土をまるくもった おはか グリム兄弟 Bruder Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)お百《ひゃく》しょう -------------------------------------------------------  ある日、お金《かね》もちのお百《ひゃく》しょうさんが 庭《にわ》にでて、じぶんの麦《むぎ》ばたけや くだものばたけを、ながめていました。  麦《むぎ》は、すくすく のびています。くだものは、木に すずなりになっています。やねうらのものおきには、きょねん とりいれた麦《むぎ》が、山のようにつまれています。はりが、ささえきれないくらいです。  お百《ひゃく》しょうは、こんどは かちく小屋《ごや》にはいっていきました。なかには、よくふとったお牛《うし》もいます。あぶらののっため牛《うし》もいます。かがみのように つやつやした馬《うま》もいます。  おしまいに、お百《ひゃく》しょうは、じぶんのへやにもどってきました。こんどは、そこに、いくつもおいてある 鉄《てつ》のはこをながめました。そのはこのなかには、お金《かね》がはいっているのです。  お百《ひゃく》しょうが、こうして そこにたって、じぶんのもっているものを、うれしそうにながめていたときです。きゅうに、とんとんと、はげしく 戸《と》をたたく音《おと》がきこえました。  でも、それは、へやの戸《と》を たたく音《おと》ではありません。お百《ひゃく》しょうの心《こころ》の戸《と》を、たたく音《おと》だったのです。心《こころ》の戸《と》は、すぐに あきました。  おやっ、だれかが お百《ひゃく》しょうによびかける声《こえ》が、きこえます。 「おまえは、そんなに たくさんのものをもっていながら、それをつかって、うちのものに しんせつにしてやったことがあるかね。  まずしい人たちがこまっているときに、たすけてやったことがあるかね。おなかのへっている人に、じぶんのパンを わけてやったことがあるかね。  おまえは、じぶんのもっているものだけで、まんぞくしていたかね。それとも、もっともっと ほしいと、おもったかね。」  お金《かね》もちの心《こころ》は、たちどころに、こう こたえました。 「わたしは、なさけしらずの ひどい男でした。うちのものにも、いちども よいことをしてやったことは、ありません。まずしい人がくると、そっぽをむいてしまいました。  神《かみ》さまのことは、かんがえたこともありません。ただ、じぶんのものをふやそうとして、むがむちゅうでした。この世《よ》の中のものが、ぜんぶ、わたしのものだったとしても、まだまだ たりないような気《き》もちだったでしょう。」  お百《ひゃく》しょうは、この心《こころ》のへんじをきくと、すっかり こわくなりました。ひざが、がたがた ふるえてきました。もう、たってはいられません。その場《ば》に、べったり すわりこんでしまいました。  そのとき、またもや、とんとんと戸《と》をたたく音《おと》がしました。 でも こんどは、へやの戸《と》をたたく音《おと》でした。  おとなりの人がやってきたのです。その人はびんぼうでした。ところが、子どもがたくさんいるので、今《いま》は、その子どもたちに、ごはんも ろくろく たべさせてやることができない ありさまでした。 (おとなりは金《かね》もちだ。しかし、なさけをしらない男だ。それは、おれも ちゃんと しっている。たぶん、おれをたすけてはくれないだろう。しかし、うちの子どもたちは、パンをほしがって ないている。しかたがない。おもいきって たのんでみよう。)  びんぼうな人は、こう かんがえて、お金《かね》もちのところへ やってきたのです。 「あなたは、ごじぶんのものを、そうかんたんには くださらないかたです。しかし、わたしは、もう、どうにも ならなくなっているのです。子どもたちは はらぺこでいます。どうか、麦《むぎ》を六キログラムばかり、かしてください。」  と、びんぼうな人はたのみました。  お金《かね》もちは、ながいこと、まずしい男の顔《かお》をみつめていました。  そのうちに、お金《かね》もちの心《こころ》のなかに、ようやく やさしいお日さまのひかりが、さしてきました。けちんぼでかたまっていた 心《こころ》のこおりが、ひとしずくずつ とけはじめたのです。 「おまえに、たった 六キログラムばかりかすのは、ごめんだよ。十二キログラムなら、ただであげよう。そのかわり、ひとつ たのみがあるがね。」  と、お金《かね》もちはこたえました。 「どんなことをすればいいんですか。」  と、まずしい男はたずねました。 「わたしが死《し》んだら、わたしのおはかで、三ばんのあいだ 番《ばん》をしてもらいたいんだよ。」  お金《かね》もちから、こう いわれると、びんぼうなお百《ひゃく》しょうさんは、なんだか うすきみわるくなりました。でも、今《いま》は、こまりきっているのです。なんでも しょうちするよりほか、ありません。  びんぼうなお百《ひゃく》しょうさんは、お金《かね》もちのいうとおりに やくそくをして、麦《むぎ》をもらって、家《いえ》にかえりました。  お金《かね》もちは、まるで、さきにおこることを、ちゃんと しっていたみたいです。  三日《みっか》たつと、ぽっくり 死《し》んでしまったのです。どうして、そんなに きゅうに 死《し》んだのかは、だれにもわかりませんでした。でも、お金《かね》もちのために かなしむ人は、ひとりもありませんでした。  お金《かね》もちが おはかにうめられたとき、びんぼうな男は、あのやくそくのことをおもいだしました。できれば、そんなやくそくは とりけしにしてもらいたいところです。  でも、まずしい男は、こう かんがえました。 (あの人は、わたしには しんせつにしてくれた。あの人が麦《むぎ》をくれたから、はらぺこの子どもたちも、おなかいっぱい たべられたんじゃないか。それに、そういうことがなくても、いったん やくそくしたことは、どこまでも まもらなくちゃいけない。)  日がくれると、びんぼうな男は、ぼちへでかけていきました。そして、土をまるくもった おはかの上に、こしをおろしました。あたりは、しーんと しずまりかえっています。ただ、お月《つき》さまが、おはかをてらしているばかりです。  ときどき、ふくろうが そばをとんでは、かなしそうな声《こえ》でないています。  お日さまがのぼると、まずしい男は、なにごともなく ぶじに 家《いえ》にかえってきました。  二日《ふつか》めのばんも、おなじように、おだやかにすみました。  三日《みっか》めのばんは、おはかへいかないうちから、なんだか、気《き》にかかってしかたがありません。どうも、なにか わるいことがおこりそうなのです。  おはかにいってみると、ぼちのへいのところに、みたこともない男が ひとり、たっていました。男は、もう わかくはありません。顔《かお》には、きずあとがいっぱいあります。目はするどく、火のようにもえていて、あたりを ぎろぎろ にらみまわしています。男は、ふるいマントを すっぽり かぶっています。足《あし》にはいている、馬《うま》にのるときの ながぐつだけしかみえません。 「おまえさん。そんなところで、なにをさがしているんだね。こんな さびしいぼちにいて、こわくはないのかい。」  と、びんぼうなお百《ひゃく》しょうさんは、その男にはなしかけました。 「なにもさがしちゃいない。だが、なにもこわくもない。ほれ、わかい男が、ぞっとすることをおぼえたくて たびにでたが、けっきょくは むだだったって はなしがあるだろ。おれは、そのわかい男みたいなもんさ。  もっとも、そのわかいのは、王《おう》さまのおひめさまを およめさんにもらって、おまけに、ものすごくたくさんの金《かね》も 手にいれたが、おれのほうは、年《ねん》から年《ねん》じゅう びんぼうさ。じつをいや、おれは、これでも、もとは へいたいだった。こんやは、よそへいってもとまるところがないから、ここで 夜《よ》をあかそうってわけさ。」  と、その へいたいだったという男は、こたえました。 「おまえさん。こわくないんなら、おれは、これから あのおはかの番《ばん》をするところだが、そばにいて 手つだってくれないかい。」  と、まずしいお百《ひゃく》しょうさんはいいました。 「番《ばん》をするのは へいたいのやくめだ。ようし、いいことだろうと わるいことだろうと、たとえ なにがおこっても、ふたりでいっしょに ひきうけようぜ。」  と、へいたいはこたえました。 「たのんだぜ。」  びんぼうなお百《ひゃく》しょうさんは、こう いって、へいたいといっしょに、おはかの上にこしをおろしました。あたりは、しーんと しずまりかえっていました。  ところが、まよなかになると、きゅうに、ヒューヒュー という すさまじい音《おと》が、空《そら》になりひびきました。と、おもうまもなく、番《ばん》をしているふたりの目のまえに、あくまが、すがたをあらわしました。 「やい。そこをどけ ごろつきども。そのはかのなかにいるやつは おれのものだ。おれは、そいつをつれにきたんだ。どかないと、きさまの首《くび》ったまを ねじるぞ。」  と、あくまは、ふたりに どなりつけました。 「おっと まった。赤《あか》い羽《はね》のだんなよ。あんたは、おれの隊長《たいちょう》じゃあない。だから、あんたのいうことなんか きかなくってもいいのさ。いいか、おれはな、こわいってことをしらない男だ。さあ、とっとと かえんな。おれたちゃ、ここにすわったがさいご、うごかないんだからな。」  と、へいたいはいいました。 (こいつらみたいな くずどもには、金《かね》をやるのがいちばんいい。)  と、あくまはかんがえました。そこで、きゅうに、ことばをやさしくして、いかにもなれなれしそうに さそいかけました。 「おまえさんたち。さいふにいっぱい 金貨《きんか》をいれてあげるから、それをもらって、うちへかえったら どうだい。」 「ふん、なるほど。だが、さいふにいっぱいの金貨《きんか》くらいじゃ しようがない。おれのながぐつのかたっぽうに はいるだけの金貨《きんか》を、くれるっていうんなら、おとなしく ひきあげてもいい。」  と、へいたいはこたえました。 「そんなに たくさんの金貨《きんか》は、今《いま》、ここにもっていない。しかし、とってこよう。となりの町《まち》に、金《かね》をとりかえるのを しょうばいにしている男がいる。そいつは、おれの友《とも》だちで なかよしだから、きっと、それくらいの金貨《きんか》なら だしてくれるだろう。」  と、あくまはいいました。  あくまがすがたをけすと、へいたいは、左《ひだり》のながぐつをぬいで、いいました。 「おい、あの炭《すみ》やきやろうを うまく やっつけてやろうぜ。とっつぁん、おまえさんのナイフを かしてくれよ。」  へいたいは、ながぐつのそこを ナイフできりとりました。それから、ながぐつを、おはかのそばの、草ぼうぼうの みぞのふちにおきました。 「これで よしと。さあ、えんとつそうじやろうめ。いつでもこい。」  と、へいたいはいいました。  ふたりは、そこに こしをおろして、まっていました。まもなく、あくまがやってきました。みると、手《て》に、金貨《きんか》をいれた 小さなふくろをもっています。 「さあ、このなかに、ざーっと あけてくれよ。」  へいたいは、こう いいながら、ながぐつを、ちょっと もちあげました。そして、 「だがな、それだけじゃ たりないだろうぜ。」と、つけたしました。  あくまは、ふくろがからになるまで、金貨《きんか》を ながぐつのなかにあけました。ところが、金貨《きんか》は、ながぐつをするりとぬけて、どんどん 下におっこちてしまいます。ながぐつは、いつまでたっても からっぽです。 「まぬけあくまめ。そうれ たりない。たった今《いま》、おれがいったばかりじゃないか。もういっぺん ひきかえして、もっと たくさん とってきな。」  と、へいたいはどなりつけました。  あくまは、へんだなあ というように、頭《あたま》をふりました。けれども、また、どこかへいきました。一じかんばかりして、あくまはもどってきました。みると、こんどは、さっきのよりも ずっと 大きなふくろを、うでにかかえています。 「さあ、いっぱいいれな。だが、それだけじゃ、ながぐつはいっぱいになるまいよ。」  と、へいたいはどなりました。  金貨《きんか》は、チャリン チャリン 音《おと》をたてて、ながぐつのなかにながれこみました。ところが、ながぐつは、いつまでたっても からっぽです。あくまは、火のような目を ギョロギョロさせて、じぶんで、ながぐつのなかをのぞいてみました。  と、どうでしょう。ほんとうに からっぽです。 「おまえは、とんでもなく でかい足《あし》をしているんだなあ。」  と、さけんで、口をゆがめました。 「それじゃ おまえは、おれも、じぶんとおんなじに 馬《うま》の足《あし》をしている、とおもってるのか。いったい おまえは、いつから そんなに けちんぽになったんだ。さあ、もっと金貨《きんか》をもってきな。でなきゃ、このとりひきはやめにするぞ。」  と、へいたいはいいました。  あくまは、またも、ちょこちょこ はしっていきました。こんどは、なかなか もとってきません。ようやく、すがたをあらわしました。おもそうなふくろを かたにかついで、はーはー いきをきらしています。  あくまは、ふくろのなかの金貨《きんか》を、またまた ながぐつのなかにあけました。けれども、ながぐつは、やっぱり まえとおんなじで、ちっとも いっぱいにはなりません。あくまは、かんかんに おこりました。いきなり、へいたいの手《て》から、ながぐつをひったくろうとしました。  ちょうどそのとき、朝《あさ》のお日さまのひかりが、空《そら》に ぱっと さしました。と、あくまは、きゃっ とさけんだかとおもうと、いちもくさんに にげていってしまいました。おかげで、おはかのなかの お金《かね》もちのあわれなたましいは、あくまに とられないですんだのです。  まずしいお百《ひゃく》しょうさんは、山のような金貨《きんか》を へいたいとわけようとしました。ところが、へいたいは、こう いいました。 「おれのぶんは、びんぼうな人たちに やってくれ。おれは、おまえさんのうちへ いくよ。おれたちは、のこりの金《かね》で、神《かみ》さまの きめてくださったあいだだけ、なかよく のんびり、くらそうじゃないか。」 底本:「グリムの昔話(1)野の道編」童話館出版    2000(平成12年)年10月20日 第1刷    2014(平成26年)年8月20日 第14刷 底本の親本:「グリム童話全集」実業之日本社 入力:sogo 校正: YYYY年MM月DD日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。