おおかみと きつね グリム兄弟 Bruder Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)動物《どうぶつ》 -------------------------------------------------------  むかし むかし、おおかみが、きつねを、じぶんのうちにおいていました。  きつねは、動物《どうぶつ》のなかでも、たいへんよわい けものでした。ですから、おおかみのいうことは、なんでも、きかなければなりませんでした。きつねは、なんとかして、このしゅじんのところから にげだしたいと、おもっていました。  ある日のこと、きつねとおおかみは、ふたりで 森《もり》のなかをあるいていました。  そのとき、おおかみがいいだしました。 「おい、あかぎつね。なにか たべるものをもってこい。さもないと、おまえを ガリガリ たべちまうぞ。」  すると、きつねがこたえました。 「わたしは、子ひつじが二、三びきいる 百《ひゃく》しょうやをしっています。もし、おのぞみでしたら、そいつを一ぴき、とったらどうでしょう。」  おおかみは気《き》にいりました。そこで、ふたりででかけていきました。  きつねは、子ひつじを こっそり ぬすみだして、おおかみのところへもってきました。そして、じぶんは、そのまま さっさと、いってしまいました。おおかみは、ぺろりとごちそうをたいらげました。でも、まだまだ たりません。ほかのも ほしくなりました。そこで、ほかのもちょうだいしに、のこのこ でかけていきました。  ところが、おおかみのやりかたは、へたくそです。たちまち、子ひつじのお母さんに、みつかってしまいました。子ひつじのお母さんは、大声《おおごえ》をはりあげて なきわめきました。それを お百《ひゃく》しょうさんたちがききつけて、とんできました。  みんなは、おおかみをみつけると、さんざんに ぶったたきました。おかげで、おおかみは 足《あし》をひきずり、ヒーヒー なきながら、きつねのところへもどってきました。 「やい、きさま、よくも おれをだましたな。おれは、ほかの子ひつじも さらってこようと、おもったんだ。そしたら、百《ひゃく》しょうどもにとっつかまってな。このとおり、体《からだ》がぐにゃぐにゃになるまで、ぶちのめされたぞ。」 と、おおかみはいいました。 「あんたは、どうして、そう、くいしんぼうなんでしょうねえ。」 と、きつねはこたえました。  あくる日、ふたりは、また 野原《のはら》へでかけました。 くいしんぼうのおおかみが、またもや いいだしました。 「おい、あかぎつね。なにか たべるものをもってこい。さもないと、おまえを ガリガリ たべちまうぞ。」  すると、きつねはこたえました。 「わたしは、ある百《ひゃく》しょうやをしってるんですがね。そこのおかみさんが、こんや、たまごパンをやきます。そいつを とってやりましょうよ。」  ふたりはでかけていきました。きつねは、家《いえ》のまわりを、こそこそ あるきまわりました。ながいこと、のぞいてみたり くんくん かいでみたりしてから、ようやく おさらのあるところを、みつけました。きつねは、そのおさらから、たまごパンを 六《むっ》つだけひきずりおろして、おおかみのところへもってきました。 「さあ、ごちそうをもってきましたよ。」 と、きつねは、おおかみにいって、じぶんは、さっさと いってしまいました。  おおかみは、たまごパンを 六《むっ》つとも、あっというまに のみこんでしまいました。 「もっと、くいたいなあ。」  おおかみは そう いうと、こんどは、ひとりででかけていきました。  ところが、おおかみときたら、たまごパンを、おさらにはいったまま ひきずりおろしたのです。さあ、たまりません。おさらは下におっこちて、こなごなに われてしまいました。  ガラガラ ピシャン という すさまじい音《おと》に、おかみさんがとびだしてきました。  おかみさんは、おおかみのすがたをみると、大声《おおごえ》で、男たちをよびました。男たちはすっとんできて、おもいっきり、おおかみをたたきのめしました。で、おおかみは、足《あし》をひきずり ワーワー なきながら、森《もり》のなかの きつねのところへ、もどってきました。 「やい、きさまは、おれをひどいめにあわしたな。百《ひゃく》しょうどもが、おれをとっつかまえて、さんざっぱら なぐったんだぞ。」 と、おおかみはどなりました。 「あんたは、なんて、くいしんぼうなんでしょうねえ。」 とだけ、きつねはいいました。  三日めです。ふたりは、また そろってでかけました。おおかみは、きょうは、足《あし》をひきずりひきずり、やっと あるいているありさまです。  それでいながら、また いいだしました。 「おい、あかぎつね。なにか たべるものをもってこい。さもないと、おまえを ガリガリ たべちまうぞ。」 すると、きつねはこたえました。 「わたしは、ある男をしってるんですがね。その男は 動物《どうぶつ》をころしましてね。しおづけにした肉《にく》を たるにつめて、あなぐらにしまっているんですよ。そいつをとってきましょうよ。」  けれども、おおかみは、こんどは こう いいました。 「それじゃ、おれも いっしょにいく。おれがにげられなくなったら おまえに たすけてもらえるようにな。」 「どうぞ、おすきなように。」 と、きつねはいって、おおかみに、ぬけ道《みち》やら ちか道《みち》やらを、おしえました。  ふたりは、そこをとおって、ようやく あなぐらのなかへ はいりこみました。みると、肉《にく》が うんとこさ あります。おおかみは、ものをもいわず かぶりつきました。 (こいつをかたづけるには、じかんがかかるな。) と、おおかみはおもいました。  きつねも、うまそうにたべました。けれども、しょっちゅう、あたりを きょろきょろみまわしていました。そのあいだには、ときどき、さっきとおってきた あなのところへいって、じぶんの体《からだ》が、まだ とおりぬけられるかどうかを、ためしていました。  それをみて、おおかみがいいました。 「やい、きつね。いったい なんだって、そんなに、あっちへうろうろ こっちへうろうろ、とびだしてったり とびこんできたりしているんだ。」 「だれかきやしないか、よく みはってないと、いけませんからね。」 と、きつねはこたえました。そして、つけくわえて、いいました。 「それより、あんまり たべすぎないほうがいいですよ。」  けれども、おおかみはいいました。 「このたるを からっぽにするまでは、ここをうごきやしないぞ。」  そうしているうちに、お百《ひゃく》しょうさんが、きつねのとびはねる音《おと》を ききつけて、あなぐらへやってきました。きつねは、お百《ひゃく》しょうさんをみると、ピョンと ひととび はねて、あなから にげていってしまいました。  おおかみも、あわてて ついていこうとしました。ところが、あんまりたべすぎて、おなかが ぱんぱんにふくれています。はいってきたときのあなを、とおりぬけることができません。体《からだ》がひっかかって、ぬけなくなってしまいました。  お百《ひゃく》しょうさんは、まるたんぼうをつかんできて、おおかみを、なぐってなぐって なぐりころしてしまいました。  きつねは、森《もり》のなかへ とんでかえりました。こちらは、くいしんぼうの じいさんおおかみから、うまく にげだすことができて、おおよろこびでした。 底本:「グリムの昔話(1)野の道編」童話館出版    2000(平成12年)年10月20日 第1刷    2014(平成26年)年8月20日 第14刷 底本の親本:「グリム童話全集」実業之日本社 入力:sogo 校正: YYYY年MM月DD日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。