ライサンダーが目を覚まして最初に見たのがハーミアだったなら、パックの犯した間違いは大したことにはならなかっただろう。彼はあの誠実な娘をこれ以上ないくらいに愛していたのだから。しかし、かわいそうなライサンダーは、妖精《フェアリー》の「恋の魔法」によって、彼自身の本当の恋人ハーミアを忘れるように仕向けられてしまい、他の女の後を追って駆けだしていった。ハーミアは、1人真夜中の森に置き去りにされたまま眠っていたが、なんて情けないことになったものか。
そういうわけで、このような不幸が起こった。前に話したとおり、ヘレナは、彼女から素っ気なく逃げていくディミートリアスの後ろを遅れまいと頑張っていた。けれども、長時間あまりにも早いペースで走りつづけることができなかった。男というものは、常に女よりも優れた長距離走の走者なのだから、当然である。ヘレナはすぐに、ディミートリアスを見失った。ヘレナは絶望してしまった。今後の見通しも立たぬままにあたりをさまよい、やがてライサンダーが眠っている場所にたどり着いた。
「ああ、ライサンダーが地面で倒れているわ。死んでいるのかしら、それとも眠っているだけかしら。」ヘレナはつぶやいた。そして、彼にそっと触って、こう言った。「あなた、生きているのなら、起きてちょうだい。」
ライサンダーは目を開けた。そして(恋の魔法が働きはじめたので)すぐにヘレナに狂おしい愛情と賛美の言葉を言いはじめた。ヘレナがハーミアよりも美しい、まさに鳩が大がらすに勝っているようだ、とか、愛するあなたのためなら、火の中だってくぐってみせるなどと、恋人らしい言葉をたくさん言ってしまった。ヘレナは、ライサンダーが彼女の友達ハーミアの恋人で、すでに正式に結婚を約束した仲であることを知っていたので、そんなふうに話しかけられて、怒ってしまった。(もっともなことであるが)彼女はライサンダーが自分をからかっていると思ったのだ。「ああ、どうして私はみんなにあざけられたり軽蔑されるようになってしまったのでしょう。ディミートリアスに優しくされず、親切な言葉ひとつかけられないというだけでたくさんなのに、まだつらい目にあうのかしら。それとも、あなたは私を馬鹿にしようと、こんなふうに言い寄るふりをする義理があるとでもいうの。ライサンダーさん、私はあなたのことを本当の人格者だと思ってましたのに。」怒りのままにこう言い残して、ヘレナは走っていってしまった。ライサンダーは、まだ眠っているハーミアを忘れてしまって、ヘレナの後を追っていってしまった。
ハーミアは、目が覚めたとき、自分がひとりぼっちだったのでびっくりした。ライサンダーがどうなったのかまるで分からず、彼を捜すにはどちらへいけばいいかもわからずに、森の中をさまよい歩いた。一方、ディミートリアスはというと、ハーミアと、その恋を争っているライサンダーを見つけだすことができなかった。さんざん捜しまわったあげく、疲れてしまってぐっすり眠っているところをオーベロンによって発見された。オーベロンは、パックに問いただしたところから、パックは間違った人の目に愛の魔法をかけたことを知っていた。今こそ、最初に目指していた人を見つけたので、眠っているディミートリアスのまぶたに愛の汁を垂らした。すると、ディミートリアスはすぐに目を覚ました。彼が最初に見たのはヘレナだったので、ライサンダーが以前にしたみたいに、ヘレナに愛の言葉をかけはじめた。ちょうどそのとき(パックの不幸な間違いによって、今ではハーミアが恋人を追いかける番になってしまったから)ハーミアに追われたライサンダーが姿を見せた。ライサンダーとディミートリアスとは、2人いっしょにヘレナに愛を告白した。2人とも、同じ力を持つ魔法にかかっていたからである。ヘレナは驚き、ディミートリアスもライサンダーも、かって親友だったハーミアまでがみんなしめし合わせて彼女をからかっていると思った。
ハーミアもヘレナ同様たいそう驚いた。彼女は、なぜ以前はともに自分を愛してくれた、ライサンダーとディミートリアスが、今ではヘレナの恋人となっているのか分からなかった。ハーミアにとっては、ことは冗談に見えなかった。
以前はいつも仲良しだった2人の娘は、今や激論を始めていた。
「ひどいわ、ハーミア。」ヘレナは言った。「あなた、ライサンダーに、私をからかい半分に褒めそやすようにけしかけたのね。あなたのもう1人の恋人だったディミートリアスにも、以前は私を足げにせんばかりだったのに、私を絶世の、気高く美しい、この世のものならぬ女神だ、ニンフだと呼ぶように、あなたがいいつけたのでしょう? 彼はそんなふうに私を呼ばないわ、私は彼にきらわれているのよ。あなたが言わなかったらこんな冗談言わないわ。あなたはひどい人ね、男たちといっしょになって、みじめな親友を笑いものにするなんて。学校時代にはあんなに友情を誓ったじゃない。忘れてしまったの、ハーミア? 私たち、よく2人いっしょにひとつのクッションに座って、歌を歌って、ひとつ花を2人で針で刺しながら、同じお手本を見ながら作ったじゃないの。赤の他人とも思えない、双子の桜ん坊みたいに育ったじゃない。ハーミア、それはいじわるよ。男性たちといっしょになってあわれな友達をからかうなんて、慎みに欠けるんじゃない。」
「そんなに怒った言い方をするなんて驚きですわ。」ハーミアは言った。「私はあなたをからかいなどしませんわ。あなたこそ私を馬鹿にしているようね。」
「ああ、そう。」ヘレナは言い返した。「いつまでもやるがいいわ。深刻そうな顔をして、私が後ろを向いたらそれ見たかって顔をするんでしょう。なら、あなた達どうしで結構な軽口でも言ってなさい。あなたに同情心や気品やマナーが身についているなら、私をこんな目にあわせたりしないでしょうよ。」
ヘレナとハーミアがこんな口論をかわしているうちに、ディミートリアスとライサンダーはいなくなってしまった。ヘレナの愛をかけて、2人で決闘しようということになったのだ。
2人は男たちがいなくなってしまったことに気づき、そこを立ち去って、再び恋人を捜しに森の中へあてもなく入っていった。
娘たちがいってしまうと、妖精《フェアリー》の王はパックに問いただした。2人はこれらの争いをみな聞いていたのだ。「これはお前の手抜かりだよ、パック。それとも、わざとこうしたのかね。」
「とんでもありません、王様。」パックは答えた。「何かの間違いです。あなたはアテネふうの着物でその人が分かるとおっしゃいませんでしたか。けど、こうなっても悪いなとは私は思いませんね。2人のけんかはとびきりの気晴らしですよ。」
「お前も聞いただろうが。」オーベロンは言った。「ディミートリアスとライサンダーは、決闘に好都合な場所を探しに行ってしまった。お前に命ずる。夜を濃霧で包み、決闘をしにいった2人の恋人たちを道に迷わせ、互いに相手を見つけられないようにしなさい。2人の声をまねて、ののしって2人を怒らせて、お前の後をつけさせて、自分は敵が言った悪口を聞いていると思わせるんだ。2人がへとへとになって動けなくなるまで続けるんだ。それで、彼らが眠ったら、この、別の花の汁をライサンダーの目に垂らすのだ。目が覚めたら、ヘレナへの新しい愛情はさめて、ハーミアに対する以前の愛情を思い出すだろう。それで、2人の美人は、それぞれ恋人といっしょになって幸せになるさ。過去のことは一場の悪夢だと思うよ。すぐとりかかるんだ、パック。私は、ティターニアが何を恋人にしたのか見にいくことにする。」
ティターニアはまだ眠っていた。オーベロンは、彼女のそばに、森の中で道に迷って、同じように眠ってしまったいなか者がいるのを見て、「こいつをティターニアの恋人にしてやろう。」と言った。そして、ろばの頭をいなか者の頭にのせた。その頭はもともといなか者の肩から生えてきたかのようにぴったりくっついているように見えた。オーベロンは、ろばの頭をそっとのせたのだが、それで彼は目を覚まし、起きあがった。そして、オーベロンがしたことに気づかないままに、女王が眠っている木陰の方に歩いていった。
「あら! なんという天使がいるのでしょう。」ティターニアは目を開くと言った。あの紫花の汁が効きはじめていたのだ。「あなたはその美しさとともに、賢さをあわせもっているのかしら。」
「いや奥様。」と愚かないなか者はいった。「この森を抜けだす道が見つけられれば、それで十分です。」
「森を抜けだすなんて考えないでくださいな。」恋に落ちた女王は言った。「私はふつうの妖精《フェアリー》ではないのよ。私、あなたが好きなの。私といっしょにいらっしゃい。あなたのお世話をする妖精《フェアリー》をさしあげますわ。」
それから女王は4人の妖精《フェアリー》を呼んだ。その名は豆の花、くもの巣、蛾、からし種と言った。
「お世話をしなさい。」女王は言った。「この立派な紳士の。この方のお歩きになるところでとんだり、見えるところで踊ってさしあげなさい。ぶどうやあんずを食べていただいたり、みつばちからみつ袋をとってきてさしあげなさい。あなた、私といっしょにお座りなさい。」最後の言葉はいなか者に向けて、女王は言った。
さらに女王は、「あなたのかわいい毛むくじゃらのほっぺに触らせて、私のかわいいろばさん。あなたのきれいな大きい耳にキスさせてね。私のやさしい大事な方。」と言った。
「豆の花はどこにいるかね。」ろばの頭をつけたいなか者が言った。彼は女王が甘えてくるのは気にしておらず、むしろ新しい侍女がいるのを得意がっていた。
「ここにおります。」小さな豆の花が言った。
「私の頭をかいておくれ。」いなか者は言った。「くもの巣はどこかね。」
「ここにおります。」くもの巣は言った。
「くもの巣君。」愚かないなか者は言った。「向こうのあざみのてっぺんにいる、赤いまるはなばちを殺しておくれ。それから、くもの巣君、私にみつ袋を持ってきておくれ。持ってくるときに、あまり気短にしないでくれよ、くもの巣君。みつ袋が破れないように気をつけてくれよ。君がみつ袋をひっかぶったら気の毒だからね。からし種はどこにいるかね。」
「ここにおります。」からし種は答えた。「ご用はなんでしょうか。」
「なんでもないんだ。」いなか者は答えた。「からし種君、豆の花君を手伝って、頭をかいておくれ。どうも床屋へ行かなきゃならんな、そうだろ、からし種君、どうも、私の顔のあたりがとても毛むくじゃらになっているようだからな。」
「あなた。」女王が言った。「あなたは何をお食べになるの。私は冒険好きな妖精《フェアリー》を従えています。その子にりすの貯えを探させて、あなたに新しい木の実をさしあげるつもりですけど。」
「それより乾豆一握りの方がいいね。いなか者が言った。ろばの頭がついたので、ろばの食欲を持っていたのだ。「だがお願いだ。あなたの部下に私の邪魔をさせないようにしてください。私は眠たいんだ。」
「では、おやすみなさい。」女王は言った。「私が抱いてさしあげましょう。あなたを愛してるわ。とっても大好き。」
妖精《フェアリー》の王は、いなか者が女王の腕の中で眠っているのを見た。彼女の前にでてきて、彼女がろばに対してふんだんに愛情を注いだことをとがめた。
これを彼女は否定できなかった。相手の男は、彼女に作ってもらった花飾りで頭を飾っており、また、腕の中で眠っているところだったから。
オーベロンはしばらくティターニアをいじめた後で、またとりかえ子を要求した。彼女は、新しいお気に入りといっしょにいるところを主人に見られてしまい、恥じ入っていたから、オーベロンの要求を断れなかった。
オーベロンは、ついに長らく小姓に欲しいと思っていたとりかえ子を得た。そうすると、オーベロンの愉快な計略によって不名誉な立場にたってしまったティターニアのことがかわいそうに思えてきた。そこで、別の花の汁を彼女の目に垂らしてやった。すると、妖精《フェアリー》の女王はたちまち正気に返った。ついさっきまでののぼせようを不思議がり、その相手だった奇妙な怪物を、もう見るのもいやだというのだった。
同じように、オーベロンはろばの頭をいなか者からとってしまって、もう元の頭を肩の上にのせているそのいなか者が、昼寝をし終えるまで放っておいた。
オーベロンと、彼の妻ティターニアは、今や完全に仲直りしていた。オーベロンは、ティターニアに恋人たちの物語と深夜のけんかのことを話した。彼女は、彼といっしょに話の結末を見に行くことに賛同した。
妖精《フェアリー》の王と女王の2人は、恋人たちと、その美しい娘たちが、ごく近い距離をおいて、草地の上に眠っているのを見つけた。パックが、自分の間違いの埋め合わせをしようと、恋人たち全員を同じ場所に、互いにそれと知れぬまま集めようと全力を尽くしたのだった。すでにライサンダーの目からは、王が与えた解毒剤を使って、魔力を取り除いてあった。
ハーミアが最初に目を覚ました。彼女は、見失ってしまったはずのライサンダーがそばにいるのを見て、彼が見せた奇妙な心変わりを不審がっていた。まもなくライサンダーが目を開けた。愛するハーミアを見ているうちに、妖精《フェアリー》の魔力で曇っていた正気が戻ってきて、再びハーミアを愛するようになった。2人はその夜起こった事件について語り始めた。果たして事件が本当に起こったのか、それとも同じ夢を見ていただけなのか、疑っていた。
ヘレナとディミートリアスは、そのとき、もう起きていた。快い眠りによって、ヘレナの中では腹だたしい気分はすっかりおさまっていた。そして、ディミートリアスが聞かせてくれる愛の告白に喜んで耳を傾けていた。嬉しくも驚いたことに、ヘレナはその告白が誠実なものだと思い始めていたのだった。
不思議な夜を体験した美しい娘たちは、今ではもう競争相手ではなく、再び親友同士となった。これまでのひどい言葉はみな許されて、今やるべき最前のことは何だろうと一同で話しあった。やがて決まったことは、ディミートリアスはハーミアに対する要求を放棄したのだから、ハーミアの父を説得して、ハーミアに下された死刑宣告を取り消させる、ということだった。ディミートリアスが、この親切な目的のためにアテネに帰る準備を始めた。そのとき、驚くべきことが起こった。ハーミアの父イージアスが現れたのだ。彼は逃げだした娘を追って森にやってきたのだ。
イージアスは、ディミートリアスがもう娘と結婚する気がなくなったことを知って、これ以上ライサンダーと娘との結婚を反対しないことにして、今から4日後に娘とライサンダーが結婚することを許可した。その日はちょうど、ハーミアが命を失うことになっていた日だった。また、同じ日にヘレナは、今や誠実な彼女の愛人となったディミートリアスと結婚することに、喜んで同意した。
妖精《フェアリー》の王と女王は、この和解の見えざる目撃者となった。恋人たちの物語が、オーベロンの親切な計らいによって、めでたい結末に終わったのを見て、大いに喜んだ。この親切な妖精《フェアリー》たちは、近づく婚礼を、妖精《フェアリー》国全土を挙げての宴楽でもって祝うことに決めた。
ところで、もし妖精《フェアリー》たちが悪ふざけをしたこの物語に対して、信じられない奇談と判断して腹を立てる人がいるなら、その人たちには以下のように考えてもらえばそれでいい。その人たちは夢を見ていたんだろうし、この事件は夢の中で見た幻に過ぎないのだと。そして、読者の中に、この美しく無邪気な真夏の夜の夢に腹を立てるような、わけの分からぬ人などいないことを私は望んでいるのだ。
原作:A MIDSUMMER NIGHTS DREAM(TALES FROM SHAKESPEARE)
原作者:Mary Lamb
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翻訳履歴:2000年8月28日,翻訳初アップ。
2000年9月5日,HTML形式にしてアップ。
2000年9月11日,結城さんの指摘を反映。正式版へ。
2000年10月31日,入力者注挿入。PDF版準備。
2000年11月25日,katoktさんの指摘を反映(HTML版)。
2000年11月27日,katoktさんの指摘を反映(PDF版)。
2001年2月4日,若干修正。