うまい商売 グリム兄弟 Bruder Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)お百姓《ひゃくしょう》さん |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|頭《とう》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)生まれてから[#「生まれてから」は底本では「生まれでから」] -------------------------------------------------------  あるお百姓《ひゃくしょう》さんが、牝牛《めうし》を市場《いちば》へ追《お》っていって、七ターレルで売ってきました。かえり道に、池のはたをとおらなければなりませんでした。まだ池までこないうちに、もう遠くのほうから、カエルたちが「アク、アク、アク」と、ないているのがきこえてきました。 「まったく、うるさくがなりたてやあがる。」 と、お百姓《ひゃくしょう》さんはひとりごとをいいました。 「おらのもらった金《かね》は七《ジーベン》だぞ。八《アクト》じゃねえや。」  お百姓さんは水ぎわまできますと、カエルたちにむかって、 「てめえたちゃ、なんてばかだ! わからねえのかよ。七ターレルだぞ。八じゃねえんだ。」 と、どなりました。  それでも、カエルたちは、やっぱり「アク、アク、アク」と、なきつづけています。 「ようし、ほんとにしねえんなら、てめえたちの目のまえで勘定《かんじょう》してみせてやらあな。」  こういって、お百姓《ひゃくしょう》さんはポケットから金《かね》をとりだして、二十四グロッシェンずつで一ターレルと、合計《ごうけい》七ターレルをかぞえあげてみせました。  けれども、カエルたちは、そんな勘定《かんじょう》にはおかまいなしに、またもや、「アク、アク、アク」と、なきたてました。 「ええい。」 と、お百姓さんはすっかり腹《はら》をたててどなりつけました。 「これでも気がすまねえんなら、てめえたちで勘定しろい。」  そして、カエルたちのいる水のなかへ、金をそっくりほうりこみました。お百姓さんはそのまま立っていました。カエルたちが勘定《かんじょう》をすまして、金をかえしてくれるまで、待《ま》っているつもりだったのです。ところが、カエルたちはがんこで、ひっきりなしに、「アク、アク、アク」と、なきたてるばかりです。そして、金などはなげかえしてもくれませんでした。  お百姓《ひゃくしょう》さんはなおしばらく待《ま》っていましたが、そのうちに日がくれてきましたので、うちへかえらなければならなくなりました。そこで、カエルたちを口ぎたなくののしって、どなりました。 「やい、やい、水んなかのバチャバチャ野郎《やろう》の、でか頭の、ぐりぐり目玉め。てめえたちゃ、ばかでっかい口をしてやがって、耳もいたくなるほどギャア、ギャア大さわぎしゃあがるくせして、七ターレルの勘定《かんじょう》もできねえじゃねえか。てめえたちの勘定がすむまで、おらがここで待《ま》ってるとでも思ってんのか。」  こういいすてて、お百姓《ひゃくしょう》さんは歩きはじめました。しかし、カエルたちは、あいかわらずそのうしろから、「アク、アク、アク」と、ないていました。で、お百姓さんはぷんぷん腹《はら》をたてて、うちへかえりました。  それからしばらくして、お百姓さんはまた牝牛《めうし》を一|頭《とう》買いました。お百姓さんはそいつを殺《ころ》して、さて、どのくらいになるだろうかと、胸《むね》で計算《けいさん》をしてみました。肉《にく》をうまく売れば、牝牛《めうし》二頭ぶんぐらいの金にはなるでしょうし、それにまだ皮《かわ》ものこるというものです。そこで、お百姓さんは肉をかついで町へでかけました。町の門のまえまできますと、犬がひとかたまりになってかけてきました。みれば、大きな猟犬《りょうけん》が先頭《せんとう》にたっています。そいつが肉のまわりをとびまわって、くんくんかぎながら、「ワス、ワス、ワス、ワス」と、ほえたてました。  ところが、犬がいつまでたってもなきやまないので、お百姓《ひゃくしょう》さんは犬にむかっていいました。 「よしよし、わかった、わかった。おめえ、この肉がちっとばかしほしいもんだから、『ワス、ワス(すこしの意味)』っていってんだな。だがな、おめえにこいつをくれちまったら、おらのほうがうまくいかねえでの。」  けれども、犬はやっぱり「ワス、ワス」とへんじをするばかりです。 「おめえ、ほんとに肉《にく》をみんなくっちまわねえか。そこらにいるおめえのなかまのことも、うけあえるか。」 「ワス、ワス。」 と、犬がいいました。 「ようし、おめえがそんなにまでいうんなら、おめえにまかせんべえ。おら、おめえをようく知ってる。おめえの奉公《ほうこう》さきも、ちゃあんとわかってる。だがな、いいか、三日たったら、きっと金《かね》をもらうぞ。約束《やくそく》をまもらなかったら、ただではおかねえぞ。とにかく、おめえがおれんとこへ金をもってきさえすりゃいいんだ。」  それから、お百姓《ひゃくしょう》さんは肩《かた》から肉をおろして、また、いまきた道をひきかえしました。犬どものほうは、たちまち肉をめがけておどりかかって、「ワス、ワス」と大声にほえたてました。  お百姓さんはそれを遠くのほうできいて、ひとりごとをいいました。 「ほほう、あいつら、みんなちっとばかしほしがってやがる。だが、でっかいやつが、おらにうけあってるだ。」  三日たちますと、お百姓さんは、今夜は金《かね》が手にへえるぞと、考えて、ほくほくしていました。ところが、だれも金をはらいにはやってきませんでした。 「もう、だれも信用《しんよう》できねえ。」 と、お百姓《ひゃくしょう》さんはいいました。  とうとう、がまんができなくなって、お百姓さんは町の肉屋《にくや》へでかけていき、金《かね》をはらってくれとねじこみました。肉屋はじょうだんだとばかり思っていましたが、お百姓さんはいいました。 「じょうだんごとじゃあねえ。おら、金をもらうだ。三日めえに、おめえさんとこのでっかい犬が、ぶち殺《ころ》した牝牛《めうし》を、まるごともってこなかったかね。」  肉屋《にくや》はおこって、そこにあったほうきの柄《え》をつかむと、いきなりお百姓《ひゃくしょう》さんをたたきだしてしまいました。 「だが、待《ま》てよ。世《よ》のなかにゃあ、まだ道理《どうり》ってものがあらあな。」  お百姓さんはこういうと、王さまのお城《しろ》へでかけていって、うったえごとをきいてください、と、ねがいでました。お百姓さんは、王さまのまえにつれだされました。王さまはお姫《ひめ》さまといっしょにすわっていましたが、お百姓さんを見ますと、どんなめにあったのかと、たずねました。 「ああ、犬とカエルがおらのものをとりましたで。そいから、肉屋のやつは、金のかわりにおらに棒《ぼう》をくらわしたでごぜえます。」  こういって、お百姓《ひゃくしょう》さんは、ことのしだいをくわしく話しました。それをきいたお姫《ひめ》さまは、大きな声でわらいだしました。すると、王さまはお百姓さんにいいました。 「いまここで、おまえのもうすことがただしいとはきめられぬが、そのかわり、おまえにはわしのむすめをよめにやろう。むすめは生まれてから[#「生まれてから」は底本では「生まれでから」]まだいちどもわらったことがない。それがいま、おまえをわらったのだ。わしは、むすめをわらわせたものに、むすめをやると約束《やくそく》してあるのだ。おまえは、幸運《こううん》のお礼《れい》を神《かみ》さまにもうすがよい。」 「いやあ、お姫《ひめ》さまなんぞいりませんや。うちにゃ、たったひとりのかかあがいますだが、あいつひとりでもおおすぎまさあ。うちへけえりゃ、あっちのすみにもこっちのすみにも、かかあが立ってるような気がしますだ。」 と、お百姓さんはこたえました。  すると、王さまはおこって、 「おまえは礼儀《れいぎ》を知らぬやつだ。」 と、いいました。 「でもなあ、王さま。」 と、お百姓さんはこたえました。 「牛からは、牛肉《ぎゅうにく》しかとることはできねえでごぜえますでな。」 「待《ま》て。」 と、王さまがまたいいました。 「おまえには、べつのほうびをつかわすことにする。いまはさがって、三日たったら、もういちどまいれ。そのとき、五百つかわそう。」  お百姓《ひゃくしょう》さんがお城《しろ》の門のまえまできますと、番兵《ばんぺい》がいいました。 「おまえはお姫《ひめ》さまをわらわせたな。なにかそうとうのごほうびをいただいたろう。」 「うん、そのとおりだ。」 と、お百姓さんはこたえました。 「五百くださるってえことだ。」 「おいおい、おれにもちっとわけてくんなよ。おまえ、そんなにたくさんの金《かね》をもって、どうするんだ。」 「おめえのこったから、二百やらあ。三日たったら、王さまのところへ名のってでて、それだけもらいな。」 と、お百姓《ひゃくしょう》さんがいいました。  ひとりのユダヤ人がその近くにいて、この話をきいていました。ユダヤ人は、すぐにお百姓さんのあとを追《お》っていって、いいました。 「すばらしいことになりましたなあ。おまえさんは、なんてしあわせものなんだろう。わたしが両替《りょうがえ》して、小銭《こぜに》にかえてあげましょう。ターレルのような大きな金じゃ、しようがないでしょうから。」 「ユダ公《こう》かい。」 と、お百姓《ひゃくしょう》さんはいいました。 「おめえにゃ、まだ三百のこってら。いますぐ、小銭《こぜに》で三百くんな。あと三日たちゃ、王さまんとこで、それだけはらってくださらあ。」  ユダヤ人はちょっとしたもうけにほくほくして、質《しつ》のわるいグロッシェン貨《か》でこの金額《きんがく》をもってきました。グロッシェン貨なら、三|枚《まい》でも、質のいい金《かね》の二枚ぶんの値《ね》うちしかないのです。  三日たったところで、王さまのいいつけどおり、お百姓《ひゃくしょう》さんは王さまのまえにでました。 「この男の上着《うわぎ》をはぎとれ。」 と、王さまがいいました。 「五百つかわすのだ。」 「あの、もうし。」 と、お百姓さんはいいました。 「その五百は、もうおらのもんではござりません。二百は番兵《ばんぺい》にくれてやりました。あとの三百は、ユダヤ人が両替《りょうがえ》してくれましただ。法律《ほうりつ》のうえからいや、おらのものは一文《いちもん》もねえでござります。」  そこへ、番兵とユダヤ人がやってきて、お百姓《ひゃくしょう》さんからうまくせしめたつもりの金《かね》を、いただきたい、ともうしでました。そのため、ふたりはまちがいなくその数だけうたれました。番兵はじいっとがまんしていました。もうまえから、この味《あじ》を知っていたからです。けれども、ユダヤ人はひいひい泣《な》きわめいて、 「ああ、いたっ。これが約束《やくそく》のターレル金貨《きんか》ですかい。」 と、いいました。  王さまは、お百姓《ひゃくしょう》さんをわらわずにはいられませんでした。そして、いままでの腹《はら》だたしさもすっかりきえてしまって、こういいました。 「おまえは、ほうびをもらわぬうちに、なくしてしまったから、わしがうめあわせをしてやろう。わしの宝《たから》ぐらへはいって、ほしいだけ金《かね》をもってくるがよい。」  お百姓《ひゃくしょう》さんはすぐさまとんでいって、大きなポケットへ、はいるだけぎゅうぎゅうにつめこみました。それから、茶店《ちゃみせ》へいって、金をすっかりかぞえてみました。  ユダヤ人は、お百姓さんのあとからそっとついていって、お百姓さんがひとりでぶつぶついっているのをききました。 「王さまのとんちきめ、やっぱりおらをだましゃあがった。こんなに金をくれなきゃ、おらの金がいくらあるだか、ちゃんとわかるになあ。これじゃ、手あたりしだいにねじこんだやつが、いくらになるのか、見当《けんとう》もつきゃあしねえ。」 「とんでもねえ。」 と、ユダヤ人はひとりごとをいいました。 「あの野郎《やろう》、王さまのことを、あんなにひどくいってやがる。ちょいと走ってって、おとどけしてこよう。そうすりゃ、このおれはごほうびがもらえるし、あいつは罰《ばつ》をくらうだろう。」  王さまは、お百姓《ひゃくしょう》さんのいったことをききますと、かんかんに腹《はら》をたてました。そして、ユダヤ人にむかって、おまえいって、そのふとどきものをひきつれてこい、といいつけました。  そこで、ユダヤ人はお百姓さんのところへかけつけました。 「おまえさん、ぐずぐずしないで、いますぐ王さまのところへいくんだよ。」 「どうすりゃええか、おらのほうがよく知ってら。」 と、お百姓さんがこたえました。 「まず、おらにあたらしい着物《きもの》をこせえさせてくんねえ。なあ、そうだろ、ポケットにこんなにたくさんの金《かね》をもってる男がよ、古いおんぼろ服《ふく》のまんまでいかれもしねえじゃねえか。」  ユダヤ人は、お百姓《ひゃくしょう》さんがほかの上着《うわぎ》をきないうちは、とてもつれていくことができないとみてとりました。それに、王さまのいかりがしずまったら、じぶんはほうびももらえなくなりますし、お百姓さんは罰《ばつ》をうけないでもすむかもしれません。そう思いますと、気が気でなくなりました。そこで、 「おまえさんは友だちだから、ちょっとのあいだだけ、おれがきれいな上着をかしてやろう。人間てのは、なんでも愛《あい》の気持ちでやるものさ。」 と、いいました。こういわれますと、お百姓《ひゃくしょう》さんも承知《しょうち》しました。そこで、ユダヤ人の上着を着て、いっしょにでかけました。王さまは、ユダヤ人のつげ口したわる口のことをいいたてて、お百姓さんをしかりつけました。 「あれまあ。」 と、お百姓《ひゃくしょう》さんはいいました。 「ユダヤ人なんかのいうことはうそばっかりでごぜえます。あいつらの口からは、ほんとのことはひとことだってでたことはごぜえません。だいいち、ここにいる野郎《やろう》なども、おらがこいつの上着《うわぎ》をきているなんていいたててますだ。」 「なんだと。」 と、ユダヤ人はさけびました。 「その上着がおれのじゃないと? そいつは、おまえが王さまのまえにでられるように、つい、気やすい気持ちからかしてやったもんじゃあないか。」  それをきいて、王さまは、 「ユダヤ人は、わしかこの百姓《ひゃくしょう》か、どっちかひとりをだましたにちがいない。」 と、いって、またまた、さっきのターレル金貨《きんか》を、さらにいくつかユダヤ人にくらわせました。  お百姓さんのほうは、いい上着をきて、ポケットにたんまり金《かね》をいれて、うちへかえりました。そして、 「こんどは、うまくあてたもんだ。」 と、いいました。 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社    1980(昭和55)年6月1刷    2009(平成21)年6月49刷 ※底本は表題に「うまい商売《しょうばい》」とルビがふってあります。 入力:sogo 校正: YYYY年MM月DD日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。