麻雀インチキ物語 海野十三 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)不正《ふせい》手段《しゅだん》である |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)二千|符《ぷ》を [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)※[#「石+(朔のへん−屮)/(墟のつくり−虍)」、第 3水準 1-89-8] -------------------------------------------------------  インチキとは、不正《ふせい》手段《しゅだん》である。だから君子《くんし》のなすべきものではない。  近来、日本のゲーム界に君臨《くんりん》している麻雀《マージャン》にも、いろいろとインチキが可能《ポッシブル》である。日本麻雀聯盟でも、無論、インチキを排斥《はいせき》している。インチキをやっているところを見付かった連中で、麻雀段位を褫奪《ちだつ》され、揚句《あげく》の果《はて》、聯盟から除名されたような結果(というと、妙な言いまわしかただが、僕はいまだかつて、「何某、右の者インチキ現行を取押《とりおさ》えたるに付、会則第何条により除名す」という掲示を見たことがないからである)になった人も、けっして尠《すくな》くはないのである。  インチキは排すべく、厳重に取締るべきである。ことに、一緒に卓《たく》を囲んで闘った面子《メンツ》の一人が、自分の二千|符《ぷ》をほとんどみんな攫《さら》ってゆき、その面子一人が断然一人勝ちでプラス四千点にもなったというが、麻雀大会閉会後、「あいつは、インチキの名人なんだ」と誰かに聞かされたときは、全く口惜《くや》しくって泪《なみだ》が出る。その男の首を捩《ね》じ切って、会場の正面へ曝《さら》したいくらいに思う。インチキ発見のときは厳罰に処すべきである。  だが諸君、ここに一つの問題があると思うのは、誰かのインチキに、まんまと引懸《ひっかか》ったのが自分ではなく、他人の友人か誰かであったとしよう。そのときにも、自分が引懸ったと同じ程度に相手の不正を攻撃するかというのに、どうも左様《そう》ではなくむしろインチキにかかった其の友人の間抜けさ加減《かげん》を嗤《わら》いたくなり、インチキを用いた悪人に、一寸《ちょっと》した尊敬にも似た感情を生ずるのである、そりゃ無論、一時的の話ではあるけれど……。そうしてみると、麻雀のインチキも、一寸ユーモアがあるような気もする。  僕は麻雀のインチキについて、大分研究した。それはインチキを自ら用いて、大会一等賞の洋銀《ようぎん》カップをせしめようという目的では勿論ない。度々《たびたび》インチキにひっかかったことを後から知って口惜しさにたえず、もうこれからは引懸るものかと、研究してみたのである。現在ではまずインチキに引懸けられていない心算《つもり》だが、なにしろこれは自覚症《じかくしょう》とは反対のものなのだから絶対に引懸けられていないと強く言い放つことはできない。  さてこれから、インチキ曝露《ばくろ》だか、インチキ伝授《でんじゅ》だかを始めるわけだが、僕の相手になるインチキストは、わりあいにタチのよい人間、つまり生れながらの悪人ではないせいかその用いるところも、初等インチキに属するものばかりのようである。高等インチキの方は僕に探偵力がないせいでもあろう、その方の講義は、他に適当なる麻雀闘士があろうと思う。  初等インチキというのを見廻《みまわ》すと、中村徳三郎氏の「麻雀|防弊《ぼうへい》」に於て示されたような外国で行われる深刻《しんこく》極《きわ》まりなきインチキに比較して、いかにもアッサリした、コソ泥的《どろてき》とも言え、また日本的(?)とも言えるものばかりである。実例について申し述べてみよう。  まず最も多いインチキは、何といっても、故意《こい》にまちがった牌《パイ》を持ちながら和《あが》ってしまうことである。その和りは、極めて得点がすくないのを通例とし、多くは二十二《アルシーアル》、又は二十四《アルシースー》である。こいつをやるのは西風《シーフォン》戦《せん》、北風《ペーフォン》戦《せん》といったように、四人の面子《メンツ》がお互に、「ここで大きいものを作って他家《たけ》よりリードしよう」と意気込んでいるときである。他家が三《サン》飜《ファン》ものを三副露《サンフーロ》して或る種の牌が包《パオ》となっているために場が緊張しているとか、又は自分でも一生懸命大きい役をガメクッているとか、兎《と》に角《かく》三百|符《ぷ》乃至《ないし》満貫《マンガン》近いものが出来ようとしている場合に、一人の面子が「ハイッ和り、二十二」と和っちまう。この場合、他の連中は緊張の途中、思いもうけぬ方角からザブリと水を浴せかけられたようなもので、呆然《ぼんやり》してしまう。そして二十二で和った人の牌を検《しら》べもせず、二本棒を呉《く》れちまう。「大きく和られないでヤレヤレ」と喜んでいる人もあるという始末。いずくんぞ知らん、和りを宣言した人は牌が間違っているのだ。  これが発見されると和錯《ホーツォー》だから罰金として一千符とられるのだが、誰も見る人がないのだから、愉快である。中には牌を順序よく理牌《リーパイ》して置かないで、ごまかす人もある。又、和りと言って、直ぐ場の捨牌《すてパイ》の中へ交《ま》ぜてしまって証拠《しょうこ》堙滅《いんめつ》をはかる人もある。又中には刻子《コーツ》とか槓子《カンツ》とかはそのままに自分の前に置き、他の順子《ジュンツ》や麻雀頭《マージャントウ》は(その中に錯《まちが》ったものがある場合のはなし)早速《さっそく》一寸皆にみせたまま、直ちにつまんで捨て牌の中へ交ぜてしまうという手もある。だから、このインチキを防ぐためには、どんなに小さくてもその人の牌につき一応調査をすることを怠《おこた》ってはいけない。理牌のしていない人の牌は一見判別がつき難いから、そのときは、他人の牌に手をかけてもよいから、本当の和りだかどうだかを、確めるべきであると思う。  次にしばしば用いられるインチキは、順子の牌をごまかすことである。これには色々な場合があるが、一番簡単なものでは「吃《チー》」と懸け声をして置いて、不用の牌を一枚すてる。そして上家《シャンチャ》の捨て牌をとって来て自分の牌《パイ》二枚と共に曝すわけだが、このとき上家《シャンチャ》の捨て牌をとらずして、既に河《ホウ》に前から捨てられてある牌をとって順子《ジュンツ》をつくる。たとえば二四《アルスー》索《ソオ》を持っているとき上家が四索を捨てる。これでは吃《チー》としてとりようが無いが河には先に三《サン》索《ソオ》が捨てられてある。すると、その三索を持って来て、二三四索の順子として曝す。上家をはじめ他の人達がよく注意して居れば勿論こんな馬鹿馬鹿しい胡魔化《ごまか》しにはかからないが、すこし戦《たたかい》が酣《たけなわ》になって来ると、よくこれが行われる。  又、も一つの方法は自分が六七八《リューチーパー》万《ワン》の順子を曝して居るとすると、手の中の牌にも万子《ワンツ》があってどうしても八万が一枚入用なのだが、その八万は中々やってこない。この場合、別に離れて五《ウー》万《ワン》が手牌《てパイ》中にあったとすると、コッソリ曝してある八万を手牌へさらい込み、その代りに五万を加えて六七八を五六七の順子に変えてすまして居る。そのために早く聴牌《テンパイ》ができて和《あが》ってしまう。大きな役のときや清一色《チンイーソ》はこれを用いると大成功を納める。これを行うときは、他家が積んである牌を自摸《ツモ》するときから同人が一枚捨てる迄の、時間で言えば一秒ほどの間を覘《ねら》ってやると、皆が自摸する人の方へ注意を奪われているので難なくごまかせる。  今一つ、度々やられるのは、白《パイ》中《チュー》発《ファ》の三元牌《さんげんパイ》とか荘風《チョワンフォン》、門風《メンフォン》、連風《レンフォン》の牌とかの二枚、若《もし》くは四枚位を自分の持牌《もちパイ》中に加えることである。こいつは、たちまちその人に何飜《なんファン》かをつけることとなって、結果は非常に大きい。大会でこっぴどくやられるのは、大抵《たいてい》この種のインチキである。この方法にはいろいろとある。  最も普通の方法は、戦をはじめるに際し、自分の前に二重に積んだ牌を十七|憧《トン》列《なら》べるわけだが、その際、重要なる牌二個を手の中とか袖《そで》の中とか、又は膝の下へ隠してしまって自分だけは一憧すくなく、つまり十六憧ならべる。そして、戦い酣なるとき、隠して置いたものを、人に気づかれないように、とり出しては、手牌の不用なものと取り換える。これは清一色めいたものにも利用が出来るし、それにまた普通十三枚の配り牌に対し、自分だけは十五枚も持っているのだから、手をかえ、聴牌に導《みちび》くのは、極めて容易である。今から一年ほど前に常勝軍《じょうしょうぐん》としてその名声高かりし某高段者の如きは、常にこの手を用いて常勝をつづけたもので、彼氏がそのインチキを発見せられたときは、非常な運のわるいときであり、大変|焦《あせ》り気味《ぎみ》となって、前後を弁《わきま》えず連続的にこいつを用いているのを、発見せられたものだと言うことだ。  他の方法としては、自分の前に並べる十七憧の何《いず》れかの一方の端《はじ》の二枚か、又は両端の四枚をかねて、目をつけて置いた飜牌《ファンパイ》などにして置き、これを持牌とうまく掏《す》りかえる。それには自分の前の十七|憧《トン》を、皆がとりやすいように斜めにしてすこし前へ出してやるとみせかけ、例えば右手の中に、不用の持牌二個を隠し持ち、前へ押すときにそれを十七憧の右端へ加え、前へ押して手を引くとき、左手の中に左端の二枚を隠し取って手牌の中に入れてしまう。これは手際《てぎわ》のよいもので、よほど注意をしていないとごまかされる。  もう一つは自分が荘家《チョワンチャ》になったときに、骰子《シャイツ》の目をごまかして、自分の前の十七憧の比較的左端にある二枚又は四枚にかくしてある飜牌《ファンパイ》をとることである。つまり、はじめ一寸骰子を振り、人がよく見ないうちに「五だ。もう一度」と言ってすばやく骰子をとりあげて振り「十三!」とか言って兼《かね》て隠して置いた牌のところを取り込むのである。勿論本当の骰子の目は五でもなく、二度の合計が十三でもない。それを勝手にそうだと読みとってしまうので、皆が呆然《ぼんやり》しているときにはうまくかかってしまう。  其他にも方法があるが、あまり行われないものだから省略する。これ等《ら》のインチキから脱《のが》れるためには、第一に自分以外の三人が、果して十七憧ずつ並べているかどうかをひと目で知る練習と注意とが肝要《かんよう》で、第二には、相手の手の運動状態と、手牌の様子とをよく睨《にら》んでいることである。  それから小さいインチキでは、サイドの計算のときに、飜牌の暗刻《アンコー》があるとて大分とられるが、そのとき、本当は暗刻ではなく、二枚しかその飜牌はなく、裏がえしの牌は、他のデモ牌であったりする。暗刻のあやしいのは、ひっくりかえしてみてやるに限る。  嶺上牌《リンシャンパイ》を一寸みたり、上家《シャンチャ》がすてない先の場牌《ばパイ》を摸《も》して、自分がとらないときには、例えばその七《チー》筒《トン》が誰のところへ入ったなどを覚える。又、牌を積むときに、あらかじめ飜牌の場所を覚えて置き、それが近くなると、たとえ無理な吃《チー》や|※[#「石+(朔のへん−屮)/(墟のつくり−虍)」、第3水準 1-89-8]《ポン》をしてまでも、その飜牌を手に入れるのも一つのインチキというべきであろう。東《トン》の東《トン》三枚がこの辺に入っている。白《パイ》板《パン》三枚はこの辺にあるなどと、覚えられるように積むのも、これまたインチキである。上手な人は掌《てのひら》の中に一枚不用な牌をひそませて置き、河《ホウ》の方へ手を出すときに、それを捨て、河の中に捨てられてある牌とか、まだ積まれてある牌とかを盗んでくるという器用な真似をする人もあるそうだが、それには中々練習が入るらしい。  一つの卓に、敵二人、味方二人が居るときに、味方二人の間に行われるサインもインチキというべきであろう。頭を掻《か》くと、白板があるという信号だったり、鼻の頭をこすると連風牌《レンフォンパイ》があるということだったりする簡単な信号から、もっと秩序だったものでは、持牌十三枚の間、適当なところをすこしすかしてみたり、又一枚ぐらい列から前へ出したり、後へ下げたりして、入用な牌を相手に求める方法もある。  籌馬《チューマ》をごまかすのもインチキであろう。人の銭函《ぜにばこ》へ手を入れたり自分のうちから予《あらかじ》め五百|符《ぷ》をもって行ったりすることから、勘定のときに誰かがすくなく言ったようだったら自分の分は勘定しないで、それだけ多く記入するなどというのもある。  詳《くわ》しく書けばきりがないが、自分の牌を見ている時間は十の中《うち》、一か二でよい。他の八か九は、必ず、他の三人の挙動に対し用いられていねばならない。 底本:「わかっちゃいるけど、ギャンブル!」ちくま文庫、筑摩書房    2017(平成29)年10月10日第一刷発行 底本の親本:「海野十三全集別巻一」三一書房     入力:sogo 校正: YYYY年MM月DD日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。