美しいパリ 吉江喬松 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)美《うつく》しさ |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|面《めん》に [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)来《くる》ので[#「来《くる》ので」はママ] -------------------------------------------------------  パリの美《うつく》しさは、春《はる》の末《すえ》、夏《なつ》の初《はじ》めです。  マロニエという、日本《にほん》ならば橡《とち》の樹《き》のような木《き》が、パリの町々《まちまち》の両側《りょうがわ》に立《た》ち並《なら》んでいて、その若葉《わかば》が青《あお》く光《ひか》って、こんもりと茂《しげ》りだして来《く》ると、その中《なか》から鈴掛鳩《すずかけばと》のホウ、ホウという声《こえ》がきこえ出《だ》します。すると、その茂《しげ》った葉《は》の間《あいだ》から、白《しろ》や赤《あか》の、蝋燭《ろうそく》のような形《かたち》をした花《はな》が大《おお》きく一|面《めん》に咲《さ》き出《だ》すのです。  パリ全体《ぜんたい》がこの若葉《わかば》と花《はな》に包《つつ》まれるころになると、日本《にほん》にはいない、そして日本《にほん》のよりは一|層《そう》大《おお》きな燕《つばめ》が、アフリカの方《ほう》から飛《と》んで来《き》て、パリの古《ふる》い大《おお》きなお寺《てら》の塔《とう》の上《うえ》に巣《す》をつくります。この燕《つばめ》は羽《はね》が大《おお》きく、脚《あし》が小《ちい》さいので、いつも空《そら》を飛《と》んでいるか、高《たか》い塔《とう》の頂《いただ》きや木《き》の上《うえ》に止《と》まっているかだけで、地《ち》の上《うえ》へおりることは出来《でき》ません。地上《ちじょう》へおりると羽《はね》がつかえて歩《ある》けないのです。それで、この燕《つばめ》はいつも空中《くうちゅう》に飛《と》んでいる羽虫《はむし》か何《なに》かを喰《く》って生《い》きています。  夕方《ゆうがた》の空《そら》が、牡丹色《ぼたんいろ》に染《そ》まって、空気《くうき》が柔《やわら》かで、何《なん》ともいわれない気持《きもち》になる中《なか》を、この大燕《おおつばめ》がゆったり飛《と》んでいるのを見《み》るといかにも異《ちが》った国《くに》に来《き》ている心持《こころもち》がします。その時《とき》、寺々《てらでら》の高《たか》い鐘樓《しょうろう》から、晴《はれ》やかな、澄《す》んだ鐘《かね》の音《ね》が響《ひび》きます。夕方《ゆうがた》のアンジュリウスというのです。この鐘《かね》の音《ね》が、空《そら》で、響《ひび》き合《あ》わせ、パリ全体《ぜんたい》ヘ夕方《ゆうがた》の休《やす》みを告《つ》げ知《し》らせるのです。  この鐘《かね》の音《ね》を聞《き》いた時《とき》は、人々《ひとびと》は仕事《しごと》の手《て》をやすめて、家路《いえじ》へ帰《かえ》る仕度《したく》をするのです。野《の》で働《はたら》いている人々《ひとびと》は、鍬《くわ》の手《て》をやめて夕方《ゆうがた》のお祈《いのり》をします。日曜日《にちようび》だと、この鐘《かね》の音《ね》が、寺々《てらでら》によってそれぞれの音楽《おんがく》の曲《きょく》を打《う》ち鳴《な》らすので、空中《くうちゅう》全体《ぜんたい》が、華《はな》やかな合奏場《がっそうじょう》のようになります。生《うま》れつき音楽《おんがく》好《ず》きの子供《こども》は、揺籃《ようらん》に入《い》れられている時《とき》から、この寺《てら》の鐘《かね》の音《ね》が鳴《な》らす音楽《おんがく》で、思《おも》わず手足《てあし》をゆり動《うご》かすということです。  このパリ全市《ぜんし》を埋《う》めるマロニエの若葉《わかば》の下《もと》を、真白《まっしろ》な姿《すがた》をした白《しろ》い紗《しゃ》の布《ぬの》を頭《あたま》からうしろへ長《なが》く垂《さ》げた、靴《くつ》までも白《しろ》い、十二三の少女《しょうじょ》たちが、両親《りょうしん》や、兄弟《きょうだい》たちにつれられて、幾人《いくにん》も幾人《いくにん》も通《とお》って行《ゆ》きます。  私《わたし》はパリへついたばかりの頃《ころ》、それが花嫁《はなよめ》姿《すがた》かと思《おも》って、小《ちい》さな花嫁《はなよめ》が、幾人《いくにん》も一|時《じ》に出来《でき》たものだと思《おも》って、人《ひと》に訊《き》いたらば笑《わら》われたことがあります。これはプルミーエル、コンミュニオンといって、いわば初《はじ》めてキリストの教《おしえ》を受《う》けて、そのおゆるしが出《で》たしるしのために、汚《けが》れない純白《じゅんぱく》な姿《すがた》をして、キリストの前《まえ》に立《た》つのです。  フランスでは子供《こども》が生《うま》れるとすぐに、洗礼《せんれい》を受《う》けて、名前《なまえ》をつけて貰《もら》いますが、十二三|歳《さい》になると、いろいろの宗教上《しゅうきょうじょう》の試験《しけん》を受《う》けて、一人前《いちにんまえ》のキリスト教徒《きょうと》になるのです。男《おとこ》の子《こ》とても同《おな》じですが、真白《まっしろ》な装《よそお》いをするのは、女《おんな》の子《こ》だけです。いわばキリストの花嫁《はなよめ》姿《すがた》といってもよいのでしょう。  何人《なにびと》でも、フランスの女《おんな》の人《ひと》ならば、このプルミーエル、コンミュニオンの経験《けいけん》のない人《ひと》はありません。これはその子供《こども》にとっても、一|家内《かない》にとっても非常《ひじょう》な悦《よろこ》びで、親戚《しんせき》知己《ちき》を招《まね》いて、その晩《ばん》ご馳走《ちそう》をします。  涼《すず》しい朝風《あさかぜ》に真白《まっしろ》な紗《しゃ》を吹《ふ》かせながら、若葉《わかば》の下《した》を通《とお》って行《ゆ》くこの女《おんな》の子《こ》の姿《すがた》は、白《しろ》い蝶々《ちょうちょ》が舞《ま》って行《ゆ》くようです。  その頃《ころ》、パリには、丁度《ちょうど》、女王《じょおう》の祭《まつり》があります。一|種《しゅ》の花祭《はなまつ》りといってもよいのでしょう、パリ中《じゅう》の若《わか》い美人《びじん》を選《えら》び出《だ》して、立派《りっぱ》な王様《おうさま》の車《くるま》に載《の》せて、パリの町《まち》を練《ね》り歩《ある》くのです。第《だい》一の女王《じょおう》を選《えら》び、それからつづいて幾人《いくにん》もの、フランスの町々《まちまち》の女王《じょおう》を選《えら》び、それをいくつかの緋《ひ》や赤《あか》や紫《むらさき》やの幕《まく》で、鉾《ほこ》や、旗《はた》やで飾《かざ》り立《た》てた王様《おうさま》の金《きん》の車《くるま》に載《の》せるのです。この女王《じょおう》達《たち》には、それぞれの従者《じゅうしゃ》がついていて、同《おな》じ車《くるま》や、異《ちが》った車《くるま》に分乗《ぶんじょう》して、ついて行《ゆ》きます。  この車《くるま》の前後《ぜんご》には楽隊《がくたい》がついて、賑《にぎ》やかにはやして行《ゆ》く。女王《じょおう》は金《きん》の冠《かんむり》を頂《いただ》いて、背後《うしろ》へは真紅《まっか》な長《なが》い裾《すそ》をひいて、玉座《ぎょくざ》にかけています。一|段下《だんした》には、四|人《にん》、更《さら》にその下《した》には八|人《にん》と、高《たか》い車《くるま》が飾《かざ》り立《た》てた人《ひと》を満載《まんさい》しているのです。この車《くるま》には特《とく》に花《はな》が飾《かざ》られて人《ひと》は花《はな》の中《なか》に埋《うず》まっているようです。その上《うえ》、車《くるま》の通《とお》って行《ゆ》く町々《まちまち》では両側《りょうがわ》から、その車《くるま》を目掛《めが》けて様々《さまざま》な花《はな》を投《な》げかけます。また町《まち》では、花《はな》の代《かわ》りに、赤《あか》や白《しろ》の紙《かみ》を細《こま》かに切《き》ったのを、何人《だれ》でも通《とお》りかかりの人々《ひとびと》の頭《あたま》から、背後《せなか》から投《な》げかける。これを浴《あ》びせかけられても何人《だれ》一人《ひとり》怒《おこ》るものなぞはありません。皆《みん》な愉快《ゆかい》そうに笑《わら》って通《とお》って行《ゆ》きます。  女王《じょおう》の車《くるま》は、人《ひと》の中《なか》を、また花《はな》の中《なか》を押《お》し分《わ》けて、幾台《いくだい》も通《とお》る。そしてパリ市《し》の主《おも》な場所《ばしょ》をめぐってから、やがて大統領《だいとうりょう》の官宅《かんたく》へ集《あつ》まるのです。ここでは、大統領《だいとうりょう》夫妻《ふさい》が、自《みずか》ら階段《かいだん》まで出《で》て来《き》て名誉《めいよ》あるパリ市《し》の花《はな》の女王《じょおう》に、花束《はなたば》をさずけます。この日《ひ》は、パリ全市《ぜんし》が美《うつく》しい花《はな》の祭《まつ》りの日《ひ》になるのです。  五|月《がつ》一日には、また、ミュゲ、ドゥ、メエといって、人々《ひとびと》が必《かなら》ずミュゲの花《はな》を胸《むね》につけます。鈴蘭《すずらん》の花《はな》です。日本《にほん》では北海道《ほっかいどう》に多く咲《さ》く、匂《にお》いの高《たか》い草花《くさばな》です。これは縁起《えんぎ》が好《よ》いというので、町々《まちまち》の角《かど》なぞでは、花売《はなうり》の女《おんな》の子《こ》なぞが、声《こえ》をあげて売《う》っています。買《か》わない人《ひと》はありません。これは、長《なが》い冬《ふゆ》の間《あいだ》、霧《きり》や小雨《こさめ》や曇《くも》り日《び》がつづいていた後《あと》に、晴《はれ》やかな春《はる》が来《き》たのを、心《こころ》から悦《よろこ》ばしく思《おも》ってそのしるしに人々《ひとびと》がこの花《はな》を摘《つ》みとって、春《はる》が来《き》た、春《はる》が来《き》たと悦《よろこ》んだことから初《はじ》まったのでしょう。  実際《じっさい》、フランスでは、春《はる》といっても日本《にほん》の春《はる》のように花《はな》の盛《さか》りが、そのしるしではなく、むしろ日本《にほん》の初夏の若葉《わかば》が、すぐ冬《ふゆ》の後《あと》へ来《くる》ので[#「来《くる》ので」はママ]、一|度《ど》春《はる》になれば、晴《はれ》やかなのびのびした気分《きぶん》が一|時《じ》に初《はじ》まるのです。  若葉《わかば》になると、人々《ひとびと》は家《いえ》の中《なか》にばかり引籠《ひきこ》もってはいません。公園《こうえん》の中《なか》でも、町の中《なか》の広場《ひろば》でも、少《すこ》しの空地《あきち》と若葉《わかば》のある所《ところ》ならば、必《かなら》ず人々《ひとびと》が集《あつま》っています。そして、その若葉《わかば》の陰《かげ》へ、書物《しょもつ》を持《も》って来《き》たり、編《あ》み物《もの》を持《も》って来《き》たり、赤子《あかご》をつれて来《き》たりしてめいめいで、仕事《しごと》をしています。  若葉《わかば》を漉《こ》して来《く》る青《あお》い日《ひ》の光《ひかり》の中《なか》から、鳩《はと》の声《こえ》が洩《も》れて来《き》ます。そして、沢山《たくさん》の雀《すずめ》が、決《けっ》して人《ひと》おじをしないで、人々《ひとびと》の頭《あたま》の上《うえ》を舞《ま》ったり、足《あし》もとへおりたりします。パリの人《ひと》は決《けっ》して雀《すずめ》をいじめません。皆なポケットヘパンの屑《くず》を入《い》れておいて、それを雀《すずめ》に投《な》げてやります。雀《すずめ》は、悦《よろこ》んで、ちいちいいいながら、その投《な》げてやる人《ひと》の周囲《しゅうい》に集《あつ》まって来《き》ます。そして、その人《ひと》の肩《かた》へとまったり、掌《て》の上《うえ》までも、膝《ひざ》の上《うえ》までも、頭《あたま》の上《うえ》までも来《き》てとまります。パリの小《ちい》さな子供《こども》なぞは、それを悦《よろこ》んで、雀《すずめ》と一|緒《しょ》に遊《あそ》んでいます。  フランスでは、総《すべ》て動物《どうぶつ》が人《ひと》とよく親《した》しんでいます。犬《いぬ》でも、猫《ねこ》でも、馬《うま》でも、山羊《やぎ》でもおとなしいものです。私《わたし》なぞ、パリでは一|度《ど》でも犬《いぬ》に吠《ほ》えられたことはありません。猫《ねこ》なぞは、どんな知《し》らない人《ひと》の手《て》にもすぐ抱《だ》かれて、おとなしくしています。小《ちい》さな子供《こども》が、大《おお》きな象《ぞう》のような馬《うま》を幾《いく》つも幾《いく》つも連《つ》れて、口笛《くちぶえ》と、細《ほそ》い鞭《むち》一つで、何方《どっち》へでも自由《じゆう》に動《うご》かしているのを見《み》ます。山羊《やぎ》なぞは、パリの郊外《こうがい》の森《もり》の中《なか》で、呑気《のんき》そうに草《くさ》を喰《た》べているのを、知《し》らない人《ひと》が傍《そば》へよって、その乳《ちち》をしぼって飲《の》んだりしてもおとなしく、ただ妙《みょう》な声《こえ》で、鳴《な》き声《こえ》を立《た》てているだけです。動物《どうぶつ》を愛《あい》し動物《どうぶつ》が人《ひと》に親《した》しんでいることは、日本《にほん》よりは一|層《そう》深《ふか》いように思《おも》われます。  パリの周囲《しゅうい》には森林公園《しんりんこうえん》といって、自然《しぜん》の大《おお》きな森《もり》や林《はやし》を、そのまま保有《ほゆう》しておいて、その中《なか》へ自動車《じどうしゃ》の通《とお》るような大《おお》きな路《みち》や人《ひと》の歩《あゆ》むだけの細《ほそ》い路《みち》が、縦横《たてよこ》につけてあって、その道《みち》の手入《てい》れがよく行《ゆ》きとどいています。その中《なか》には川《かわ》もあれば小《ちい》さな湖水《こすい》もある。井頭《いのがしら》の公園《こうえん》のようなのが、パリの郊外《こうがい》には到《いた》る所《ところ》にあります。若葉《わかば》の頃《ころ》になると、日曜《にちよう》には、これ等《ら》の森《もり》が人《ひと》で一ぱいになります。うす青《あお》い幕《まく》をはりまわしたような森《もり》の中《なか》に、ヴィオロンの音《おと》や、歌《うた》の声《こえ》や、話声《はなしごえ》やが、楽《たの》しそうに響《ひび》き渡《わた》ります。  実際《じっさい》、春《はる》の末《すえ》から夏《なつ》の初《はじ》めへかけてのパリは美《うつく》しく、そして楽《たの》しい天地《てんち》です。 底本:「信州・こども文学館 第5巻 語り残したおくり物 あしたへの橋」郷土出版社    2002(平成14)年7月15日初版発行 底本の親本:「角笛のひびき」実業之日本社    1926(大正15)年 ※底本は、表題に「美《うつく》しいパリ」とルビがふってあります。 入力:sogo 校正: YYYY年MM月DD日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。