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お気に召すまま

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出発前、シーリアは、若い娘がたった2人で立派な服を着て旅をするのは危ないと考えた。そして、田舎娘に変装して身分を隠したらどうだろうかと提案した。ロザリンドは、どちらかが男装したらもっと安全だろうと言った。すぐに話はまとまった。ロザリンドの方が背が高いから、田舎の若者の服を着ることにする。シーリアは田舎娘らしい服装に着替える。2人の間柄は兄と妹ということにしよう。ロザリンドはゲニミードと名乗り、シーリアはエリーナという名を選んだ。

こういう変装をして、道中の足しにするためのお金と宝石を持ち出して、美しい娘たちは長い旅路についた。アーデンの森はとても遠いところにあった。公爵の領地の国境から、はるか彼方にあった。

ロザリンド嬢(今はゲニミードと呼ばなければならないが)は男装していたから、男らしい勇気を身につけているように見えた。シーリアは、長い旅の間も変わらぬ友情をロザリンドにささげていた。それに対し、新しく出現した兄は真実の愛情を示してくれた妹に陽気に振る舞った。端から見ると、2人はまさに、素朴で陽気な兄ゲニミードと、おとなしい村の乙女エリーナであった。

やがて、2人はアーデンの森に着いた。そこには道中にあったような、便利な宿やよい施設はもう見あたらず、食料や休息する場所にも困るようになった。ゲニミードは、道中ずっと面白い言葉や楽しい話で妹を笑わせてきたが、エリーナに対してもう疲れたと言った。そして、男装の手前申し訳ないけれども、女らしく泣いてしまいたい、と本音をもらした。エリーナも、もう一歩も歩けないと言った。

ゲニミードは、女の人を「弱き器のごとく[#注4]」はげまし慰めるのは男の義務だと考え、もう一度頑張ることにした。そして、彼の“妹”に向かって元気そうに「さあ、元気を出すんだ、エリーナ。ぼくたちの旅ももう終わりだよ。アーデンの森に入ったんだからね。」しかし、まやかしの男らしさや空元気では何の助けにもならなかった。2人はアーデンの森にはいるのだが、どこに公爵がいるのか分からなかったのだ。2人の疲れ果てた娘たちの旅はここで悲しい結末をむかえるものと思われた。2人は道に迷い、飢えて死ぬのに違いなかった。だが2人は運が良かった。死ぬほど疲れた状態で、何の望みもなく草の上に座っていると、土地の人がちょうど通りかかったのだ。ゲニミードは、厚かましい男といった感じでこう話しかけた。「羊飼い君、好意ででも金銭ずくでもいいのだが、この寂しい場所で僕らをもてなしてくれるんだったら、頼むからどこか休めるところに案内してくれないか。この娘《こ》はぼくの妹なんだが、道中で疲れてしまって、食べ物がなくて気を失わんばかりなんだ。」

男はこう答えた。「俺はただの羊飼いの下男だ。主人の家は売り物になっているから、大したもてなしもできんのだが、ついてきてくれれば何なりと使ってもらってかまわんよ。」

2人は男についていった。もうすぐ救われるという希望で元気が出てきた。そして、羊飼いの家を買い取り、その家へ案内してくれた男を下男に雇った。こんなふうに運良くこぎれいな家を手にいれたし、食料も十分あったから、2人は森のどのあたりに公爵が住んでいるのかが分かるまで、ここにとどまることにした。

旅の疲れを休めた2人は、新しい生活にだんだん染まっていき、羊飼いの男女という仮の姿をすっかり信じ込んでいるようだった。だが、ゲニミードはときどき自分がロザリンドという娘であることを思いだし、父の友人であった老ロウランド卿の息子であることから深く愛することとなったあの勇敢なオーランドゥのことに想いをはせた。ゲニミードは、オーランドゥは自分たちが苦労して旅してきた距離だけ離れていると思っていたけれども、オーランドゥもアーデンの森にいるみたいに思えてきた。こうしてこれから語る不思議な出来事が起こったのである。

オーランドゥはロウランド・ドゥ・ボイズ卿の末子であった。卿は死ぬときオーランドゥを(当時彼がごく幼かったので)長男であるオリヴァの手に託し、弟に立派な教育を与え、家柄にふさわしい待遇を与えるように祝福をこめて命じた。ところがオリヴァはその命を受けるに値しない兄であった。彼は死に際の父の命を無視し、弟を学校にやらず、教育も与えないでただ放っておいたのだ。しかし、オーランドゥは、偉大なる父親譲りの高貴な気質を持っていたから、教育には恵まれなかったものの、周到な配慮をもって育てられた青年のように見えた。オリヴァは弟が、教育を受けていないにも関わらず、よい心と立派な態度を見せるのに嫉妬して、ついに弟を殺そうと考えた。それを実行するために、人々をそそのかし、弟がある有名なレスラー(前にも述べたように彼は多くの人を殺していた)と格闘するようにし向けたのだった。こんなひどい兄にないがしろにされたものだから、オーランドゥは「自分はまったく孤独だから死んでしまいたい。」ともらしたのである。

オリヴァは、自分のたくらんだ謀略に反して弟が勝利を得たことで、ますます彼に嫉妬し、オーランドゥが寝ている寝室を焼いてやろうと宣言した。だが、オリヴァがそう神に誓っているのを、とある老人が聞いていたのだった。老人は2人の父の忠実な召使いだった人で、オーランドゥのことを、ロウランド卿に似ていることから愛していたのである。

さて、老人はオーランドゥが公爵の宮殿から帰ってくるのを出迎え、真っ先に大事な若主人が危機に陥っていることをこんな激しい口調でわめいた。「おお優しいご主人様、大事なご主人様、先公ロウランド卿の忘れ形見様! なぜあなたは優しく、強くて、勇ましいのですか。なぜあなたはあの有名なレスラーを負かすような間抜けなことをなさったのですか。あなたの評判はあなたより先にお屋敷に届いてしまいましたぞ。」

オーランドゥはなんだかわけが分からず、いったいどうしたんだ、と彼に尋ねた。すると老人は、お兄さまは悪いお人で、オーランドゥへの衆望をかねてからねたんでいたが、今また彼が公爵の宮殿で勝利を得たことを聞きつけ、今夜にも寝室に火を放って焼き殺そうとしている次第を話した。

老人は即刻逃げだして身の危険を脱するようオーランドゥに言った。そして、彼が無一文であることを知っていたので、アダム(これが善良な老人の名前だった)は自分のわずかな貯えをもってきた。そしてこう言った。「私は500クラウン持っております。お父様の元で貯めた、つましい給金でございます。私の手足が奉公に耐えられなくなったときに備えて蓄えてまいりました。これをお持ち下さい。カラスに餌を与えたもうお方[#注5]が、私の老後の慰めとなりますように。さあ、このお金をそっくり差し上げます。私を召使いにしてください。ご覧の通りの年寄りですが、お仕事やご用では若い者には負けませんから。」

「ありがとう、じいや!」オーランドゥは言った。「お前は昔ながらに律儀な召使いなんだねえ。今じゃ全然見かけないよ。では、一緒に行こうよ。お前が若いときに稼いだ金を使い果たす前に、2人で暮らしていける仕事を見つけられるだろう。」

忠実な老僕とその愛する主人は一緒に出かけた。オーランドゥとアダムは、どこというあてもなく旅を続け、やがてアーデンの森にたどり着いた。そこで2人は、ゲニミードやエリーナと同じように、食料がなくなって難儀した。彼らは人家を求めてさまよったあげく、空腹と疲労とでほとんど力が尽きてしまった。ついにアダムは言った。「ご主人様、私は飢え死にします。もう一歩も歩けません。」アダムはその場を墓場にするつもりで横になり、愛する主人に別れを告げた。オーランドウは、アダムが弱っているのを見て、この老僕を腕に抱え、快適な木陰へ連れていき、こう言った。「元気になってくれ、アダム。しばらくここで疲れた手足を休めるんだ、死ぬなんて言わないでくれよ!」

オーランドゥは食べ物を探しに出かけ、偶然にも公爵がいる場所を通りかかった。折しも公爵と友人たちは夕食を楽しもうとしていた。かの立派な公爵は草の上に座っていて、とある大木の深い葉影のほかには天蓋《てんがい》と呼べるものはなかった。

オーランドゥは空腹のためその食べ物が欲しくてたまらなくなり、刀を抜き、暴力で食べ物を奪い取ろうと、こんな事を言った。「控えろ、何も食べるな、俺は貴様たちの食べ物をもらわねばならんのだ!」公爵はオーランドゥに、苦し紛れにそんな無法なことをするのか、それとも作法を無視する乱暴者なのかと尋ねた。それに対してオーランドゥは、飢え死にしそうなのだと答え、公爵はここに座って食べるがいいと告げた。オーランドゥはそのやさしい言葉を聞いて刀をおさめ、人の食べ物をよこせと言った無礼な態度を恥じて赤面した。「どうかお許し下さい。」オーランドゥは言った。「私はここでは万事野蛮だと思ったのです。それで荒々しい命令ずくの態度に出てしまいました。ところで、あなた方は、こんな寂しいところで、ゆううつな木陰のしたで、時間を無駄に過ごしておられますが、もしかして昔はいい身分のお方であったのなら、教会の鳴らす鐘が聞こえるところにお住まいだった[#注6]方々であったのなら、立派なお人の宴会に出席したことがあったのでしたら、まぶたから涙を拭ったことがあったのでしたら、人をあわれんだりあわれまれたりすることがどういうことか知っておられるのでしたら、穏やかな言葉があなた方を動かして、私に人間らしい態度を示していただけますようにお願いいたします!」

公爵は答えた。「確かに我々は(君の言われるとおり)以前は身分のあるものだった。今はこのような荒れ果てた森の中に住んでいるけれども、町中や都市に住んでいたこともあるし、聖なる鐘に誘われて教会に行ったこともあるし、貴人の宴席に列したことも、清らかなあわれみに湧いてくる涙を拭ったこともある。だからお座りなさい、そして好きなだけ我らの食事をとりなさい。」

「実は気の毒な老人がいます。」オーランドゥは答えた。「彼は忠義一徹から、私についてきて、疲れた足を引きずってきましたので、老齢と空腹にまいってしまっています。その人が安心するまでは、一口も食べるわけには行きません。」

「それでは外へ行って、その人をここへ連れてきなさい。」公爵は言った。「我々はあなたが戻ってくるまで食べないでいよう。」

そこでオーランドゥは、子鹿を探して餌をやる雌鹿のごとき速さで出ていった。しばらくして、アダムを腕に抱えて帰ってきた。すると公爵は言った。「大切なお荷物を降ろしなさい。2人ともよく来なさった。」

公爵たちは老人に食べ物を与えて励ました。老人は元気づき、健康と力とを回復した。

公爵はオーランドゥの身の上を尋ねた。そして、オーランドゥが公爵の旧友であるロウランド・ドゥ・ボイズ卿の息子と分かって、オーランドゥを手元に置くことにした。こうして、オーランドゥと老僕とは公爵とともに森に住むこととなった。

オーランドゥがアーデンの森に着いたのは、ゲニミードとエリーナがここにやってきて、(前に話したように)羊飼いの小屋を買ってから幾日もたたないころだった。

ゲニミードとエリーナは不思議なことを発見してびっくりした。ロザリンドの名前があちこちの木に彫られており、そこに、ロザリンドへの愛を綴ったソネット[#注7]が結ばれているのだった。これはどうしたことだろうといぶかしんでいると、2人はオーランドゥに出会った。そして、彼の首にロザリンドがあげた鎖がかかっているのを見つけた。

オーランドゥは、ゲニミードが、謙譲の美徳と好意とでもって彼の心をとらえた美しいロザリンド姫であり、その名前を終日彫り続け、その美しさをほめたたえるソネットを書いた相手だとは夢にも思わなかった。しかし、この美しい羊飼いが上品であるのを気に入って、彼と話をし始めた。そして、ゲニミードの中に、愛するロザリンドに似た点があるように思えたが、気品の高い淑女にあった威厳のある態度は全然ないなと考えた。なぜそうなったかというと、ゲニミードは、少年が青年になろうとしている若者に見られる図々しさで話をしたからである。

さて、ゲニミードはオーランドゥに、茶目っ気たっぷりなおどけた調子で、ある恋人の話をした。「その人は、ぼくらの森をうろついて、木の皮にロザリンドと彫り散らかして、若木をダメにしちまうんだ。おまけに、サンザシに頌歌《しょうか》[#注8]をつるしたり、いばらに哀歌をさげたり、それがみんな、そのロザリンドを賛美しているんだ。もしこの男を見つけたら、恋わずらいを治すいい忠告をしてやるんだがなあ。」

オーランドゥは、君の言う馬鹿げた恋人とは自分だ、と白状し、ゲニミードに、君の言う忠告というやつを与えてくれ、と頼んだ。ゲニミードが提案した薬、彼が与えた忠告というのは、オーランドゥが、毎日自分とその妹エリーナが住む小屋に来ることであった。「それからね、」ゲニミードは言った。「ぼくがロザリンドの真似をするから、君は、もしぼくがロザリンドだったらやるような調子で、ぼくに愛の告白をしてくれ。そうしたらぼくは、むら気な女性が恋人にしてみせる気まぐれなやり口を真似しよう。しまいには、君は自分の恋愛が恥ずかしくなるだろう。これが君を治すぼくのやり方さ。」

オーランドゥは、この治療法はあまり信用しなかったが、それでも毎日、ゲニミードの小屋へ行き、告白ごっこをすることに同意した。そして毎日、オーランドゥはゲニミードとエリーナとを訪ねた。オーランドゥは羊飼いのゲニミードをロザリンドと呼び、毎日、青年たちが恋人に愛の告白をするときによく使うような言葉を言い続けた。しかし、ゲニミードが、オーランドゥのロザリンドに対する恋わずらいを癒すことができたようには見えない。

オーランドゥは、こんなことは軽い戯れにすぎないと思った(ゲニミードがロザリンド本人であるとは夢にも思ってなかった)けれども、心にもっている愛の想いを言葉にする機会を得て、ゲニミードと同じくらい告白ごっこを楽しんでいた。ゲニミードはというと、1人秘密を楽しんでいた。オーランドゥが話す美しい愛の告白は、実はみな当人に贈られているのを知っていたからだ。

こうして、若者たちに楽しい日々がすぎていった。そして、人のいいエリーナは、告白ごっこをゲニミードが楽しんでいることを見てとって、好きなようにさせていた。自分も告白ごっこに興じる一方で、ロザリンド姫は実は父公爵の前に姿を見せていないことをゲニミードにあえて教えなかった。その場所をすでにオーランドゥから聞いて知っていたのに、である。

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