、ものすごい火の手があがる、というようなこともないので、わたしは、ほっと胸《むね》をなでおろして、 「きっと、新しい隕石《いんせき》が落ちたのだろう。」  隕石《いんせき》ならたいしたことはない、と、そのまま寝《ね》てしまった。 [#5字下げ]怪物《かいぶつ》の正体[#「怪物の正体」は中見出し]  夜があけても、イギリスじゅうで、だれも、ゆうべの怪物《かいぶつ》のことを気にかけているものはなかった。新聞でも、ちょっと、昨夜《さくや》、これまでとはちがった隕石《いんせき》が落下して、夕涼《ゆうすず》みの人をびっくりさせた、という五、六行の記事をのせてあるだけだった。  ただ、怪物《かいぶつ》の落下した、ごく近くの人たちだけが、ものめずらしさに、大さわぎをしていた。  怪物《かいぶつ》の落下したところは、平野のはずれの砂地《すなち》のなかだった。  そのへんには、あんまり人家もなく、すこしはなれたところに、おひゃくしょうさんの部落《ぶらく》が、ぽつんぽつんと、ちらばっているだけだった。  朝早く、砂地《すなち》のわきの道路《どうろ》を、ひとりのおひゃくしょうさんが通りかかった。すると、砂地《すなち》のなかに、大きなあながあいているのをみつけてびっくりした。 「おやっ! ゆうべ、なにかでっかい音がして、隕石《いんせき》が落ちたようだったが、あれは、隕石《いんせき》の落ちたあなかな。」  おひゃくしょうさんは、やっとゆうべのことを思いだして、あなのほうに近よってみた。  近よってみると、怪物《かいぶつ》の落ちたあなは、ちょっとした沼《ぬま》ぐらいあった。砂《すな》やじゃりが、もうれつないきおいで、四ほう八ぽうにとび散《ち》って、あなのいっぽうなどは、とび散《ち》った砂《すな》がつもって、まるで丘《おか》のようになっていた。  砂地《すなち》にたった一本だけはえていた樺《かば》の大木が、みるもむざんにくだけて、木ぎれがほうぼうにとび散《ち》っていた。 「なんという、でっかい隕石《いんせき》だんべ。」  おひゃくしょうさんが、びっくりして、あなのそばにいってみると、なんとふしぎなことに、あなの両がわに、シュッシュッと火がふきだしていて、あかつきの空に淡《あわ》い紺色《こんいろ》のけむりがたちのぼっていた。  あなのまわりは砂《すな》とじゃりだけで、もえるものなどないはずだ。 「隕石《いんせき》がまだ燃《も》えてんのかな。ふしぎなこともあるもんだな。」  おひゃくしょうさんは、隕石《いんせき》というものは、石みたいなものだ、ときいているので、びっくりしてしまった。 「この隕石《いんせき》は、まだ生きてんだべか?」  あなのまんなかに、怪物《かいぶつ》のてっぺんが、ちょこんとのぞいていた。 「おや、おかしい。この隕石《いんせき》、円筒《えんとう》みたいだぞ! なんて、でっかい隕石《いんせき》だんベ!」  隕石《いんせき》というものは、たいてい手のひらにのるくらいな大きさだろう、――ところが、おひゃくしょうさんの目のまえにある怪物《かいぶつ》は、直径《ちょっけい》三十ヤードもあるでっかいもので、しかも、外がわは、厚《あつ》いうろこ形の、濃《こ》いねずみ色におおわれていて、まるで生き物のようなかっこうをしていた。  自分の考えている隕石《いんせき》とは、まるでちがった怪物《かいぶつ》なので、おひゃくしょうさんは、おそるおそる怪物《かいぶつ》のそばにあゆみよった。そして、めずらしそうにさわってみたしゅんかん、 「あちちち……。」 と、さけんで、とびあがった。  手が焼《や》けるように熱《あつ》い。 「なんて、へんてこな隕石《いんせき》だんべな!」  おひゃくしょうさんが、びっくりしていると、こんどは、怪物《かいぶつ》の外がわを包《つつ》んでいるねずみ色の燃《も》えかすが、はこのまるいふち[#「ふち」に傍点]のところから、ぽろぽろと、はげてこぼれだしたのである。  おひゃくしょうさんは、この隕石《いんせき》は、まだ燃《も》えているので、灰《はい》が落ちるのだろう、と思って、じっと、みつめていた。ところが、灰《はい》の落ちるのは、円筒《えんとう》の頭のところだけだ、と気づいて、 「おや、おや、へんだぞ!」 と、さけんだしゅんかんであった。こんどは、灰《はい》の落ちた円筒《えんとう》のはしが、しずかにまわりだしたのである。ちょうど、ねじこみの円筒《えんとう》のふたが、ひとりであいているみたいだ。 「この隕石《いんせき》には、ふたがあるぞ!」  おひゃくしょうさんは、きゅうにこわくなった。ふたがあいたら、なかからなにがとびだすかわからない……。  すると、こんどは、円筒《えんとう》のふたが、キーキーと、きしりごえをたてて、きゅうにまわりだしたのである。 「あっ! たしかに、なかに、なにかいるっ!」  なにものかが、円筒《えんとう》の中にいて、円筒《えんとう》のふたをなかからまわして、とりはずそうとしているにちがいないようすだ。  するとこれは、隕石《いんせき》なんかじゃなくて、円筒《えんとう》の中に入れられた人間が、空から、地上にほうりだされたのかもしれない! 「かわいそうに!」  人間なら助けてやらねばなるまい、と思って、おひゃくしょうさんは、もういちど、あわてて円筒《えんとう》のそばにかけよって、ぐるぐるまわっている、円筒《えんとう》のふたに手をかけた。が、そのひょうしに、 「あっ!」 と、さけんでうしろにとびさがった。  まだ、やけどするほど熱《あつ》いばかりでなく、円筒《えんとう》のふたのところから、パチパチと、怪光《かいこう》を発していたのである。 「怪物《かいぶつ》だっ!」  おひゃくしょうさんは、やっと、これはただものでない怪物《かいぶつ》だ、と気づいて、いちもくさんにあなからかけあがり、 「みなのしゅうや! 怪物《かいぶつ》が落ちているぞっ。」 とさけびながら、少しも早くしらせたいと、村のほうに走っていった。 [#5字下げ]かけつけた博士《はくし》[#「かけつけた博士」は中見出し]  おひゃくしょうさんは、橋のたもとで、むこうから来るひとりの馬車屋さんにあった。 「たいへんだ、たいへんだっ。」  おひゃくしょうさんは、たちまち、馬車屋さんにかみつくようにしていったが、あんまりあわてているので、口ががくがく動いているだけで、ことばはでてこなかった。 「どうなすっただね。そんなにあわてなすって……。」 と、馬車屋さんは、ふしぎそうに、おひゃくしょうさんの顔をみつめて、 「てんかんでもおこしなすったかね。」 「それどこじゃねえだよ。あそこの原っぱに、怪物《かいぶつ》がふってきただよ。」  おひゃくしょうさんは、またいったが、それも、ただ口ががくがくするだけで、馬車屋さんは、ちっともききとれなかった。馬車屋さんは、これは、きっと気がへんなんだろうとおもって、もうおひゃくしょうさんにはとりあわず、さっさといってしまった。  おひゃくしょうさんは、またいっさんにかけだして、こんどは村のはずれの居酒屋《いざかや》の戸をあけて、 「たいへんだ、たいへんだっ!」 と、わめいた。  居酒屋《いざかや》では、まだみんな寝《ね》ていた。 「いまごろ店にきてどなりたてるのは、どこのどいつだっ。」  せっかく眠《ねむ》っていたのをたたきおこされた居酒屋《いざかや》の小僧《こぞう》が、とびおきて、いきなりどなった。 「怪物《かいぶつ》だ、怪物《かいぶつ》だっ!」  おひゃくしょうさんは、わあわあわめいている。まるで気ちがいみたいに、目がとびだし、顔はまっさおだ。小僧《こぞう》さんは、ほんとの気ちがいがとびこんできたものとおもって、とうとうおひゃくしょうさんをおもてにおいだしてしまった。  こんなふうに、ゆうべの隕石《いんせき》事件《じけん》など、近所のものも、かくべつなんともおもっていないのだったが、すこしいって、こんどは、おひゃくしょうさんは、ひとりの新聞記者にでくわした。  さすがは新聞記者だけのことはあって、その記者は、ゆうべの隕石《いんせき》の落ちたところをさぐりにきたのだった。おひゃくしょうさんは、また、その新聞記者をつかまえて、 「たいへんだ、たいへんだ。」 と、わめいた。 「どうしましたね。」 と、新聞記者はおちついていった。 「怪物《かいぶつ》がふってきましただよ。」 「なに、怪物《かいぶつ》!」 と、新聞記者は、きき耳をたてた。 「あの砂《すな》っぱらに、怪物《かいぶつ》が落ちていますだ。」 「どこ、どこです……それは。」  隕石《いんせき》の落ちたところをさがしていた新聞記者はねっしんにいった。おひゃくしょうさんは、やっと、相手《あいて》をみつけたので、やっぱり口をがくがくさせながら、それでも、いまみてきたことを新聞記者に話した。 「はあ、そりゃあすてきですな! すばらしいふうがわりな隕石《いんせき》らしいですな。」 「隕石《いんせき》じゃねえです。人間がつくった円筒《えんとう》なんです。なかに、なにか生き物がはいっているようなんです。」 「それはすばらしい。きっと特《とく》ダネものだ。おひゃくしょうさん、現場《げんば》に案内してくれませんか。」 「ようがすとも……。」  新聞記者は、近くのひゃくしょう家によって、一ちょうのくわをかりてきた。円筒《えんとう》を自分でほりだしてみるつもりらしい。  ふたりがみつけたとき、円筒《えんとう》はそのまま、まえの所にあったが、もう、なかの物音はぴたりととまっていた。光《ひか》った金属《きんぞく》の輪《わ》が、ふたのすきまから見えた。  そして、シューッ、シューッという小さな音をたてて、円筒《えんとう》の中に、空気が出たりはいったりしていた。  きっと、円筒《えんとう》のなかの生き物が、空気を入れて、ほっとしているのかもしれない。  ふたりは、近よって、耳をすました。なんの音も聞こえなかった。木の枝《えだ》をひろってきて、ふたのところをたたいてみたが、なんの返事もなかった。 「きっと、死んでしまったんだね、かわいそうに……。」  ふたりはおもわず目と目を見あわせたが、なんだか、うすきみがわるくなったので、円筒《えんとう》をほり出すのはやめにして、 「ともかく、村の人をあつめてからにしよう。」 と、村のほうにかけだした。  わたしが、びっくりして、そのさわぎをながめていると、オギルギーもやってきた。 [#5字下げ]おどろきは波のように[#「おどろきは波のように」は中見出し]  オギルギー博士《はくし》が、現場《げんば》にかけつけたときは、近所のものが、あなのまわりを遠まきにして、わいわいさわいでいるところだった。  だれも、怪物《かいぶつ》の正体をつかめないので、半分こわいが、半分はおもしろがっていた。ことに、はしゃぎまわっているのは、なんにもわからない子どもたちで、四、五人のはなったれ小僧《こぞう》どもが、あなのふちに腰《こし》かけて、あしをぶらぶらさせながら、あなの中の円筒《えんとう》に石を投げつけておもしろがっていた。 「あぶないっ! やめろっ。」  それをみた博士《はくし》は、自動車からとびおりると、もどかしそうに、子どものそばにかけよって、どなりつけた。 「あれは、火星からきた生物で、そんないたずらしたら、何をされるかわからないぞ!」 「へええ、火星の生物だってさ。」  おとなも信《しん》じないくらいだから、子どもたちはそんなばかなことがあるもんか、という顔つきで、こんどは円筒《えんとう》のまわりでおにごっこをやりだした。 「こらっ! やめなさい。円筒《えんとう》に近づくのはやめなさい!」 「へいちゃらだよ。もう、なかの生き物は死んじゃったんだよ。おじさんは、なんにも知らないから、そんなこというんだい。」 と、子どもたちは、博士《はくし》をからかった。  しかし、博士《はくし》も、火星からふってきたものがどんなものか知らなかったので、そっと、円筒《えんとう》のそばに近よってみた。  ふたのすきまが、うっすらと光っているばかりで、なんの物音もしなかった。が、博士《はくし》は、その円筒《えんとう》をみただけで、 「これは、まちがいなしに、火星からとんできたものだよ、きみ!」 と、いった。 「どうしてかな。」 と、わたしがきくと、博士《はくし》は、 「こういう金属《きんぞく》は、地球上にはまだ使われたことがないよ。これは、きっと、六年もの長い間、すばらしい速度《そくど》で宇宙《うちゅう》間をつっぱしってきたので、まさつで性質がかわったのか、それとも、火星には、こういう金属《きんぞく》があるのか、どっちかだよ。」 「ほんとに、なかに生き物がいるかな!」  わたしは、そうきいた。 「子どもたちは、そんなことをいってたがね。しかし、あるいは、手紙かなんかはいっているんかもしれないよ――まあ、ともかく危険《きけん》だから、もうすこしようすをみることにしよう。うっかりさわって、大けがをしたり、くいつかれたりしてもつまらんからね。」  オギルギーが、そんなことをいっているあいだ、まわりにいた、やじうまたちも、 「つまんねえや。」 といって、だんだんかえっていった。  しかし、そんなあいだにも、突然《とつぜん》ふってわいた怪物《かいぶつ》のことは、波のように、イギリスじゅうにひろがっていた。  あの新聞記者が、ロンドンの大きな新聞の夕刊《ゆうかん》に、 [#ここから2字下げ] ――火星の怪物《かいぶつ》あらわれる―― [#ここで字下げ終わり] という、大みだしの記事をでかでかと書きたてたからだ。  それといっしょに、オギルギー博士《はくし》が、この怪物《かいぶつ》のことを、ロンドンにある中央《ちゅうおう》天文台に知らせてやったので、 「どうやら、ただの隕石《いんせき》ではなさそうだ。」 ということになって、イギリスの科学者たちも、本気でこの怪物《かいぶつ》について考えだしたからである。 [#5字下げ]全国からぞくぞく見物人[#「全国からぞくぞく見物人」は中見出し]  しかし、その円筒《えんとう》が、火星からふってきたものかどうか、ということは、だれも信《しん》じきれなかった。 「そんなことがあるはずがないわ。」 と、女の人は、あっけにとられたし、 「そんな科学者のおとぎばなしが、じっさいに起こってたまるかい。」 と、おとなは、あたまからばかにしてかかっていた。  が、ともかく、へんな怪物《かいぶつ》が、空からふってきて、へんな音をたてたり、へんな光をだしたりする、というので、イギリスじゅうから、ひまと金のあるやじうまれんちゅうが、どんどんオーゼル荒野《こうや》めがけてあつまってきた。  すると、そのころ、近くの村に、よくのふかい人間がいて、 「おい、おれは、あの円筒《えんとう》をほりだして、ロンドンにもっていって、みせものにするんだい。」 といって、せっせと円筒《えんとう》のまわりをほりだしていたので、大きな、うすきみのわるい円筒《えんとう》が、にょっきりと、砂《すな》のあなにつったってあらわれたのである。 「まあ、これ、ガスタンクみたいだわ。」 と、ロンドンからやってきた、お金持ちのおくさんが、まず、びっくりしてさけぶと、オックスフォードから、わざわざやってきた大地主の伯爵《はくしゃく》が、白いひげをしごいて、 「こんな巨大《きょだい》な物体を、空にはこんで投げおろすことなど、とても人間わざでできるこっちゃありませんね。天文台では、火星からふってきた、と報告《ほうこく》しているようですが、そんなことは、とんだくわせものでさあ、ねえ、おくさん。だって、こんな円筒《えんとう》がたとえ火星から発射《はっしゃ》されたとしても、無事《ぶじ》で地球上までとどくわけがないじゃありませんか。火星から地球までのあいだには、真空《しんくう》のところもあり、空気のあるところもあり、空気のまさつをうけただけでも、こんな金属《きんぞく》は、すりきれてこなごなになっちまいますよ。」 と、もっともらしい顔をして、 「ねえ、おくさん、これはきっと、だれか、金もうけのためにたくらんだものにちがいありませんよ。」 「そうざますわね。わたし、あなたのご意見に賛成《さんせい》でございますわ。だれか、きっと、この怪物《かいぶつ》を、ロンドンかどっかにもちだして、みせものにでもするつもりなんでございますよ。」  そのあいだにも、見物人は、あとからあとからつめかけてくるので、とうとうたくさんの巡査《じゅんさ》がやってきて、交通|整理《せいり》をやりだした。と、そのうち、円筒《えんとう》の中からは、またかすかな物音が聞こえたので、見物人たちは、 「あっ、やっぱりなかに生き物がいるんだ。ひっぱりだして検査《けんさ》してみよう。」 と、いいだした。  しかし、だれも、すすんでその危険《きけん》な仕事をやろうと、いうものがないので、とうとう若《わか》い巡査《じゅんさ》がえらばれて、円筒《えんとう》のふたをあけることになった。  若《わか》い巡査《じゅんさ》は、いったん村にかえって、ねじまわしと金づちをもってきた。そしてもうひとりの巡査《じゅんさ》がはしごをかついできた。円筒《えんとう》の頭に、はしごをかけて、若《わか》い巡査《じゅんさ》は、円筒《えんとう》の頭にのぼっていった。しばらく、ふたのすきまから、耳をすませてなかの物音をきいていたが、見物人のほうに向かって、 「みなさん、円筒《えんとう》のなかの物音は、よほど大きい音ですね。なんだか、機械《きかい》でもまわしているみたいな、規則《きそく》ただしい物音です。」 と、どなった。 「早く、ふたをあけろよっ!」  見物人たちは、いらいらしてどなった。巡査《じゅんさ》は、カチカチ、と円筒《えんとう》のふたをたたいたり、ねじまわしをかけてみたり、いっしょうけんめいだったが、 「みなさん、この円筒《えんとう》のふたは、とてもあきません。」 といって、はしごをおりてしまった。 [#5字下げ]怪物《かいぶつ》のふたがあいた[#「怪物のふたがあいた」は中見出し]  そのあいだに、わたしはオギルギーにつれられて、いっぺん天文台にかえった。  火星のほうに、なにか変化《へんか》がないか、とおもったからだった。あれだけのことをやる火星の生物だから、無事《ぶじ》に、円筒《えんとう》が地球にとどいたことをたしかめようとしていないともかぎらない。あるいは、円筒《えんとう》のなかの生き物と、信号《しんごう》でもかわしあっているかもしれない――と思ったので、火星のようすを観測《かんそく》してみようと思ったのだ。  すると、はたして、人間の目にはうつらないが、特別《とくべつ》のしかけをしたレンズをあててみると、火星から、青い光の、信号《しんごう》らしいものが、地球めがけて発信《はっしん》されていることがわかった。 「どうも、火星の生物のことばらしいが、ちっともわからんね。」 と、博士《はくし》はいった。 「円筒《えんとう》のなかの生き物と、通信《つうしん》しているんでしょうね。」 「どうもそうらしい。これからなにをやりだすかわからんよ。はやく、現場《げんば》にいってみよう。いまごろ、円筒《えんとう》のなかの生き物は、戦闘準備《せんとうじゅんび》でもしているかもしれないよ。」  そして、わたしとオギルギーは、また自動車をとばして現場《げんば》にやってきた。  わたしたちが、ふたたびオーゼル荒地《こうち》の現場《げんば》にかけつけたのは、円筒《えんとう》が落下してから二日めの夕方だったが、あなのまわりには、もう二百人ばかりの見物人があつまっていて、まだあとからあとから、と見物人がふえていった。  すると、わたしたちが、群集《ぐんしゅう》の中をわけて、円筒《えんとう》のそばに近づこうとしたしゅんかんだった。 「のいて、のいて……。」 とさけびながら、ひとりの子どもが、円筒《えんとう》のそばからかけだしてきた。 「動くんだよ。」 と、子どもはまっさおになって、ふるえあがっていた。 「なんだと、なんだと……なにが動くんだ?」 「ねじがまわるんだよ。怪物《かいぶつ》のふたがひとりでにまわるんだ。ぼく、あんなもの、きらいだから、家にかえるんだよ。」  子どもは、うしろからこわいものにおっかけられるように、両手で見物人のなかをかきわけて、村のほうにかけだしていった。 「ねじがまわったそうだよ。」 「やっぱり、なかに生き物がいるんだ。」  そのあとで、見物人は、どっとあなのまわりにつめよった。 「おちたあ、助けてえ!」 「ふんじゃだめじゃないか。」 「痛《いた》いっ! このやろう、気をつけろっ!」  どっと、あなのなかにすべりこんで、ころがったりふまれたり、大さわぎになった。 「あぶないぞっ!」  わたしは、気が気でなかった。  ぜったい火星の生物だ、と信《しん》じているわたしは、なんにも知らないで、こんなに大ぜいの人が円筒《えんとう》のそばになだれこんでは、どんなめにあうかわからない、と思うと、ぞっとする気もちだった。  が、こうふんした見物人は、わたしやオギルギーが、必死《ひっし》になってとめるのもきかず、どっと円筒《えんとう》のまわりにおしよせてきた。その中のひとりは、四、五人の人にかたぐるまをしてもらって、円筒《えんとう》のあたまにのぼった。 「あっ! なかが光っているぞ!」  円筒《えんとう》のふたは、なかかららせんじ[#「せんじ」に傍点]かけで、なかがのぞけるぐらいにあながあいていた。 「なにかいるかい!」と、みんながさけんだ。 「よくわかんないが、なにかいるらしいぞ!」  そのあいだにも、円筒《えんとう》のふたは、だんだんはげしくまわりだして、ブーンという音をたてて、とうとう砂《すな》の上におちてきた。 「あっ!」  まわりの人があわてふためいて逃げだした。 [#5字下げ]ぶきみな怪物《かいぶつ》[#「ぶきみな怪物」は中見出し]  砂《すな》の上におちた円筒《えんとう》のふたは、二、三人の見物人にかすりきずをおわせて、半メートルも砂《すな》の中にくいこんだ。  円筒《えんとう》のあたまにのぼっていた人間は、そのはずみで、三メートルもむこうにふっとばされた。  と、そのときだった。ねこぐらいの大きさの、灰色《はいいろ》をしたまるいかたまりが、のろのろと、円筒《えんとう》の中からはいだしてきたのだ。  二つの光った目のようなもののあいだから、散歩《さんぽ》づえぐらいの太さの、灰色《はいいろ》の小さなへびににたようなものが、とぐろをまきながら、べったり円筒《えんとう》のふちにねばりついていた。  と、また一本……。  きっとあれが手かもしれない。  きゃっとさけんで、ひとりの女が気絶《きぜつ》してしまった。見物人は、われがちにと、あなのそとに逃《に》げだした。  怪物《かいぶつ》は、いかにも苦しそうにして、円筒《えんとう》のふちにつかまったまま、しばらくじっとしていた。  怪物《かいぶつ》は、だんだんふくれだした。そして、日の光にあたると、そとがわが、ぬれた皮のように、きみわるく光りだした。  見物人は、ずっとあなのそとから、遠まきにして怪物《かいぶつ》をながめているが、もう、だれひとりこえをたてるものもなかった。  怪物《かいぶつ》の目だまが、じっと地球の人間どもをにらんだ。目はまるくて、顔のようなものもある。目の下には口らしいものがあるが、くちびるのない口のへりは、ぴくぴくふるえてよだれ[#「よだれ」に傍点]をたらしていた。  からだ全体が、ひきつるように波うったりふるえたりしていた。  怪物《かいぶつ》はまた動きだした。  へびのような、やわらかい一本の手をのばして円筒《えんとう》のふちをつかんだ。  もう一本の手は、どういうわけか、ブランブランとちゅうにうかしていた。  突然《とつぜん》怪物《かいぶつ》がみえなくなった。 「おやっ!」  それと同時に、どさりという、物の落ちる音がした。怪物《かいぶつ》はいなくなったのではなくて、砂《すな》の上に落ちたのだった。落ちるとき、光線《こうせん》の関係《かんけい》で、ちょっとのあいだみえなくなったのだった。 「でてきた、でてきたっ。」  たとえようもない恐怖のさけびが見物人たちの口からもれた。  と、そのときだった。 「あっ! もう一ぴきいるっ!」 と、だれかがさけんだ。  ほんとだ。円筒《えんとう》の口もとからは、もう一ぴきの怪物《かいぶつ》があらわれて、しっかり、へびのような触手《しょくしゅ》をのばして円筒《えんとう》のふちにつかまっているのだった。  二ひきめの怪物《かいぶつ》も、まえとおんなじやりかたで、どさりと砂《すな》の上におちてきた。 「きゃっ!」 と、さけんで、女の人がまたひとり気絶《きぜつ》した。  そのこえにおどろいて、見物人は、どっと逃《に》げだした。すこし逃《に》げだして、またこわいものみたさに、たちどまった。  夕日は、ほとんど西の空におちて、あたりがきゅうに暗くなった。  わたしとオギルギーは、ずっと遠くのこかげにしりぞいて、この怪物《かいぶつ》のようすをみまもっていた。  二ひきの怪物《かいぶつ》は、夕やみの中で、あなのふちから出たりはいったりしていた。だんだんかっぱつになるらしい。いったい、これからなにをやりだすつもりなんだろう? [#5字下げ]白い旗《はた》をたてて[#「白い旗をたてて」は中見出し]  それにしても、この二ひきの怪物《かいぶつ》を、だれひとりとして、とらえようとする者のなかったことは、あとで考えてみると、ふしぎなことであったし、また、残念なことであった。  しかし、それも、よく考えてみると、むりもないことであった。  じっさいに見たものでないと、あの火星人の、なんともいえない、ぞっとするぶきみなかっこうは、そうぞうもつかないだろうが、きみょうなV字型《ブイじがた》の口、とがった上くちびる、そしてV字型《ブイじがた》の口の上には鼻柱《はなばしら》がないし、口の下にはあごがないのだ。  おまけに、このきみのわるい口が、いつもブルブルとふるえていて、それだけでもぞっとするのに、そのうえ、へびのようなにょろにょろした手を、のばしたりちぢめたりして、いかにも地球上の空気は、すっていて苦しくてたまらん、といわんばかりにそうぞうしい音をたてて、呼吸《こきゅう》している肺《はい》――この怪物《かいぶつ》が、はうようにして、ときどき、ギョロリと、異様《いよう》に光る目だまでにらみつけるのだから、ちょっとみただけで、むかむかと、はきけがするくらいいやな気もちになるのだった。  ひとくちにいったら、くさった大きな肉のかたまりがはっているみたいなのだ。  これでは、だれも、とらえる勇気《ゆうき》がでないのもあたりまえで、それに、この怪物《かいぶつ》が、なまこかなにかみたいに、ぐにゃぐにゃしているようすが、たいしてこわいことなどできそうもないので、だれもむりにとらえたり殺《ころ》したりしなければならぬと、思いつかなかったのだ。  つまり、あまりの奇怪《きかい》なかっこうに、だれもかれも気をのまれて、この怪物《かいぶつ》が今後どんなことをしでかすかを深く考えてみることもしなかったわけだ。  わたしは、二度とふたたび、怪物《かいぶつ》のそばに近づく勇気《ゆうき》がなくなっていた。 「あれが、ほんとに、火星人だろうかね、オギルギー。」  それで、ずっとはなれた丘《おか》の上の、松《まつ》の木のかげから、火星人を監視《かんし》することにしたふたりだったが、わたしは、望遠鏡《ぼうえんきょう》から目をはずして、博士《はくし》にいった。 「人間というよりは、くもかなんかにぞくする虫の類《るい》じゃないかね。」 「それはわからん。」  オギルギーは、 「人間といっていいかどうかわからんが、やっぱり、火星の中でいちばん知識《ちしき》のすすんだ生物だろうね。だから、火星では地球の人間に相当《そうとう》する生物だろうね。つまり火星人といってもいいやつだろうよ。」 「でも、足も胴《どう》もおなかもない人間なんて、とても考えられないね。」 と、わたしはいったが、博士《はくし》は、 「地球上の人間も、知識《ちしき》がすすんで、科学的《かがくてき》食りょうをとったりなんかするようになると、胃《い》も腸《ちょう》もいらなくなるかもしれないよ。いらないものは、だんだん退化《たいか》して、しまいにはなくなってしまうんだ。」 「そしたら、地球の人間も、おしまいには、あの火星人みたいになるってわけか。」  わたしは、ぶるっと身ぶるいしたが、 「あっ! たこみたいな足を空のほうにのばしたっ!」  ほんとだった。たこの足のような、黒いひものようなものが、にゅーっと空のほうにのびあがって、すぐひっこんだと思うと、こんどは、かわりに、先のほうにグルグルと回転《かいてん》している円盤《えんばん》のくっついた細いさおのようなものが、ひとふしずつのばすように、にょきにょきと空のほうにのびていった。 「きみ、あれなんだろう。」 「火星人のアンテナかな。」 と、オギルギーは、つぶやくようにいった。  望遠鏡《ぼうえんきょう》をぐるっとまわしてみると、あちこちに、二、三人ずつかたまって、火星人をながめている人がいた。  と、そのうち、道のむこうから、二、三人のぎょ者といっしょに、数人の人がやってきて、大たんにも砂地《すなち》のほうに車をのり入れていった。  しーんとしずまりかえったあたりの空気の中に、ひづめの音や、車のわだちの音が、ガラガラと聞こえた。  車にのった人は、あなの近くまでゆくと、車からおりて、めいめい白い旗《はた》をふりふり、火星人のほうに近づいていった。 「へんなことをするんだなあ。あの人たち、なんだろう。」 「うむ、近所の科学研究所の委員《いいん》だろう。」 と、答えてオギルギーは、 「研究所のれんちゅうが『どうもいつまでほったらかしておいては、われわれ科学研究者のなおれになる。火星人は、きっと知識《ちしき》のすすんだ生物だから、ひとつ話しあってみようじゃないか。それには、白い旗《はた》をたてていけばこっちに害意《がいい》がないということがわかるだろうから、ひとつ、白い旗《はた》をたてて、いってみよう。』って相談《そうだん》していたから、きっとその人たちだろう。」  白旗《しろはた》は、はじめは右に、つぎに左へと、ヒラヒラ動いた。 「そうは決心しても、きっとこわいので、あんなに、右にいったり、左へいったりしているんだね。」 と、オギルギーがいったとき、どこから集まってきたのか、白旗《しろはた》をたてた人たちのうしろから、ぞろぞろと、たくさんのやじうまがついてきた。 「危険《きけん》なことがおこらなけりゃいいがなあ。」 と、博士《はくし》がつぶやいたときだった。  突然《とつぜん》、すざましいせん光《こう》がキラキラとあたりいっぱいにひらめいた。 [#5字下げ]怪熱線《かいねつせん》の放射《ほうしゃ》[#「怪熱線の放射」は中見出し]  もう、日がとっぷりくれていたので、そのせん光《こう》は、キラキラして、まぶしいほどだった。はじめ、たくさんの緑色《みどりいろ》のキラキラするけむりが、あなの中からはっきりと、三度にわかれて放射《ほうしゃ》され、それが、じゅんじゅんに、しずかに、はれた夜空に、まっすぐにたちのぼっていった。  そのけむり――というよりは、火えんは、紺色《こんいろ》にはれた頭上の空に、ひろびろとひろがって、けむりがなくなってからも、しばらくそこらじゅうが明るく見えるほど強烈《きょうれつ》なものだった。  火えんのたちのぼるたびに、シュッ、シュッと、ふんむ器《き》でも使うようなかすかな音をたてていた。  白旗《しろはた》をもった一|団《だん》の人たちは、この怪光線《かいこうせん》にびっくりして、しばらく、ぼうぜんと立ちどまっていた。  火えんの、シュッ、シュッという音は、だんだんブンブンという音にかわり、ブンブンという音も、だんだん高くなって、びっくりするほど高い音になった。  そして、音が高くなっていくにしたがって、みょうな、こぶのようなものが、しずかにあなの中からもりでてきたが、そのこぶのようなものからも、かすかな光がでていた。  白旗《しろはた》をもった人たちは、怪光《かいこう》にびっくりして、めいめい、 「あっ!」 という悲鳴《ひめい》をあげながら、逃《に》げだしたり、あなのなかにふせたりしたが、ふしぎなことには、つぎのしゅんかん、その人たちのからだから、たちまちいくすじかの、まばゆい、キラキラしたはくえんが、光のようにほとばしりだして、ばったばったとたおれてしまったのである。 「ああ! 人間が、火えんになった。」  わたしは、びっくりしてさけんだ。  ひとりの人間が、たちまち、火のたまとなって、あなの中できえていってしまったのだ。 「火星人は、きっと、怪熱線《かいねっせん》を放射《ほうしゃ》して、地球上の人間を、一しゅんのうちに、火えん化してしまったのだよ。」  オギルギー博士《はくし》も、おそろしさに身をふるわせて、 「それにしても、なんというおそろしい放射熱線《ほうしゃねっせん》だろう。」と、つぶやいたが、 「あれ、むこうの松林《まつばやし》の中からも、怪《かい》火えんがたちのぼったよ、きみ。」  いままで、あたりが暗いのでわからなかったが、わたしたちのいた反対《はんたい》がわの、松林《まつばやし》の中にも、火星人をながめていた一|団《だん》の人たちがいたらしく、その人たちが、ひとりのこらず、からだから、怪《かい》火えんをあげながら、 「助けてえ。」 とか、 「あっ! あつい!」 とか、だんまつまのさけびをあげながら、ちょっとうごめいてたちまち、数じょうの火のたまとなってしまうありさまが、火えんの光の中で、まるでじごく絵のように、むごたらしくみえた。  その人たちも、火星人の発射《はっしゃ》した放射怪熱線《ほうしゃかいねっせん》にあたって、あっというまに気化してしまったのである。 「おい、きみ、逃《に》げよう。」  わたしたちはいっせいに、走りだした。が、あまりのおそろしさに、ひざがしらが、ガクガクして、すぐ、砂地《すなち》の上にころんでしまった。  と、こんどは、はるか遠くの、右手の一か所で、一けんのコンクリートづくりの白い家が、やはり、怪《かい》火《か》えんを発して、たちまちのうちに姿《すがた》をけしてしまった。その家は、村の近くにたった家で、火星人の怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》は、ずいぶん遠くまでとどくらしい。 「あっ! コンクリートが、燃《も》えたっ!」  コンクリートが燃《も》えるくらいでは、どこにかくれたってだめだ。  わたしたちは、もう、めいめい両手であたまをかかえて、砂《すな》の上につっぷして、ブルブルふるえているだけだった。  火星人の怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》は、そのあいだにも、まるで鋭《するど》い剣《けん》のように、暗い夜の空気のなかをしみとおって、あるいは近くのやぶを気化し、あるいは遠くの杉《すぎ》や松《まつ》を一しゅんのあいだにけむりと化してしまった。  そればかりでなく、遠くで、馬のいななくこえがした、と思うと、それがたちまちだんまつまのさけびにかわったり、どこかのやみの中で、人間のだんまつまのさけびが起こったり――あたるをさいわい、地上のあらゆる生物を一しゅんのうちにけむりと化してしまったようであった。なんというおそろしいことだ。  やっと、シュッシュッという音も、ブンブンという音もやんだ。 「やっ、やられた。」  あたまをあげたわたしはさけんだ。オギルギーが、あのおそろしい怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》にやられて、半分とけた死体になっていた。わたしだけ奇跡的《きせきてき》に助かっていた。  火星人は、きっと地上の人間に対《たい》して戦《たたか》いをいどんできたのにちがいない。  わたしは、むちゅうで、いくつかの村をとおりすぎて、四、五マイルのあいだをいっきに逃《に》げだしたが、三つめか四つめの村の入り口にきたとき、もう、精根《せいこん》つきて、ばったりたおれてしまった。  そして、しばらくの間は、もう死んだようになって、そこにたおれていた。すると、そのうち、おひゃくしょうさんらしい人がわたしのそばを通りかかった。おひゃくしょうさんは、足もとのやみの中に人間がたおれているので、びっくりして、 「きゃっ!」と、さけんで、とびのいた。  わたしは、そのさけびごえで、やっと、われにかえった。 「こんばんは、おひゃくしょうさん。わたしは、けっしてあやしい者ではありません。」 と、わたしはしずかにいって、 「わたしは、オーゼルの荒野《こうや》から逃《に》げてきたものです。」 「オーゼルの荒野《こうや》?」  おひゃくしょうさんは、ふしぎそうに、わたしのすがたをみつめた。どうやら、このおひゃくしょうさんは、オーゼル荒野《こうや》の火星人のさわぎをしらないらしい。  しかし、あの火星人の周囲《しゅうい》にいた人は、みんな、怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》にあって、けむりになったか、死んだかしてしまって、まだ、こんなところまで逃《に》げてきた人がないのだから、このおひゃくしょうさんがなんにもしらないのも、むりのないことだった。  わたしは、あんな大さわぎを、このおひゃくじょうさんが知らないらしいのがふしぎでたまらなかった。 「あなたは、火星人のことを知らないのですか。」 「はあ、なんだか、そげなうわさがたっておりましたがね。わしは、一日じゅう野らにでておりましたんで、くわしい話は知らねえですよ。それに、そんなばかばかしい話にむちゅうになっているひまなど、わしらひゃくしょうにはねえですよ。」 と、おひゃくしょうさんは、いかにもばからしい、といわんばかりにして、すたこら、むこうへいってしまった。 「へえ……。」 と、わたしは、あっけにとられてしまった。  そういえば、この村は、いかにもしずかで、まだ、半分ばかりは起きているらしい家家の、窓《まど》からもれてくるひの光も、いかにも平和で、いつもとかわりがなかった。  なんとなく、へんな気もちで、わたしは、その平和なともしびをみついていた。 [#5字下げ]メーバリーの町[#「メーバリーの町」は中見出し]  それからまた、五マイルばかりいったところに、メーバリーという町がある。そのメーバリーの町のうしろの、丘《おか》の上にわたしの家があった。  白い壁《かべ》と赤い壁《かべ》のまじった美しい家で、その家に妻《つま》と、子どもがいた。  あけがたになって、メーバリーの町の入り口についたが、そこのガス工場では、いつもどおりに作業《さぎょう》をやっているらしく、ちょうど出勤《しゅっきん》時間なので、職工《しょっこう》たちが、ぞくぞくつめかけていた。 「みんな、なにもしらないのかな。」  わたしは、さっそく、ひとりの職工《しょっこう》をつかまえて、 「なにか、オーゼル荒野《こうや》から、しらせがありませんでしたか。」 と、きいてみたが、その男は、なんにもしらないらしく、 「え? なんですって……。」 と、ちょっとたちどまっただけで、帽子《ぼうし》や上着をなくしてしまったわたしを、うさんくさそうに、じろっとみつめると、そのまますたすたと工場にいってしまった。  工場のまえを通りすぎて、すこしゆくと、一けんの家のまえで、ふたりのおくさんが、ほうきをもったままたちばなしをしていた。  両どなりのおくさんだろう。道をそうじにでて、顔をあわしたので、そのまま立ち話をはじめたらしい。わたしは、またふたりのおくさんに近づいて、 「なにかオーゼルの荒野《こうや》からしらせがありましたか?」 と、さっきとおなじことをきいてみた。すると、ひとりのおくさんが、 「ああ、ゆうべ、主人がかえってきまして、オーゼルの荒野《こうや》でさわぎがあったとかもうしておりましたが、いったい、なにがあったのでしょうか。」といった。 「火星からきた人間のことを、おききになりませんでしたか。」  わたしが、かさねていうと、 「火星から来た人間ですって……。」 といって、おくさんは、もうひとりのおくさんと顔をみあわせて、 「まあ、このかたなんてことおっしゃるんでしょうね。」 というなり、どっとふきだしてしまった。 「やっぱり、みんな、なんにもしらないんだな。」  町をとおりぬけて、わたしは、丘《おか》のうえの自分の家にいった。  よびりんをおすと、妻《つま》がでてきて、 「まあ、どうなすったの!」と、びっくりして、 「まるで、十年もわずらったみたいに青い顔をしていらっしゃるわ。」  妻《つま》のことばはほんとだった。わたしは、しってる人がみたら、いまにもそこにたおれてしまいそうに、やつれきっていたにちがいない。 「まあ、早くおはいりになって、お休みになってください。」  妻《つま》はそういってから、 「ジョー、ジョー、おとうさんよ。」と、家の中にこえをかけた。  むすこのジミー[#「ジミー」はママ]が、パジャマすがたでとんできて、 「パパ……。」 と、わたしにしがみついた。ジョーは、まだとこの中にいたのだった。 「おやすみになります? それとも、何かめしあがります?」  妻《つま》は、わたしがへやにはいると、やっとほっとしたようすで、 「新聞で、火星人の記事をみて、わたし、あなたが、きっとあぶないめにあっていらっしゃるにちがいない、と思って神さまにごぶじをおいのりしておりましたのよ。」 「うんうん、そうかい。さすがはおまえだね。」わたしは、そういって、 「このへんの人で、火星人のことを気にかけているのは、あとにも先にも、おまえひとりだったよ。」 「それで、どうしましたの、あなた!」 「どうもこうもないね。たいへんないりょくだね、あの火星人は……あれは、地球の人間など、さかだちしてもおっつかないほど進歩した生物だよ。」 といって、わたしは、火星人のようすをかいつまんで話した。 「まあ!」妻《つま》はあおくなって、 「そんなにこわいものが、すぐ目のまえにあらわれたのに、イギリス政府《せいふ》はなにをぼんやりしているんでしょうね。あなた、いままで、兵隊《へいたい》もださないなんて、司令官《しれいかん》の気がしれないわ。」 「うん。あんまり奇怪《きかい》な事件《じけん》だからさ。政府《せいふ》だって司令官《しれいかん》だって、まさか火星人がふってくるなんて考えつかないことだよ。」 と、わたしは、 「新聞にでているくらいだから、政府《せいふ》も司令官《しれいかん》も、報告《ほうこく》だけは受けているにちがいないさ。しかし、そんなばかなことがあるわけがないと思って、手をつけないでいるんだよ。しかし、そのうち、イギリスじゅうの兵隊《へいたい》がかりだされるようなことになるよ。」 「まあ、早く兵隊《へいたい》をだして、そんなこわい怪物《かいぶつ》、うち殺《ころ》してしまわないとあぶないわね。」 「なに、そのうちおおさわぎするさ。」  わたしは、 「ところでアンナ、なにか食べるものがほしいね。わしは、ゆうべから走りづめでまだなんにも食べていないんだ。」 「はいはい。すぐしたくしてまいります。ちょっとおまちください。」 といって、妻《つま》は台所のほうにいった。 [#5字下げ]怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》のもうい[#「怪放射熱線のもうい」は中見出し]  かれらはいったい、どんなもう威《い》をふるっていたのか!  一夜あけて、よく日のことだった。  火星人の怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》のために、たくさんの人が、危険《きけん》な死にかたをしたことが、ぱっと近隣《きんりん》にひろがった。 「えいっ! ちくしょうめっ、なんちゅうことだ。」  それをきいた人たちは、かんかんにおこった。 「火星なんちゅうとこからやってきて、この地球の人間さまに害《がい》をあたえる。なまいきなやつは、生かしておけねえ。」 と、手に手に、武器《ぶき》やくわや、ぼうきれなどをもって、どっと、あなのまわりにおしよせたのである。  すると、あなのまわりに、まっ黒こげになった死体が十二、三ころがっていた。怪熱線《かいねっせん》のあたりぐあいで、完全《かんぜん》に気化しきれずにのこっている死体であった。 「あっ、こいつはいけねえ。」  人びとは、このくろこげの死体をみて、あおくなってあとずさりした。  ふとあなの中から鉄ついの音がきこえてきた。  みると、二ひきの、いやふたりの火星人が、なにかみょうな機械《きかい》のようなものをくみたてているのだった。 「あっ! なにをしてるんだろう。」 「きっと、新兵器《しんへいき》をくみたてているのかもしれないよ。」  まさにそうだった。怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》などは、ただ、これから、戦闘準備《せんとうじゅんび》をするまでの、ほんの防《ぼう》ぎょ的《てき》なもので、火星人は、つぎの新兵器《しんへいき》をくみたてるまで、地球上の人間がおそってくるのをふせいでいただけだった。  火星人は、こうして、夜もねずに、こつこつとつぎの戦闘準備《せんとうじゅんび》をしていたのである。 「けったいなやつだな。」  人びとが、あっけにとられて、しばらくぼんやりとそのようすをながめていたとき、火星人のそばから、スーッと緑色《みどりいろ》をおびた白いけむりがたちのぼった。  と、あなのまわりにいた人間のからだからも、それとおなじ緑色《みどりいろ》をおびた白いけむりがたちのぼったとおもうと、たちまち、その人間たちのからだがみえなくなってしまった。  怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》にあって、けむりになってしまったのだ。  ああ、なんというおそろしいことだろう。 「あっ! やられたっ!」  ところが、あなのまわりにはあとからあとからと、たくさんの人間がおしかけてきていた。このようすをながめて、ガタガタふるえて逃《に》げだす人間もあったが、そのうちのなん人かが、 「ちくしょう! 生かしておけないっ!」 と、さけんで、火星人めがけてとつげきしていった。 「あぶないっ! やめろっ。」 と、うしろで、みんなさけんだ。  気ちがいのようになって、火星人にとつげきしていった人びとは、ひとかたまりになってあなのふちまで走っていって、ちょっとうしろをむいて、 「だいじょうぶだっ! こんなもの生かしておけるかいっ。」 と、さけびかえしたときだった。また火星人のそばから、緑色《みどりいろ》をおびた白いけむりがたちのぼった、と思った瞬間《しゅんかん》、とつげきした一|団《だん》の人たちのからだからいくすじかのけむりがたちのぼって、あっというまに、空気の中にとけこんでしまったのである。 「あっ! またやられたっ!」  そのときは、あなのまわりに、なん百人という人間があつまって、とおまきにしていたが、二度もつづけて、火星人のもう威《い》をみせつけられたので、こんどこそすっかり、ふるえあがって、だれかが、 「逃《に》げろっ!」とさけんだかと思うと、みんな、 「わーっ!」とさけんで、逃《に》げだした。  が、それがいけなかった。火星人は、なん百人という人間が、ときのこえをあげて、どっと襲撃《しゅうげき》してくると、おもったらしく、こんどは、パチパチと火花のちるような音をたてて、緑色《みどりいろ》をおびた白えんをあげたのである。  それは、ポーッとあたりがあかるくなるほど強い放射熱線《ほうしゃねっせん》だった。  と、逃《に》げろ逃《に》げろとさけびながら、おしあい、へしあって火星人にうしろをみせた地球上の人間のからだから、まるで数百本の線香《せんこう》に、いっせいに火をつけたように、いちどに、緑色《みどりいろ》の白えんがたちのぼった。  数百人の人間が、いっぺんに消《き》えてなくなった。  と、そのときだった。空のかなたが、きゅうに明るくなった。  ヒューッという、するどい物音が、その光の中できこえた。と、その光と音の中から、また一つの流星のようなものが、緑色《みどりいろ》の尾《お》をひいて、落下してくるのがみえた。 「あっ! また、火星から円筒《えんとう》がふってきた。」  ずっと遠くで、この流星をながめていたなん人かの人が、そうさけんだ。  流星は、第一の円筒《えんとう》の落ちたところから、一マイルばかりはなれた西北の松林《まつばやし》の中に、ドシンと、すごい砂《すな》けむりをあげて落下した。  落下したひょうしに、まるでいなびかりのようなすさまじいせんこうを発した。  はたしてこれは、火星から発射《はっしゃ》された、第二の円筒《えんとう》だった。  こうして、火星の生物は、こんどこそ、本格的《ほんかくてき》に、地球の人間に戦《たたか》いをいどんできたのである。  ほんとに、火星人は、地球の生物をみなごろしにして、地球を征服《せいふく》し、地球を自分たちの新しいすみかとするつもりだったろうか。 [#5字下げ]走る軍隊《ぐんたい》[#「走る軍隊」は中見出し]  それはべつとして、こんどこそ、五マイル円しゅうどころでなく、ずっと遠くまで大さわぎになった。  その日の夕刊《ゆうかん》には、火星人の記事が、どの新聞にものった。  キングスレー停車場《ていしゃじょう》では、新聞売り子が、 「火星からきた人間――火星からきた人間。」と、大ごえあげながら、鈴《すず》をじゃらじゃらならしていた。  新聞を買った人は、 「ふうん!」 と、いったんは信《しん》じられない、という顔をしたが、その新聞が、イギリスでも大きい、信用《しんよう》のある新聞だとわかると、 「これがほんとうだとしたら、たいへんなことが起こったもんだな。これは、地球はじまっていらいの、人類《じんるい》の危機《きき》だぞ。」 と、もっともらしくはなをならすのだった。  夜になると、キングスレーの停車場《ていしゃじょう》にたっていると、オーゼル荒野《こうや》のあたりで、軍艦《ぐんかん》の探照燈《たんしょうとう》のような、まばゆい光線《こうせん》が、ときどき空高く光りかがやくのが見えた。  夜の九時ごろになると、どっと、オーゼル荒野《こうや》のほうから避難《ひなん》してきた人が、キングスレー停車場《ていしゃじょう》になだれこんできた。  キングスレー停車場《ていしゃじょう》は、汽車の分岐点《ぶんきてん》だ。ロンドンにゆく汽車、オックスフォードにゆく汽車、ケンブリッジにゆく汽車、マンチェスターや、グラスゴーなどの、北のほうにゆく汽車も、みないちどはこのキングスレーの停車場《ていしゃじょう》を通るか、キングスレーの停車場《ていしゃじょう》で乗りかえるかしなければならない。  オーゼル荒地《こうち》から避難《ひなん》してきた人は、それぞれに、このキングスレー停車場《ていしゃじょう》で乗りかえて、めいめい、北や南の親せきしりあいなどをたよって、しばらく身をよせようとする人たちだった。  みんな、大きな荷物をせおったり、かかえたり、荷物のうしろには、たくさんの子どもたちが、すずなりになって、パンやりんごをかじっていた。  これで、新聞の記事が、けっしてうそではない、と証明《しょうめい》されたようなもので、キングスレーの市民《しみん》たちは、どっと停車場《ていしゃじょう》にかけつけ、 「オーゼルから避難《ひなん》してきたかたですか。」 「火星人って、どんなやつですか。」 と、避難民《ひなんみん》をつかまえて、ねほりはほりきくのだった。 「人間だかどうだかしりませんが、ともかく、手のつけられない怪物《かいぶつ》です。」  避難民《ひなんみん》はみんなそう答えて、 「ともかく、近よらないのがいちばん安全です。わたしゃあ、ひとりむすこをなくしましたよ。あの火星人のやつにやられたんです。」 「それはまあ、とんだことでした。ところで、あなたのむすこさんは、火星人に手むかったんですか。」 「なあに、手むかいなどできるものですか。わーっと、群衆《ぐんしゅう》とともに、火星人を見物にいったきり、かえってこないんです。」 「でも、火星人は、たったふたりだってことじゃないですか。」 「そうですとも。たった二ひきです。が、あいつらは、武器《ぶき》なんて時代おくれのもの使いはしません。火星人にかかったら、原子兵器《げんしへいき》だろうがなんだろうが、千年も万年も時代おくれです。あいつらは、ただ、シューッと緑《みどり》がかった白いけむりをふきだしただけで、地球の人間をなん千なん万と、そこにいるだけの人間を、けむりのようにとかしてしまうんです。」[#「です。」」は底本では「です。」]  こんな大さわぎのときは、話に尾《お》ひれがつくものだ。こんな話をきいた人は、つぎの人には、もっとこわい話をする。いや、火星人の場合は、実際《じっさい》以上《いじょう》にこわい話なんかできなかったかもしれないが、こうして、火星人の恐怖《きょうふ》は、だんだん、イギリスじゅうにひろまってゆくのだった。  夜の十一時ごろになると、いよいよ軍隊《ぐんたい》が出動した。  はじめは、一|個《こ》中隊《ちゅうたい》の歩兵《ほへい》が荒野《こうや》の近くに散開《さんかい》して、散兵線《さんへいせん》をはった。  つづいて、第二の中隊《ちゅうたい》が、メーバリーの町を通って、荒野《こうや》の北方に散開《さんかい》した。  丘《おか》の上の自分の家からそれをみおろしていたわたしと妻《つま》は、 「いまに、この家にもいられなくなるかもしれないね。」と語り合った。  カーヌン兵営《へいえい》からは、連隊長《れんたいちょう》を先頭に、特別《とくべつ》あたまのいい将校《しょうこう》が、なん人か派遣《はけん》された。  連隊長《れんたいちょう》は、夜中に、メーバリーの近くにきて、あわてふためいている群衆《ぐんしゅう》から、いろいろのことをきいて、情報《じょうほう》を集めた。連隊長《れんたいちょう》はまもなく、ロンドンの陸軍省《りくぐんしょう》に、 「事はきわめて重大なり。」と、いう電報《でんぽう》をうった。  つづいて、騎兵《きへい》一|個《こ》中隊《ちゅうたい》と、マキシム砲《ほう》二門をもった、カーベット砲兵《ほうへい》連隊《れんたい》の兵《へい》百名が出動を命《めい》じられた。  夜があけた。  こうして不安《ふあん》と恐怖《きょうふ》は、こくこくにひろがっているのに、町のようすは、というと、その不安《ふあん》や恐怖《きょうふ》をはっきり感じきれないので、ちんぷんかんぷんなようすだった。人間の気もちというものは、まことにみょうなものだ。  わたしも妻《つま》も、子どもたちも、その夜は、とうとう、まんじりともしないで、窓《まど》からそとをのぞいたり、火星人について話しあったりして夜をあかしてしまったが、あけがたになると、やっぱりいつもの朝のように、チリンチリンとベルをならしながら、牛乳《ぎゅうにゅう》配達《はいたつ》がやってきた。  牛乳《ぎゅうにゅう》配達《はいたつ》のベルの音は、いつもとかわらない平和な音だった。わたしは、さっそくおもてにでて、 「牛乳屋《ぎゅうにゅうや》さん。おもてのようすは、どうですか。」 と、きいてみた。すると、牛乳《ぎゅうにゅう》配達《はいたつ》は、町のことなどどうでもいい、という顔つきで、 「火星人はゆうべのあいだにすっかり包囲《ほうい》されて、大砲《たいほう》もたくさん砲列《ほうれつ》をしいているそうです。」 と、答えて、 「軍隊《ぐんたい》がきたから、町はもうだいじょうぶでしょう。町の人はいつもとかわりありません。わたしは、火星人のことなどよりは、わたしの仕事のことでいっぱいです。ちっとでも配達《はいたつ》をおくれて、お客さまにごめいわくをおかけしたら、きっとほかの店におとくいさまをとられてしまいます。」 といって、すぐ、ゴウゴウと四|輪《りん》馬車のわだちの音をたてて、朝ぎりのなかにたちさってしまった。  ゴーッと、いつもの平和な音をたてて、町のむこうを汽車が走っていった。その音をきくと、なんでもないようで、ひとばんねないで火星人のことを心配していたのが、うそのような気もちさえした。  そのとき、すぐ耳もとで、いきなり、 「なあに、あれは、やっつけちまっちゃ、いけませんや。できることなら、いけどりにするんですなあ。」 という、ガラガラごえがきこえた。  気づいてみると、妻《つま》も庭《にわ》にでてきて、早起きの、となりの主人と話しているのだった。  となりの主人は、庭《にわ》の草花の手いれをしているのだった。妻《つま》が、眠《ねむ》りたらずの、まっかな目をして、 「でも、とてもそんなことできそうもありませんわ。」 「なあに、できないことなんてありませんよ、おとなりのおくさん。イギリスの軍隊《ぐんたい》は、火星人などに負けないだけの勇気《ゆうき》とちえをもっていますからなあ。いまに、火星人のやつめ、二ひきとも、塩《しお》づけか、アルコールづけにされて、博物館《はくぶつかん》にかざられますよ――まあ、ご心配なさらんで、このいちご[#「いちご」に傍点]でもおあがんなさい。」  となりの主人は、草花の根元から、まっかに熟《じゅく》した草いちごの、大きな実を十あまりももいで、妻《つま》にさしだした。 「でも、第二号も落下しましたってよ。」 と、妻《つま》は、両手でいちごの実をうけとりながらいった。 「二号はまだ、放射熱線《ほうしゃねっせん》をだしていないでしょう。一号|円筒《えんとう》の二ひきさえとっちめてしまえば、そんなもの、おたまじゃくしをつかむよりもかんたんでさあ――おたまじゃくしといえば、こんどの火星人というのはおたまじゃくしみたいなかっこうだそうですねえ、おくさん。」 「ええ、おたまじゃくしより、もっと二|倍《ばい》も三|倍《ばい》も、十|倍《ばい》も百|倍《ばい》も、うすきみわるい怪物《かいぶつ》ですわ。主人がそういってましたわ!」  こんな会話をきいていると、わたしは、やっぱり、火星人のことがまた、うそみたいにおもわれるのだった。  朝食後に、おとなりの主人にもらった草いちごを食べて、わたしは、オーゼル荒野《こうや》のほうにいって、ようすをみることにした。妻《つま》は、 「あぶなくなったら、さっさとかえってきてくださいよ。おひるにはなにか、ごちそうをこしらえておきますわ。」 といって、きげんよくわたしを送りだした。  町をはずれて半マイルほどゆくと、鉄橋のしたに、一|群《ぐん》の兵隊《へいたい》がいた。  小さい帽子《ぼうし》をかぶって、半長ぐつをはいたその兵隊《へいたい》は、工兵《こうへい》らしい。  兵隊《へいたい》たちは、ボタンをはずして、上着のあいだから赤いシャツをのぞかせていた。とてものんきそうだった。  わたしが鉄橋のわきの、人間や車馬の通る橋をわたろうとすると、鉄橋のしたから大ごえでどなった。 「この橋は、通行|禁止《きんし》ですよ。」 「川からむこうはたち入り禁止《きんし》ですよ!」  むこうをみると、カーベット砲兵《ほうへい》連隊《れんたい》の見はり兵《へい》が立っていた。わたしは見はり兵《へい》のほうにあるいていって、 「ご苦労《くろう》さまです。」と、あいさつして、 「火星人を砲撃《ほうげき》するんですか。」 と、きいた。すると、見はり兵《へい》たちは、 「なんのためにやってきたか、わしら知らんです。」と、答えた。 「火星人のためでしょう。」 「どうも、そうらしいんですが、ここにくるまで、なにも知らなかったんです。」  見はり兵《へい》たちは、出動することは、臨時《りんじ》の演習《えんしゅう》かなんかだろう、と思っていた、と、のんきな顔をしていった。  兵隊《へいたい》たちは、だれも、火星人をみたものがないのだった。 「ひとくちでいうと、たこ[#「たこ」に傍点]となまこ[#「なまこ」に傍点]とくも[#「くも」に傍点]のばけものをごっちゃにしたようなうすきみのわるい怪物《かいぶつ》ですよ。あっというまに、人間でも木でも石でもなんでもけむりにしてしまう、正体のしれない怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》をもったやつです。」  わたしが、火星人について、いろいろ話してやると、兵隊《へいたい》たちは、おとぎばなしでも聞くようなびっくりした顔をして、 「へえ、そいつあ、すごいですねえ。」 といって、 「それじゃ、わしらも、鋼鉄《こうてつ》の軍服《ぐんぷく》でも着なけりゃあ、たまりませんねえ。」 といった。すると、もうひとりの兵隊《へいたい》が、 「ばかっ! 石でも鉄でも、たちまちとけてしまう怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》だってじゃねえか。鋼鉄《こうてつ》の軍服《ぐんぷく》なんて、なんの役にたつんだい。」 と、どなりつけるようにいって、 「おれたちの仕事は、できるだけ近くにいって、深いざんごうをきずいて、そこから火星人をねらいうちすることだい。」 「ふふん!」まえの兵隊《へいたい》が、せせら笑《わら》った。 「きさまのざんごうなんか、なんの役にたつんだい。きさまは、なんのかんのというとざんごうをほりたがるが、火星人の怪光線《かいこうせん》は、きさまのざんごうなんか、いっぺんに灰《はい》にしてしまうんだとよ。」  わたしは、それを聞いて、おもわずふきだした。 「やつらは、首がないんだってね。」  そのとき、背《せ》のひくい兵隊《へいたい》が、ぶすりといった。 「首も足もいっしょだよ。ただ、たこ[#「たこ」に傍点]の足を十本もつないだような長い二本の手をもってるがね。」  わたしは、兵隊《へいたい》たちとわかれると、町のほうへひっかえして停車場《ていしゃじょう》にいって、できるだけたくさんの新聞を買った。火星人のいる荒野《こうや》のようすをみることができなかったので、せめて新聞でもみて、その後のようすをしりたいと思ったからだった。  しかし、新聞にも、かくべつ新しい記事はのっていなかったので、わたしは丘《おか》の家にむかって、ブラブラあるきだした。  軍隊《ぐんたい》は、あれから、どんどんぞうきょうされているとみえて、メーバリーの町の教会堂《きょうかいどう》さえ、軍隊《ぐんたい》の駐屯所《ちゅうとんじょ》になっていた。  町の人は、軍隊《ぐんたい》がきたので、すっかり安心していた。  一時ごろ、わたしは、ヘトヘトになって家にかえった。おひるご飯《はん》をたべると、元気をだすために冷水浴《れいすいよく》をやった。  それから、ぐっすりひるねをして、夕方の四時ごろ、わたしは、停車場《ていしゃじょう》まで夕刊《ゆうかん》を買いにいった。  わたしが家にかえってくると、遠くで、大砲《たいほう》のおとがした。 「いよいよはじめたね。」  大砲《たいほう》の音は、正確《せいかく》に間をおいて、なん発もきこえた。わたしはまた、鉄橋のそばにいってみた。  鉄橋のそばには、まだ、さっきの兵隊《へいたい》が見はり兵に《へい》にたっていた。 「ああ、まだいるね!」というと、 「一度|交替《こうたい》したんですよ。」 「砲兵《ほうへい》の砲撃《ほうげき》をうけて、火星人どうしたかね!」 と、わたしがきくと、兵隊《へいたい》は、 「なあに、発砲《はっぽう》は、第二の円筒《えんとう》をやっつけているんですよ。」 「なに、第二の円筒《えんとう》?」 「第一のほうは、大砲《たいほう》なんかうって、へたにおこらしてはあぶない、というので、まだ、準備《じゅんび》のできていない第二のほうをさきにつぶすつもりらしいですね。」  砲兵《ほうへい》は、第二の円筒《えんとう》のふたのあかないうちにつぶしてしまう目的《もくてき》で、発砲《はっぽう》しているのだった。  家にかえって、六時ごろ、みんなで、あずまやで食後のお茶をのんでいると、突然《とつぜん》、荒野《こうや》のほうでおもおもしい爆発音《ばくはつおん》がとどろき、つづいて小銃《しょうじゅう》のいっせい射撃《しゃげき》の音がした。  それと同時に、すぐそばで、ガラガラッというはげしい音がして、いきなり地面がグラグラッとゆれた。 「あっ! なんだろう。」  みんな顔色をかえて、しばふの上にとびだした。 「いよいよ、はじまったかな。」  みると、ちょっとむこうの町のはずれあたりの、こんもりしげった森のこずえがけむりとほのおに包《つつ》まれていた。  そのそばの、小さな教会堂《きょうかいどう》のせん塔《とう》はあっというまにくずれおち、寺院《じいん》のせん塔《とう》はあとかたもなく、どこかに消《き》えてしまった。びっくりして上を見あげると、あっ! わたしの家はれんがやえんとつも、まるで砲弾《ほうだん》でも命中《めいちゅう》したようにくだけとんで、窓《まど》の下の花だんは、くだけたれんがでうずまっていた。 「おや、へんだぞっ!」わたしは、顔色をかえてすっくと立ち上がった。 「砲弾《ほうだん》がとんできたわけでもないのに、かわらがふっとんだぞっ!」 「きっと、ここも火星人の怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》の射程内《しゃていない》にはいったんだわ。」 「まあ、こわい。」 「逃《に》げよう。ここもあぶなくなった。」 [#5字下げ]火星人の攻勢《こうせい》[#「火星人の攻勢」は中見出し] 「さあ、荷物なんかどうでもいい。身のまわりのものだけもって逃《に》げるんだ。」  みんな、すばやく、手荷物をまとめた。子どもの手をひいて、庭《にわ》にでてみると、女中の姿《すがた》がみえない。 「ルーズ、ルーズ。」 と、妻《つま》が、必死《ひっし》になってよびながら家の中にひきかえした。女中は、ありったけの荷物をまとめたが、まだまとめきれないのだった。 「ルーズ、だめよ、逃《に》げおくれたらたいへんよ。」 「わたし、あとから、すぐおっつきますから、おくさまたち、先にいってください。」  火星人のおそろしさをしらない女中は、荷物をおいて逃《に》げることなど不平《ふへい》そうだった。 「だめよっ! 早く逃《に》げないと、火星人の怪光線《かいこうせん》にやき殺《ころ》されるっ!」  妻《つま》が女中の手をとってひきたてた。  そのときまた、荒地《こうち》のほうで砲声《ほうせい》がとどろいた。道路《どうろ》にでると、妻《つま》が、 「でもあなた、わたしたちどこへいったらいいんでしょうね。」  わたしは考えこんだ。さすがに、みんな、この家をすててゆくことが、うしろがみを引かれるおもいだ。でもわたしは、 「レザーヘットへゆくかな。」  レザーヘットという町に、妻《つま》の兄がいるのだった。 「ああ、そうですね。」 といって、妻《つま》は丘《おか》のしたをながめた。すると、町の人びとも、あわてふためいて家からとびだしているのがみえた。町はこんざつしていた。  その中を一|隊《たい》の騎兵《きへい》があわただしく鉄橋のほうにかけぬけていった。 「この混雑《こんざつ》の中を、どうしてレザーヘットにいったらいいものでしょうかね。」 と、妻《つま》が、かなしそうにいった。 「馬車をつごうしよう。みんなおいで!」  わたしたちは、丘《おか》をくだった。わたしは、大きな料理屋《りょうりや》のまえまでくると、 「ちょっと、ここでまっておいで。」 と、みんなをそこにまたしておいて、どんどん裏口《うらぐち》にはいっていった。  わたしは、この料理屋《りょうりや》の主人が、じょうぶな二|輪《りん》馬車《ばしゃ》をもっていることをしっていたので、その馬車を借《か》りようと思っていたのであった。  が、料理屋《りょうりや》の主人は、もうだれかに、馬車の交渉《こうしょう》をうけていた。  ひとりの男が、わたしのほうに背《せ》をむけて、馬車の交渉《こうしょう》をしていたが、安く値《ね》ぎったとみえて、 「一ポンドはもらいてえもんだね。」 と、料理屋《りょうりや》の主人が答えた。  わたしは、いきなりそこにかけつけると、突然《とつぜん》にいった。 「わしは二ポンドだすよ。二ポンドでわしに貸《か》してもらいたいね。」 「あんたも馬車ですかい。」 と、料理屋《りょうりや》の主人はびっくりしていった。 「そうだよ。馬車だよ――二ポンドで貸《か》してくれたまえ――夜中までにはここまでとどけるよ。」 「それはそれは!」  料理屋《りょうりや》の主人は、すっかりのり気になった。 「なにか、いそぎの用ですかい、だんな……なにかはじまりましたかい。」  料理屋《りょうりや》の主人は、火星人のおそろしさをしらないらしい。 「そうだよ。ちょっといそぎの用事でね。」  わたしは馬車を借《か》りてほっとした。  わたしと、わたしの家族《かぞく》が、料理屋《りょうりや》の主人から借《か》りた馬車に、手荷物をつんでいると、馬からおりた騎兵《きへい》のひとりが、荒野《こうや》のほうから走ってきた。 「みなさん、一こくも早くたちのいてくださーい。ここにいると危険《きけん》です。」  騎兵《きへい》は、走りながら、両手をメガホンのようにして、一|軒《けん》一|軒《けん》どなり歩いた。わたしは、その騎兵《きへい》がそばにきたとき、 「火星人の形勢《けいせい》は、どうです?」と、きいた。  騎兵《きへい》は、よっぽど気がたっていたとみえて、いきなりうしろをふりかえると、わたしたちをにらみつけるようにして、 「さらぶたのようなものをかぶって、はいだした。」 と、どなるようにいって、丘《おか》のほうに走っていった。  が、途中《とちゅう》で、きゅうに、道路《どうろ》をうずまいて流れてきた黒えんにまかれて、かれのすがたはみえなくなった。  どっと、黒えんは、わたしたちの頭上にもせまってきた。  きっと、火星人の怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》は、この町の人家を焼《や》きたてているにちがいない。  あっちからもこっちからも、けむりをのがれてきた人で、町はなだれのようなうずがまいた。 「さあ、メーバリーの町にもおさらばだ。」  ぎょ者台に乗って、むちをあげたわたしは、 「みんな乗ったね。」 と、もれなく馬車に乗ったのをみきわめてから、ピュッと馬のしりをむちでたたいた。  馬車がせまいので、妻《つま》や子どもたちや女中は、馬車の中でひとかたまりになって、じっとしていた。  馬車は、メーバリーの町の、あたかもじごくのようなさわぎの中をかきわけて、やっと町はずれにでた。  ゆくてには、しずかな日光のみなぎった緑《みどり》の風景《ふうけい》がひろがっていた。道の両がわは小麦の畑がつづき、さんさんとふりそそぐ日の光は、平和にみちていた。 「おや、あなた、まえを馬車がゆきますわ。」 と、妻《つま》がいった。 「ライト医師《いし》の馬車らしいね。」  ライトさんが、往診《おうしん》のときに使う馬車だった。 「ライトさんも町をすてるつもりなんですわね。」 と、妻《つま》のこえは悲《かな》しさでくもった。  すこしいってうしろをふりかえると、たったいま逃《に》げだしてきたばっかりの、丘《おか》の上の、わたしの家のあたりは、いちめんに黒えんでつつまれ、黒えんの中からチロチロと赤いほのおがもえたっていた。 「まあ、早く逃《に》げだしてよかったわ。」 「ねえ、おくさま、いま十分おくれたら、わたしたち黒こげになってたかもしれませんね。」 と、女中がいった。  そのとき、丘《おか》のわきの、松林《まつばやし》が、バリバリと音をたてて燃《も》えだした。  パラパラと、豆《まめ》をいるような機関銃《きかんじゅう》の音が、黒えんのなかから聞こえてきた。が、機関銃《きかんじゅう》の音は、すぐたえた。 「兵隊《へいたい》が、機関銃《きかんじゅう》もろともやられたらしいですね、あなた。」 と、妻《つま》がいった。 「そうらしい!」 と、わたしは、ピシッと馬にひとむちくれて、 「火星人は、熱線《ねっせん》の射程内《しゃていない》にあるすべてのものを焼《や》いてしまおうとしているらしいね。」 と、沈痛《ちんつう》なこえでいって、 「機関銃《きかんじゅう》でも大砲《たいほう》でも、なんの役にもたたないだろう。かわいそうなのは兵隊《へいたい》たちだね。なんにもしらない兵隊《へいたい》たちは、ものの五分ともたたないうちに、ひとり残《のこ》らず空気になって空にとんでしまうことだろうよ。」  まもなく、わたしたちの馬車は、ライト医師《いし》の馬車をおいぬいた。 「おさきに……。」 といって、うしろをふり向くと、メーバリーの町のあたりは、いちめんの黒えんと火えんにつつまれていた。  ドドーンと、大砲《たいほう》の音がしたが、それは一発きりでばったりきこえなくなった。 [#5字下げ]第三の火星人[#「第三の火星人」は中見出し]  わたしの妻《つま》の、兄が住んでいる、レザーヘットの町は、メーバリーの町から十二マイルばかりのところにあった。ゆたかな草原が、遠く奥《おく》のかなたまでつづいていて、青草のかんばしいにおいが大気をうるおしているきれいな町だった。  町の道路《どうろ》の両がわには、ずっといけがきがうねっていて、どのいけがきにもきれいな野ばらの花が咲《さ》いていた。  わたしたちは、午前の九時ごろ、ぶじレザーヘットの町についた。  火星人のさわぎは、このしずかな町の人たちまで、びっくりさしていた。兄の家に馬車をつけると、兄をはじめ、みんなはとんできて、 「まあ、ようごぶじで!」 と、みんなを喜《よろこ》びむかえて、 「メーバリーの町は全滅《ぜんめつ》だとうわさがとんでおりますんで、どうなすったかと思って、心配しておりました。」 「いや、そのうわさはほんとかもしれませんよ。」  わたしは、そう答えて、 「水をいっぱいごちそうしてくださいませんか。」  馬車のつかれというよりは、こうふんのために、みんな、のどがカラカラだった。  女中が、大きな水さしに、いっぱい水をくんできてくれた。わたしも、妻《つま》も子どもも、女中も、たてつづけにコップに水をついではのみ、ついではのみして、 「ああ、やっといきかえったような気になりました。」  妻《つま》の兄は、さっそく食事のしたくをしてくれた。  しばふにつきでたベランダで食事をすましながら、みんな、かわるがわる火星人の話にむちゅうになった。そして、しばらくやすんでから、わたしは、 「わたしは、これから、ちょっと、メーバリーまでいってきます。」 「おや、どうしたんですか。」 「料理屋《りょうりや》の主人に、夕方まで馬車をかえすと約束《やくそく》をしてあるもんですから。」 「でも、メーバリーの町は、全滅《ぜんめつ》したんじゃないですか。」 「それはわかりませんよ。ともかく、約束《やくそく》は約束《やくそく》ですから、いったんひきかえしてみましょう。ひょっとして、料理屋《りょうりや》の主人が、馬車がなくて逃《に》げおくれたりしては、気のどくですからな――なに、だいじょうぶですよ。」 「でも、心配だわ。」 と、妻《つま》が、あおい顔をしてとめた。 「なにだいじょうぶだよ、心配しないで待っておいで!」  わたしは立ち上がった。  心配する妻《つま》や兄をなだめて、わたしは、また馬車をかって、もときた道をひっ返した。  途中《とちゅう》で夜になった。  半分ほどもゆくと、西のほうの地平線《ちへいせん》が、血《ち》のような赤いほのおでいろどられていた。途中《とちゅう》の町や村は、もう死んだようにしずまりかえっていて、それでも、ときどき、ともしびの光のもれているところがあった。  馬車が、メーバリーの町に近づいたときだった。いきなり空中に、シューッというものすごい音がして、馬車の左手の畑の中に、もうれつないきおいで落下したものがあった。  すごいいきおいで、土けむりのあがるのが、夜目にもはっきりみえた。 「第三の円筒《えんとう》だっ!」  わたしがさけんだとき、そのあおりをくらって、あぶなく馬車がひっくりかえりそうになった。  と、そのあとから、空中で、ものすごいせん光が光りだした。なん百ともしれないいなびかりが、いっぺんに光ったような、きょうれつなせん光だった。  せん光は、二度三度とつづいた。これまでの円筒《えんとう》の落下のときにくらべて、なん十|倍《ばい》という強い光だった。  せん光と同時に、なん百ともしれない雷《かみなり》がいちじに鳴りはためくようなごう音が起こった。  その物音におどろいて、馬がいきなりめくらめっぽうにかけだした。馬車は土手につきあたって、あっというまにひっくりかえり、わたしは、道路《どうろ》の上になげだされてしまった。  また、きょうれつなせん光とともに、ゴウゴウと耳をつんざくごう音がきこえた。そのときだった。バラバラッと、なにか、つぶてのようなものがふってきた。  つづいてそのとき、また、ひるもあざむくせん光が光りかがやいた。 「あっ! あれ、なんだろう。」 と、わたしは、道のむこうの坂のほうをみながらいった。  サッとひらめくせん光の中に、なにか巨大《きょだい》な機械《きかい》のようなものがみえたのだった。  それは、十|階《かい》だての家より高い、大きな三|脚《きゃく》のようなものが、半分|燃《も》えた松《まつ》の木をひとまたぎにして、こっちにあるいてくるのだった。 「火星人かな。うむ、火星人は、いよいよ戦闘準備《せんとうじゅんび》ができたらしいな。」  第一の円筒《えんとう》が、オーゼル荒野《こうや》に降ってきてからきょうで四日めである。そのあいだに、火星人のそばから、よるもひるもたえまなく、鉄ついの音や、へんな音がしていたことをわたしは思いだしたのだった。  火星人は、なまこ[#「なまこ」に傍点]かたこ[#「たこ」に傍点]のばけものみたいに、グニャグニャした生物だ。怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》を発射《はっしゃ》して、人間の近づくのをふせぐことができるが、それだけでは、地球を征服《せいふく》するということはできないだろう。  地球を征服《せいふく》するには、歩くか飛ぶか、ともかくすばらしい速力《そくりょく》をもって移動《いどう》することが必要だろう。  火星人は、この二日のあいだに、きっとその歩く機械《きかい》をくみたてたにちがいない。きっと、あの三|脚《きゃく》のばけもののような怪物《かいぶつ》は、グニャグニャの火星人をのっけて、怪《かい》速力《そくりょく》で歩く機械《きかい》にちがいない。  つぎのせん光《こう》のとき、また怪物《かいぶつ》がみえた。大三|脚《きゃく》の怪物《かいぶつ》は、いきなり大きな松《まつ》の木をけとばした。  松《まつ》の木は、根こそぎけとばされて、空高くまい上がり、ドシーンと、町はずれの畑の中におちた。  またせん光《こう》――こんどは、怪物《かいぶつ》は、関《かん》せつのある機械《きかい》で、つまり人間の足のやくめをしていることがわかった。歩くたびに、どしんどしん、と、雷鳴《らいめい》のような大きな音をたてた。  またせん光《こう》! 「あっ!」  機械《きかい》の怪物《かいぶつ》が、いっぺんにもう百ヤードの近くにせまっていたからだった。  と、そのとき、突然《とつぜん》前方の松林《まつばやし》が、猛獣《もうじゅう》にふみ荒《あ》らされる芦《あし》みたいに、無雑作《むぞうさ》におしわけられているのがみえた。数メートルの松《まつ》の木が、いっぺんになぎたおされ、空中に舞《ま》い上がった――と思った瞬間《しゅんかん》、にょっきりあらわれたのが、第二の機械《きかい》の怪物《かいぶつ》だった。  第二の怪物《かいぶつ》は、まっすぐ、わたしのいるほうにとっしんしてきた。 「あっ! ふみつぶされるっ!」  わたしは、そうさけんで、走りだした。が、考えてみれば、その機械《きかい》のばけものが、どんな歩きかたをしているか、一歩の長さが、どのくらいかもわからないのだから、逃《に》げたってむだなのだが、ともかく、逃《に》げた。  と、そのとき、頭の上を、ヒューッと風をきって、機械《きかい》の怪物《かいぶつ》が、いっぺんにわたしの頭の上をまたいでいった。  思わず頭をかかえたわたしは、 「助かったっ!」  もう、そのとき、怪物《かいぶつ》は、はるかむこうの丘《おか》の上をひととびにとびこしていた。  わたしは、まるで、巨大《きょだい》なまぼろしをみたあとのように、ポカンとしていた。  やっとほっとして、おきあがろうとしたわたしは、またさけんだ。 「あっ! またきたっ!」  どこを歩いていたのか、さきに姿《すがた》をあらわしたあの機械《きかい》のばけものが、突然《とつぜん》こっちをむいてやってくるのだった。  巨大《きょだい》な三|脚《きゃく》のようなかっこうこそはおなじだが、こんどの怪物《かいぶつ》は、三|脚《きゃく》の上に、かたそうなずきんのようなものがのっていて、前後にうごいていた。きっとあの、ずきんの中に火星人がいて、三|脚《きゃく》をあやつっているのだろう。  ずきんのうしろには、ちょうど漁師《りょうし》のびく[#「びく」に傍点]のような、金属製《きんぞくせい》の箱《はこ》が、ぶらさがっていて、箱《はこ》の中から、れいの緑色《みどりいろ》をおびた白えんがでていた。 「あっ、怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》だ。」  ずきんのようなものの動くのは、きっと、火星人が、方向をさだめたり、周囲《しゅうい》をみまわしたりしているのだろう。 「あれっ! 三|脚《きゃく》の関《かん》せつからも、白いけむりがでてる。」  火星人は、ああして、全身、いや機械《きかい》のどこからも怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》をだして、いまにイギリスじゅうをかけまわるだろう。いや、世界じゅうをかけまわるだろう。  その結果《けっか》はどうなるだろうか。  怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》は、石でも鉄でも、なんでもとかしてしまうのだ。いまに、世界じゅうの生物も無機物《むきぶつ》も、みんな、あの火星人の怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》のために、とかされてしまうだろう。  と、その巨大《きょだい》な機械《きかい》のばけものにのった火星人は、畑のところにくると、きゅうにたちどまって、 「アルー、アルー。」 というような、へんなさけびごえをあげた。  それは、まるで、ほえるような、どえらく大きなこえだったが、たしかに、アルーときこえる語ちょうだった。  すると、畑の中からも、 「アルー、アルー。」というこえがこたえた。 「あっ! あれは、第三番めに落下した円筒《えんとう》だ。あすこに、第三の火星人がいるんだ。」  わたしが、そういったとき、たちどまった火星人は、機械《きかい》の足をおりまげて、かがみこんだ。  きっと、第三の火星人の機械《きかい》くみたてが、どこまではかどったかを、みてやっていたのだろう。やがて、巨大《きょだい》な三|脚《きゃく》の機械《きかい》のばけものは、いかにも安心したようなかっこうで、「アルー、アルー。」とさけびながら、やみのなかへ、すごいいきおいでみえなくなっていった。 「さあ、でかけよう!」  二つの火星人が、自分の進むほうとは反対《はんたい》のほうへたちさったので、わたしはすこし安心してやみの中をメーバリーの町のほうへと歩いていった。  町の入り口にたどりついたとき、わたしは、グシャリと、きみのわるいものをふみつけて、 「うわっ!」 と、おどろきのこえをあげた。  つぎのせん光が光ったとき、足の下をみると、黒い外とうと長ぐつがあった。黒い外とうを着て、長ぐつをはいた死人だった。  その死人が、どんな顔をしているか、よくみようと思ったが、もうせん光が消《き》えたので、そのままにして町にむかった。  しばらくゆくと、町の入り口のある一|軒《けん》の家のいけがきのそばで、わたしはまた、 「あっ!」と、さけびごえをあげた。  せん光がかがやくまでまって、その死人の顔をみたわたしは、おもわず、 「ああ。」と、うめいた。  それは、料理屋《りょうりや》の主人だった。きっと、あの火星人の足にけられたのだろう。からだが、半分つぶれていた。  わたしは、しばらく、料理屋《りょうりや》の主人においのりをささげてから、町にはいっていった。 「わしの家は、どうなってるだろうな。きっと、あとかたもなくなってることだろうが、いちどみてやろうかな。」  交番のわきの、お寺の庭《にわ》には、黒こげになった死体が山のようにつみかさなっていた。  町の家は、それでも半分くらいは残《のこ》っていた。しかし、もう、だれも住んでいる人はいないとみえて、町は死んだようにうすきみわるく、静《しず》まりかえっていた。 「あるある。残《のこ》っている。」  わたしは、坂の中途《ちゅうと》で、いきなりそうさけんだ。さっと、光ってとおりすぎていったせん光が、たしかに、わたしの家を照《て》らしだしたからである。 「あるある!」  わたしは、いっ気に坂道をのぼって、家の前にたったが、あんまりうれしくなって、階段《かいだん》のところにうずくまってしまった。しばらくしてから、気をとりなおして、家の中にはいった。  ゆかのじゅうたんには、たくさんの小さな水たまりができていた。わたしは、機械的《きかいてき》に食堂《しょくどう》にいって、たなの上のウイスキーをのんだ。やっと元気がでた。  わたしは、手さぐりで、洋服《ようふく》ダンスをさがした。洋服《ようふく》はぶじだった。 「奇跡《きせき》だ、奇跡《きせき》だ。まさに奇跡《きせき》だ。」  わたしは、こおどりしながら、洋服《ようふく》を着かえた。洋服《ようふく》を着かえると、だまって、二|階《かい》の書さいにのぼっていった。  書さいにはいると、わたしは窓《まど》のところにたって、外をながめた。  書さいの窓《まど》からは、町のようすが、ひとめでみおろせた。さえぎるものがなくなったので、遠く、オーゼルの荒野《こうや》や、鉄道|線路《せんろ》のあたりまでも、ひとめにみわたせた。  あの、町の中央《ちゅうおう》にそびえていた、学校のせん塔《とう》も、あの木立ちも、もうなんにもなくなっていた。  ずっとむこうのほうで、もう火につつまれている森や林や人家がみえた。  火星人の巨大《きょだい》なからだが、そこらへんをいったりきたりしていた。火星人は、怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》をふりまきながら、どんどん新しいところを荒《あ》らしまわっているのだろう。  五、六マイルむこうにあるはずの、キングスレーの町の停車場《ていしゃじょう》のあたりも、一面の火の海になっていた。そのむこうに、火星人の巨大《きょだい》な足が、赤々ともえる火えんにてらされて、急|速度《そくど》で動いていた。 「十二時間のあいだに、メーバリーの町までやけ野原になってしまった。たった二つの火星人のために。」  わたしは、ぼうぜんとして、その広い広い火の海をながめていた。  これが、なん十年のあいだ、たくさんの人びとが、安らかに生活してきたあの町や村や、畑や、野原であろうか。  そのとき、三番めの火星人が、活動を始めるのが見えた。  きゅうに、近くの停車場《ていしゃじょう》で火のてがもえあがった。  すると、それにつづいて、その近くの家が、四、五けんかたまってのこっていたのが、メラメラともえだした。  停車場《ていしゃじょう》で火のてがあがったのは、いちどもえだして、そのまま消《き》えた貨物列車《かもつれっしゃ》が、またもえだしたためだった。  火星人は、おなじところから、だんだん遠くをやきはらうことができるようだった。 「地球上の人間のつくった大砲《たいほう》とか、爆発物《ばくはつぶつ》の武器《ぶき》は、着弾《ちゃくだん》距離《きょり》がきまっている。火星人の放射熱線《ほうしゃねっせん》が、その二|倍《ばい》も三|倍《ばい》も遠くまでとどくとすると、もう、地球上の武器《ぶき》では、どんな武器《ぶき》をもってきても、火星人をやっつけることができなくなるかもしれない。」  わたしがそう考えたとき、ひとりの兵隊《へいたい》が、わたしの家の庭《にわ》にはいってきた。  なんとめずらしいことだ。兵隊《へいたい》がひとり生きている。わたしは窓《まど》にからだをのりだして、 「きみ! きみ!」 と、兵隊《へいたい》にこえをかけた。  兵隊《へいたい》は、かきねをこえるところだったが、ふいに人間のこえがしたので、びっくりしてふりむいた。顔は恐怖《きょうふ》にゆがんでいた。だれだって、こんな死の世界に人間がいると、それがかえっておそろしくなるのだ。 「だれですか。そこにいるのは……。」  兵隊《へいたい》は、窓《まど》のしたにきて、ふるえながらきいた。 「どこにゆくんです。」 と、わたしがいった。 「わかりませんよ。」 と、兵隊《へいたい》は、窓《まど》のところにあるわたしの顔が、まぎれもない人間の顔だ、とわかると、なつかしそうにいった。 「かくれるつもりらしいね、きみは……。」 「そ、そうです。」 「じゃあ、この家にはいりたまえ。」  わたしはしたにおりて、入り口のとびらをあけてやった。兵隊《へいたい》がはいってくると、わたしはまたげんじゅうに、とびらにかぎをかけた。 「なんてえらいこった。」  兵隊《へいたい》は、二|階《かい》にあがってくると、つかれきっていたらしく、そういって、ぺたりといすに腰《こし》をおろした。 「どうしたんです。あんたのなかまの兵隊《へいたい》さんたちは、どうしました。」 「全滅《ぜんめつ》しました。やつらは、われわれを全滅《ぜんめつ》さしたんです。なんという、えらいことでしょう。軍隊《ぐんたい》は、文字どおり全滅《ぜんめつ》です。」  兵隊《へいたい》が、あんまりこうふんしているので、わたしは、 「これでも、のみたまえ。」 と、気つけ薬《ぐすり》に、一ぱいのウイスキーを兵隊《へいたい》についでやった。兵隊《へいたい》は、それをのみほすと、いきなりテーブルのまえにすわり、うでの上に顔をふせて、子どものように泣《な》きだした。 「まあ、気をおちつけて……。」  わたしは、兵隊《へいたい》をなぐさめておいて、 「兵隊《へいたい》さん、軍隊《ぐんたい》のもようをきかしてください。」 というと、兵隊《へいたい》は、やっといくらかおちついて、しどろもどろながら、軍隊《ぐんたい》の話をしだした。  それによると、この兵隊《へいたい》は砲兵《ほうへい》だった。かれの中隊《ちゅうたい》はゆうべの七時ごろに出動したのであった。そのときは、荒野《こうや》のむこうで、先発の砲兵《ほうへい》が、さかんに砲火《ほうか》をひらいているところであった。ちょうど、火星人が、第三の円筒《えんとう》のほうにあるいてゆくところだった。  この兵隊《へいたい》の中隊《ちゅうたい》も、さっそく砲火《ほうか》をひらいた。が、砲手《ほうしゅ》が馬からおりて、発砲《はっぽう》しようとしたとき、火星人のそばから緑色《みどりいろ》のけむりがあがって、砲手《ほうしゅ》も大砲《たいほう》も、一|瞬《しゅん》のあいだに、この兵隊《へいたい》の目のまえから消《き》えうせてしまったのだった。 「わたしは、その一|瞬《しゅん》まえに、馬の足もとにあったあなの中におちこんだのです。それで助かったのですが、あなの中からでてみたときには、わたしの中隊《ちゅうたい》は、一ぴきの馬も、一門の大砲《たいほう》も、ひとりの人間もいなくなっていました。わたしが、あなからはいでたのは、あなにおちてから五分とたっていなかったのです。こんなことって、あっていいものでしょうか。もちろん、先発の砲兵《ほうへい》も、あとかたもなくなっていました。」  それをきいて、わたしは、 「そうすると、もちろん、あの鉄橋のしたにいた工兵《こうへい》も、みんなけむりになっちまったんだろうね。」 [#5字下げ]第四番めの円筒《えんとう》[#「第四番めの円筒」は中見出し]  そのとき、東の空が、きゅうにくもってきた。  と思うまに、雲の中から、ごう音がとどろいてきた。目をあいていられないような、すさまじいせん光が、たてつづけにわきおこった。 「ああ、また火星から円筒《えんとう》がふってくる。」  わたしは、もう、どうにもしようがない、といった気もちでつぶやいた。  やがて、オーゼル荒野《こうや》の一かくに、すさまじい砂《すな》けむりがあがった。  えんえんともえあがる熱火《ねっか》の中を、火星人たちが、 「アルー、アルー。」 と、まるでほえるような大きなこえをたてながら、そっちにかけよった。 「第四の円筒《えんとう》だ。やつらは、新しいなかまをむかえて、喜《よろこ》びのこえをあげているんだ。」  わたしがいったとき、兵隊《へいたい》が、 「あっ、火星人は、六人いますね。」 と、さけんで、 「いつのまにふえたんでしょう。」 と、いった。 「うむ、なるほど、巨大《きょだい》な機械《きかい》のばけものが六つある。」  わたしも、目をみはった。 「わかった。」 と、兵隊《へいたい》がさけんだ。 「はじめみた第一の円筒《えんとう》には、火星の生物が二ついたそうじゃありませんか。」 「ああ、そうか。」 「さいしょは、三|脚《きゃく》のくみたてがまにあわなかったので、一つの機械《きかい》にふたりずつのっていたのでしょう。それが、いつのまにか、ひとりで一つの機械《きかい》を使うようになったのでしょう。」 「これで、地球の脅威《きょうい》がきゅうに二|倍《ばい》になったわけだね。」 と、わたしは、もう絶望的《ぜつぼうてき》にいった。すると、兵隊《へいたい》が、むっくりいすからたちあがって、 「わたし、こうしてはいられません。原隊《げんたい》にかえります。」 「まあまあ、もうすこし、ようすをみてからにしたまえ。」 と、わたしは兵隊《へいたい》をとめて、 「いまとびだしたら、むざむざ、死ににゆくようなものだ。今夜は、ここでゆっくり寝《ね》たまえ!」  その夜は、ふたりとも、もう、どうなってもかまわない、という気もちだったので、かえってぐっすり眠《ねむ》ってしまった。  あけがた、まっさきに目をさましたのは、兵隊《へいたい》だった。兵隊《へいたい》は、もう、すっかりでかけるしたくをしていた。わたしをおこして、 「おせわになりました。わたしはどうしてもでかけます。」 といって、 「あなたも、どこか、安全なところにたちのかれたらいかがですか。」  兵隊《へいたい》は、これからロンドンの方角にすすんで、原隊《げんたい》の砲兵《ほうへい》第十二|大隊《だいたい》に復帰《ふっき》するのだ、といった。 「わたしも、たちのくつもりだから、いっしょにでかけよう。」  わたしも、ゆうべのうちに、やっぱり、妻《つま》や子どものいるレザーヘットにかえろう、と、計画していたのだった。  が、のこのこと、メーバリーの道路《どうろ》を通っていったら、たちまち火星人にみつかって、あの怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》をあびせかけられるだろう。 「どこを通っていったらよいものだろうね、兵隊《へいたい》さん。」 「わたしは、メーバリーの町の横《よこ》の、森林づたいに北にすすんで、そこを大まわりして、国道に出るつもりです。途中《とちゅう》までいっしょにまいりましょう。」  そうだ、こんなときは、ひとりでも多いほうが心強い。ふたりは、台所にいって、目的地《もくてきち》にゆきつくまでの食りょうをふくろにつめて、なつかしい自分の家をすてた。  こんどこそ、もう二度と、この家をみることができないだろう……とおもうと、なみだがでてきて、しかたがなかった。 [#5字下げ]新しくきた騎兵《きへい》中隊《ちゅうたい》[#「新しくきた騎兵中隊」は中見出し]  半分やけた、町の横《よこ》の森かげを通って、ふたりは道路《どうろ》にでた。 「よかった。ここまで逃《に》げれば、ひとまず安心です。」 と、兵隊《へいたい》がいったとき、パカパカと、たくさんのひづめの音がきこえてきた。  やがて、道路《どうろ》のむこうに砂《すな》けむりがあがって、一|隊の騎兵《きへい》がやってきた。  新しく出動してきた兵隊《へいたい》らしく、みんな元気で、軍服《ぐんぷく》も美しかった。 「兵隊《へいたい》さん、兵隊《へいたい》さん。」 と、わたしがこえをかけたので、さきにたった指揮官《しきかん》らしい将校《しょうこう》が、馬をとめて、こっちをむいた。  中尉《ちゅうい》だった。兵隊《へいたい》は、騎兵《きへい》連隊《れんたい》の中隊《ちゅうたい》だった。兵隊《へいたい》のひとりが、経緯儀《けいいぎ》のようなものをもっていた。いっしょに逃《に》げてきた兵隊《へいたい》が、 「あれは反射《はんしゃ》信号機《しんごうき》です。」 と、おしえてくれた。みんなが近づいてゆくと、中尉《ちゅうい》が、馬の上で、 「けさ、このかい道をすすんでくるあいだに、人にあったのは、きみたちがはじめてだが、形勢《けいせい》はどうだね。」 と、きいた。すると、いっしょに逃《に》げてきた兵隊《へいたい》が、中尉《ちゅうい》のまえで敬礼《けいれい》をして、 「はい、昨夜《さくや》、中隊《ちゅうたい》は全滅《ぜんめつ》したのであります。あっというまに、砲《ほう》も兵《へい》も馬もひとりのこらず姿《すがた》を消《け》してしまったのです。わたしひとり、奇跡的《きせきてき》に助かって、いま、原隊《げんたい》にかえるところであります。」 と、報告《ほうこく》した。 「なに! あっというまに?」  中尉《ちゅうい》はふしぎそうに、目をパチパチさせた。 「そうです。あっというまに、けむりになってしまったんです。」 「ば、ばかなっ! そんなことが……。」 「いいえ、たしかにそうです。わたしは、この目でたしかにみましたんです。」 といって、兵隊《へいたい》は、 「中尉《ちゅうい》どのも、この道を半マイルも進まれたら、火星人にあわれることでしょう。」 「よせやい!」  中尉《ちゅうい》は、そんなやつにあってたまるかい、とばかりにしたうちをして、 「どんなかっこうしてるね、やつらは。」 「はい、みたこともない金属《きんぞく》で武装《ぶそう》した巨人《きょじん》であります。高さは百フィートほどあります。アルミニュームのような三つのどうとあしをもち、なべのようなずきんをかぶって、とぶように走ります。」 「よせよ、このやろう!」  中尉《ちゅうい》は、とうとうどなってしまった。 「あんまりばかばかしいことをいうもんじゃない。」 「中尉《ちゅうい》どのは、自分でみられないからそんなことをおっしゃるんです。」  兵隊《へいたい》は、強くいいかえして、 「やつらは、箱《はこ》のようなものをもっていますが、その箱《はこ》から火を発射《はっしゃ》して、人間でも大砲《たいほう》でも、あっというまにけむりにしてしまうんです。」 「なんだって――それは光線《こうせん》かい。怪光線《かいこうせん》かい……きみはみたのか。」  中尉《ちゅうい》も、だんだん本気にしてきた。そして、わたしにそうきいた。 「そのとおりですよ、中尉《ちゅうい》さん。」 と、わたしは答えた。中尉《ちゅうい》は、 「わしは、このへんの民家《みんか》の者をたちのかせるよう特派《とくは》されたんだが、もう民家《みんか》にはひとりものこっておらん――そいつを見とどけるのもわしの仕事の一つじゃろうから、まあ、いって実物をみるとしよう。」 といって、南のほうをさして馬をすすめていった。道のむこうに、中隊《ちゅうたい》の姿《すがた》がみえなくなったとき、兵隊《へいたい》は、かなしそうにいった。 「あの兵隊《へいたい》たちも、生きてかえれないでしょうね。」  兵隊《へいたい》とは途中《とちゅう》でわかれた。  兵隊《へいたい》は、むこうの坂の途中《とちゅう》で、もういちどふりむいて手をふって、森のほうに見えなくなった。  それから一時間ばかり歩いて、わたしはひろい平野にでた。  たくさんの荷馬車や、トラックが、平野の中の道をいったりきたりしていた。いかにも平和そうだった。が、そこもけっして平和ではなかった。 「やあ、砲兵《ほうへい》だ。」  たいらな牧場《ぼくじょう》のあちこちに、十二ポンド砲《ほう》が七つもすえられて、いつでも発砲《はっぽう》できるようになっていた。  みんな、オーゼル荒野《こうや》の、火星人のほうに砲門《ほうもん》をむけて、砲手《ほうしゅ》は、いつ命令《めいれい》がでてもいいように、用意をととのえていた。 「うん、こんなところから、火星人を包囲《ほうい》してるのか。このぶんでは、よほどたくさんの砲兵《ほうへい》が出陣《しゅつじん》してるんだな。だって、ここは、あの火星人のいるところから五、六マイルもはなれているんだ。半径《はんけい》五マイルのところで包囲《ほうい》しているとすると、直径《ちょっけい》十マイルだからね。直径《ちょっけい》十マイルで円筒《えんとう》を包囲《ほうい》しているとすると、たいへんなかずだな。」  が、ほんとに火星人のおそろしさをしらない砲兵《ほうへい》たちは、とてものんきで、 「われわれ、イギリス砲兵《ほうへい》にかかったら、かれらも、ひとたまりもないでしょう。」  すこしゆくと、兵隊《へいたい》のかずは、ますますふえた。  たくさんの兵隊《へいたい》が集まって、大きなあなをほっていたり、たくさんの土のうをつみ重ねて、ざんごうを築《きず》いたりしていた。  もすこしゆくと、かなり大きな町があって、そこにも兵隊《へいたい》がたくさんいた。火星人は、いくえにも包囲《ほうい》されているらしい。  町の人が、どっとこっちにやってきた。  みんな大きな荷物をせおったり、荷車に家財道具《かざいどうぐ》をいっぱいつんだりしていて、そのうしろで、兵隊《へいたい》たちが、 「さあ、早くたちのいてください。火星人はいつやってくるかもしれませんよ。」 と、どなっている。  もう、町の人は、どっと、わたしのそばにきていた。みんな停車場《ていしゃじょう》のほうになだれてゆくのだった。  ひとりの老人《ろうじん》は、きれいな植木《うえき》ばちを大事そうにかかえていた。そばにきた将校《しょうこう》が、 「さあ、じいさん、ぐずぐずしていると、いのちがありませんよ。早くたちのいてください。」 というと、老人《ろうじん》は、 「そんなに早く走れますかい。わしゃあ、この植木《うえき》ばちが、いのちより大事ですよ。」 と、将校《しょうこう》にくってかかった。  女の人は、みんな晴れ着を着て、まるでピクニックにでもゆくようなかっこうだ。子どもたちは、お祭《まつ》りにでもゆくようにはしゃぎまわっていた。  みんな、火星人のこわさをしらないで、家をたちのくことにぶつぶついっていた。それもむりもないことだ。そして、町はただごったがえしていた。  停車場《ていしゃじょう》では、町の人たちをはこぶためにやってきた、貨物列車《かもつれっしゃ》や客車が、たくさんとまっていた。 [#5字下げ]火星人の進撃《しんげき》[#「火星人の進撃」は中見出し]  町のはずれに大きな川が流れている。ここにはどこから集められたのか、ボートやらわたし船やらがたくさんあった。橋だけではたりないので、わたし船でむこう岸に町の人をはこぶつもりらしい。もう、危険《きけん》はめのまえにせまっているのだ。  船はいったりきたりして、むこう岸にも、川をわたった人が、たくさんいた。  そのときだ。遠くのほうで、ズシーンと、天をゆるがす大砲《たいほう》の音が聞こえた。  お祭《まつ》りさわぎの町の人も、やっと顔色をかえて緊張《きんちょう》した。  みんな大いそぎで、停車場《ていしゃじょう》と川ぎしにかけつける。  大砲《たいほう》の音は、ますます激《はげ》しくなる。それまで気がつかなかったが、すこしむこうの樹木《じゅもく》のかげにひとかたまりの砲兵隊《ほうへいたい》がいて、いっせいに発砲《はっぽう》したのだ。  と、とつぜん、遠い川上のほうで黒えんがあがった。 「なんだろう…………。」 と、逃《に》げまどう人たちが、おどろいているなかを、黒えんははげしい勢《いきお》いで空にたちのぼり、とみるまに、その黒えんは空いっぱいにひろがり、それと同時に大地もゆれるようなごうぜんとした爆発《ばくはつ》の音をたてビリビリと空気を震動《しんどう》させた。  近くの家の窓《まど》ガラスがガラガラとこわれて、地上におちた。  逃《に》げまどう群衆《ぐんしゅう》は、ぼうぜんとした。  と、そのときだ。青い毛織《けおり》のシャツを着た男が、突然《とつぜん》、おびえたこえでさけんだ。 「きたきたっ! あそこにきた!」 「なんだ、なんだ!」  群衆《ぐんしゅう》がわめいた。 「ほら、むこうだ。あれがみえないか!」 「あっ! 怪物《かいぶつ》だっ!」  きた、きたっ! はるかむこうの川上に、一つ、二つ、三つ、四つ、……四つの金属《きんぞく》で武装《ぶそう》した巨大《きょだい》な怪物《かいぶつ》が、おそろしいはやさで、つぎつぎと、小さな木立ちの上にあらわれ、広い草地を横《よこ》ぎり、大またにこっちに進んでくる。  怪物《かいぶつ》めがけて、あっちからもこっちからも、どっと十字|砲火《ほうか》があびせかけられたが、怪物《かいぶつ》があんまり早いので、どの砲弾《ほうだん》も、一発もあたらなかった。 「ちぇっ! あんなでっかい物がねらえないのか。」  群衆《ぐんしゅう》は、逃《に》げるのさえわすれてくやしがった。  そのうち、あっというまに、怪物《かいぶつ》は、砲兵《ほうへい》が砲列《ほうれつ》をしいているほうへ、近づいてきた。  怪物《かいぶつ》は、日光にてらされて、ギラギラと光りかがやいている。その反射《はんしゃ》の光が、群衆《ぐんしゅう》の目をくらまして、なん人かが、 「あっ!」 とさけびながら、目をおさえて、どっとおりかさなってたおれた。  と、そのときだった。いちばん左のはしにいた怪物《かいぶつ》のさげていた箱《はこ》から、シューッと、あの緑色《みどりいろ》をおびたけむりが放射《ほうしゃ》された。 「水にもぐれっ!」 と、わたしはだれにいうともなくさけんだ。  火星人の怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》が、水をとおさないかどうか、はっきりわかっていたわけではなかったが、熱《ねつ》は水をとおさないだろう、と、わたしはふとそう考えたのだった。そして、わたしも、すぐ近くの川の中にとびこんだ。  すると、そこらにいた人も、それにまねて川の中にとびこんだ。  足もとの石ころが、水あかでつるつるしていた。川は浅《あさ》くて、とてももぐれなかった。  わたしは、いまにも、怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》にやきころされはしないか、とびくびくしながらも必死《ひっし》になってどんどん深いところにはいっていった。  川の上では、数十そうのボートやわたし船が、たくさんの人と荷物をのせて、あわてふためいていた。が、火星人が近づくとみんな、ドボン、ドボンと音をたてて水の中にとびこんだ。  船の上の荷物が、ボーボーともえあがった。怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》は、もう頭の上をおそっているのだ。  やっと水にもぐったわたしが、そっとあたまをだしてみると、火星人は、逃《に》げまどう人間のむれなどには目もくれないで、川むこうで砲撃《ほうげき》をつづけている砲兵《ほうへい》陣地《じんち》のほうへ、まっしぐらに、大またに歩いていった。  それでも、怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》にふれたなん百人という人間が、ひめいをあげながら、黒こげになったり、けむりになって、あっというまに姿《すがた》を消《け》したりしていた。  怪物《かいぶつ》は、ひとまたぎに、川を半分わたってしまった。  と、思ったら、つぎにまえ足のひざをむこう岸でかがめた。そう思った瞬間《しゅんかん》、すっと、まっすぐになったひょうしに、もうむこう岸にわたっていたのであった。  それをみた川むこうの砲兵《ほうへい》陣地《じんち》では、六つの大砲《たいほう》が、いっせいに火ぶたをきった。  その第一|弾《だん》が、うまく怪物《かいぶつ》のずきんの上、七ヤードばかりのところで、破裂《はれつ》した。 「うまい。」  わたしは、こわさもわすれてさけんだ。  と、そのとき、二|弾《だん》、三|弾《だん》と、怪物《かいぶつ》めがけてとんできた砲弾《ほうだん》の一つが、怪物《かいぶつ》のずきんのまんまえで破裂《はれつ》した。怪物《かいぶつ》のずきんは、きれぎれの赤いかたまりとなって、八ぽうへふっとんだ。 「命中《めいちゅう》した、命中《めいちゅう》した。」  わたしはわれをわすれて、川の中でおどりあがった。 「大砲《たいほう》でも、火星人をやっつけることができるんだな。」  いままで、とてもだめだ、と思っていたことが、目の前で実現されたので、わたしは、これなら、火星人をやっつけることができるかもしれない、と大きな希望《きぼう》をもったのだ。  が、どうしたことだろう。ずきんがけしとんだのに、怪物《かいぶつ》はたおれもしないで、そのまま、箱《はこ》をふりふり、怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》を発射《はっしゃ》させながら、まるでくるったようにどんどんかけだしたのである。 「あっ! 怪物《かいぶつ》は気がくるった。」  いつのまにか、水の上に頭をだしていたわたしは、そうさけんだ。  頭をとられた怪物《かいぶつ》は、からだだけで、活動しだしたので、まるできちがいのように、走るだけだ。どこにつっぱしってゆくかけんとうがつかないのだ。まるで、猛虎《もうこ》があばれだしたとおんなじだ。 [#5字下げ]死にもがく巨大《きょだい》機械《きかい》のさいご[#「死にもがく巨大機械のさいご」は中見出し]  ずきんの中の火星人は殺《ころ》されたが、三|脚《きゃく》の部分《ぶぶん》は、それだけでも走ったり、怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》を発射《はっしゃ》できる複雑《ふくざつ》な構造《こうぞう》をもっているのだ。  頭をふっとばされた火星人は、ただがむしゃらに走りだしたかと思うと、いきなり、川むこうの小さな町の教会堂《きょうかいどう》にぶつかった。  教会堂《きょうかいどう》は、ガラガラと音をたてて、まるで砂山《すなやま》をくずすようにたおれてしまった。すると、こんどは、火星人の大きなからだは、はずみをくって、横《よこ》にむいたかとおもうと、そこらじゅうの人家をかたっぱしからおしつぶしながら、もう一つの砲兵《ほうへい》陣地《じんち》のほうへ、まっしぐらに走りだした。 「やっ、ちくしょうめっ!」  砲兵《ほうへい》陣地《じんち》から、ひめいのようなさけびごえが聞こえて、砲兵《ほうへい》たちが、あわてて、火星人のからだに砲口《ほうこう》をむきかえているのがみえた。  が、もうそのときは、超速力《ちょうそくりょく》をだした火星人のからだが、あっというまに砲兵《ほうへい》陣地《じんち》にとびこんでいて、まばたきするまに、二つ三つの大砲《たいほう》がけとばされた。あっとおもうまもなく、箱《はこ》のなかから緑《みどり》のけむりがほとばしりでて、ありったけの大砲《たいほう》と砲兵《ほうへい》が、一|瞬《しゅん》のあいだに、けむりになって空に消《き》えてしまったのである。 「あっ! 砲兵《ほうへい》がやられたっ。」  川の中の群衆《ぐんしゅう》が、みな目をおおってさけんだ。火星人の巨体《きょたい》は、こんどはくるりとうしろをむいて、またぎゃくもどりしだした。しかし、すこし方向がかわって、さいわいなことに、火星人のからだは、わたしのいた、ずっと川上のほうにすすんでゆくらしい。  ぼちゃあん、と大きな水音をたてて、火星人のかた足が、はげしい水けむりをあげたかとおもった瞬間《しゅんかん》、どういうわけか、火星人のからだは、そのまま、川の中にぶったおれてしまったのだ。が、そのときたいへんなことがおこった。  火星人のからだがぶったおれると同時に、火星人のもっていた鉄の箱《はこ》が、バタンバタンと川の水をたたいた。そのひょうしに、はげしい爆発音《ばくはつおん》がおこり、水と蒸気《じょうき》と、どろや土や小石が、ブーブーと空高くまい上がったのだ。  箱《はこ》の中の怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》が、水につかって、いちじに爆発したのだろうか。  そればかりではない。川の水が、まるで熱湯《ねっとう》のようににえかえりはじめたのだった。 「あっ! 熱《あつ》いっ!」  川の水がものすごい熱湯《ねっとう》になって流れてきた。まるでつなみのような大きいうねりになって、わたしたちをおそってきたのだ。ふっとうする水はゴウゴウと音をたてていた。 「やけどするぞ!」 「うわっ! 熱《あつ》いっ!」  わたしたちのまわりには、ときならぬひめいがまきおこった。川の中にもぐりこんでいたなん百という群衆《ぐんしゅう》が、いちじに熱湯《ねっとう》の中にほうりこまれたのだ。  群衆《ぐんしゅう》は、われがちに、岸にはい上がった。  わたしも、アップ、アップと熱湯《ねっとう》の中でもがく群衆《ぐんしゅう》をおしわけて岸にはい上がった。  十そうあまりのボートやわたし船が、その中で、パッパッと燃《も》え上がっていた。  まるで、この世のじごくだ。  それでもわたしは無事《ぶじ》で川岸にはい上がっていた。むこうをみると、川の中にぶったおれた火星人のからだは、大きな足をあげて、バタンバタンと川の水をたたいて、どろや小石をはねとばしているのがみえた。そして、そのまわりを、もうもうと水蒸気《すいじょうき》がたちこめている。火星人そのものが、熱湯《ねっとう》の中で、だんまつまのもがきをやっているようで、すごいありさまだ。 [#5字下げ]火星人の死体[#「火星人の死体」は中見出し]  そのとき、はるか遠くのほうで、まるで、工場のサイレンが、百も二百もいっしょになりだしたような、ものすごいうなりごえがした。  おそろしさに、血《ち》のけをうしなっていたそばの者が、なにやらわからぬことをさけびながら、むこうのほうを指さした。 「やっ! 火星人だ。」  そのとき、川上からまっかな、血《ち》のようなものが、いっぱい流れてきた。  血《ち》のようなものは、川の中にたおれた火星人のからだからふきだした赤かっ色の液体《えきたい》だった。火星人のからだの中には、人間の血《ち》とおなじようなものがあるのだろうか。人間の血《ち》とおなじようなものがあって、ひとりで動ける作用をしていたのかもしれない。すると、火星人は、生きた人造人間《じんぞうにんげん》をつくることができるのかもしれない。  やがて、赤かっ色の液体《えきたい》がでつくしてしまうと、火星人の巨大《きょだい》なからだは、そのままいきたえたように、動かなくなってしまった。  と、そのときだった。べつの火星人のすがたが、どんどんこっちにやってくるのがみえた。  一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ……ものすごいサイレンのような怪音《かいおん》を発しながら、こっちにやってくる火星人のすがたは、あとからあとからつづいた。 「きっと、死んだ火星人を助けにきたんだ。」 「あのさけびごえは、死んだなかまを、なげきかなしむこえらしいね。」 「ああ、そういえば、アルー、アルーといってる。」  そのさけびごえは、よくきくと、れいの、アルー、アルーというこえだった。このまえきいたときは、第三の円筒《えんとう》が落下したときだった。あのときは、とてもうれしそうなこえだったが、こんどのは、ほんとに悲痛《ひつう》な、いかにも、なげき悲《かな》しんでいるようなこえでもあり、またとても強いいかりごえのようでもある。  あっというまに、火星人が目のまえにせまっていた。 「あぶない! 水にもくれ。」  わたしは、また川の中にとびこんだ。もう、熱《あつ》いなんていっておれない。が、さっきより熱《あつ》くなくなった。バシャッと、大きな音といっしょに、近くの水と小石をはねとばして、火星人の巨大《きょだい》な足が、目のまえにあらわれたのでわたしは、 「ひやっ!」 と、ひめいをあげて、すっぽり、水の中にもぐった。できるだけ、息《いき》をころして、水の中をはっていたが、たまらなくなって、水の上に首をだしたとき、一つの火星人が、わたしの頭の上を、ひとまたぎにしていった。あぶなくふみつぶされるところだった。ふと見ると、ふたりの火星人が死んだなかまをながめていた。  べつのふたりが、そこから二百ヤードばかりはなれたところに、ずきんを死体のほうにむけてたっていた。きっと、死体をみているなかまをまもってやっているのだろう。  さっき、わたしたちの頭の上をひとまたぎにした火星人は、ずっと遠くにいって、これも、この四人のなかまを防備《ぼうび》するように、しきりに、緑色《みどりいろ》のけむりをひらめかして人間を近づけまいとするかのように、猛烈《もうれつ》に活動していた。  いちばんむこうの火星人のあるくたびに、そこらいちめん、火の海になった。  そのときまた、シュッ、シュッという怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》の音がした。  と、そのときだ。いままで、どうやらしんぼうできるぐらいな熱《あつ》さだった川の水が、急にぐらぐら、と音をたてて、にたちはじめたのである。 「あちち……。」  もう、死んでもいい、とても川の中にはいられなかった。わたしはあわてて川ぎしにはい上がった。川ぎしにはい上がると、ばったりたおれてしまった。からだじゅうやけどをしていたのだった。  もうもうと、目のまえが、まっくらになるほどゆげがたちのぼっていた。  なんだかわからないが、遠くのほうで、ガラガラと物のくずれる音がした。ヒーヒーという人間のなきさけぶこえがした。ボーボーと、物のもえる音がした。  そのとき、二十ヤードばかりのところを、ひとりの火星人が、急|速度《そくど》で通るのがみえた。小石が、バラバラとふってきた。 「ああ、これで、死ぬのかな。」  わたしが、よろよろと、たち上がったとき、むこうのほうに、火星人の死体をかついで、オーゼル荒野《こうや》のほうへひきあげていく四人の火星人のすがたをちらとみたが、わたしはそのまま、そこに、ばったりたおれて、気ぜつしてしまった。  そのとき、オーゼル荒野《こうや》のほうで、またすさまじい黒えんと大爆音《だいばくおん》がおこって、ドスーン、と第五の円筒《えんとう》が地球に落下した。  ああ、ほんとに、火星人は、地球上の人間をみなごろしにして、この地球をうばいとってしまうらしい。 [#5字下げ]火星人と人間の大《だい》戦線《せんせん》[#「火星人と人間の大戦線」は中見出し]  さいわい、わたしはまだ命《いのち》がたえていなかった。  ふと、目をさまして、 「火星人はどうしたろう。」  はるかオーゼル荒野《こうや》のほうをみると、そこで、空高く、緑色《みどりいろ》をおびた白えんのあがっているのが見えた。 「根拠地《こんきょち》で、さかんにつぎの戦闘準備《せんとうじゅんび》をしているようだな。」  わたしが、川原で気ぜつしているあいだに、人間と火星人のはなばなしい戦闘準備《せんとうじゅんび》がおこなわれていたのである。  ことの重大をしったイギリス政府《せいふ》は、陸海両軍《りくかいりょうぐん》に動員命令《どういんめいれい》をくだして、大々的《だいだいてき》に火星人を包囲《ほうい》していた。  イギリスの大砲《たいほう》が、ともかくひとりでも、火星人をやっつけた、ということが、ただひとつのたのみのつなだった。  新しい大砲《たいほう》がぞくぞくと、オーゼル荒野《こうや》のまわりに、輸送《ゆそう》され、火星人|根拠地《こんきょち》の、オーゼル荒野《こうや》の荒地《あれち》をかこむ二十数マイルの円形には、あらゆる丘《おか》や森や、木立ちを利用《りよう》して、ずらりなん百という大砲《たいほう》が配置《はいち》されていた。  これに対《たい》して、火星人は、夜も寝《ね》ずにつぎの戦闘準備《せんとうじゅんび》をやっていた。火星人の根拠地《こんきょち》を中心にして十五マイル平方の広い場所が、放射熱線《ほうしゃねっせん》にやきはらわれてやけ野原と化していたが、火星人は、新しく落下した五番めの円筒《えんとう》の火星人の三|脚《きゃく》のばけものをくみたてるのに大活動していた。  そして火星人は、交替《こうたい》に休むらしく、休むときに、円筒《えんとう》の中にはいった。しかしちっともゆだんがない。円筒《えんとう》の中にはいっても、そのそばからは、一マイルはとどく怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》をだして、人間を近づけないようにしていたし、五、六マイルの地点には、いつも、交替《こうたい》で、見はりが立っていた。  こうして、人間と火星人の一大|決戦《けっせん》がおこなわれようとしていたのだったが、しかし、気ぜつしていたわたしは、そんなことはしらなかった。 「こんなところにいつまでもいたら、いつかはやられる。ここは、火星人の根拠地《こんきょち》のまっただなかだ。」  むっくりたちあがったわたしは、ともかく、川をつたわって逃《に》げようと思った。どんなようすかちっともわからないから、どっちに逃《に》げてもあぶないけれど、火星人の放射熱線《ほうしゃねっせん》をふせぐには、川にもぐるのがいちばんいいようだった。しかし、川にそって逃《に》げると、レザーヘットにはいけない。そこには、妻《つま》と子どもがいる。 「だが、しかたがない。」  わたしはかなしく目をつむって、 「もう、レザーヘットもどうなったかわからない。レザーヘットも、きっと火星人の戦闘区域《せんとうくいき》の中にはいっているだろうから、妻《つま》も子も、きっと、いなかにでも逃《に》げたんだろう。無事《ぶじ》だといいんだがなあ。しかし、こうなっては、何をいってもむだだ。そのうちイギリスが全滅《ぜんめつ》するかもしれないんだ。いや、地球上の人類《じんるい》が全滅《ぜんめつ》するかもしれないんだ。ともかく、この川づたいに、ロンドンに逃《に》げよう。」  川ぞいにゆけば、ロンドンだった。わたしが、ふとみると、そこに小船があった。  やけ残《のこ》りのボートが一つ、川の水が放射熱線《ほうしゃねっせん》でにえくりかえったときのあおりで、うちあげられたらしく、川ぎしの砂地《すなち》の上に、ぽつんととり残《のこ》されていた。 「うむ、これはいいぐあいだ。早いほうがいい。あのボートで、川しもにくだろう。」  わたしは、いたむからだをがまんして、川の中にボートをおろした。オールも、かいもなかった。手でこぐよりしかたがない。  水の中に手をおろすと、川の水は、まだあつくて、やけどしたひふに、ひりひりとこたえた。 「あついっ!」  が、いまは、そんなことをいっておれなかった。両ぎしの草は、みな熱湯《ねっとう》のためにうだってたおれていた。ところどころに、水蒸気《すいじょうき》がもうもうとたちのぼっていた。  両ぎしの町や村は、みんなやきはらわられて、人ひとりいなかった。犬一ぴきいなかった。あらゆる生物は、みんな火星人の熱線《ねっせん》にあって、けむりになって空にたちのぼってしまったのだ。  だんだん川をくだってゆくと、いま、さかんにもえている村や町もあった。  それからすこしゆくと、えんえんともえさかる町をうしろにして、川ぎしにだれか、ひとりの人間がうごめいていた。  首都ロンドンに近い、イギリスでもいちばん人口の多いところだ。ふつうなら、たくさんの人間が川の両がわにありのはうようにうようよしているはずなのに、あたりいちめん死の国となってしまったいまは、人間、いや生物のいるのが、とてもめずらしかった。 「助けよう。」  船を岸にこぎよせてみると、それは、黒い服《ふく》を着た牧師《ぼくし》さんだった。牧師《ぼくし》さんは、たったひとり生きのこったらしく、両手に大きな水筒《すいとう》をもっていた。 「ああ、水筒《すいとう》だ。」  わたしは、急に、のどがカラカラにひきつってきた。考えてみると、なん時間水をのまないのだろう! わたしは、ボートからおりて、 「牧師《ぼくし》さん、たったひとしずくでけっこうですから、水をめぐんでくださいませんか。」 といった。 「おおっ、どなた、どなたですか。」  牧師《ぼくし》さんは、びっくりしてこえのするほうをふりむいて、パチパチとまばたきした。顔がまっかにただれて、目も見えなかった。きっと、火星人の熱線《ねっせん》にやられたのだろう。牧師《ぼくし》さんは、 「たしかに人間のこえですね。めずらしいことです。この恐怖《きょうふ》の世界に人間のこえはめずらしいことです。」といって、 「よく、生きておられましたね。さあわたしは神の使徒《しと》です。水が欲《ほ》しいとおっしゃるのもあなたがさいごでしょう。おあがりください。」 といって、水筒《すいとう》をさしだした。 「ありがとうございます。」  わたしはひとくち水をのんで、生きかえったような気がした。そして、牧師《ぼくし》さんにいった。 「あなたは、どうなすったのです?」 [#5字下げ]目をやられた牧師《ぼくし》さん[#「目をやられた牧師さん」は中見出し] 「どうもこうもありません。いったい、こんなことがあっていいものでしょうか。」  牧師《ぼくし》さんは、見えない目をしばたたいて、 「わたしは教会で朝のお祈《いの》りをしていました。すると、突然《とつぜん》、ゴウゴウと、教会のたてものがくずれ、わたしは、あっというまに、おもてにふきとばされていました。」 「火星人のしわざでしょう、牧師《ぼくし》さん。」 「さいわいわたしは、教会の花だんの中にふきとばされましたので、いのちだけは助かりました。しかし、そのときは、町のおかたは、だれひとりいませんでした。たてものも一つ残《のこ》らず、たおれたり、けむりになったりしていました。ほんの、あっというまのできごとです。わたしはことの重大さに気づいていのちからがらここまで逃《に》げのびてきましたが、そのあいだに、両眼《りょうがん》をやられたとみえて、ここまできて気づいてみたら、両眼《りょうがん》が、かすかにしか見えなくなっていました。」 「その水筒《すいとう》はどうなすったのですか。」 「わたしは神の使徒《しと》です。そんなあいだにも、人の命《いのち》を救《すく》うことをわすれていませんでした。ここまで逃《に》げてくる途中《とちゅう》、道におちていた二つの水筒《すいとう》を、むちゅうでもちかかえていたものとみえます。こんなときには、どなたも水が必要になるものです。この水筒《すいとう》も、きっと、ピクニックにでもでかけられた町のかたが、家をでたばかりのとき、この恐怖《きょうふ》の熱線《ねっせん》にやられたものでしょう。この水筒《すいとう》が、けむりにならないでころがっていたのは、わたしがこうして生きているのとともに、奇跡《きせき》の一つというべきでしょう。」  牧師《ぼくし》さんのみえない目からは、ハラハラと、あついなみだがあふれおちた。わたしは、そのとき、ふとことばをはさんだ。 「このとおりでしょう。レザーヘットの町も、いまは、ひとすじのけむりと化してしまったにちがいないのです。」 「レザーヘットの町が、どうかしましたか。」と、牧師《ぼくし》がきいた。 「ええ、そこにわたしの妻《つま》と子どもがいるのです、牧師《ぼくし》さん。」 「アーメン! きっとあなたのおくさんと子どもさんは、無事《ぶじ》にレザーヘットの町をおたちのきになりましたでしょう。」 「ここは、ロンドンには近いはずですね、牧師《ぼくし》さん。」 「ええ、数マイルの距離《きょり》です。」 「わたしは、川づたいに、ロンドンににげようと思っております。牧師《ぼくし》さんも、いっしょに、ボートにのりませんか。」 「ありがたいことです。神のおめぐみです。どうぞつれていってください。」  ボートは、こんどはふたりになった。  むこうの空で、チカチカ光るものがあった。火星人の熱線《ねっせん》とはちがう。反射《はんしゃ》信号機《しんごうき》らしい。きっと、火星人の攻撃《こうげき》が近づいたので、後方の砲兵《ほうへい》に信号《しんごう》を送っているのだろう。わたしは、首都めざして、船をこいだ。  はじめのあいだは、ロンドンの人たちも、火星人のことなんか、てんでばかにしてかかっていた。新聞でも、 “火星人はうすきみのわるい、おそろしいかたちをしているが、かれらのおちこんだあなからなかなかはいだせないだろう。そのうち地球の重力の関係で死んでしまうだろう。”  などと、のんきなことを書いていた。  それから、だんだん、この火星人を殺《ころ》すために軍隊《ぐんたい》が出動したとか、その中の一|中隊《ちゅうたい》が全滅《ぜんめつ》したことなどが新聞にのったが、その日その日の仕事にいそがしいロンドン市民《しみん》は、 「そんなこと、でたらめだろう。だって、火星人は、くもみたいなもので、地の上をはって歩くんだっていうじゃないか。そんなものが、わが精鋭《せいえい》なイギリスの軍隊《ぐんたい》を全滅《ぜんめつ》させることなんてできるもんじゃないさ。」などと、たかをくくっていたのであった。  が、そのうち、ロンドンの、あちこちの停車場《ていしゃじょう》には、ぎっしりいっぱい大砲《たいほう》をつんだ貨車《かしゃ》が、各地《かくち》の連隊《れんたい》から送られてきて、どんどん火星人のいるオーゼル荒野《こうや》のほうにでかけていった。  客車のダイヤが混乱《こんらん》していった。オーゼル荒野《こうや》のほうからくる、なん本かの汽車が、ばったりこなくなってしまったからだった。  つづいて、どやどやと、避難民《ひなんみん》をのせた貨車《かしゃ》や客車がやってきた。しかし、はじめの避難民《ひなんみん》たちは、まだ、じっさいに、火星人の襲撃《しゅうげき》をうけていないので、 「でたらめきわまることです。朝おきたら、いきなり兵隊《へいたい》がやってきて、たちのき命令《めいれい》をだしたんです。」と、不平《ふへい》そうで、 「火星人ぐらいに、そんなにおそれることなどあるもんですか。」などといっていた。  避難民《ひなんみん》は、つぎからつぎへと、貨車《かしゃ》や客車で送りこまれた。だんだん、家をやかれ、親や子にもわかれた避難民《ひなんみん》がやってきた。これらの避難民《ひなんみん》たちは、やっと火星人のおそろしさをロンドン市民《しみん》につたえた。 「火星人は、おそろしい放射熱線《ほうしゃねっせん》をもっていて、あっというまに、人間も大砲《たいほう》もけむりにしてしまいます。」 「あれでは、大砲《たいほう》なんかいくらあったってだめです。」 「もう、オーゼル荒野《こうや》を中心にして二十マイル四方はやけ野原です。」 「火星人は、巨大《きょだい》な三|脚《きゃく》をもった怪物《かいぶつ》です。」  などと、くちぐちに、そのおそろしさを話すのだった。  そのうち、反射《はんしゃ》信号《しんごう》のピカピカ光る光線《こうせん》がみえだした。  大砲《たいほう》の音がロンドンの町まで聞こえるようになった。ロンドンの郊外《こうがい》に、たくさんの砲兵《ほうへい》が配置《はいち》された。火星人はよほどロンドンの近くにせまっていることがわかった。  ロンドン付近《ふきん》の鉄道は、まったく混乱《こんらん》してしまって、避難民《ひなんみん》をはこぶだけがやっとだった。 [#5字下げ]おそるべきぎゃく殺《さつ》せまる[#「おそるべきぎゃく殺せまる」は中見出し]  警官《けいかん》が、一けん一けん戸をたたいて、ロンドン市民《しみん》をおこしまわっていた。 「なに、やつらがきた? 火星人がきたんですか。」  あちこちの窓《まど》から、たくさんの人間の首がのぞいた。 「やつらだ、やつらだ、火星人だ、火星人だ。」  警官《けいかん》は、そうさけびながら、となりの路地《ろじ》にかけこんでいった。  アルバユー街《がい》の兵営《へいえい》から、進軍《しんぐん》ラッパの音がきこえた。危急《ききゅう》をつげる教会の鐘《かね》が、ガンガンならされた。  ジャラン、ジャランと、鈴《すず》をならして新聞売り子が号外を売りあるいていた。 「ロンドンにちっそくの危険《きけん》せまる。クインスインとリットワドの防《ぼう》ぎょ線《せん》は火星人にとっぱされた。テームズ川の流域《りゅういき》に、おそるべきぎゃく殺《さつ》はじまる。」  新聞売り子はきちがいのようになってさけんでいた。 「なに、なに、テームズ川!」  このひとことで、ロンドン市民《しみん》は、いっぺんに目がさめたように、ガタガタふるえだした。  テームズ川といえば、ロンドンの中央《ちゅうおう》を流れる、ロンドン市民《しみん》の生活そのもののような川ではないか。  東京なら隅田川《すみだがわ》だ。このテームズ川の流域《りゅういき》に火星人の手がのびてきたことは、ロンドンがやられているとおんなじだった。  世界に豪華《ごうか》と繁栄《はんえい》をほこるイギリスの首都ロンドンは、一夜にして混乱《こんらん》のちまたとなってしまった。  ほのぼのと夜があけてきた。東の空が桃色《ももいろ》になりかけた。ロンドンの町の道路《どうろ》という道路《どうろ》には、わけもなく走りまわる人間のすがたや、自動車を走らす人が、こう水のようにあふれていた。  どこからともなく「黒色ガス、黒色ガス。」というひめいとさけび声がながれてきた。 「なんだ、なんだ。黒色ガスだって……。」  さけびはさけびを生んでいった。その中をまた号外売りが走っていった。みんなうばいあって、号外を買った。号外には、軍司令官《ぐんしれいかん》からだされた身のけもよだつようなおそろしい報告《ほうこく》がのっていた。 [#ここから2字下げ] ――火星人は、狂暴《きょうぼう》にも、多量《たりょう》の濃厚《のうこう》なる黒色の毒《どく》ガスを放射《ほうしゃ》しつつあり。かれらは、わが砲兵隊《ほうへいたい》を全滅《ぜんめつ》せしめ、リッチモンド、キングストン、インプルトンの各《かく》都市を破壊《はかい》しつくし、もっか、途中《とちゅう》のいっさいのものを壊滅《かいめつ》させつつ、ロンドンにむかって前進中なり。かれらの前進をとめることは、ほとんど絶望《ぜつぼう》とおもわる。黒色ガスにたいしては、ただちに逃避《とうひ》するの一|途《と》あるのみ―― [#ここで字下げ終わり]  六百万のロンドン市民《しみん》は、この号外の文章《ぶんしょう》を読んで、がくぜんとしてしまった。 「そんなばかなことがあるものか。この歴史《れきし》と伝統《でんとう》にかがやくロンドンが、たかが火星人ぐらいの黒色ガスなんかにふみにじられてたまるかいっ!」 「いったい軍隊《ぐんたい》はなにをしているんだ。砲兵《ほうへい》はなにをしているんだ!」  ロンドン市民《しみん》は、きちがいのようになってわめきたち、ただわけもなく、さわいだり走ったりしていた。 「黒色ガス、黒色ガス。」  数十万のこえが、いっせいにわめいた。黒色ガスというのは、あの怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》だろうか。それとも、火星人は、新しいガスを使いはじめたのだろうか。  そのあいだにも、オーゼル荒野《こうや》の上空には、またまた、無数のごう音と目をくらますせん光がつづけさまにおこって、火星からの円筒《えんとう》が落下してきた。  火星人は、ぞくぞくと後続部隊《こうぞくぶたい》を地球上に送ってくるのだ。  もう、めちゃくちゃだ。どうして、おそろしい火星人の襲来《しゅうらい》をふせいだらいいか……。 [#5字下げ]くうかくわれるかの激戦《げきせん》[#「くうかくわれるかの激戦」は中見出し]  このロンドン市民《しみん》の恐怖《きょうふ》と混乱《こんらん》をよそに、イギリスの砲兵《ほうへい》と火星人は、ロンドン郊外《こうがい》で、くうかくわれるか、の激戦《げきせん》をくりかえしていた。  わたしが小さなボートで川をくだっているあいだに、火星人は、ロンドンから十マイルばかりはなれた、オーゼルの荒野《こうや》を占領《せんりょう》して、そこで、つぎの進撃《しんげき》の準備《じゅんび》をはじめたのであった。火星人の大部分が、このオーゼル荒野《こうや》のまんなかに停止《ていし》すると、ひとばんじゅう緑色《みどりいろ》のけむりをあげて、地球の人間が近よれないようにして、しきりに、ハンマーのような音や、あなあけ機《き》のような音をたてていた。  朝の八時ごろになると、三つの火星人が、砲弾《ほうだん》のあとの、あなの中からはいだして、用心ぶかく前進をはじめ、バイレットビルマンを通り、ウエーツにでた。  火星人は、ひとかたまりにならないで、おのおの一マイル半ばかりずつはなれて前進していたが、いろいろの音や、サイレンのようなこえでたがいにれんらくしながらすすんでいた。  そこで、火星人は、前方に砲列《ほうれつ》をしいている地球上の人間をみつけた。  その砲兵《ほうへい》は、やっとついたばかりだった。おまけに、あんまり訓練《くんれん》をうけていない新兵《しんぺい》ばかりだったので、巨大《きょだい》な火星人のすがたをみつけると、 「やっ! きたぞ!」 と、もう、青くなってふるえていた。 「うてっ!」  なん度も、みかたの砲兵《ほうへい》が全滅《ぜんめつ》されたことをしっている指揮官《しきかん》も、あわててしまい、まだ火星人が着弾《ちゃくだん》距離《きょり》にきていないのに、発砲《はっぽう》を命《めい》じた。  数門の大砲《たいほう》が、いっせいに火をふいた。  三つの火星人はゆうゆうと、なにか合い図しながら前進してくる。前進しながら、ヒューヒューと、怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》を発射《はっしゃ》しだした。 「あっ! 黒色ガスだっ!」  それをみると、砲兵《ほうへい》たちは、いっさんに逃《に》げだした。 「アルー、アルー。」  と、そのとき、れいの火星人の声がきこえた。火星人は、怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》の箱《はこ》をふりふり、全速力《ぜんそくりょく》で、逃《に》げる砲兵《ほうへい》をおいかけだした。  逃《に》げまどう砲兵《ほうへい》は、たちまち、ひとかたまりになって、ものすごいひめいをあげたかとおもうと、ひとすじのけむりとなって、空に消《き》えてしまった。  あとには、怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》にあたらない大砲《たいほう》だけがごろごろころがっていた。  まもなく第一|線《せん》の砲兵《ほうへい》陣地《じんち》をやぶった火星は、いきなりペインスル公園に陣《じん》をかまえた砲兵《ほうへい》陣地《じんち》の前面にすがたをあらわした。すると火星人たちはまたもや、 「アルー、アルー。」というさけびをあげて、砲兵《ほうへい》陣地《じんち》にさっとうした。 「うてっ!」と、指揮官《しきかん》の絶叫《ぜっきょう》。  が、こんなに早く火星人がやってくるとはおもっていなかった砲兵《ほうへい》たちは、あわてふためいて、発射《はっしゃ》にかかったが、もうそのときは、急に速度《そくど》をはやめた火星人の怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》のために、一発も発射《はっしゃ》せずに全滅《ぜんめつ》してしまった。それをみた火星人は、 「アルー、アルー。」と、喜《よろこ》びのこえをあげて、しばらくたちどまった。ひと休みしているようでもあったし、つぎの目標《もくひょう》をさがしているようでもあった。 [#5字下げ]第二の命中弾《めいちゅうだん》[#「第二の命中弾」は中見出し]  ペインスル公園|砲兵《ほうへい》陣地《じんち》のうしろの、セントマン丘《おか》には、いちばんすぐれた砲兵《ほうへい》が、 「ここでなんとしてもかれらを全滅《ぜんめつ》さして、ロンドンに侵入《しんにゅう》するのを防備《ぼうび》せよ。」 と、命令《めいれい》をうけて、砲列《ほうれつ》をしいていた。  この砲兵《ほうへい》は、松林《まつばやし》のかげに砲列《ほうれつ》をしいていたので、火星人も、すぐ近くにくるまで、そこに精鋭《せいえい》な砲兵《ほうへい》がまちかまえている、とは気づかなかった。  松林《まつばやし》にかくれた砲兵《ほうへい》たちは、もうすっかり発射《はっしゃ》の用意をおわって、ゆうゆうと、火星人が、射程《しゃてい》距離《きょり》にはいってくるのをまっていた。 「いいか。しっかりねらえよ。火星人はたった三つだ。一つずつ、いっせいに砲火《ほうか》をあびせ、つぎつぎにやっつけるんだ。」 と、指揮官《しきかん》はいっていた。  なにもしらない火星人は、やはり一マイル半ばかりの距離《きょり》をたもちながら、めいめいなにかをさけびながら、一ヤードの近距離《きんきょり》に近づいてきた。 「着弾《ちゃくだん》距離《きょり》だ!」と、さけんだ指揮官《しきかん》は、 「ねらえっ!」  さっと、砲手《ほうしゅ》の顔がきんちょうして、照準《しょうじゅん》があわされた。 「うてっ!」  突然《とつぜん》、丘《おか》の上の松林《まつばやし》のあいだから火をふいた。  いっせい射撃《しゃげき》の砲弾《ほうだん》は、いちばん右手の火星人のまわりでさくれつした。  巨大《きょだい》な火星人のからだが、五、六歩すすんだかとおもうと、やがてよろよろとよろめき、ズシーンと、地ひびきをたてて、そこにたおれた。 「命中《めいちゅう》。」 「わーっ。」と歓声《かんせい》があがった。  砲兵《ほうへい》たちは、手早くつぎの弾丸《だんがん》をこめた。  たおれた火星人は、 「アルー、アルー。」と、長い尾《お》をひいてほえた。  それをみると、べつの火星人が、きらきらと、からだじゅうを日にかがやかせながら、南方の松林《まつばやし》の上にあらわれた。  たおれた火星人は、三|脚《きゃく》の中の一本をうちくだかれてたおれただけだった。 「それ、てっていてきにやっつけろ! 発砲《はっぽう》!」  指揮官《しきかん》のこえがうなった。  第二のいっせい射撃《しゃげき》が、たおれた火星人のまわりに落下したが、ざんねん、一発も命中弾《めいちゅうだん》はなかった。  三つめの火星人も、このようすをみて、急|速度《そくど》で走りよった。あっというまに、たおれた火星人のそばにかけよった二つの火星人は、 「アルー、アルー。」 と、おこったようなさけびごえをあげて、砲兵《ほうへい》陣地《じんち》にむけて怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》を発射《はっしゃ》した。  砲兵《ほうへい》陣地《じんち》で、ダダダアンという、天地もさけるような爆音《ばくおん》がおこった。砲兵《ほうへい》の火薬《かやく》が、怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》にあって、いちじに爆発《ばくはつ》したのだった。  砲兵《ほうへい》のもっていた火薬《かやく》の爆発《ばくはつ》で、数門の大砲《たいほう》が、数十人の兵隊《へいたい》とともに、空たかくまいあげられた。その中には、指揮刀《しきとう》をふりあげた指揮官《しきかん》もいた。  が、あっ!  空にまいあがった大砲《たいほう》と砲兵《ほうへい》は、ちょっと、したにおちようとしたしゅんかん、ヒルヒル、と、かすかな音をたてたかと思うと、スーッと、空中でけむりになってしまったのである。  そのけむりは、わずか一メートルほど尾《お》をひいただけだった。一メートルばかり落ちるあいだに、大砲《たいほう》と兵隊《へいたい》が、ぜんぶ、けむりになってしまったのである。 [#5字下げ]またの下の人間[#「またの下の人間」は中見出し]  松林《まつばやし》の中の砲兵《ほうへい》も、あっというまに全滅《ぜんめつ》してしまったのだ。それでも、どうにか、怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》にあたらなかったふたりの兵隊《へいたい》だけが生きのびて、いのちからがら逃《に》げだしたのだった。  そのあと、三つの火星人は、しばらくそこにたちどまって、なにか相談《そうだん》していた。  約《やく》三十分ばかりというもの、かれらは、ちっとも動かなかった。遠方からみると、かれら三つのすがたは、ただ、ぴかぴか光る一つの点のようにみえた。  そのうち、小さな、かっ色をした火星人が、三|脚《きゃく》のあたまのずきんのなかから、のろのろとはいだした。砲弾《ほうだん》でたおれた火星人のずきんからも、やっぱりはいだしてきた。  あれだけはげしく、いっせい射撃《しゃげき》をうけながら、火星人は、死にもしなければ、気ぜつもしなかったのだ。  みたところは、たこのばけものか、なまこのばけものみたいで、とても弱そうにみえる火星人も、これでみると、非常《ひじょう》に強い生物だと思われる。  三つの火星人は、そこで、砲撃《ほうげき》されたあしのしゅうぜんをやりだした。  一時間もすると、しゅうぜんがおわったとみえて、三つの巨大《きょだい》なからだのすがたが、松林《まつばやし》の上にうきあがっていた。  そこへまた、むこうのほうから、四つの火星人が、巨大《きょだい》な三|脚《きゃく》をとぶように動かして、まえの三つの火星人のそばにやってきた。 「アルー、アルー。」  まえの火星人が、いかにもうれしそうにさけんだ。  あとからきた火星人は、めいめいまっ黒な筒《つつ》のようなものをもっていて、おなじものを、まえの三つにもわたした。  あの怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》を発射《はっしゃ》する箱《はこ》とは、まるっきりちがったものだ。  七つの火星人は、ジョージ丘《おか》、ウェーブ、センタと、三つの地点をむすぶ、数マイルのあいだに、ややゆみなりになった一|線《せん》をえがき、やはり一マイル半ばかりのかんかくをおいて、ふたたび前進をはじめた。  すると、かれらの前方に横《よこ》たわる、テームズ川の支流《しりゅう》のむこうの丘《おか》の上で数発ののろし[#「のろし」に傍点]があがった。  そこには、イギリス軍《ぐん》の見はりがたっていたのだった。歩しょうは、後方の砲兵《ほうへい》陣地《じんち》に、火星人のやってきたことをしらせたのである。  しかし、それと前後して、三つの火星人は、三歩ばかりで、ゆうゆうと川をわたってしまっていた。  川をわたると、そのうちの二つが、北のほうにむきをかえて、も一つの火星人とべつの道をとった。  わかれた二つの火星人は、ぼうのように足をひきずりながら、急にまた、も一つの、テームズ川の支流《しりゅう》をわたりだした。 「あっ! 火星人だっ!」  すると、そのまたのしたで、小さな人間のさけびごえがした。  それは、小船にのった、わたしと、牧師《ぼくし》さんだった。わたしは、やっとここまでたどりついていたのだ。 「あっ!」 と、さけんで、牧師《ぼくし》さんが、川の中にとびこんだ。目のみえない牧師《ぼくし》さんは、火星人ときいただけで、たましいがひっくりかえってしまったのだ。  が、そこは、川ぎしに近いところなので、牧師《ぼくし》さんは、ぼちゃん、と音をたてて、水の上にはらばいになっただけだった。 「しずかにしてください。しずかに……。」  わたしは、あわてて、牧師《ぼくし》さんにいった。 「さわぐと、火星人が気づいて、またこっちにやってきます。」  わたしがそういったとき、二つの火星人は、いきなりうしろをむいてこっちにやってきた。 「いけない。かくれろ。」  わたしは、いきなり牧師《ぼくし》さんのからだをかかえて、川ぎしの草むらの中ににげこんだ。  火星人は、ちょっとたちどまったが、なんにもいないと思ったのか、またくるりとうしろをむいて、 「アルー、アルー。」と、さけびながら、むこうにいってしまった。 [#5字下げ]夜の対戦《たいせん》[#「夜の対戦」は中見出し]  まもなく、火星人は、ぴたりとたちどまって、 「アルー、アルー。」と、ほえつづけた。  そのうち、むこうのほうからも、一つの火星人がやってきた。 「アルー、アルー。」と、ほえて、ピタリととまった。  なんの合い図だろう。  するとそのうち、また北のほうに、 「アルー、アルー。」 というさけびごえがきこえて、二つの火星人があらわれた。こっちの火星人が、いっせいに、 「アルー、アルー。」と、こたえた。  すると、あとからきた火星人も、てきとうな距離《きょり》をおいて、ピッタリととまった。どうやら一|列《れつ》にならぶ合い図らしい。  そういえば、あたりは、もううすねずみ色の夕ぐれになっていたのだった。その、夕ぐれの、ひろい平原の中に、火星人の巨大《きょだい》なからだが、まるで大きなビルディングのたちならんでいるように、一|定《てい》の距離《きょり》をおいて、ポツン、ポツンとたっているのだった。  よくみると、火星人のならびかたは、ロンドンにむかって、半月形をなして、半月形のいちばんでっぱった背中《せなか》のところが、中心になっている。  この半月形をまえにして、イギリスの砲兵《ほうへい》陣地《じんち》は、川の南ぎしの丘《おか》や森をたてにしたり、またたいらなところでは、草地や木立ちや農家《のうか》などのかげにかくれて、一|列《れつ》に砲列《ほうれつ》をしいているのであった。  すると、そのとき、川むこうの丘《おか》のところで、合い図の火が赤くあがった。砲兵《ほうへい》が、なにかれんらくをとっているのだろう。ドドーン、ドドーンと、合い図の火はつづけさまにうちあげられて、すっかりくれた星空に赤い火花をちらした。 「おお、神よ。こんどこそ、にくい、人類《じんるい》の敵《てき》、火星人を絶滅《ぜつめつ》したまえ、アーメン。」 と、うしろで、牧師《ぼくし》のこえがきこえた。  しかしもう、わたしは、人間が、とてもこの火星人にうち勝って、平和をとりもどせるなどとは考えもしなかった。  やがて、よほど長いように思われる時間《じかん》がたって、あたりがとっぷりくれたころ、はるかむこうのほうで、砲声《ほうせい》のようなものがきこえた。 「やっ! はじめたっ!」  きっと、むこうのはしの火星人から、攻撃《こうげき》をはじめたのだろう。砲声《ほうせい》は、だんだん近いところにきこえるようになってきた。  火星人は前進しながら、たこの足のような手をぐるぐるまわして、もっていた筒《つつ》を高くさしあげたかとおもうと、ブーンと遠くに投げた。放射熱線《ほうしゃねっせん》ではない。何か、新兵器《しんへいき》か。  投げだされた筒《つつ》は、はるかむこうにとんでゆき、ごうぜんたるばく音をたてて、大地を震動《しんどう》させたが、ふしぎなことに、火もけむりもでないのだった。  と、そのつぎにいた火星人が、つづいてもっていた筒《つつ》を投げた。  その筒《つつ》も、やはり、けむりも火もださないで、ただごうごうたる大ばく音をたてて、天地をゆるがしたばかりだった。わたしは、牧師《ぼくし》さんの手をひいて、丘《おか》の上にのぼった。  そのとき、三人めの火星人が筒《つつ》を投げだしたのが、あわい星空にみえた。三人めの火星人の投げた筒《つつ》は、大きな弧《こ》をえがいて空中をよこぎり、はるかむこうの、丘《おか》のかなたの砲兵《ほうへい》陣地《じんち》のところまでとんでいって、ボーン、と大ばく音をあげた。  足もとの丘《おか》が、ぐらぐらとゆれた。やっぱり、新兵器《しんへいき》だ。第五の円筒《えんとう》か、第六の円筒《えんとう》で、火星から送ってきたのかもしれない。  ばく弾《だん》というものは、火えんともうもうたるけむりをだすものと思っている地球上の人間のわたしには、その、音ばかりの新兵器《しんへいき》をみて、きつねにつままれたみたいに、ぼうぜんとした。  火星人が、はやい、そして前後にゆれるような運動をしながら、川にそって、東に進んでゆくのが、よいやみの中に、はっきりみえた。しかしいつまでまっても、イギリス陸軍《りくぐん》の砲兵《ほうへい》は火ぶたをきらなかった。  そのうちにも、つぎつぎと、わたしたちのみえないところで、ごう音がとどろきわたった。一|列《れつ》の半月形に陣《じん》をしいた火星人が、つぎつぎに、あのふしぎな新兵器《しんへいき》をうちだしているのだろう。  しかし、そのうちに、北のほうに、突然《とつぜん》、小山のようなものが、むくむくと盛《も》りあがってきた。  南のほうにも、小山のような黒えんがむくむくと盛《も》りあがってきた。あっちにもこっちにも黒えんの小山が盛《も》りあがってきた。  そして、その小山のむれは、しだいに低《ひく》くなってだんだん、地平線《ちへいせん》にひろがってゆくのだった。  なんだろう? [#5字下げ]無えん無臭《むしゅう》の毒《どく》ガス[#「無えん無臭の毒ガス」は中見出し]  あとでわかったことだが、それは、おそるべき無えん無臭《むしゅう》の毒《どく》ガスだった。  人間の砲兵《ほうへい》陣地《じんち》にたいして、数マイルのあいだに、一|列《れつ》に陣《じん》をしいた火星人は、砲兵《ほうへい》陣地《じんち》とおもわれるあたりをねらって、そのおそるべき毒《どく》ガスをつめたたくさんの筒《つつ》を投げつけたのだった。  ある火星人は、一つしか投げなかったが、ある火星人は、ひとりで五つも六つも投げた。  筒《つつ》は地上におちると同時に、べらぼうに大きな音をたててくだけた。そのごう音にびっくりして、砲兵《ほうへい》があっとおどろいているうちに、なかから、もうもうたるきりのようなものがふきだして空高く盛《も》りあがっていったが、やがてゆるゆると地上にまいおり、地べたをはって、地上のすみずみまでしみとおっていった。  わたしが黒えんとみたのは、じつはけむりではなくて、そのきりの山に、夜の空気が反射《はんしゃ》してけむりにみえたのだった。  きりは、けむりなどよりは、ずっと重かった。それで、どんな地上のすみにでも、ゆるゆると流れこむ性質《せいしつ》をもっていたのである。  そのきりは、ちょっとふれただけでも、チカチカとしげきした。そのきりを、ちょっとでもすいこんだ人間は、たちまちのどや肺《はい》や心臓《しんぞう》が赤くただれて、まっかな血《ち》をはいて死んでしまった。  さいごの防衛線《ぼうえいせん》とたのんだロンドンのまわりの砲兵《ほうへい》陣地《じんち》が、一発の大砲《たいほう》もうたずに、まったく沈黙《ちんもく》してしまったのは、砲兵《ほうへい》が、発砲《はっぽう》するひまもなく、みんな、この毒《どく》ガスにやられて全滅《ぜんめつ》したからだった。  しかもふしぎなことには、そのきりのようなもう毒《どく》ガスは、水にあうと、すぐかたまってしまって、もうすっかりもう毒《どく》の性質《せいしつ》をひそめてしまうことだった。ある生き残《のこ》りの砲兵《ほうへい》は、たまりかねて、逃《に》げる途中《とちゅう》で、その毒《どく》ガスのきりのおちこんだ谷間の水をのんだが、ちっとも苦しくもなんともなく、もちろん死にもしなかったということである。  また、その毒《どく》ガスは、地上から五十フィートの高さでは、毒《どく》にならない、ということであった。  これもあとでわかった話であるが、砲兵《ほうへい》陣地《じんち》のずっとうしろに、一つの町があった。その町にも、毒《どく》ガスのきりがおそってきた。  そのとき、教会のせん塔《とう》のてっぺんで、ひとりの工夫《こうふ》が、せん塔《とう》にある避雷針《ひらいしん》のしゅうぜんをしていた。工夫《こうふ》は、とつぜん、ごう音がきこえて、あたりいちめん、きりにつつまれたので、びっくりして、そのままきりが地上にしずんでしまうまで、うでがぼうのようにしびれるのをがまんしながら、せん塔《とう》の上にとどまっていたが、かすりきず一つおわないのだった。  工夫《こうふ》がおりてきてみると、町の人は、ひとりのこらず、赤い血《ち》をはいて、死んでしまっていたのである。  あとではかってみると、その教会のせん塔《とう》は、五十フィートとちょっとあった。  こうして、ロンドンからはなれること数マイルの地点では、数十平方マイルのひろい地域《ちいき》の人間が、またたくまに、まるではちの巣《す》でもいぶしたように死んでしまったのである。  ああ、おそるべき猛威《もうい》をもった毒《どく》ガスよ。 [#5字下げ]水雷艇《すいらいてい》の救援《きゅうえん》[#「水雷艇の救援」は中見出し]  しかし、そんなことは、あとでわかったことで、火星人の陣地《じんち》のうしろの丘《おか》の上で、火星人の攻撃《こうげき》をながめているわたしには、なにがなにやらちっともわからないのだった。ただわかるのは、目のまえにいる、火星人の動作《どうさ》だけだ。  すると、こんどは、ほうきではいたように、きれいになん百、なん千という砲兵《ほうへい》をたおしてしまった火星人は、大きなふんむ器《き》のようなものをもって、大急ぎで、毒《どく》ガスのけむりのただよっている砲兵《ほうへい》陣地《じんち》にかけこんだのだった。  やがて、シュー、シューと、ふんむ器《き》から白い水滴《すいてき》をふりまいているのがみえた。 「なにをするつもりだろう。砲兵《ほうへい》や、きんじょの人を、みな殺《ごろ》しにしたばかりではたりなくて、こんどは、死んだ人間をけむりにする薬《くすり》でもまいてるんだろうか。」  わたしは、ぞっと身ぶるいした。  しかし、これもあとでわかったことだが、火星人たちは、死んだ人間をけむりにする薬《くすり》をまいているのではなかった。ふんむ器《き》から水のきりをまいていたのだった。  なぜだろう。それは、毒《どく》ガスのけむりに、水のきりをふきつけて、地上にたたきおとすためだった。  目的《もくてき》をたっした火星人は、いつまでも毒《どく》ガスのけむりをただよわしておけない、とおもったのだ。  それはどういうわけだろう。戦闘員《せんとういん》以外《いがい》の人間を殺《ころ》すのをふせいだのだろうか。  いや、そうじゃなかろう。火星人が、そのどく毒《どく》ガスのきりにふれるのをおそれたからだろうか。きっとそんなことだろう。いつまでも、毒《どく》ガスのきりがただよっていたのでは、これから火星人が行動をおこすのにじゃまになる、しかし火星人ともあろうものが、どうして、地球の人間だけに有害《ゆうがい》な毒《どく》ガスをつくれなかったのだろうか。これはさいごまでわからないままだった。  さて、話は、横道《よこみち》にそれたが、火星人は、大急ぎで、空にただよっている毒《どく》ガスのきりを地上にたたきおとして、無害《むがい》にしてしまうと、そのまま、休むまもなくロンドンめがけて突進《とっしん》していった。  ところどころに、砲兵《ほうへい》が陣地《じんち》をしいていた。  砲兵《ほうへい》陣地《じんち》があるとわかると、火星人たちはすぐ、毒《どく》ガスを投げつけた。  しらずに砲兵《ほうへい》陣地《じんち》に近づいて、砲撃《ほうげき》をうけると、怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》を発射《はっしゃ》して、あっというまに、砲兵《ほうへい》陣地《じんち》を沈黙《ちんもく》させてしまった。  もう、イギリスの砲兵《ほうへい》は、この火星人のために、十分の七以上もほろぼされてしまっていた。  このぶんでは、ロンドンはおろかイギリスじゅうが火星人のために征服《せいふく》されるのも、時間《じかん》の問題《もんだい》だろう。  イギリスの参謀本部《さんぼうほんぶ》では、 「これはいったい、どうしたものだろう。」 と、ひたいを集めてそうだんしていた。 「もう、陸上《りくじょう》で大砲《たいほう》をうってもだめだ。どうだろう、一つ、海軍《かいぐん》を動員《どういん》してみては……。」 「海軍《かいぐん》を?――軍艦《ぐんかん》を陸上《りくじょう》にもちだすわけにはいきませんよ。」  そういった参謀《さんぼう》は、海軍《かいぐん》をもちだせ、といった参謀《さんぼう》が、あまりのことにきちがいになったのではないか、と心配した。 「いや、そうびっくりすることはないですよ。」  しかし、その参謀《さんぼう》も、気がくるったわけではなかった。 「小型《こがた》水雷艇《すいらいてい》を出動させてみたらどうかとおもってね。」 「うむ、なるほど!」 「この場合、もう、奇跡《きせき》でなければ、とてもあの怪物《かいぶつ》は、ふせぎとめられませんよ。小型《こがた》水雷艇《すいらいてい》をテームズ川に出動させて、川底《かわぞこ》から、水雷《すいらい》をぶっぱなしてみたらどうでしょう。」 「まあ、なんでもやってみることだね。」  たちまち、海軍《かいぐん》に、小型《こがた》水雷艇《すいらいてい》の出動|命令《めいれい》がくだった。 [#5字下げ]水陸《すいりく》の戦《たたか》い[#「水陸の戦い」は中見出し]  もう、そのころは、万一の場合をかんがえて、テームズ河口《かこう》には、イギリスの艦隊《かんたい》がどうどうと姿《すがた》をあらわしていたのであった。  小型《こがた》水雷艇《すいらいてい》は、急速力《きゅうそくりょく》で、テームズ川をのぼっていった。ロンドンの中央《ちゅうおう》を突破《とっぱ》して、テームズ川の上流十マイルばかりのところまでは、どうやら、小型《こがた》水雷艇《すいらいてい》がのぼれる。 「これ以上《いじょう》はすすめない。」  水雷艇《すいらいてい》は、そこに艇体《ていたい》をしずめて、火星人のあらわれるのをまった。  むこうのほうに、一つの火星人がみえた。  火星人は、どんどん、こっちに近づいてくる。 「まもなく、射程《しゃてい》距離《きょり》だっ!」  水雷《すいらい》は大砲《たいほう》ほど遠くにとどかないだろう。それに、水雷《すいらい》は、水の中でうつもので、空中に水雷《すいらい》をうちだすなどということは、世界にほこるイギリス海軍《かいぐん》でも、はじめてのことだった。  いったい、水雷《すいらい》は、空中をどのくらいとぶだろうか?  火星人は、目のまえの川に、これまででくわさなかったものが、五つも六つもならんでいるので、びっくりしたようだった。きゅうにたちどまった。 「それ、いまだっ! うてっ!」  指揮官《しきかん》の命令《めいれい》がくだった。  空中へむけて、水雷《すいらい》が発射《はっしゃ》された。水雷《すいらい》は、ヒューッと風をきって火星人めがけてとんだ。 「うてっ!」  つぎの水雷艇《すいらいてい》の指揮官《しきかん》がさけんだ。  ヒューッと、水雷《すいらい》がまた空をとんだ。  水雷《すいらい》は、つづけさまに発射《はっしゃ》された。が、たった一つが、わずかに火星人の近く数ヤードのところをむこうにとんだだけで、あとはみんな、ねらったところとは、はるかにはなれたところにとんでいった。 「いけない、水の抵抗《ていこう》と空気の抵抗《ていこう》がちがうんだ。」  ひとりの指揮官《しきかん》がざんねんそうにさけんだ。が、空中に発射《はっしゃ》された水雷《すいらい》が、水中に発射《はっしゃ》された水雷《すいらい》とちがった方向にとぶものとすれば、照準《しょうじゅん》のあわしようがなかった。 「うてっ! なんでもいいからうてっ! 一発でも命中《めいちゅう》させろっ!」  六せきの水雷艇《すいらいてい》からは、めったやたらに水雷《すいらい》が発射《はっしゃ》されたが一つもあたらない。  と、それまで、めんくらったようにして、つったっていた火星人のうしろで、れいのシュルシュルッという音がして、緑色《みどりいろ》をおびたけむりがたちのぼった。  しかし、艇員《ていいん》たちは、それがおそろしい怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》だとはしらなかった。指揮官《しきかん》は、なおもむちゅうで発射《はっしゃ》を命令《めいれい》し、艇員《ていいん》たちは、がむしゃらに、発射器《はっしゃき》にとりついていたが、そのまま、ウンともスンともいわないで、チリチリと、軍服《ぐんぷく》がけむりになって空にまいあがり、皮膚《ひふ》がけむりになり、肉がけむりになって、やがて、骨《ほね》も内臓《ないぞう》もけむりになって、あとかたもなくなってしまった。  同時に、水雷艇《すいらいてい》そのものも、かんぱんのほうから、チリチリとけむりになって空にまいあがりだした、かとおもうと、またたくまに、全体がけむりとなって、影《かげ》も形もなくなってしまった。  ああ、おそるべき火星人の怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》よ。 [#5字下げ]陸海《りくかい》合同会議《ごうどうかいぎ》[#「陸海合同会議」は中見出し] 「もう、手も足もでない。」  ロンドンの、参謀本部《さんぼうほんぶ》の一室では、海軍《かいぐん》と陸軍《りくぐん》のえらい人が、みんな集まって、火星人に対《たい》する対策《たいさく》をねっていた。 「報告《ほうこく》によれば、あの、鋼鉄製《こうてつせい》の水雷艇《すいらいてい》が、一|瞬《しゅん》のあいだにけむりとなって消《き》えうせたということじゃ。」 と、海軍《かいぐん》大臣《だいじん》が、手をくんで、つぶやくようにいった。大臣《だいじん》のひたいには、ふといしわが、苦痛《くつう》そのもののようにふかくきざみこまれていた。 「大砲《たいほう》が、あっというまにけむりになって消《き》えうせるということだ。水雷艇《すいらいてい》がけむりになるのもむりはない。」 と、陸軍《りくぐん》大臣《だいじん》が、白いひげをしごいていった。 「しかし、あの、ふしぎな光線《こうせん》も、水はとおさんらしい。」 と、海軍《かいぐん》大臣《だいじん》がまたいった。 「水雷艇《すいらいてい》は、きっ水線の下部だけが、残留《ざんりゅう》しおった。」 「なるほど、そうすると、潜水艇《せんすいてい》以外《いがい》は、手がでないということになりますかな。」 「潜水艇《せんすいてい》では、とてもテームズ川をのぼることができん。それでは、とうていロンドンをまもりおおせることができない。」 「もう、絶体絶命《ぜったいぜつめい》じゃ。このうえは、ロンドンを解放《かいほう》して、海上から艦砲《かんぽう》射撃《しゃげき》をくわえて、火星人を全滅《ぜんめつ》せしめるより手があるまい。」 「それだっ! しかし……。」 と、海軍《かいぐん》大臣《だいじん》がかんがえこんで、 「艦砲《かんぽう》の射程《しゃてい》距離《きょり》と、火星人の放射熱線《ほうしゃねっせん》の射程《しゃてい》距離《きょり》と、どっちが遠いか、ということですな。」 「そうそう、そうです。もし万一にも、わが海軍《かいぐん》の艦砲《かんぽう》の射程《しゃてい》距離《きょり》が、火星人の放射熱線《ほうしゃねっせん》におよばないとすると、わが海軍《かいぐん》は、全滅《ぜんめつ》のうきめをみることになりますからな。」 「しかし、国がほろびるか救《すく》われるかのさかいめじゃ、海軍《かいぐん》の全滅《ぜんめつ》などあれこれいっているときじゃありますまい。海上からの艦砲《かんぽう》射撃《しゃげき》こそ、ただ一つ残《のこ》されたしゅだんですからな。やってみることですな。神さまが、われわれをおみすてなさらなければ、きっと奇跡《きせき》がうまれることと、わしは信《しん》じます。」 「やむをえますまい。では、さっそく首相《しゅしょう》にこのことを報告《ほうこく》して、ロンドン市民《しみん》を撤退《てったい》さすことにしましょう。」  海軍《かいぐん》大臣《だいじん》が、悲痛《ひつう》なおももちでそういうと、陸軍《りくぐん》大臣《だいじん》は、 「それにしても六百万のロンドン市民《しみん》を撤退《てったい》さすことは、よういなことではありません。陸軍《りくぐん》ももちろん、あらゆるのりものを動員《どういん》してばんぜんをきしますが、海軍《かいぐん》も、総力《そうりょく》をだして、ロンドン市民《しみん》を艦上《かんじょう》に収容《しゅうよう》していただきたい。」 「もちろんです。しょうちしました。」  その日は、ちょうど日曜だった。朝早く、六百万ロンドン市民《しみん》に、いっせいに撤退《てったい》命令《めいれい》がでた。 ――親愛《しんあい》なるロンドン市民《しみん》、ことは急を要《よう》す。撤退《てったい》にさいし、少量《しょうりょう》の水と食糧《しょくりょう》のほか、いっさい携帯《けいたい》はすべからず――  これは、荷物をもつと、のりものがこんざつするからだった。六百万の人間が、一つずつ荷物をもってもたいへんなことになる。しかも、火星人はたった数マイルのうしろにせまっているのだ。  いまからうまくやっても、もう手おくれになっているくらいだ。  ロンドン全市が恐怖《きょうふ》におおわれた。  避難民《ひなんみん》の小さな流れが、あちこちから流れだして、停車場《ていしゃじょう》という停車場《ていしゃじょう》は、みるみる人のやまになった。  テームズ川の船つき場という船つき場が、わあわあ、という人間の大うずまきになった。テームズ川を中心にしてよこたてに走るロンドン市中の運河《うんが》という運河《うんが》も、船と人でうずまった。  その中を、騎兵《きへい》と騎馬《きば》巡査《じゅんさ》が、こえをからしてさけびながらかけまわる。  あちこちの停車場《ていしゃじょう》には、先をあらそって、満員《まんいん》の列車《れっしゃ》にのろうとする人で、とうとうけが人がでるありさまだ。  町でも、あそこで、女の子が、人の下じきになって三人死んだ、とおもえば、こちらでは、なん人かのおばあさんが、車にひかれて死ぬ、というありさまだ。  あげくのはてには、交通《こうつう》巡査《じゅんさ》や騎馬《きば》巡査《じゅんさ》も、すっかりつかれてしまって、いうことをきかない避難民《ひなんみん》をぶんなぐる、というありさまだった。  テームズ河口《かこう》に配置《はいち》された数せきの汽船は、あっちの支流《しりゅう》、こっちの運河《うんが》からこぎだしてきた、満員《まんいん》のはしけや、小船の避難民《ひなんみん》を収容《しゅうよう》するのに大混乱《だいこんらん》だ。われさきに、船にのろうとする人が、あとからまえの人にしがみついて、いっしょに川の中におちたまま、どこかに流《なが》されていった。  ちょうど、このさわぎのさいちゅうに、牧師《ぼくし》をのせたわたしの小船が、テームズ川をくだってきたのだった。 「やあ、船だ船だっ!」  ロンドンにはいったばかりで、わたしたちの小船は、数人の人につかまってしまった。 「のせてくれよ。いつまで待っても、船なんかきやしない。」  川の両岸には、何万という避難民《ひなんみん》がおりかさなって、救《すく》いの船のくるのをまちこがれていた。そのうちのなん人かが、どっと川になだれこんで、とうとうわたしたちの船をつかまえてしまったのだ。 「だめだよ。こんな小船に、この上のったら、しずんでしまいます。」  わたしは、必死《ひっし》になってこばんだが、 「のせてくれ! うしろから火星人がやってくる。」  数人のものが、じゃぶじゃぶ、川にはいってきて、とうとう船べりにしがみついてしまった。 「あっ!」 と、わたしがさけんだ。船はぐらりとかたむいた、とおもった瞬間《しゅんかん》、船の中のわたしたちはとうとうテームズ川にほうりだされて、船は、おわんをふせたようにひっくりかえっていた。  数人のものが、よってたかって、船をおこそうとしたが、ひっくりかえった船は、なかなかおきない。 「助けてえ。」と、そのさわぎに、おぼれるものもできた。 「船は、みすてろ。いったん、岸にあがれ。」わたしは、みんなにいった。 [#5字下げ]いなくなった牧師《ぼくし》[#「いなくなった牧師」は中見出し]  わたしはやっと、岸にはいあがった。泳《およ》ぎをしっていたので、死なずにすんだのだ。 「牧師《ぼくし》さんはどうしたろう。」  わたしは、川の水面をながめていった。  目の見えない牧師《ぼくし》さんは、とうとう、テームズ川の水の底《そこ》にしずんでしまったらしい。  きっと、テームズ川の水の底《そこ》で、アーメン、神よ、と、おいのりをあげていることだろう。 「船はどうしたろう、船はどうしたろう。」  たった一そうの小船がひっくりかえってしまったので、岸べの人たちはなきごえをあげてさわぎたてた。 「こりゃたいへんだ。このままでいたら、また川の中につきおとされるぞ。なんとかして逃《に》げだそう。」  わたしは、ロンドンの町に逃《に》げだそうとしたが、このおしあいへしあいの人がきではとてもはいでるすきまもなかった。と、そのとき、くるいたつ群衆《ぐんしゅう》のうしろから、一つのわめき声がなみのようにおそってきた。 「船はこないそうだあ。船頭が、テームズ川をのぼるのを拒絶《きょぜつ》したんだとよっ。」 「どうしてだ、どうしてだ。」 「火星人がせまってるからだ。人の命《いのち》をすくうために、むざむざ、火星人に殺《ころ》されるのはいやだっていいだしたんだ。」 「小蒸汽《こじょうき》はどうしたあ。モーターボートはどうしたあっ。」 「小蒸汽《こじょうき》もモーターボートも、みんな逃《に》げてしまったそうだあっ。」 「わーっ! どうしよう、どうしよう。」  女、子どもは、なきだした。 「どけどけ! 停車場《ていしゃじょう》だっ。」  どっとこんどは、群衆《ぐんしゅう》が、町のほうにながれだした。船がだめなら、汽車にのろう、というのだ。  バーン、バーンとあちこちでピストルが発射《はっしゃ》された。逃《に》げ道をふさいだ、というので、きちがいのようになった群衆《ぐんしゅう》のひとりが、ほかの人間をうったのだ。  まるでじごくのように、なだれをうって、それでも群衆《ぐんしゅう》は、南|停車場《ていしゃじょう》のほうへなだれていった。 「わっ! 助けてえ。子どもがふみころされたあ。」  群衆《ぐんしゅう》のうずのいたるところで、そういう、かなしげな母親のさけびがおこった。  やっと、南|停車場《ていしゃじょう》になだれこむと、そこでも、汽車が立ちおうじょうしていた。 「どうした、どうした。早くのせろっ。」 「のってもだめだっ。この汽車には、機関士《きかんし》も火夫《かふ》もいないぞうっ。」 「いったい、どうしたってんだあっ。」 「機関士《きかんし》も火夫《かふ》も車掌《しゃしょう》も、とっくのむかしに、汽車をなげだして、逃《に》げてしまったんだ。」 「なんだとっ。そんなやろうたたき殺《ころ》せっ。」 「馬車はないか、馬車は……。」 「自動車はないか、自動車は……。」  なんにもなかった。 「ええ、ちくしょうっ! 火星人のちくしょうめっ! 馬車のやろうめっ! 船のやろうめっ! 汽車のやろうめっ! どいつもこいつも犬ちくしょうだっ!」  激怒《げきど》した群衆《ぐんしゅう》は、ぱっと四方にちって、それぞれに、歩きながら、郊外《こうがい》にちってゆくのだった。  わたしは、この混乱《こんらん》の中を、どうやら、ロンドンの町をつっきって、北にゆくひろい街道《かいどう》にでることができた。  混雑《こんざつ》をのがれると、きゅうにつかれがでてきた。腹《はら》がへってきた。 「ひと休みしよう。」  わたしはそばにこしをおろした。  目のまえを、ぞろぞろと、避難民《ひなんみん》がとおってゆく。そのうち、 「あっ! にいさんじゃないですか。」  ひとりの青年が、目のまえに立ちどまって、さけんだ。 [#5字下げ]妻《つま》と子どもはだいじょうぶらしい[#「妻と子どもはだいじょうぶらしい」は中見出し] 「おやっ! リルケ?」  わたしは、びっくりしてさけんだ。 「にいさん、よくご無事《ぶじ》で!」 「おまえこそ!」  ロンドンで、医学《いがく》の勉強をしている、わたしの弟のリルケだった。 「まったく、ぐうぜんですね。」  リルケは、いかにもなつかしそうで、「こんな混乱《こんらん》のなかで、ばったりおめにかかれるなんて、まったく奇跡《きせき》です。神のおひきあわせです。」 「その後は、おまえは、どうしたね。よく無事《ぶじ》だったね。」 「ええ、ロンドンの町は、ゆうべまでは平静《へいせい》だったんですからねえ、にいさん。けさ、顔をあらうまでは、だれもロンドンの町が、こんな混乱《こんらん》の中にたたきこまれるなんて、考えもしなかったです。ロンドンの市民《しみん》は、みんな、イギリスの陸軍《りくぐん》が、火星人をロンドン郊外《こうがい》で全滅《ぜんめつ》してくれるとばかり信《しん》じていたんです。」  青年のリルケは、とてもげんきだった。 「ところで、にいさんのほうこそどうなすったのです。ぼく、にいさんがロンドンの混乱《こんらん》の中にまじっていらっしゃるなんて、ゆめにもおもいませんでした。」 「ぼくだって、こんなこと予想《よそう》もしてなかったよ、リルケ――まあ、いってみれば、ぼくは、火星人の恐怖《きょうふ》に圧倒《あっとう》されて、いつのまにか、ここまでおし流されてきたみたいなもんだよ。自分でやってきたわけではないよ。」  リルケは、わたしの姿《すがた》をしげしげながめて、 「――ところで、坊《ぼう》やたちとねえさんは。」 といった。わたしの顔は、きゅうにくもった。 「きっとだめだろうよ。三人とも、メーバリーを逃《に》げだして、レザーヘットの、妻《つま》の兄の家にいったんだがね。」 といって、わたしは、 「レザーヘットはとうのむかしに、やけ野原になっちまっただろう。」 「いや、そんなことはありませんよ、にいさん。」  すると、リルケが、こえをはずませていった。 「レザーヘットは、奇跡的《きせきてき》に無事《ぶじ》で、そのまま平静《へいせい》をたもちつづけているといううわさですよ。」 「ばかなっ! ロンドンが危険《きけん》にさらされているというのに、はるかオーゼル荒野《こうや》の、火星人の根拠地《こんきょち》にちかいレザーヘットの町が無事《ぶじ》なんてこと、あるもんかね、リルケ。へんな気やすめは、よしてもらいたいね。」 「おや、にいさんは、あんなことをおっしゃる。」  リルケは、じっと、わたしに目をそそいで、 「どうやら、こんどの火星人の進撃《しんげき》の目標《もくひょう》は、はじめからこのロンドンにあったようです。火星人は、ある一|定《てい》のはば、つまりかれらが、進撃《しんげき》に必要《ひつよう》な一|定《てい》の距離《きょり》を、ずーっと、ま一文字におしてきたらしいんです。いってみれば、道路《どうろ》ならしのローラーみたいなもんで、火星人のローラーは、オーゼル荒野《こうや》から、一|直線《ちょくせん》に、ロンドンめがけてひっぱられてきたんですね。」 「それで!」と、わたしが、途中《とちゅう》で、リルケのことばをさえぎった。 「レザーヘットの町が、その火星人のローラーのはばにひっかからなかった、というのかい。」 「そうなんですよ、にいさん。レザーヘットの町は、ちょっと北にはずれていただけで、奇跡的《きせきてき》に助かったというわけですよ。きっとねえさんも坊《ぼう》やたちも、無事《ぶじ》でピンピンしていますよ。」 [#5字下げ]ひどいやろうだ![#「ひどいやろうだ!」は中見出し] 「ところで、おまえ、すこし食べるものをもっていないかね。」  わたしは、リルケの話をきいて、きゅうにはればれした心になって、そういった。 「ああ、ありますよ。たくさんはありませんがね。」  リルケは、もっていたボストンバッグから、ビスケットとチーズと、一本のブドー酒《しゅ》をだして、わたしにすすめた。 「ああ、やっと生きかえった。」  わたしが、リルケにもらった食べ物で、げんきになったときだった。すこしむこうの避難民《ひなんみん》のなだれの中から、 「きゃーっ。」というひめいがきこえ、ふたりをびっくりさせた。 「なんだ、なんだ。」  それといっしょに、群衆《ぐんしゅう》が、どっと、ひめいのほうへかけだした。 「どうしたんでしょう。ちょっとみてきます。」 と、リルケも、そのほうへ走っていった。  わたしは、ひとり、石の上にこしかけたまま、レザーヘットに残《のこ》してきた、妻《つま》や子どもたちの顔をおもいだしていた。  リルケがかけつけたところには、たいへんなことがおきていた。  ふたりのあらくれ男が、女の乗った二|輪《りん》馬車《ばしゃ》をとろうとしているのだった。  ひとりの男が、馬車の上から、ひとりの女をひきずりおろそうとしていた。もひとりの男が、あばれる小馬の鼻《はな》づらをおさえて、 「早くしろ、早くしろ――人がよってくる。」 と、なかまのものにいっていた。すると、ぎょ車台にいた女が、 「よして、よしてえ……。」 と、ひめいをあげながら、ピシッと、むちで、馬の鼻《はな》をつかんだ男をうった。 「やい、このやろうっ!」  男は、目をむいてどなった。 「どうしたんです。」 と、リルケが、そばの人にきいた。 「強盗《ごうとう》らしいです。きゅうに、あのふたりの男が、馬車におそいかかって、馬車もろとも、馬車につんである荷物をとろうとしたんです。あいつらは、どさくさにまぎれて、強盗《ごうとう》をはたらこうとした人です。」  ふたりの女の人はりっぱなみなりをしていた。きっと、貴族《きぞく》の婦人《ふじん》だろう。馬車の中には、かねめのものを、たくさんつんでいた。ロンドンでも、たいてい自動車だ。こんなしゃれた馬車をもっている人は、よっぽど身分の高い人だろう。ふたりの婦人《ふじん》は、馬車にのって、ロンドンを逃《に》げてきたのだろう。  このどさくさに、強盗《ごうとう》をはたらこうとしたんだ、ときくと、リルケの若《わか》い血《ち》が、もえたぎってきた。 「こらっ! このどさくさに、なにごとだっ!」  リルケが、いきなりどなって、まわりでみている群衆《ぐんしゅう》の中にとびこんだ。リルケは、医学《いがく》の勉強をするかたわら、拳闘《けんとう》もやっていた。 「なんだと、じゃますると、きさまがさきだぞ!」  女をひきずりおろそうとしていた悪漢《あっかん》のひとりが、うしろをふりむいて、さけんだ。 「やっ!」  そのとき早く、リルケのからだは、悪漢《あっかん》のそばにとびこんだ。と、おもったとき、もう、悪漢《あっかん》はリルケのアッパーカットをくって、そこにぶったおれていた。  リルケは、すばやく身をひるがえすと、馬の鼻《はな》づらをおさえていた悪漢《あっかん》のふところにとびこんで、もうれつな一げきをくれた。 「すみません。助かりました。」 と、ふたりの婦人《ふじん》は、礼をいった。リルケは、 「心をあわせて火星人の恐怖《きょうふ》から逃《に》げなければならないというのに、こいつらはひどいやつです。」  そのとき、はるかむこうの丘《おか》の上に火星人のからだが、ぽっかりうかんだ。 「あっ! 火星人だっ!」  群衆《ぐんしゅう》は、われをわすれて、どっと走りだした。 [#5字下げ]逃《に》げ道がふさがれた[#「逃げ道がふさがれた」は中見出し]  六百万ロンドン市民《しみん》は、まだ三分の一も避難《ひなん》していないだろう。  それだのに、もう火星人は、ロンドンのすぐ近くにやってきたのだ。  火星人は、おもに毒《どく》ガスばかり使っているようであった。毒《どく》ガスをまいては、そのあとを、れいのふんむ器《き》で水をまいていた。 「にいさん、火星人は、もう、怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》を使いはたしてしまったんではないでしょうか。」 と、それをみて、弟のリルケがいった。 「どうだろうね。」 と、わたしは、しばらく考えこんでいたが、 「わしは、火星人が、べつな目的《もくてき》があって、怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》を使わないのではないかと思うね。」 「べつな目的《もくてき》って、にいさん。」 「つまり、このロンドンを、こわさないで残《のこ》しておこう、としているんじゃないか、と思うんだよ。怪放射熱線《かいほうしゃねっせん》を使えば、郊外《こうがい》の樹木《じゅもく》やたてものも、みんなけむりになって、あとはさくばくとしたやけ野原になってしまうからね。」 「すると、火星人は、ロンドンが、イギリスの首都だということをしっているんでしょうか。そして、あいつらは、ロンドンに住むつもりなんでしょうか。」 「そうじゃないかと思うね。やつらは、きっと、火星にれんらくして、そう、そうだんをきめたんだと思うよ。そのしょうこには、火星人の進撃《しんげき》が、とてもおそくなったろう。」 「ええ、たしかにそうですね。ずっと火星人のうしろにいたぼくたちでさえも、川をくだって、とっくにロンドンにきているのに、あいつら、まだ、ずっとむこうの郊外《こうがい》にいるんですものね。火星人の足なら、ぼくらよりなん十|倍《ばい》も早く、ロンドンにきているはずですものね。いまごろは、とっくのむかしに、ロンドンは火星人に占領《せんりょう》されているころですよ。」 「そうだよ。まるで、ロンドン市民《しみん》が、全部《ぜんぶ》逃《に》げだすのをまってるみたいじゃないか。きっと、そのつもりなんだよ。あいつら、ロンドン市民《しみん》の逃《に》げだすのをまって、そっくりそのまま、ロンドンの町をちょうだいしようと思ってるに、ちがいないね。」 「にいさん、にいさん。」  そのとき、リルケが、はるか前方を指さして、わたしにいった。 「にいさん、こいつあいけません。ぼくら、逃《に》げ道をふさがれてしまいましたよ。」 「リルケ、どうしたんだい。」 「ほら、ごらんなさい。火星人が、この道路《どうろ》のむこうにあらわれましたよ。あっ! なにか、すばらしいいきおいで、まるい筒《つつ》のようなものを投げたようです。あっ! 黒いけむりが、むくむくとたちのぼりました。」 「あっ! 毒《どく》ガスだ。あれは、けむりでなくて、きりだよ、リルケ。」 「あっ! けむりが、みるみるひろがっていきます。あれ、あんなにたくさんの、人間のひめいがきこえてきますよっ。」 「ああ、逃《に》げ道をふさがれた、なん万という避難民《ひなんみん》が、いっぺんにやられてしまったんだ。こうしちゃおれない、リルケ、逃《に》げよう。」 「逃《に》げるったって、どっちに逃《に》げるんですか。」 「しかたがない、海のほうに逃《に》げよう。」 [#5字下げ]雷《かみなり》の子号[#「雷の子号」は中見出し]  それから半日ばかり、むちゅうで、海岸のほうに逃《に》げた。火星人は、おってこなかった。  夕がたになって、はるかかなたに、海の見える丘《おか》の上にでた。 「やあ、たくさん船がいます、にいさん。」  リルケが、われをわすれてさけんだ。火星人の火の中、恐怖《きょうふ》の中をくぐりつづけてきたリルケには、ひろびろとした海と、海にうかんだ船をみると、まるで、おとぎばなしの世界に解放《かいほう》されたような喜《よろこ》びを感じた。  そこは、テームズ川の河口《かこう》から、すこし北によったドーバー海峡《かいきょう》のつづきの海だった。  海岸は、かま形に入りこんで、海のむこうには、うすいもやがいっぱいにたちこめていた。浜《はま》には、イギリスの船ばかりではなく、オランダ、スウェーデン、フランスなどの船や、小蒸汽《こじょうき》、ヨット、発動機船《はつどうきせん》など、大小さまざまの船が、ぎっしりならんでいた。 「あっ! 外国船もいる。きっと、フランスやオランダにも助けをもとめたんですね。」 「あれ、どの船も、避難民《ひなんみん》をひきあげている。」 「きっと、テームズ川の左右が、船でうずまってるんですよ、にいさん!」 「そうだろう。六百万ロンドン市民《しみん》を救《すく》うには、イギリスの船だけではたりなかったんだろう。火星人の襲来《しゅうらい》は、ひとりイギリスだけの恐怖《きょうふ》ではないからな。イギリスが征服《せいふく》されれば、つぎは、対岸《たいがん》のフランスだ。オランダ、ノルウェーだ。なにしろ、火星人の目標《もくひょう》は、地球|征服《せいふく》にあるからだ。」 「そのうち、アメリカの軍艦《ぐんかん》も、ドイツの船もやってくるでしょうね。」 「そうだろう。いよいよ、火星人|対《たい》地球上、全部《ぜんぶ》の人間の戦争《せんそう》ということになるだろうね。」 「このぶんなら、うまく、どれかの船に乗れそうだな。」 「あっ! 軍艦《ぐんかん》が、まっしぐらに、こっちへやってくる。」 と、そのとき、リルケがさけんだ。 「うむ、あれは、雷《かみなり》の子号だ。」 「雷《かみなり》の子号ってなんですか。」 「イギリスのほこる小型《こがた》駆逐艦《くちくかん》だ。とても優秀《ゆうしゅう》な遠距離《えんきょり》の大砲《たいほう》をそなえているんだ。きっと、火星人を砲撃《ほうげき》するんだろう。」 と、いったとき、沖《おき》あいまでやってきた雷《かみなり》の子号は、さっと信号旗《しんごうき》をかかげた。 「やっ、いよいよ発砲《はっぽう》するらしい。」 と、いったとき、なおも、海岸ちかくはしってきた雷《かみなり》の子号は、ぴたりととまると、かんぱんに大砲《たいほう》の筒先《つつさき》をそろえて、いっせいに発砲《はっぽう》した。  数発の砲弾《ほうだん》が、ヒューッと、ものすごいうなりごえをあげて、わたしたちのあたまの上をとんでいった。  ずっとうしろのほうで、砲弾《ほうだん》の爆発《ばくはつ》する音がきこえた。 「どうだろう。火星人はやられたかな。」  砲弾《ほうだん》は、つぎつぎと、わたしたちの頭の上をとんでいった。 「あぶない! どこかにかくれるところはないか。」  ふたりは、丘《おか》の上の、岩かげをさがして、ぴったり岩にからだをつけた。  と、それから五分もたたないときだった。 「ああ、にいさん、あれ、火星人らしいね。」 と、リルケが、岩のくぼみから、海のほうをみていった。 「うむ! 火星人だ。火星人が、軍艦《ぐんかん》にちょう戦《せん》している。」  いつのまにやってきたのか一つの火星人が、大きな足を急がしく動かして、ジャブジャブと、雷《かみなり》の子号めがけて、海の中にはいってゆくのだった。  この突然《とつぜん》の火星人の出現《しゅつげん》に、雷《かみなり》の子号は、急にあわてだした。こうまぢかにこられては、大砲《たいほう》がうてないのだ。 [#5字下げ]海上の大叫喚《だいきょうかん》[#「海上の大叫喚」は中見出し]  避難民《ひなんみん》をのせたなん十、なん百という船も、これをみていっせいにあわてだした。 「火星人だ、火星人だ。」 というこえが、つなみのようなどよめきになって、わたしたちのところまできこえてきた。  しかし火星人も、この雷《かみなり》の子号や、うしろにいる軍艦《ぐんかん》をみてびっくりしたらしい。半分ほどもその巨大《きょだい》なからだがしずむほど、深いところまでいって、近くで軍艦《ぐんかん》をみると、ぴたり立ちどまって、しばらく動かなかった。 「大砲《たいほう》だ、大砲《たいほう》だ。うしろの軍艦《ぐんかん》は、なにをしているんだ。」  おびえたった船上の避難民《ひなんみん》は、わいわいさわぎたてた。  が、うしろから大砲《たいほう》をうったら、火星人だけでなく、なん百という船が、その砲弾《ほうだん》のまとになってしまうではないか。うしろの軍艦《ぐんかん》も、はぎしりしながら、このようすを、ながめるばかりだ。 「これは、おそろしいことになりましたねえ、にいさん。」 と、リルケがいったときだった。すぐ近くの教会のうしろから、突然《とつぜん》第二の火星人があらわれた。  第二の火星人も、ジャブジャブと数メートルのしぶきをあげて海にはいっていった。  するとこんどは、ずっと右手の海岸のほうから、第三の火星人が、足もとのどろや砂《すな》をブンブンとはねとばしながら、急|速力《そくりょく》でやってきて、これも、ジャブジャブと海の中にはいっていった。  そのとき、第一の火星人が、 「アルー、アルー。」とさけんだ。 「アルー、アルー。」  第二、第三の火星人は、返事をしながら、やがて、第一の火星人のそばにゆくと、ぴったりたちどまった。  三つの火星人と正面しょうとつしてしまった、数百の船は、恐怖《きょうふ》にもだえだした。船は汽笛《きてき》をならしてたがいにおいせまり、からだをかわしあい、そのあいだを小蒸汽《こじょうき》やヨットがうおうさおうして、さんたんたる混乱《こんらん》状態《じょうたい》になった。  船の上の人たちは、わんわんわめくだけだ。  すると、このとき、まっしぐらに波をけたてて、沖《おき》のほうから、いま一そうの駆逐艦《くちくかん》がこっちへやってきた。  第二|雷《かみなり》の子号だ。第二|雷《かみなり》の子号は、むらがる船のあいだを、たくみにつっ走って、第一|雷《かみなり》の子号のそばにくると、なにやら手旗信号《てばたしんごう》で合い図しあった。  と、第一、第二の雷《かみなり》の子号が、いいあわせたように、突然《とつぜん》へさきを火星人のほうへむけて、ばく進してきた。 「あっ! 体あたりだ。」  あわや、いますこしで、二せきの駆逐艦《くちくかん》が、三人の火星人にげき突《とつ》しようとした瞬間《しゅんかん》だ。  まえにいた火星人が、いきなりもう毒《どく》ガスの筒《つつ》をなげつけた。  毒《どく》ガスの筒《つつ》は、第一|雷《かみなり》の子号の船べりに命中《めいちゅう》して、ぱっと無色《むしょく》のきりをふき上げた。 「やったな。」  リルケがさけんだ。と、わたしも目をおおって、 「あの人たち、全滅《ぜんめつ》するぞ。」 と、ひめいをあげた。  二せきの駆逐艦《くちくかん》は、なおも、毒《どく》ガスのきりの中をかきわけて、火星人に突進《とっしん》してきた。  火星人は大またにからだをかわした。  二せきの駆逐艦《くちくかん》は、そのあいだを、するりとすりぬけて、猛烈《もうれつ》ないきおいで、海岸に乗りあげてしまった。 [#5字下げ]海上の惨劇《さんげき》[#「海上の惨劇」は中見出し] 「あっ! だれも乗ってない。」  リルケがいった。  海岸に乗りあげた一せきの雷《かみなり》の子号には、人かげ一つ見えなかった。が、それは、リルケのみまちがいだった。 「ちがうよ。みんな毒《どく》ガスにやられてしまったんだよ。ほら、かんぱんに、たくさん水兵《すいへい》がたおれているだろう。」 「あっ、ほんとうだ。」  二せきの雷《かみなり》の子号の乗組員《のりくみいん》は、毒《どく》ガスのために全滅《ぜんめつ》したのだった。そして、船だけが、ひとりでに海岸にのりあげてしまったのである。  そのとき、海の上に猛烈《もうれつ》な水蒸気《すいじょうき》がたちのぼった。 「あっ! 火星人がやられてる。」 「ほんとだ。」  とちゅうから、ぽきんと、三|脚《きゃく》をおられたひとりの火星人が、どぶんと、海の中におちたのが、水蒸気《すいじょうき》の中にみえた。  しかし、そのうしろでは、それどころではない大惨事《だいさんじ》がまきおこっていた。  雷《かみなり》の子号二せきの突進《とっしん》をよけた火星人は、まるで、おこりだしたように、つづけざまに毒《どく》ガス筒《とう》を投げつけたので、海岸から一マイルぐらいのところにいたなん百という船の上の避難民《ひなんみん》が、かたっぱしから毒《どく》ガスにふれてたおれてしまったのである。  大きな船には、五、六百人の人がのっていたろう。小さい船でも百人|以上《いじょう》の避難民《ひなんみん》をのせていた。ぜんぶあわせると四、五万の人間が、いっぺんに殺《ころ》されてしまったのだ。  こんなことは、地球はじまってから、まだなかったことだろう。  やがて、毒《どく》ガスのきりが、海面におちて、海水ととけあってしまうと、かんぱんに死人の山をきずいた数百の船が、じっと海の上にうかんでいるのだった。 「なんというおそろしいことだろう。」  リルケは、ふんぜんとして、 「とてもゆるしておけないことだ。とてもゆるしておけないことだ。」 と、さけんだが、わたしは、それをなだめて、 「リルケ、いくらおこっても、どうにもならないよ。あいては正体のわからない火星人だ。人間の道徳《どうとく》では、とてもわりきれないよ。」  そんなあいだに、二つの火星人は、アルー、アルーと、かなしそうなこえをたてながら、海の中におちたなかまを、した半分ちぎれた三|脚《きゃく》のまま、肩《かた》にのせて、さっさと、陸《りく》のかなたにつれさってしまった。 「なんておそろしいことだろう。」  ふたりは、もう、動く力もなくなって、一時間あまりも、ぼんやり、丘《おか》の上にたたずんでいたが、そのうちわたしは、勇気《ゆうき》をだして、 「ともかく、こんなところにいては、いつ火星人にみつかるかしれない。どこかに逃《に》げよう。」と、たちあがった。 「もう、船にのせてもらうことも絶望《ぜつぼう》だね。あのみじめなありさまでは、もうこの海岸も、船は近づいてこないだろう。」  も一度、海のほうをみたときには、沖《おき》あい遠く、数十せきの軍艦《ぐんかん》が停《てい》はくしていたが、死人のつみかさなった無数《むすう》の船をすくいにくるものもなかった。  ふたりは、とぼとぼと、丘《おか》をおりて、海のほうへあるいていった。すると、ロンドンの町には、まだ避難《ひなん》しきれない人間が、たくさんのこっているとみえて、火星人がいなくなると、ぞろぞろと海岸のあたりに人間のすがたがあらわれてきた。 「ああ、まだたくさんいるんだね。」 「たまらないね。いつ火星人にやられるかわからないんだからな!」 [#5字下げ]軍艦《ぐんかん》の出撃《しゅつげき》[#「軍艦の出撃」は中見出し]  しかし、しばらくすると、沖《おき》あいの軍艦《ぐんかん》が、だんだんこっちへ近づいてくるのがわかった。 「ああ、軍艦《ぐんかん》が近づいてきたよ。避難民《ひなんみん》をすくいにきたのだろうか。」 「でも、軍艦《ぐんかん》では、とても岸によれないよ。ボートをおろすつもりかしら。」  が、軍艦《ぐんかん》は、避難民《ひなんみん》をすくいだしにきたのではなかった。  軍艦《ぐんかん》が、沖《おき》あいでぴったりとまった。と、思ったとき、  ドドーンという音がして、ヒューッと砲弾《ほうだん》がとんできた。 「砲撃《ほうげき》をはじめたよ。」  ドドーン  数十せきの軍艦《ぐんかん》が、いっせいに砲門《ほうもん》をひらいた。が、残念《ざんねん》なことには、軍艦《ぐんかん》からうってよこした大砲《たいほう》は、やっと海岸にとどいただけで、海岸いっぱいに、砂《すな》けむりや、水しぶきがあがった。 「だめだ。この海岸は遠浅《とおあさ》なんだ。遠くまで、岩礁《がんしょう》がちらばっているので、戦闘艦《せんとうかん》や巡洋艦《じゅんようかん》では、着弾《ちゃくだん》距離《きょり》まで近づけないんだ。」  あきらめてしまったのか、軍艦《ぐんかん》の砲撃《ほうげき》は、そのまま、ぴたりとやんだ。  と、そのときだった。おくればせに、ロンドン市街《しがい》から逃《に》げだしてきた避難民《ひなんみん》が、どっとなだれをうって、 「きたきたっ!」と、さけびだした。 「火星人だ、火星人だ。」  こつぜんと、地平線《ちへいせん》に火星人のあたまがみえた。みるみる大きくなって、火星人が、全速力《ぜんそくりょく》で、こっちへ走ってくるのがみえた。 「あっ! またやってきた。」  火星人は、あとからあとから、五、六人、つづいた。  さきの三人は、ずっとむこうの海岸から、ぼちゃぼちゃ、と海の中にかけこんだ。 「あっ! 軍艦《ぐんかん》を攻撃《こうげき》するつもりらしい。」  むねまでつかるくらいの沖《おき》あいまででていった火星人は、たこの足のような一本の長い手を水車のようにぐるぐるふりまわしていたが、やがて、その火星人の手から、ブーンといってとびだしたものがある。 「あっ! 毒《どく》ガス筒《とう》だ。」  なんというすごい力だろう。火星人のなげた毒《どく》ガス筒《とう》が、はるかむこうの軍艦《ぐんかん》のかんぱんにあたったらしく、軍艦《ぐんかん》のうえが、いっぱいのきりにつつまれてしまったではないか。軍艦《ぐんかん》からうってきた大砲《たいほう》が、やっと海岸にとどいたのだから、火星人は、自分でそれとおんなじ距離《きょり》を、毒《どく》ガス筒《とう》をなげることができたのだ。  一せきの軍艦《ぐんかん》が、火星人めがけて発砲《はっぽう》してきた。砲弾《ほうだん》は、火星人のちかくに落下して、水しぶきをあげた。  三人の火星人は、それぞれ、五つ六つずつの毒《どく》ガス筒《とう》をなげとばすと、あたりに落下する砲弾《ほうだん》の水しぶきをしりめに、ゆうゆうと、陸上《りくじょう》にひきあげてしまった。  沖《おき》あいでは、なんせきかの軍艦《ぐんかん》が、あわてて逃《に》げだすのがみえた。しかし、三分の二|以上《いじょう》の軍艦《ぐんかん》は、毒《どく》ガス筒《とう》のきりにつつまれたままじっと動かなかった。 「ああ、十数せきの乗組員《のりくみいん》が全滅《ぜんめつ》したらしい。」  そういっているときだった。わたしたちの耳もとで、突然《とつぜん》、ガラガラ、というものすごい物音がした。 「やっ! 火星人だっ!」  ぼんやり、軍艦《ぐんかん》と火星人のたたかいをながめているあいだに、もうひとりの火星人が、すぐ近くまでやってきていたのであった。  あっというまに、火星人は、その大きなあしで、あたりの土しゃをけちらしながら、わたしたちの前方を走りすぎた。  走りながら、毒《どく》ガス筒《とう》を、たたきつけるように、前方になげだした。  むくむく、と空につきあがるきりの山……。 「やっ! 毒《どく》ガスだぞ。」  わたしは、青くなって、あたりをみまわしたが、一町ばかりむこうに、石造《いしづく》りの家があるのをみつけたので、 「あの家にかけこめっ!」と、いっさんにかけだした。  リルケも、むちゅうでそのあとをおった。  家にはだれもいなかった。わたしたちはおりかさなるように家の中にはいった。玄関《げんかん》のわきに、地下室におりる階段《かいだん》があった。 「地下室だ! 地下室にもぐりこめ。」  地下室の入り口に鉄のとびらがある。ドンとぶっつかると、とびらがあいた。ふたりは、ころげこむように、地下室にはいると、うちから、バタンと、とびらをしめて、 「すきまをふさげ。とびらのすきまをふさげ。」  上着をぬいで、とびらのすきまに、ぴったりおしあてた。  ゴウゴウと、大きな音をたてて、火星人があたまの上を走りすぎた。  地下室は、物置《ものお》きに使っていたらしく、洋酒《ようしゅ》だの、ビスケットだの、かんづめや、ハムなどが、たなの上にならべてあった。  地面すれすれのところに、小さなガラスのあかりとりがあって、室内《しつない》は、ぼんやりと明るかった。 「しばらくのしんぼうだ。」 と、わたしがいった。 「火星人は、毒《どく》ガスをまいたあと、かならず水をまいて、毒《どく》ガスを消《け》すんだ。三十分か一時間のしんぼうだ。」  が、三十分もすると、もう、息《いき》苦しくなってきた。 「にいさん、窒息《ちっそく》しそうだ。この地下室、とても空気がにごっているらしい。」  弟の、リルケがいった。 「もう、よかろう。」  わたしは、入り口のとびらをあけた。スーッと、冷《つめ》たい空気がはいってきた。 「ああ、よかった、助かった。おなかがすいたねえ、にいさん。」 「そこのたなの上に、どっさりごちそうがあるよ。」  わたしたちは、地下室にもぐりこんだまま、すこしずつ洋酒《ようしゅ》をのみ、ビスケットやハムをむさぼりくった。 「これで五、六日は生きられる。」リルケが、半分じょうだんのようにいって、 「でもにいさん、ぼくら、よく、ここまで生きてきたもんですね。」  そのとき、またあたまのうえで、ガラガラという、火星人の足おとがした。 「まだ火星人がいるらしい。」  リルケが、そっと首をだして、地上をのぞいてみると、火星人が、数人、あっちこっちにつったって、 「アルー、アルー。」と、さけびあっていた。 [#5字下げ]地下室におしこめられたまま[#「地下室におしこめられたまま」は中見出し] 「こまったことになりましたね、にいさん。ぼくら、火星人の陣地《じんち》のまんなかにいるんです。」 「どうせ、とっくのむかしに死んでもしかたのないいのちだ。今まで生きていられたのがふしぎさ。この地下室には、さいわい、食べ物もすこしはあるし、しばらく、じっとしてようすをみることだね。」 と、わたしは弟をなぐさめて、 「それでも、なんだね。地下室の食べ物は、一日でもくいのばすようにしなければならないね。」 「火星人のあしのしたにかん禁《きん》されてるなんて、あんまりうれしい話じゃないですね、にいさん。」  リルケがわらいながらいった。  一時間ばかりすると、どこか近くに、また火星からの円筒《えんとう》が落下してきた音がした。第六番めか第七番めかの円筒《えんとう》だった。  夕がたになって、リルケが、また、すっかりたいくつしてしまって、 「にいさん、ちょっと、そとのようすをみてきます。」 といって、地下室からでていった。そのままいつまでたってもかえってこなかった。 「リルケのやつ、どうしたんだろう。」  わたしが、心配になって地下室をでて庭《にわ》のほうへでてみると、 「にいさん、にいさん。」 と、やねの上で、リルケのこえがした。  わたしが、やねの上をみると、リルケは、 「にいさん、ちょっとのぼってごらん。火星人の陣形《じんけい》がひと目でみえる。」 と、いった。  わたしもやねの上にのぼってみた。 「うん、ほんとだ。」  すこし遠くに、からっぽになったロンドンの町が見える。高いビルディングや、赤いれんがづくりの家が、どこまでもどこまでもつづくロンドンの町には、もう、電車の音も、汽車の音も、自動車の音もきこえなくて、それでも、逃《に》げおくれた人間が、ときどき、ちょろちょろと、道をあるいていたりした。  すぐ近くの、郊外《こうがい》には、死人の山が、いくつもそのままになっていて、赤い夕日がかなしそうにその上をてらしていた。  海岸の、なん百という船の上の死体の山も、そのままで、夕日にてらされていた。  その中の、そうとう広い地域《ちいき》を、火星人の巨大《きょだい》なからだが、しずかに、いったりきたりしていた。  火星人は、ひとりひとり、一マイル半か二マイルぐらいの間かくをとって、あるいはたったまま、あるいは歩いていたり、たがいに、アルー、アルーと、れんらくをとっているらしかった。  死のまちロンドンの市街《しがい》にも、三、四人の火星人がいた。火星人は、ビルディングよりは高くないが、れんがづくりの家の三|倍《ばい》ぐらいはあった。  たてものがみっ集しているので、大きい火星人には、歩きにくいらしく、めぬきの通りの、ひろいほ道でさえ、足をせばめて、きゅうくつそうにして歩いていた。うら通りになると、火星人は、いきなり高い足をあげて、通りから通りまで、数けんのたてものをひとまたぎにした。 「すっかり火星人に征服《せいふく》されてしまったな。」  火星人に征服《せいふく》されてしまったロンドン一たいは、まるでちがったようにみえた。わたしもリルケも、あまりのおそろしいありさまに気がぬけたようにぼんやりつぶやいた。  わたしとリルケの近くには、さいわい火星人がいなかったので、ふたりは、平気で、やねの上から、火星人のようすをながめることができた。  と、どこかで、とつぜん、コンコン、というハンマーの音がきこえた。 「あれ、あそこで、火星人が、三|脚《きゃく》をくみたてている。」  ちょっと右に首をまわしたリルケが、一マイルばかりむこうで、三人ばかりかたまって、なにかやっている火星人のほうを指さした。  さっき落下した円筒《えんとう》が、大きくほりあがったあなのまんなかに、でんとおちこんでいて、そのまわりで、三人の火星人が、いそがしそうに働《はたら》いているのだった。  火星人は、みんな巨大《きょだい》な三|脚《きゃく》からはいだして、たこのばけもののような、ぬらりくらりしたからだを、まるだしにしていた。 「へーえ、あいつら、どんなぐあいにして、あのでっかい三|脚《きゃく》をくみたてるんだろうな。」  こんなに近くで、火星人の工作をみるのは、はじめてだったので、リルケはとてもおもしろそうだ。  火星人は、長い、ぬらぬらしたたこの足のような手をのばして、かわるがわる、円筒《えんとう》のなかから、円盤《えんばん》のようなものをつかみだしては、一本のさおのまわりにつみかさねていった。さおは一メートルぐらいだろう。一つのさおの工作がおわると、それにすっぽりと弾力《だんりょく》のあるさやをかぶせた。  これを、いくつもいくつもつぎたててゆくと、三十メートルもある一本のあしができた。  火星人は、さおのまわりに、円盤《えんばん》のようなものをつみかさねながら、そばにおいてある発電器《はつでんき》らしいものから、電流をおくりこんでいるので、工作をしているあいだじゅう、デデデ……というような、リズミカルな電流がたえずながれていった。  コツコツ、カンカンというハンマーの音は、関《かん》せつをつぎあわせるときの、ハンマーの音だった。  こうして、火星人は、二時間ばかりのあいだに、六本の、三十メートルばかりのあしをくみたてたが、その六本のあしを三本ずつ一組みにしてたばねて、いつもみてきた巨大《きょだい》な三|脚《きゃく》ができあがったのである。  しかし、三|脚《きゃく》をくみたておわるまでは、三本の足は、ぐにゃぐにゃ、と、まるでゴムをつなぎあわしたひものように、自由|自在《じざい》に、まるめることもできれば、おりまげることもできるのだった。  そうでないと、地上におりたら、はうことしかできない火星人には、操作《そうさ》ができないわけで、しかし、組みたててしまってから、こんどは、べつな発電器《はつでんき》のようなものから、シュッシュッと、電気だか、ほかの放射線《ほうしゃせん》だかをその三|脚《きゃく》にながしこむと、三|脚《きゃく》は、まるで生きた筋肉《きんにく》のように、しゃん、とたちあがった。 「あの、さいごの放射線《ほうしゃせん》だか、電流だかで、きっと、たましいをふっこんだんだよ。」 と、わたしは、あっけにとられるほど、感心してしまって、 「火星人が、砲弾《ほうだん》でたおれて、川の中におちると、川の水がまっかになって、やけどするような熱湯《ねっとう》になるんだろう。あんなことは、ただ、機械《きかい》をつみかさねてもできやしないとおもうんだ。」 「そうだね。」 と、リルケがいったとき、新しく組みあがった三|脚《きゃく》の上に、ピカピカ光るずきんがのっけられて、火星人がはいっていった。 「あれ、いよいよ、動きだすよ。」 と、ふたりがいっしょにさけんだとき、ガタンと、大きな音をたてて、その火星人が、突然《とつぜん》、わたしたちのほうへ歩きだしたので、 「あっ!」 と、ふたりは、やねの上からころがりおちて、あわてて、地下室にもぐりこんだ。 [#5字下げ]人間の生き血《ち》をすう火星人[#「人間の生き血をすう火星人」は中見出し]  わたしとリルケが、あわてて、地下室にころがりこんだとき、近くに、ガランガランという、れいの火星人の足おとがきこえた、が、地下室のまうえで、足音は、ぴたりととまった。リルケは首をすくめていた。わたしは、しずかに、口の中で、おいのりをした。  ふたりとも、いつ、この石造《いしづく》りの家が、火星人の巨大《きょだい》な足にふみつぶされるか、と、生きたここちもしなかった。  と、そのとき、地下室の上で、とつぜん、 「おーおー。」 という人間のなきごえがおこった。おもわず顔をあげてみると、あかり窓《まど》のところからなにかみえる。 「火星人の足だ。」  リルケが、こわいのもわすれて、さくのうえにかた足かけて、ぴったりあかり窓《まど》に両方の目をくっつけ、そとをのぞいた。  星あかりの、うすい外光のなかに、ひとりの男が、ぎゅっと、何かにおさえつけられているのがわかった。なおも目をみはってみると、それは、火星人の、あのたこの足のような、ふらふらの手だった。  人間が、つかまったのだ。  火星人は、巨大《きょだい》な三|脚《きゃく》の関《かん》せつをゆるめて、ペタンと、地上にすわるようなかっこうをしていた。  このあわれな人間は、まだ三十才ぐらいの、ふとったりっぱなからだをした青年だった。  りっぱな洋服《ようふく》をきていた。きっと、ぜいたくなくらしをしていた人だろう。その青年は、まだなきつづけていた。ときどき、ピクリと、なきごえをとめて、いうにいえぬ苦しそうなうめきごえをあげた。リルケは、なにもかもわすれて、 「あっ!」 と、さけんだ。  火星人は、ずきんのなかから、からだ半分をのりだすようにして、あの、あごのない口から、一本のくだのようなものをつきだしていた。  そのくだの先が、ああおそろしい、おそろしい、青年のむねのあたりに、ぴったりすいついているのだ。  くだのなかを、なにか液体《えきたい》らしいものが、すうすうと、すいあげられていく。  人間の血《ち》だ。  火星人が、人間の血《ち》をすっているのだ。  火星人に、血《ち》をすいあげられる青年は、もう、なく力もなくなったらしく、こえひとつたてなかった。かすかにだんまつまの呼吸《こきゅう》が、あかり窓《まど》をとおして、リルケのむねにつたわってくるような気がする。  人間が、やぶれたゴムふうせんのように、しぼんでゆくようにおもわれた。  やがて、火星人は、たっぷり人間の血《ち》をすってしまうと、ポイと、その青年をすてて、あるきだした。 「アルー、アルー。」  血《ち》をすって、満腹《まんぷく》の喜《よろこ》びをたたえるかのような、火星人の大きなこえが、ブルブルと、地下室をゆすぶった。  なんというおそろしいことだ!  リルケがいきなり、ばたんと、さくの上からおちてきた。 「リルケ、どうしたんだ!」  わたしは、リルケのからだをだきおこしたが、リルケは気をうしなっていた。  わたしは、さっそく、リルケの口に、薬《くすり》をそそいでやった。リルケは、ウーンとうなって、やっと、目をひらいた。 「どうしたんだ、リルケ、気ぜつしたりなんかして……。」 「ああ、すごかった……。」  リルケは、ブルブルとからだをふるわせていた。 「どうしたんだ。」 「火星人が、火星人が――生きてる青年のからだから、血《ち》をすったんだよ。ほんとうだよ、ぼくこの目で見たよ! にいさん。」 「な、なにっ! リルケ、それは、ほんとかっ?……。」  わたしは、さっとあおくなった。 「ほんとですよ。火星人は、人間の血《ち》をすって生きてるのでしょうか。」  リルケは、いまみたおそろしいようすを話した。 「そういえば、火星人が、地球にきてからなにも食べないのがふしぎだと思っていたよ。きっと、血《ち》のかたまりかなんかもってきてたんだね。それが、地球上の人間の血《ち》とおなじものだろう。」 と、わたしがいった。 「すると、火星人は吸血《きゅうけつ》動物なんでしょうか。」 「そうかもしれないよ。あんな小さなからだでは、消化器《しょうかき》があるとはおもえない。きっと、火星でも、動物の血《ち》をすって生きているんだろうよ。」 「そうすると、地球にやってきて、人間の血《ち》をすって生きてゆくつもりだろうか……。」  わたしたちは、こわくなって、ぴたりと、話をやめてしまった。  その夜は、いまにも火星人がやってきて、自分たちの血《ち》をすいそうで、ろくろくねむらないでしまった。夜があけると、リルケが、 「きのうの青年、どうしたろうか。」 と、いいだした。 「ああ、そうだ。きっと死んだろうね。リルケ、でてみるか。」  わたしは、リルケをさそって、おそるおそる地下室をでて、あたりをみまわした。  火星人は、ずっと遠くに、いつものように、一|定《てい》のかんかくをおいて、じんをはっていた。 「出てみよう。」  わたしたちは、のこのこと地下室をでていった。 「きっと、あかり窓《まど》のところだよ。」  ふたりは、ぐるっと、地下室のそとがわをまわって、あかり窓《まど》のところにいってみた。  いたいた! 人間がいた。ゆうべ、火星人に、血《ち》をすわれた青年だ。 「死んでるか?」 「さあ! どうかな。」  ふたりの足おとをきいたのだろうか。びくりと、からだを動かしたその人間は、ぱっちり目を見ひらいて、何かにおびえたように、ふたりをみた。  また、火星人がきたと思ったのだろう。 「どうしました。」 と、わたしは、その青年のせなかをかるくたたいて、 「ゆうべは、たいへんなめにあいましたね。でも、よく生きていられましたね。」 「ああ、あなたがたは、まだ、ピンピンしていますね。」  その青年は、うらやましそうにいった。わたしは 「もしかすると火星人は、人間をころさない程度《ていど》に血《ち》をすったあと、生かしてなにかに利用《りよう》するつもりらしいですよ。」 と、考えながらいった。 [#5字下げ]人間をえさにかっておくつもりだ[#「人間をえさにかっておくつもりだ」は中見出し] 「それは、どういうわけですか。」と、リルケが目をひからせてきいた。 「いやねえ……わたしがなにかの本を読んだとき、こんなことが書いてあったと思う。火星人は、文化が進んでいるから、もし地球にくることがあれば人間をかっておくこともできるだろう。もしかしたらそうなるかもしれないね。」 と、わたしは空のほうをながめながら考えぶかそうにいった。 「ええっ! なんですって、人間をかっておくって、どういうことなんですか。」 「食べ物にするんだよ。いや、生かしてかっておいて、血《ち》をすうんだよ。」 「うむ……。」  リルケは一|瞬《しゅん》、心臓《しんぞう》のこどうがとまるような顔をした。  なんということだ。人間が、牛やぶたをかって、肉をたべるように、いや、米や麦をつくって主食にするように、火星人にかわれて、火星人に血《ち》をすわれて、火星人のしたいままにされるなんて……。  が、火星人に征服《せいふく》されてしまえば、それも、しかたなくなるだろう。  人間は、火星人のえじきになるためにだけ生きていることがゆるされるのだ。  文化も、科学も、学問《がくもん》も、そんなものは、人間の世界からは、みななくなるだろうか。 「ああ、ああ、なんというかなしいことだろう。」  青年は、かみをかきむしって、かなしみもだえた。 「まあ、ともかく、地下室にゆきましょう。地下室には、食べるものが、いくらかのこっています。そんなに血《ち》をすわれたんではたまりますまい。」 と、いったときだった。うしろにいたリルケが、 「あれ、にいさん、火星人が、また人間をつかまえた。」と、さけんだ。 「な、なんだって……。」  わたしはびっくりして、うしろをふりむいた。  ロンドンの、いちばん、めぬきの通りを、ゆうゆうとあるいていた火星人が、高いビルディングの窓《まど》から、ひょっこりと首をだした、逃《に》げおくれの人間を、あのたこの足のようなにょろっとした、ぶきみな手がいきなりつかまえたのだった。  たこにつかまった一ぴきのこざかなのように、つかまった人間はビルディングのやねのあたりでバタバタもがいていたが、火星人の手は、まもののようで、どうすることもできなかった。  すると、火星人は、とらえた人間を、三|脚《きゃく》のあたまにあるずきんの上にもっていった。ずきんのなかから、火星人のなまこのようなすがたが、半分ばかりはいだした。と、おもったとき、人間の、たとえようもないかなしげななきごえがきこえてきた。 「ああ、あれも、血《ち》をすわれてるんですよ。」  ゆうべ血《ち》をすわれた青年が、そのときのぶきみな気もちをおもいだしたとみえて、ブルブルと身ぶるいした。  人間のなき声は、だんだんたえだえになっていった。火星人は人間の血《ち》をすいながら、いかにもうれしそうに、うまそうに、まるで生まれたての赤ん坊《ぼう》が、母親のちぶさをすっているときのように、アルー、アルーと、ひくくさけんでいた。  火星人は、たらふく血《ち》をすったあとで、人間をちょっとはなして、人間をつかまえているべつな手で、なにやら人間をなでまわしているようだった。 「ほうら、ごらんなさい。火星人は、血《ち》をすったあとに、なんだかわかりませんが、注射《ちゅうしゃ》をしているんですよ。」 と、ゆうべ血《ち》をすわれた青年が、顔をしかめながらいった。 [#5字下げ]微生物《びせいぶつ》に全滅《ぜんめつ》させられた火星人[#「微生物に全滅させられた火星人」は中見出し]  わたしとリルケと、青年は、その夜、まんじりともしないで、一夜をあかした。  朝はやく、火星人のようすを見ようと、地下室を出たリルケが、いきなり、大ごえでわたしをよぶのだった。 「にいさん、にいさん、きてください。火星人がみんな死んでるようですよ。」 「な、な、なんだって!」  わたしは、リルケが、気でもくるったのではないか、と思った。ゆうべまで、あれほど猛威《もうい》をふるっていた、火星人が、一夜にして死んでしまうなんて、とても考えられないことだったからだ。 「にいさん、にいさん、早くきてくださいよ。」  二度めのリルケのことばで、わたしは、地下室をとびだした。 「ほら、ごらんなさい。あすこにもここにも、火星人が、ゆでた野菜《やさい》のように、ぐんにゃりとして、三|脚《きゃく》の上に、ぶらさがっていますよ。」 「ほんとうだ。」  リルケのいうとおりだった。いちばん近くにある、あの巨大《きょだい》な機械《きかい》、かれらの足ともなり、からだともなっていた、三|脚《きゃく》の上の箱《はこ》の上から、あのぶきみなたこの足のような、火星人の手足が、もう、まったく力を失《うしな》って、なん本も、ダラリとぶらさがっているのだった。  その上に、たこのばけもののような、あの火星人のあたまが、ぐんにゃりと、たれさがっていた。 「どうしたんだろう。信《しん》じられない。」  わたしは、自分の目をうたがった。しばらく、ぼんやりと、ながめていたが、火星人は、ビクリともしなかった。 「ほんとに死んでいる。リルケ、いってみよう。」  わたしは、近づくのがこわかったが、近くにいって、火星人が、ほんとに死んでいるかどうかを、たしかめたかった。 「いってみましょう。どうせ、死ぬかくごでいたんです。火星人につかまっても、かまいません。」  リルケも、半信半疑《はんしんはんぎ》だった。  ふたりが、丘《おか》の上をおりようとすると、青年も、つかれきったからだをひきずってきて、 「わたしもつれてってください。」 と、いった。 「きみは、ふらふらしているよ。ここに残《のこ》っていたまえ。かならず、かえってくるよ。」  火星人に血《ち》をすわれて、まだフラフラの青年は、それでもきかなかった。わたしとリルケは、青年をかかえるようにして、丘《おか》をおりた。  わたしたちは、おそるおそる、火星人に近づいた。いきなり、火星人の手がのびてきそうな気がする。が、火星人は、わたしたちが、すぐ近くにいっても、動かなかった。  プーンと、いやなにおいがした。物のくさったにおいだった。そして火星人は、完全《かんぜん》に死んでいた。  あっちにもこっちにも、火星人の怪放射線《かいほうしゃせん》にやきはらわれて、一面のやけ野原になった、ロンドンの荒地《あれち》には、火星人の死体がごろごろしていた。  もう、だいぶくさったとみえて、死体の上に怪鳥《かいちょう》がむらがっているのもあった。 「まったくふしぎだ。」  助かった、というよりは、夢《ゆめ》をみているような気もちであった。  が、どうして、火星人は、一夜のうちに全滅《ぜんめつ》したのだろう。  そのわけがわかったのは、二、三日たって、イギリスじゅうの学者が、このロンドンの荒地《あれち》にあつまり、火星人|全滅《ぜんめつ》の原因《げんいん》をしらべてからだった。  火星人は、地球のどこかにひそんでいた、ごく小さな、人間の目には見えない、微生物《びせいぶつ》と、ばい菌《きん》にやられたのだった。  地球には、なん千、なん万という、まだ研究されない微生物《びせいぶつ》やばい菌《きん》がいる。それらの微生物《びせいぶつ》には、ある生物にたいしては、ひじょうに強い殺害《さつがい》の力をもっているものがいる。地球上の生物は、いつのまにか、免《めん》えき性《せい》になっているが、いきなり地球上にやってきた火星人にたいしては、それが強い力を発きしたのだった。  ある学者は、それについて、つぎのような論文《ろんぶん》を発表した。 [#ここから2字下げ] ――生物のあいだでは、常《つね》に食うか食われるか、の闘争《とうそう》がおこなわれている。生物は、たとえば、人間のような高等生物《こうとうせいぶつ》になると、いつも目に見えない細菌《さいきん》にねらわれている。人間は、人間のちえ、つまり、科学、医学《いがく》の力によって、それらの細菌《さいきん》のちょう戦《せん》に勝っているのだが、いったんそのバランスがくずれたら、地球上の人るいは、一夜にしてその細菌《さいきん》のためにほろぼされてしまうだろう。そして、その細菌《さいきん》は、人間にかわって、地球上の王者になるだろう。それが生物間の闘争《とうそう》の法則《ほうそく》です。そして、それは、宇宙《うちゅう》のあいだにも、おなじ法則《ほうそく》の闘争《とうそう》がおこなわれている。さいわい、今度は、細菌《さいきん》が、火星人をほろぼしてくれたが、それは、火星人が、地球上のどの生物よりも高等生物《こうとうせいぶつ》だったために、細菌《さいきん》に抵抗《ていこう》する力をもたなかったのだろう。―― [#ここで字下げ終わり]  なにはともあれ、こうして火星人|襲撃《しゅうげき》による、悪夢《あくむ》のような、闘争《とうそう》は、終わりをつげたのであった。  オーゼル荒野《こうや》も、ロンドンも、平和をとりもどした。そして、奇跡的《きせきてき》にも、レザーヘットの町は無事《ぶじ》だったので、わたしの妻《つま》や子どもたちも無事《ぶじ》だった。  しかし、イギリス人のあいだから、この火星人|襲来《しゅうらい》の不安《ふあん》が、すっかり消えてしまったわけではなかった。というのは、もうひとりの学者が、つぎのような論文《ろんぶん》を発表したからである。 [#ここから2字下げ] ――問題は、火星の中の人間が、今度の襲来《しゅうらい》で、全部《ぜんぶ》地球にやってきたか、ということである。もしまだ、火星の中に、火星人が残《のこ》っているとすれば、いつかはまた、今度のような火星人の襲来《しゅうらい》が、くりかえされるのではないか。――[#地から1字上げ](おわり) [#ここで字下げ終わり] 底本:「少年少女世界名作全集30 宇宙戦争」鶴書房     ※底本には、発行日等の記載がありません。 ※「人類《じんるい》」と「人るい」、「しゅんかん」と「瞬間《しゅんかん》」、「突然《とつぜん》」と「とつぜん」の混在は、底本通りです。 入力:sogo 校正: YYYY年MM月DD日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。