おどりすぎて ぼろぼろになった靴 グリム兄弟 Bruder Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)美《うつく》しい |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)三日三|晩《ばん》 -------------------------------------------------------  昔 むかし、あるところに、ひとりの王さまがいました。王さまには、十二人のお姫さまがありました。お姫さまたちは、そろいもそろって、美《うつく》しいかたばかりでした。  十二人のお姫さまは、夜になると、おなじ大広間でいっしょにやすみました。大広間には、お姫さまたちのベッドが、ずらりとならんでいるのでした。  さて、お姫さまたちがベッドにはいると、王さまは戸をしめて、しっかりと鍵《かぎ》をかけます。  ところが、あくる朝、戸をあけてみると、どうしたことでしょう。お姫さまたちの靴は、ひどくおどったように底《そこ》がすりきれて、ぼろぼろになっているのです。どうして、そんなことになるのか、それはだれにもわかりませんでした。そこで、王さまは、人びとにおふれをだして、 「だれでもよい。夜中に姫たちがどこでおどるのか、さがしだしてくれ。うまくさがしあてたものには、姫のなかのひとりを嫁《よめ》としてやろう。また、わしの死《し》んだあとは、この国の王さまにもしてやろう。ただし、さがす、といっておきながら、三日三|晩《ばん》たっても、さがしあてることのできなかったものは、命《いのち》がないぞ。」と、いいわたしました。  まもなく、ひとりの王子が名のってでました。 「その冒険《ぼうけん》は、わたしがやってみます。」と、もうしました。  王子は大《だい》かんげいをうけました。日が暮《く》れると、お姫さまたちの寝《ね》る大広間の、となりの部屋《へや》に案内《あんない》されました。この部屋に、王子のベッドが用意《ようい》されていたのです。王子はここで、お姫さまたちがどこへ行っておどるのかを、見はることになりました。  お姫さまたちが、ないしょでなにかしたり、こっそり、でかけたりしてはこまります。それで、大広間の戸は、広くあけはなしにしておきました。ところが、王子の目は、いつのまにか、まるで鉛《なまり》におさえつけられているみたいに、重《おも》くなりました。どうにも、目をあけていることができません。とうとう、王子はねむりこんでしまいました。  あくる朝、目をさましたときには、王子は、すぐ、自分の大失敗《だいしっぱい》に気がつきました。なぜって、お姫さまたちは、十二人ともおどりに行ってきていたのですから。なにしろ、お姫さまたちの靴は、どれもこれも、おどりすぎて底に穴《あな》があいているのです。  二日めの晩も、三日めの晩も、最初《さいしょ》の晩とおなじでした。  そこで、王子は首を切られてしまいました。約束《やくそく》ですからしかたがありません。  それからも、おおぜいの人がやってきました。みんな、この冒険《ぼうけん》をやってみるのですが、命《いのち》を落《お》とすよりほかありませんでした。  あるときのことです。ひとりの兵隊《へいたい》さんが、王さまの住《す》んでいるこの都《みやこ》のほうへ、歩いてきました。兵隊さんは、気のどくにもけがをしたために、軍隊《ぐんたい》で働《はたら》くことができなくなったのです。  さて、とちゅうで、ひとりのおばあさんにであいました。 「おまえさん。どこへ行くんだね。」と、おばあさんは兵隊さんにたずねました。 「自分でも、よくわからないんだよ。」と、兵隊さんは答えました。  それから、ふざけて、こういいました。 「お姫さまたちは、どこでおどりをおどって、靴《くつ》をぼろぼろにしてしまうんだろうなあ。ひとつ、そいつをさぐりだしてやるか。そうして、王さまになってやろうか、とも思ってるんだよ。」  すると、おばあさんは、 「そんなことなら、たいしてむずかしくはないよ。いいかね、夜になってからだされたお酒《さけ》は、飲《の》んじゃいけないよ。それから、ぐっすり 寝《ね》ているようなふりをしなくちゃいけないよ。」  こういって、兵隊さんに、小さなマントをくれました。 「これをひっかけると、おまえさんの姿《すがた》は見えなくなるんだよ。だから、十二人のお姫さまのあとを、こっそりついていけるのさ。」と、いいました。  兵隊さんは、いいことを教えてもらいました。そこで、こんどこそ本気《ほんき》になって、心をきめて、王さまのまえに行きました。そして、 「お姫さまを、わたしのお嫁《よめ》さんにください。」と、もうしました。  兵隊さんは、今までの人たちとおなじように、大《だい》かんげいをうけました。王さまの着《き》るようなりっぱな服《ふく》も、着せてもらいました。  夜になって、いよいよ寝る時間になりました。兵隊さんは、あの大広間のとなりの部屋《へや》に案内《あんない》されました。(ぼつぼつ、寝るとするか。)と、兵隊さんが思ったときです。いちばん上のお姫さまが、お酒を一ぱいもって、はいってきました。ところで、兵隊さんはまえもって、海綿《かいめん》をあごの下にくくりつけておきました。で、お酒は、その海綿に、すっかり すいこませてしまって、自分はひとしずくも飲まなかったのです。  それから、ベッドに横になりました。しばらく、じっとしていましたが、(もう、よかろう。)と、考えて、こんどは、ほんとうに寝こんでしまったみたいに、わざと、ぐーぐー いびきをかきはじめました。これを聞くと、十二人のお姫さまはわらいだしました。 「ここへこなければ、この人も、もっと 長生きできたでしょうにね。」 と、いちばん上のお姫さまがいいました。  お姫さまたちは、さっそく、ベッドから起《お》きあがりました。戸だなをあけると、大きな箱《はこ》やら小さな箱から、ピカピカのきれいな服《ふく》をとりだしました。それから、鏡《かがみ》のまえでおけしょうをしました。その間には、そこらじゅうをはねまわりました。これからおどりにでかけるのが、うれしくてうれしくて、たまらないのです。  ただ、いちばん下のお姫さまだけは、心配《しんぱい》そうに、 「お姉さんたちは、みんな楽しそうねえ。どうしてだか知らないけど、あたし、とってもへんな気がするの。なにかきっと、よくないことがおこるわよ。」と、いいました。  すると、いちばん上のお姫さまが、 「あんたって、ガチョウみたいな人ねえ。いつも、びくびくしているじゃないの。あんた、今までに、おおぜいの王子がいっしょうけんめいがんばったけど、みんなだめだったってこと、わすれたの。こんな兵隊《へいたい》には、ほんとうは、ねむり薬《ぐすり》をやらなくってもよかったのよ。ねむり薬を飲《の》まさなくったって、こんないやしい男は、目をさましっこないもの。」と、いいました。  お姫さまたちは、したくができあがると、それでも、まっさきに、兵隊さんのほうをながめました。兵隊さんは目をつぶって、ぴくりとも動《うご》きません。 (あのようすなら、もう、だいじょうぶ。)と、みんなは安心《あんしん》しました。  そこで、いちばん上のお姫さまは、自分のベッドのところへ行って、トントンと、ベッドをたたきました。と、みるみるうちに、ベッドは、地面《じめん》のなかへしずんでいくではありませんか。その穴《あな》のなかへ、まず、いちばん上のお姫さまがはいっていきました。お姫さまたちは、そのあとから、ひとりずつ、順《じゅん》にはいっていきました。  兵隊さんは、このようすをすっかり見ていました。自分もすぐに、あの小さいマントをひっかけて、いちばん下のお姫さまのすぐあとから、おりていきました。階段《かいだん》のまんなかあたりまで行ったとき、兵隊さんは、お姫さまの服のすそを、うっかり ふみつけました。  お姫さまはびっくりして、 「どうしたのかしら。だれかが、あたしの服をおさえたわ。」と、さけびました。 「ばかなこというんじゃないわよ。釘《くぎ》にでもひっかかったのよ。」 と、いちばん上のお姫さまがいいました。  そのうちに、みんなは、すっかり 下までおりました。すると、どうでしょう。そこは、すばらしくきれいな、並木道《なみきみち》になっているではありませんか。木《こ》の葉《は》という木の葉は、みんな銀《ぎん》でできています。ピカピカ、キラキラ、かがやいています。  兵隊《へいたい》さんは、(ひとつ、しょうこをもっていってやろう。)と、考えて、その木の枝《えだ》を一本、折《お》りました。そのひょうしに、ポキンという、おそろしく大きな音がしました。  いちばん下のお姫さまは、また、大きな声をだして、 「どうもおかしいわ。今、ポキンという音が聞こえたでしょ。」と、いいました。  けれども、いちばん上のお姫さまは、 「あれはお祝《いわ》いのための大砲《たいほう》の音よ。だって、もうすぐ、あたしたちが、王子さまがたをおすくいするんですもの。」と、いい聞かせました。  それから、みんなは、木の葉が一枚のこらず金でできている、並木道にはいりました。いちばんおしまいに、木の葉がみんな、すきとおったダイヤモンドでできている、並木道にはいりました。  その両方《りょうほう》の道で、兵隊さんは枝を一本ずつ折りとりました。そのたびに、ポキンという大きな音がしました。いちばん下のお姫さまは、こわくてこわくて、ぶるぶるふるえました。  けれども、いちばん上のお姫さまは、 「あれは、お祝いのための大砲の音よ。」 と、いって、妹のいうことなどは聞きません。  みんながなおも歩いていくと、とある大きな川のところへでました。見ると、川には、十二そうの小舟《こぶね》がうかんでいます。どの小舟にも、美しい王子がひとりずつのっています。  王子たちは、十二人のお姫さまをまっていたのでした。王子たちは、めいめいの舟《ふね》に、お姫さまをひとりずつのせました。兵隊さんは、いちばん下のお姫さまといっしょに、のりこみました。  その舟の王子は、 「おやっ、どうしたんだろう。今日は、舟がいつもよりばかに重《おも》いぞ。力いっぱいこがなければ進《すす》まない。」と、いいました。 「どうしてでしょうね。きっと、今日はあたたかいからですわ。あたしも、暑苦《あつくる》しくてなりません。」と、いちばん下のお姫さまがいいました。  川の向《む》こうには、あかあかと明かりのついた、美《うつく》しいお城《しろ》がありました。お城からは、たいこやトランペットの楽しそうな音楽《おんがく》が聞こえてきます。みんなは向《む》こう岸《ぎし》にわたって、お城のなかへはいっていきました。  王子たちは、めいめい、自分のすきなお姫さまといっしょに、おどりました。兵隊《へいたい》さんも、いっしょになっておどりました。でも、その姿《すがた》はだれにも見えません。  お姫さまのひとりが、お酒《さけ》のはいったさかずきをとりあげると、そのたびに、兵隊さんは、横からそれをしっけいして、飲《の》んでしまいました。ですから、そのお姫さまが、さかずきを口もとまでもっていってみると、なかはからっぽなのです。それを見ると、いちばん下のお姫さまは、またまた心配《しんぱい》になりました。でも、そのたびごとに、いちばん上のお姫さまがなんとかかんとかいって、だまらせてしまうのでした。  みんなは、あくる朝の三時まで、おどりつづけました。そんなにおどれば、靴《くつ》は底《そこ》がすりきれて、ぼろぼろになってしまいます。そこで、しかたなく、みんなはおどりをやめにしました。  王子たちは、また、十二人のお姫さまを、もとの岸《きし》まで舟《ふね》でおくっていきました。兵隊さんは、こんどは、いちばん上のお姫さまの舟にのりこみました。  岸につくと、お姫さまたちは、それぞれ、王子におわかれのあいさつをして、 「あすの晩《ばん》、また、まいります。」と、約束しました。  みんなは、階段《かいだん》のところまでもどってきました。兵隊さんは、すばやく、お姫さまたちのそばを走りぬけて、ひと足さきに、さっさと、自分のベッドにもぐりこんでしまいました。十二人のお姫さまはくたびれきって、のろのろとあがってきました。そのときには、兵隊さんは、みんなに聞こえるくらいの大きないびきをかいていました。  そのようすを見て、お姫さまたちは、 「この男も、だいじょうぶよ。」と、いいました。  お姫さまたちは美しい服《ふく》をぬいで、かたづけました。おどりすぎてぼろぼろになった靴は、ベッドの下につっこんでおいて、すぐにやすみました。  あくる朝になりました。でも、兵隊さんは、まだなんにもいいません。それというのも、このふしぎなできごとを、もっとよく見物《けんぶつ》してやろう、と思ったからです。  そこで、兵隊さんは、二日めの晩《ばん》も、三日めの晩も、いっしょにでかけていきました。なにもかもが、最初《さいしょ》の晩とおんなじです。お姫さまたちは、靴がやぶれてしまうまでおどりつづけるのでした。三日めの晩《ばん》には、しょうこのために、兵隊《へいたい》さんは、さかずきをひとつもってきました。  さて、いよいよ、お答えをするときがきました。兵隊さんは、三本の木の枝《えだ》とさかずきをもって、王さまのまえにでました。  一方《いっぽう》、十二人のお姫さまたちは、とびらのかげにかくれて、 (あの兵隊は、いったい、なにをいうかしら。)と、耳をすまして聞いていました。 「わしの十二人の姫たちは、夜、どこでおどって、靴《くつ》をぼろぼろにしてしまうのだ。」 と、王さまはたずねました。 「十二人の王子といっしょに、地面《じめん》の下のお城《しろ》でです。」  兵隊さんはこう答えて、今までのできごとを、すっかり話しました。それといっしょに、しょうこの三本の枝とさかずきも、さしだしました。  そこで、王さまは、お姫さまたちをよんで、 「この兵隊のもうしたことは、ほんとうかね。」と、たずねました。 (あたしたちの秘密《ひみつ》も、すっかりわかってしまったわ。こうなっては、もう、うそをついてもだめだわ。)と、お姫さまたちはあきらめて、しかたなく、なにもかもうちあけました。  そこで、王さまは、兵隊さんに向《む》かって、 「おまえは、どの姫を嫁《よめ》にもらいたいかな。」と、たずねました。 「わたしは、もう若《わか》くはありません。ですから、いちばん上のお姫さまをください。」 と、兵隊さんは答えました。  そこで、その日のうちに結婚式《けっこんしき》があげられました。そして、王さまは、 「わしが死《し》んだあとは、おまえにこの国をゆずる。」という、約束《やくそく》もしたのでした。  ところが、あの王子たちのほうは気のどくです。十二人のお姫さまといっしょに、いく晩もいく晩も、おどりましたね。そのおどった夜の数《かず》だけ、魔法《まほう》にかけられている日をのばされてしまったのです。 底本:「グリムの昔話(2)林の道編」童話館出版    2000(平成12年)年12月10日 第1刷    2015(平成27年)年5月20日 第15刷 底本の親本:「グリム童話全集」実業之日本社 ※底本は表題に「おどりすぎて ぼろぼろになった靴《くつ》」とルビがふってあります。 入力:sogo 校正: YYYY年MM月DD日作成 青空文庫作成ファイル: 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