女は所詮女 人見絹枝 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#地付き]『改造』二年二月号 /\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号) (例)毎日/\ ------------------------------------------------------- 「女性の幸福への道」こんな御質問をうけてからもうかれこれ十日にも成るのに私しの頭には一寸もまとまつたことが浮んで来ません。  女と名のつく私ですが、まだ女はどうしたら幸福になるだらうかといふことを、考えたことは無いのです。毎日/\忙しく暮して居るこの現在行つて居る忙しい毎日の仕事が一番私しには幸福な様でそれ以外には別に幸福に成りたいとも又成つて見たいとも考えた事が無い位でありますからことに他の人々の幸福感等はわかりません。 「女性の幸福」と云つて見ましても今の様に女子か奥様で無くて外様に成つては一体どこが幸福なのか各自各様にその幸福の道を求めることと、私しは思うのであります。此の間年末の買物に久し振りに三越に行つて見ました。大阪の町を歩いても、東京の浅草を歩いても美しい吸ひつけられる様なあでやかな着物を身につけて、ころげる様なフエルト草履をはいた今様の私し位の年の人をよく見ますが矢張私しは二ヶ月振りに来た三越の中で、幾十人か着物の陳列棚の前に貴金属品の前に立つてゐるこの種の人等を見ましたが、此の人々は又此の人々で女性の幸福への道は私しなんかの到抵察しられぬ所を求めていらつしやる事と思つた。  私しの恩師二階堂トクヨ先生の様に一生女子体育の道に男も従ひえぬ仕事に先生の幸福はひそまれても居るのでしやう。  こんな事を考えていたら十人が十人共同じ女性とは云へその幸福な道のたどり方は異つてゐるのはよくわかつてゐますが私しは今度三ヶ月許ロシヤ、ポーランド、英国、フランス、スエーデンと相当多くの国の女性につき合つて見ましたが一度も外国の婦人をしらぬ私しにはよく洋行帰りの「人等が日本の女子はしつかりやらねばいくじがない、何の役にも立たない」ことをよく云つてゐらつしやるものでその通りだ! 位に考えてゐましたがその感じがむしろ反対位に成つたのです。  むりに日本の女が外国の婦人を一から十迄まねる必要はない様です。外国の婦人に大いに真似をさしてやりたいものも日本の女は多くもつて居る様に思はれます。先輩の人等の中にも男女平等をよく唱えていられる様に思ひますが私しはこの意味から云つて無理にアメリカ等の思想を入れて男女平等を唱える必要は無いかと思ひます。たゞおことわりは重々しておきますが私し一個人の考えで今年やつと二十を一つ超した者の云ふことであること丈をおふくみ下さる様に……  私のやつてゐる運動競技の方でも私しの趣味上からこぢつけて云つて見まして男子が十六歳にも成れば力の方では決してどんな女でも勝てないのです。  十六歳に成つた許りの男の子だと思つてもホツプ・ステツプ・ジヤムプの如きは楽に私しの十一米六二五位を破つて居ます。体力にともなつて智力の方でもたまには男子をしのぐ才能を持つ女性もありますが男女の同年輩の者を比べて見ましたら決して同じと云ふことはないだらうと云ひます女学生と中学生の同じ二年生でもたしかに智力の働きは平等のものではない様です。  女は女らしく。……私しはこの言葉を今の人々はとりちがえて考えて居るのではないだらうかとよく考えさゝれます。それは運動等を盛にやる、それを女らしくして置けと云はれる人もありますが私しは女が運動したから女らしく無い……とは云はれぬだらうと思ひます。  むしろ女の身女の智力で無理に男子の中に出シヤバラなくてもいゝと思ふ。女らしく無い女が多くないでしやうか……私しはよく考えて見るのは昔しからもつて居た日本の女性の美しい情緒……それから生れる美しい女性の幸福が次第にすたれてその幸福感が他にうつつて行く様に思はれますがその為にかえつて現代の女性の心にみにくい情緒が働いてきたない跡を新聞の三面に出してゐるのではないでしやうか。  運動場であんなにあばれ廻る私しが此の様な事を云ふのは大変おかしく思はれますが私しは昔しから日本の女性のもつ美しい優しい女らしい幸福をいつまでも保つてゆきたいと思う主義の者です。  先帝陛下の大喪に合つてもあまり平常と変らぬあのうき/\した今の女学生等を見ると私しは腹が立つ様に成ります。  運動競技の方でも決して日本の女子は真実味のない実に浮調子の選手の多いのは今の「女」と云ふものゝ心を現しているものではないでしやうか。  男子の人等の心それも又昔しの人等とちがつて、変な、どこに天皇陛下の臣かと思はれるたましいのぬけた様な人をよく見ますがせめて女子丈でも十分その足どりをしつかりふみしめて進んでゆきたいものです。  夫を助け、子を育て、大黒柱をよりかためよく小さい時分に家の後を継ぐ姉に祖母が教えて居たこの言葉を忘れもしませんがこの三つを正しく守つて、心に何の不満も持たず、何事も善意に世の中をわたつて行つたら又私し等女性はその幸福が浮んで来るのではありますまいか。まだ/\日本の女子があまり大きな野心のもとに男子の間にたちまじる女らしくない女をよして心根の固い何事にぶつかつても崩れぬ精神をつくることが何よりも女性の幸福への路にたどりつく所ではないでしやうか。  私し自身修養の途にある若い者の事とてその道をいろ/\とさがしてゆく所ですから以上の考えはたゞ私の頭にうかんだことをかきつらねたにすぎませんからよろしく皆様の御考へをあふぎ一面無作法の点をおゆるしあらんことをおねがひするところであります。 [#地付き]『改造』二年二月号 底本:「《復録》日本大雑誌 昭和戦前編」流動出版株式会社    1979(昭和54)年12月10日改装初版 入力:sogo 校正: ※底本における旧漢字・当用漢字の混在は、底本通りです。 ※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。 YYYY年MM月DD日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。