なぞ グリム兄弟 Bruder Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)王子《おうじ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|羽《わ》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)まま[#「まま」に傍点]母 -------------------------------------------------------  むかし、あるところに、ひとりの王子《おうじ》がおりました。王子は世《よ》のなかを歩きまわってみたくなりましたので、忠義《ちゅうぎ》な家来《けらい》をひとりだけつれてでかけました。  ある日のこと、王子は、とある森のなかにはいりこみました。そのうちに、日がくれてきました。けれども、まだ宿屋《やどや》が見つかりません。それで王子は、今夜はどこで夜《よ》をあかしたものだろうかと、とほうにくれてしまいました。  と、そのとき、ひとりのむすめが小さい家のほうへ歩いていくのが、目にとまりました。そこで、近よってみますと、それはわかいきれいなむすめでした。王子はむすめに声をかけて、いいました。 「むすめさん、今夜ひと晩《ばん》、わたしと家来《けらい》とをとめてもらえませんかね。」 「それはまあ、おとめすることはできますけど。」 と、むすめはかなしげな声でいいました。 「おすすめはいたしませんわ。おはいりにならないほうがようございます。」 「どうしていけないのですか。」 と、王子《おうじ》がたずねました。  むすめはため息《いき》をついて、こたえました。 「じつは、あたしのまま[#「まま」に傍点]母はわるい術《じゅつ》をつかいますし、それに、よそのかたにはしんせつにしないんですの。」  これをきいて、王子《おうじ》は魔女《まじょ》の家へきたことを知りました。けれども、もうまっくらで、これいじょうさきへいくことはできません。それに、べつにこわいとも思いませんでしたので、王子はなかへはいりました。  ばあさんは、炉《ろ》ばたのひじかけいすにこしかけていましたが、赤い目で旅《たび》の人たちをじろっとながめました。そして、 「よくきたね、こしをおろして、ゆっくりやすむがいい。」 と、しゃがれ声でいいました。けれども、そのようすはいかにもしんせつそうでした。  ばあさんは、ぷうぷう炭《すみ》をふいて、小さなふかいなべをかけ、なにかを煮《に》はじめました。それを見ますと、むすめはふたりに気をつけるように注意《ちゅうい》して、 「まま母はわるい飲《の》みものをつくっているんですから、どんなものでものんだり、食べたりしてはいけませんよ。」 と、もうしました。  ふたりは、あけがたまでぐっすりねむりました。  ふたりはでかけるしたくをすっかりととのえて、王子《おうじ》ははやくも馬にのりました。そのとき、ばあさんがいいました。 「ちょいとお待《ま》ち。でかけるまえに、おわかれの飲《の》みものをあげたいからね。」  ばあさんがその飲みものをとりにいっているあいだに、王子はでかけてしまいました。家来《けらい》のほうは、馬のくらをしっかりしめなければなりませんでしたので、ひとりだけあとにのこっていました。すると、そこへわるい魔女《まじょ》が飲みものをもって、やってきました。 「これを、おまえさんのご主人《しゅじん》にもっていってあげておくれ。」 と、魔女《まじょ》はいいました。  ところがそのとたんに、コップがわれて、なかの毒《どく》が馬にはねかかりました。と、どうでしょう、それはものすごい毒だったものですから、たちまち、馬はその場《ば》にたおれて、死《し》んでしまいました。  家来《けらい》は主人のあとを追《お》っていって、このできごとをのこらずものがたりました。そして、くらをこのまますてていくのもおしいからといって、ふたたびくらをとりにひきかえしました。ところが、死んだ馬のところまできてみますと、もう、カラスが一|羽《わ》馬の上にとまって、死んだ馬をくっているのです。 「きょうのうちに、なにかもっといいことがないともいえない。」  家来《けらい》はこういって、そのカラスを殺《ころ》して、もっていきました。  それから、ふたりは一日じゅう森のなかを歩きつづけましたが、それでも森のそとへでることはできませんでした。やがて、日のくれかかるころ、ふたりはようやく一|軒《けん》の宿屋《やどや》を見つけて、なかへはいりました。  家来《けらい》は宿屋の亭主《ていしゅ》にさっきのカラスをわたして、晩《ばん》のごちそうに料理《りょうり》するようにいいました。  ところが、ふたりは人《ひと》殺《ごろ》しの巣《す》のなかにとびこんだのです。ですから、くらやみにまぎれて、十二人の人殺しどもがやってきました。そいつらはこの旅《たび》の客《きゃく》を殺して、もっているものをうばいとろうというのです。けれども、しごとにかかるまえに、人殺しどもは、まず食卓《しょくたく》につきました。宿屋の亭主《ていしゅ》もあの魔女《まじょ》も、そのなかまにくわわりました。そしてみんなで、さっきのカラスの肉《にく》をきざみこんでいれてあるスープをひとさらずつのみました。ところが、このカラスの肉には、馬の肉の毒《どく》がつたわっていたからたまりません。ひと口ふた口のみこむかのみこまないうちに、みんなはその場《ば》にたおれて死んでしまいました。  生きのこったのはただひとり、亭主《ていしゅ》のむすめだけでした。このむすめは心のすなおな子で、こんなひどいことには、なんのかかりあいもなかったのです。むすめは旅《たび》のふたりに、扉《とびら》という扉をのこらずあけて、なかにつみあげてあるたくさんの宝《たから》ものを見せました。けれども王子は、 「これは、おまえがみんなとっておきなさい。わたしはなにもいらないから。」 と、いって、家来といっしょにまた馬にのっていきました。  ふたりは長いこと歩きまわったのち、とある町へきました。その町には、美しいけれども、たいそう思いあがったお姫《ひめ》さまが住んでいました。お姫さまは、もしじぶんにとけないようななぞをだすものがあったら、その人をじぶんのおむこさんにしよう、そのかわり、もしじぶんがそのなぞをといたら、その男はいやでも首《くび》を切られなければならないというおふれ[#「おふれ」に傍点]をだしていたのでした。  お姫さまは三日のあいだ考えることになっていたのですが、たいへんかしこいひとでしたので、だされたなぞは、いつもきめられた日のこないうちにちゃんとといてしまいました。  王子《おうじ》がこの町へついたときには、すでに九人のものが、こんなふうにして命《いのち》をおとしていたのでした。だれもかれもが、お姫さまのあまりの美しさに目がくらんでしまって、じぶんの命をかけてもいいと思ったのです。  王子はお姫《ひめ》さまのまえにでて、なぞをだして、いいました。 「ひとりがひとりも殺《ころ》さないのに、十二人殺したものは、なんでしょう。」  お姫さまには、こればかりはなんだかわかりませんでした。いくら頭をひねって考えてみても、見当《けんとう》もつきません。なぞの本もいくさつかひらいてみましたが、本にも書いてはありません。つまり、お姫さまの知恵《ちえ》がたねぎれになってしまったのです。  お姫さまはもうどうしていいかわからなくなりましたので、侍女《じじょ》にいいつけて、王子の寝室《しんしつ》にしのびこませました。侍女は、そこで王子が夢《ゆめ》を見て、なにかいうのをきいてくるようにいいつかったのです。なぜって、お姫《ひめ》さまは、ひょっとしたら、王子《おうじ》がねごとをいって、なぞのことでもいいあかしはしないだろうかと考えたのです。  けれども、りこうな家来《けらい》は、主人《しゅじん》のかわりにじぶんがベッドのなかにはいってねました。そして、侍女《じじょ》がそばまできますと、侍女が身《み》をつつんでいたマントをいきなりはぎとって、この女をむちでうって、追《お》いだしてしまいました。  二日めの晩《ばん》には、お姫《ひめ》さまは侍女《じじょ》をやって、うまくきけるかどうか、とにかくやってみるようにいいつけました。けれども、家来《けらい》はこんどもまたマントをはぎとって、やっぱり侍女をむちでうって、追いだしてしまいました。  そこで、王子《おうじ》は、三日めの晩《ばん》はだいじょうぶだろうと思って、じぶんのベッドにねていました。ところがこんどは、お姫さまがじぶんでやってきました。みれば、お姫さまはうすネズミ色のマントを身《み》にまとっています。そして、お姫さまは王子のそばにこしかけました。  お姫さまは、王子がねむって夢《ゆめ》を見ているのだと思いましたので、王子《おうじ》に話しかけました。なぜって、こうすれば、よくみんながするように、王子も夢《ゆめ》を見ながらへんじをしてくれはしないかと、ひそかにねがっていたからです。  ところが、王子は目がさめていたのです。そして、なにもかもこころえて、ちゃんときいていたのでした。  お姫《ひめ》さまが、 「ひとりがひとりも殺《ころ》さなかったのは、なんですか?」 と、たずねました。  すると、王子がこたえました。 「毒《どく》がかかって死《し》んだ馬を、食べたために死んだカラスだよ。」  お姫さまはさらにたずねました。 「それで、十二人を殺したのはなんですか?」 「それは、そのカラスを食べて、そのために死んだ十二人の人殺しのことだよ。」  お姫《ひめ》さまはなぞのこたえがわかりますと、そっとぬけだそうとしました。ところが、王子がお姫さまのマントをしっかりおさえていたものですから、お姫さまはしかたなく、それをそのままおいていかなければなりませんでした。  あくる朝、お姫さまはなぞがとけたとおふれをだしました。そして、十二人の裁判官《さいばんかん》をよびだして、そのまえでなぞをといてみせました。  すると、なぞをだした王子《おうじ》が、じぶんのいうこともきいていただきたい、とねがいでました。 「お姫《ひめ》さまは、ゆうべわたくしのところへしのんでこられて、わたくしからのこらずきいてしまわれたのです。さもなければ、とけるはずがございません。」 と、いいました。  それをきいて、裁判官《さいばんかん》は口ぐちにいいました。 「では、その証拠《しょうこ》をもってきなさい。」  そこで、家来《けらい》がマントを三|着《ちゃく》もってきました。裁判官たちはお姫さまがいつもきている、うすネズミ色のマントを見ますと、 「このマントに金糸《きんし》、銀糸《ぎんし》のぬいとりをおさせなさいませ。そうすれば、お姫さまのご婚礼《こんれい》のマントになりましょう。」 と、いいました。 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社    1980(昭和55)年6月1刷    2009(平成21)年6月49刷 入力:sogo 校正: YYYY年MM月DD日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。