擧母《ころも》工塲へ移轉と新製品に就て皆樣へ御願ひ 豊田喜一郎 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)擧母《ころも》工場へ [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#ここから2字下げ] /\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号) (例)まだ/\相當の -------------------------------------------------------  トヨタが自動車を始めて茲に五ケ年、刈谷工塲で自動車の製作について色々研究して參りました。  一番難關と思はれて居ましたのは大衆車を我國の樣な小市塲で作つて、工業的に成立するかと云ふ点でございました。この点は非常時の現在に於ては梢々忘れられている樣な感じがありますが、吾々經營者としては最も愼重に考へなくてはならない問題でありまして、過去五ケ年の經驗により如何にして安く作るかと云ふ問題は大体解決がついて參りました。  それ故思ひ切つた大計畫を擧母《ころも》に樹て、今後は必要に應じていくらでも増産し得る地所と將來の擴張を豫想した建築及び組織をたてたのでございます。  吾々が自動車の事について皆樣に今迄非常な御迷惑をかけて居ましたことは、全く工塲の組織が惡かつたことで、今迄は一鐵工塲の形で自動車の製造をしてゐたものですが、この組織のもとで自動車の製造をする事は無理であり、又非常に無駄な經費がかゝる事と、各部の連絡が完全にとれぬ爲め皆樣に非常な御迷惑をかけて居たのでございます。  自動車の如く一定のものを多量に作る工塲組織は一般の鐵工塲とは違ひ、ずつと簡單に連絡よく行く筈のもので、その組織をよくすれば非常に經費も少く濟むものでございますから、實に豐田自動織機製作所の設立された當初に於て、その組織で紡織機の製造をしたならば相當安く出來るだらうと思つてやつてみたことがありますが、紡織機位の程度の數量と又改造變更が、注文先によりて相當變化のある機械の製造にはどうしても採用出來ず失敗致しました。  それで今回の自動車製造にはその專門製作の組織が採用出來るものと思ひ種々骨を折つて見ましたが、悲しいことには一般從業員が從來の組織になれてゐて、この組織を知らない事と、矢張その組織にする爲にはそれに相當する設備が必要である事と、毎月五百臺製作程度では無理であると云ふことがわかりましたので、擧母工塲へ移轉と同時に組織の大改變をする事と致し、一年前より從業員に新組織のことについての教育をして參りました樣な次第で、擧母に移つて初めて自動車製造工塲らしい組織の工塲になるわけで御座います。  然し何んと申しても今迄の習慣は恐ろしいもので、この新組織の習慣になりきり、眞の自動車製造業者として恥しくないまでになるにはまだ/\相當の年月がいることゝ思ひます。  然し形だけは漸くその組織になりかゝつて居ります。この組織になりますれば經費の無駄をはぶいて非常に安い車が出來る事と、併せて今迄皆樣に御迷惑をかけて居ました種々なる欠点が順次無くなつて參ります。       一、部品の問題  自動車は何處でどんな故障が起きぬとも限らぬ、一つの部分品の破損により、何千圓と云ふ車が動かなくなるもので、その場合、一分も早く部品を供給して、自動車を動く樣にしなくては非常に不經濟になります事は誰しも知って居る事で、部品が充分間に合ふか合はぬかが、以つてその自動車の使用價値を現はす事になります。自動車の製造が少量製作では、獨立性のないのは其の爲で、如何によい自動車でも何時かは破損する部分が出來るが、其れに對する部品が間に合はなかつたら、其の自動車の使用者は非常な迷惑をする、自動車製造業者は、この点を充分心得て居なくてはならぬ。それ故當社にては製造の最初より多量製作は出來る筈のものでないから、日本の何處でも部品のある一般大衆車となるべく部品の共通性をもたせ、其の部品が使用出來る樣な形のものを選んで、過去五ケ年間はそれで或る程度まで一時的に間にあはせて戴いた樣な次第です。  然し外國車も毎年改造される爲め、順次その部品は使用出來なくなるのは當然のことで、何時迄も之に頼る可きではない、吾國には吾國獨自の自動車工業の存在の必要ある以上、自ら部品を供給し得るだけの設備をもつ可きで、それには相當の大量製作をなし得る工塲であることが必要であります。  擧母工塲はまだ月産千五百臺程度ではあるけれども、部品と云ふ事を相當考慮してある爲めに割合に大きな場所をとつたのです。今迄の製作工場では製作機械の不揃ひなる事と、組織の惡い爲出來るものは非常に出來るが、あるものは仲々出來ぬと云ふ樣な有樣で、一方の部品が間に合ふと他方の部品が間に合はぬと云ふ具合で、當社としては相當努力して居ても一向に結果にそれが現はれぬと云ふ欠点がありました。今回からは或る必要程度の部品は自動車一臺に對してどれだけと定め、本製作の中に組み入れて自動車一臺出來ると共に部品が一定數量だけ出來る樣になります以外に、工塲の能率の上つた部署は部品を作らせて、當社として相當のストツクをもつことになつて居ります。  最初半年乃至一年位は或ひはまだ全体の調子がそろはぬ爲、部品に幾分御迷惑をかけることがあるかも知れませぬが、順次部品に對しては工塲が擴充して參りますからご安心を願ひたう存じます。そこで部品問題について御願ひ致したいことは、自動車の賣上臺數によりて大体一定數量の部品を御用意願ふ事と、急激に一度に多量の同一部品の御注文なき樣、前以て時間の餘裕をおいて御注文を願ひたい事で御座います。如何に吾々が設備を擴充しても、急激な多量注文に對しては如何んともする事も出來ず、のみならず其れがために、他の方面に御迷惑をかける事になりますので、當社としては大体の割合を決めて一時に多量の御注文があつても、或數量以上出さない事にして、他に御迷惑にならない樣に致しますから、その点御了解を願ひます。  最近の如く非常時の爲、或る方面から無理にも多量の注文がされる場合がありますが、斯る塲合は今後は、當社にても考へておかなくてはならぬ事ですが、目下其の方策を考究中で御座いますが、斯ることの爲め皆樣に御迷惑を掛ける事は今後度々ある可き筈のものではないと確信致します。  尚この部品に就いては、相當大きな重要なる問題で御座いますから他日詳しく御話する事に致します。       二、改良の問題  國産車はまだ完全でない、とても使用に堪へないと云ふ聲は時々聞きます。又實際に於いてそう云はれても致し方のない点があります。吾々は過去五ケ年間其の改良に極力努力して參りました。  設計の不備なる点、製作の惡い箇所、材料の惡い所等出來るだけ改良して來ました。初めの中は改良も割合に早く出來ましたが、段々車が多數になるに從つて改良にも手間がとれて、皆樣から御不滿を頂戴してから改良品が出來るまでに相當の月日がかゝる樣になつて參りました。之には種々の原因があります。以前に惡いと云ふ事が判つたら今迄作つた部品を全部棄てゝ改良部品の製作を急ぎ、それを代用したから比較的早く改良が出來ました。然し當社としては非常な損失で毎月何萬圓と云ふ不良部品の損失が出ました。然し使用の出來ないものに對する對策としては止むを得ませんでしたが、段々或る程度迄は使用が出來る樣になつて居る事と、一方段々製作臺數が多くなるに從つて、部分品の製作數も多くなり、從つてそれを全部棄る事はあまりに損失が多くなるので其部分品を使用してしまうまで新改良品が出ない事になつたので、改良が非常に遲れたわけで御座います。  この欠点は全く組織が惡かつたので從來の如き一般鐵工塲の組織がやつてゐる間は止むを得ない事で御座います。然し自動車の改良進歩は永久的に實行される可きもので、これなくしては自動車の進歩はない故に斯る改良が短時日に然も完全に實行されて行く事が自動車製造業者としては最も大切なる事であります。製作數量が多くなれば多くなる程、仕掛部品數も多くなり、改造に相當の月日を要する事になります。改造に相當の月日を要する事は自動車の進歩の遲れる事です。吾々が刈谷工塲で一番困つたのは此の点で御座いました。犧牲は少くしたいし改良は早くしたいし、之を如何にして解決す可きか、我國の如く氣候風土が外國と違ひ、殊に最近の如く支那方面にて自動車を使用するとなれば、それらに適した自動車の研究は當然吾々がして行かなければならぬ。又自動車をもつと完全なもの、便利なもの、經濟的なものに、改良する事は我々の使命であります。この改良を出來るだけ早く然も犧牲を少くして出來る方法はないか、之が過去五年間吾々の頭を惱ました問題であつた。其れにはどうしても工塲組織を根本的に改革しなくてはならぬのです。  刈谷の工塲では隨分骨折つてみたが、あれではどうしても思ふ樣な改良が出來ぬ。豐田は最初から自動車事業で飯を喰ふ積りで初めたのではない。何んとか立派な自動車を作つてみたい。半ば道樂氣が手傳つて始めたのである。併し改良進歩が出來ない樣な工塲組織では自動車事業をやる價値がない。そこで擧母に移轉し全く新らしい設備と、新らしい組織でやる事にしたのです。刈谷でも擴張していけば二十萬坪や三十萬坪の地所はどうでもなつたのであるが、それでは思ひ切つた大改革が出來ないので、不便を忍んで擧母に全く新らしく工塲を作りなほした譯で御座います。  擧母工塲が完成致しますと、これからは犧牲も極く少くして早く改良することが出來る組織になりました。只殘念な事は今迄の習慣がまだ/\殘つてゐるので、私の思ふ程には仲々行き兼ねると思ひますが、それでも今迄よりずつと早く改良が出來る樣になります。改良する事は自動車事業の生命でありますが、茲に一つの問題となる事は舊部品に對しては、如何樣に處理してゆくかと云ふ問題で御座いますが、之は當然に重要なる点で、此の点は後程の機會に詳しく御話する事に致します。  前述の如く改良を早くする事が出來る樣になつて、初めて眞實の自動車が出來る樣になりますので、今迄は自動車の惡い爲に色々御迷惑を掛けて居ましたが、其の重なる点は左の三つで御座います。 [#ここから2字下げ] イ、設計の惡い点 ロ、製作の惡い点 ハ、材料の惡い点 [#ここで字下げ終わり]  右の中設計の惡い点は最初の中は、設計者自身が不馴の爲めにスケツチしたにも不拘ず、間違ひをしてゐた点が相當ありましたが、今ではもうそう云ふ点もなくなり、今後は改良する爲めに新らしく設計すると云ふ立塲になつて參りましたから、設計の間違ひはなくなり、今後は研究部の完成と共に研究と相俟つて設計する事になるので、設計の惡い点は無くなり、改良に對する考への如何んと云ふ点に重きを置く樣になつて參ります。從つて之からは實際に使つてみて頂いた皆樣から種々な意見を聞き、それが果して有効であるや否や、當社の研究室にて充分の實驗をなし、それで良いとなれば直ちに實行に移り得る組織になつてゐますので、今後は皆樣も自動車の改良に就いて眞劍に御研究を願ひたいので、今迄は折角良い御考案があつてもそれを實行するに至る迄の組織が出來てゐない爲め、止むを得ず有耶無耶に過した樣な有樣で御座いましたが、今後は斯る事が無い樣になつて參りますから、當社を利用して自動車の研究改良をして行って戴きたいと思ひます。斯くして眞の國産車、眞の我國に適す自動車、吾々の車が出來る譯で何時迄も外國の模造、外國の眞似、外國に適する車を無理して吾々が使用すると云ふ事を止めて、獨立した國産車を作りたいと云ふのが吾々の念願で、吾々もそれが爲めには相當の犧牲も覺悟しなければならないと思ひます。之が今後非常時に於て眞の國家の御役に立つ基礎になるのではなからうかと思ひます。  吾々は自動車工業が金を儲けると云ふ事よりも斯る研究、斯る改良が思ふ樣に出來る丈の充分な資金と、設備とを持つ會社を作る事によつて國家に益したいと云ふのが念願でありますから、どうぞそうお考へになつて當社を御利用下さい。  次に製作の惡い点で御座いますが、製作は如何に努力してみても、一通の適當なる製作機械を備へなくては完全な製作は出來ません。刈谷工塲でも或る程度の重要なる優秀機械は備へ付けたけれども、數が足らぬ爲、色々の作業をさせなくてはならず、又職工も充分熟練する餘裕がなかつたが、擧母工塲は増産と共に機械設備も整つて來たので、之からは機械製作による惡い箇所は非常に少くなり、若しあるとしてもそれは順次無くなります。  最後の材料の惡い点で御座いますが、之は二通りに考へられます。即ち原材の惡いことは途中行程の惡い事で、途中行程の惡い爲めに、材料不良を出した事は當社としても、相當大きな犧牲を拂つて參りました。その一つは鑄物で、之を完全にする爲めには相當の設備が必要で御座いますが、今迄の研究により、先づ使用の出來ない樣な大した欠点もなくなりました。今回の擧母の工塲では從來設備上不滿であつた点を改良してありますので、今迄よりももつと良いものが出來る筈で御座います。他の一つは鍛冶工塲で、之は全く今迄の設備が不完全であつた爲に、折角良い材料を使用してもハンマーの力の無かつた爲め、燒けすぎのものを使用し勝ちで、それが爲めに材料を非常にいため、皆樣に非常な御迷惑を掛けました。一部では燒入れが惡い樣に考へられ、當社も或ひはそうかも知れぬと云ふて居ましたが、實は全く鍛工の設備が惡く、充分な工作が出來なかつたので、當社製でも外注物でも茲には非常な欠点があり、何とも施す處置がなかつたので燒過ぎしない樣、職工には充分注意はしてゐたのですが、どうかするとハンマーの力が足らぬ爲めに燒過ぎし勝ちでした。  擧母工塲は之にこりて鍛工設備を充分にして、今度からは燒過ぎの生じない樣に致しましたから、段々之も解決されます。  次に原材の惡い点が御座いますが、茲に原材と申しますのは、鑄物に使用するスグと鍛工塲で使用する鋼材で御座います。鑄物に使用するスグは吾々では何とも致し方がありませんが、今迄日本で作つてゐるスグで調合を相當に研究する事により、先づ使用出來る程度のもので、尚調合方法は研究して參りますが、何と云つても原材が惡くては致し方がありませぬが、今後支那方面から段々良い原石により作られるスグが出來て參りますと、地金も段々良くなる筈だと思ひます。  次の鋼材で御座いますが、之は我國では今迄飛行機に對する材料は或る程度まで研究もされ、製作もされて居ましたが、それは極く特別なもので、多量に自動車に使用する事は出來ません。其他の材料は寧ろ建築材料に近い程度のもので、到底自動車の重要部分には使用出來ません。それ故に當社としては自動車の製作にかゝる前に製鋼工塲を作り、自動車用専門材料の製作研究にかゝりましたが、何と云ふても最近の研究であり、設備も小さかつたので、全部は間に合はず、不足分は外國品を使用してゐたのですが、商工省から外國材料を使用せずに、内地品を使用せよと云ふ御説があり、尚最近は輸入が殆んど出來ないので、專ら内地品を使用する樣になり、そこに不滿ながらも止むを得ず使用して行かなくてはならない材料があつたので、急に當社の製鋼工塲を擴張して、自動車に使用する專門材料の製作にかゝりました。日本にも最近製鋼工塲が相當出來ましたから、段々良いものが我々の手にも入る樣になる事と思ひますが、何と云ふても營利會社である以上、損をしてまでも吾々の要求する材料は悉く集めることは六ケ敷しいので、自家製にして材料の研究と共に、自動車に最適の素材の製作をする事に致して居ります。自動車ばかりに使用する材料のみを專門的に作つて居ますと、そこには云ふに云へないコツがわかつて參りまして、他の先輩會社の各種の材料をお作りになる所に比して、決して劣らないものが段々出來て參ります。來春には増産が出來ますから、増産と共に出來るだけ、當社製の材料を使用して參ることにより、今迄皆樣に非常な不安を抱かせた点が解決して參ります。斯くして改良の問題も段々解決し、皆樣には御迷惑のかゝらぬ純國産自動車の出來るのも擧母工塲の整理と共に、今後は急轉歩に進歩する事と思ひます。  以上二章で申上げました部品問題と改良問題を主眼として、擧母工塲の設計及び組織を定めて參りましたが、こゝ迄大きな問題は當社製の製品はよいとして、自動車の部品を全部當社で作ると云ふことは、到底出來ないので、相當數量を外注しなくてはなりません。  寧ろ自動車事業は外注部品に就て完全なるものが出來なければ、自家製品が如何に良くても役に立たぬのですから、此の点を如何樣に解決するかと云ふ事が、一つの大きな問題で御座います。今迄當社の自動車の欠点の相當の役割を、此外注部品が持つて居ましたので、此点は當社としても非常に困らせられました。元來日本にては自動車事業は發達してゐなかつたので、完全なる部品の出來る設備のあらう筈がない、しかも完全なる部品を作れと云ふ方が無理であつたので御座います。最近は大分その方面に力を入れて頂ける樣になりましたが、相當の設備もいる事であり、熟練も研究も必要なる爲めに急激に作れと云つて見ても仲々出來る筈のものではありません。當社では此の点に於て最初非常に困難を感じ、部品工塲の製作段取りのつくまで、又技術の進歩するまで、惡くても使用しなくては發達しないので止むを得ず注文して參りましたが、その汚名を一手に當社で引きうけて參りました樣な次第ですが、最近段々良くなつて來たことゝ、當社としても外注しては無理だと思はれる品物を段々當社で製作する樣に致して參り、只今では完全とは申せませんが先づどうにかこうにか使用し得る程度になつて參りました。今回擧母工塲設立と共に部品工塲に對する買入れ方法も改め、下請工塲からももつと力を入れて製作して頂ける樣にし、又一番問題となつてゐる材料も出來るだけ當社から支給する事にして、適當な材料の無い爲め止むを得ず他の材料を使用して一時の間に合せると云ふ事が無い樣に致しました。然し此の点は仲々複雜であるから今後まだ/\努力研究する必要があるので、之が全く解決しないと眞實の國産車が出來たとは申されません。當社としては今後此の方面に相當力を入れて行かなくてはなりません。來年一杯は其の方面に全力を注いで行く積りで居ります。       三、擧母工塲と新車の改良事項  前述の如く當社としては、擧母工塲から根本的に組織を改めましたが、其れと共に此期を限界として新車を作り、そこに思ひ切つた大變革を致しました。此の變改は皆樣に非常な御迷惑であり、當社としても非常な損失で、果して斷行す可きか、否かと云ふ点に關しては相當考慮したので御座います。それは今迄は寸法を吋であつたのをメトリツクシステムにした事で御座います。即ち英米の如き吋を用いてゐたものを日本流にメートルで作ることに致したので御座います。之は今迄の部品が合ない事、又今迄の部品を作る事が出來ない事のみならず、吾々の使用してゐる今迄の材料が役に立たぬばかりでなく、色々な道具刄具やゲージを皆換へなくてはならぬ、非常な損失を來たすもので御座います。  そんな不便や損失を覺悟で何故にメトリツクスシステムに變へたか、此の点を充分御了解下さいまして、一時の御不便を忍び、永久的の立塲から御辛抱を願ひたいので御座います。  元來日本の工業は英米から教はる点が多く、從つて吋を採用して居る工業が多いので御座います。政府としては何んとか之を統一し、メトリツクシステムにしたいと云ふ御考へを持つて居られますが、その費用が相當に掛るので、今迄の習慣で仲々それが採用されないので御座います。當社も最初米國の車を土臺として設計した爲めに吋式でありました。然し日本の現状を見ますに軍部方面の工業は全部メトリツク式を採用して居ります。軍部關係の工業は順次高級なる精密工業に移りつゝあり、自動車の使用も軍部に於て相當考へらるゝ以上、吾々の工業を吋式で進むことは將來非常なる統制を欠くのみならず、本事業の發達に影響を來たすもので、飛行機方面にて巳にメトリツクで進んでゐるのを、茲にそれと同等に取扱はれる自動車事業が何時迄も、吋で進むことは國家として非常な損失であります。  最近學校卒業生が皆メトリツク式で教育されて來るのに、實社會に立ち、殊に今後の若き青年に負う所盡大なる自動車工業が吋であると云ふ事は非常な矛盾であります。如何なる犧牲を拂つても此の際之をメトリツク式にしなくては、將來の國民に對して申譯がない。軍部に對しては尚更の事である。折角日本がメトリツク式を採用しかゝつてゐるのに、斯く新らしく起つた工業が吋式を採用して行かうと云ふ事は社會に對して申譯がない次第です。  將來我國の重工業はu々進歩して行く。段々精密工業に進んで行く。其の最も魁である飛行機工業が巳にメトリツクで進んでゐるのに、それに續く自動車工業が吋を採用すると云ふ事は、一時の間に合せには致し方もないが、永久の策としては大いに考へなくてはならぬ問題であります。  其れ故に我々は茲に一大決心をして吋式を廢止し、メトリツク式にしたので御座います。一時は皆樣に非常な御不便を與える事と思ひますが、國家百年の計の爲、一時的の御不便はどうぞお忍び下さいまして、將來の爲にメトリツク式にした事を御許し願ひ度う存じます。  然らば今迄の部品に對してはどうするかと云ふ点で御座いますが、之は別に小さな部品工塲を設けて、暫らくの間何んとか補ひをつけて行く積りで御座いますが、目下機械の不足な塲合で御座いますから、充分な事は參りませぬかも知れませんが、當社として出來るだけ努力をして參りますが、何れメトリツク式のものばかりになるので御座いますし、今後作られる自動車の方が優秀な機械と材料を使用して居りますので、成る可く早くそれに御取り換へ願ふ樣、御無理な事とは存じますが、茲暫らくの間御不便を御辛抱願ひ度う存じます。  次に擧母工塲に於て作る車の改良要点を極く簡單に申上げ皆樣の御參考に致します。 [#ここから1字下げ、折り返して2字下げ] 一、ヱヤクリーナーを改良――之は日本の樣な、殊に北支の如く塵埃の多い所ではシリンダー内に砂塵が入り、其の爲如何に鑄物をよくしても磨滅が多いので、砂塵を今迄よりもつと多く取除く樣に改良。 二、ウオームギアの改良――今迄に製作機械が間に合せのものであつたが本式の機械が入りました。 三、フロントスプリングの改良――日本や支那にて惡道路を走る塲合、歐米のそれと同じスプリングを使用する事は無理であるからもつと強くしました。 四、スプリングハンガーの改良――設計を改めu々シツカリする樣に改良。 [#ここで字下げ終わり] [#ここから1字下げ] 五、ラジエーターの製作改良 [#ここで字下げ終わり] [#ここから2字下げ] ラジエーターに適當な材料の得られなかつた事、其の製作の惡かつた爲に一時はヱンジンがオーバーヒートした事がありましたが、最近其の材料が得られる樣になり、製作も改良して熱を充分吸收するラジエーターが出來る樣になりましたので、オーバーヒートの点が解決します。 [#ここで字下げ終わり] [#ここから1字下げ] 六、シヤシーを全部Xメンバーとする事 [#ここで字下げ終わり] [#ここから2字下げ] 今迄はバスのみにXメンバーのシヤシーを使用して居ましたが、使用した結果良ろしいのでトラツクも全部Xメンバーのシヤシーにします。故に今迄より丈夫になります。 [#ここで字下げ終わり] [#ここから1字下げ] 七、クランクを四ベヤリングに改良 [#ここで字下げ終わり] [#ここから2字下げ] 今迄はクランクは三ベヤリングでありましたが、之は無理がある事明らかでしたが、外國の車も三ベヤリングでありました爲、それを採用したが矢張欠点が多いし、外國でも最近四ベヤリングに改良して行くのでありますから、當社も四ベヤリングに改良し今迄の樣に無理のない構造にしました。 [#ここで字下げ終わり] [#ここから1字下げ] 八、バルブヘツドの改良 [#ここで字下げ終わり] [#ここから2字下げ] 排氣が樂に行き發火した火が早く全体にまわり、完全燃燒をする樣にバルブヘツドを改良。 [#ここで字下げ終わり] [#ここから1字下げ] 九、フアンの位置を改良 [#ここで字下げ終わり] [#ここから2字下げ] 今迄のではラジエーターに對して、フアンの位置が惡かつた爲に、ラジエーターが充分作用をしなかつたのを、今度は其位置を改良しました。 [#ここで字下げ終わり] [#ここから1字下げ、折り返して2字下げ] 一〇、其他各方面の製作上の改良は相當多數あります。それは擧母が大量製産になる爲に、各種の専門機械が入つて參りましたので當然の結果で御座います。 一一、馬力の問題に就いて――馬力の少なすぎると云う聲も時々聞きますが、經濟車であると云ふ事と、日本の國情から見てガソリンの使用と云ふ事は、相當な重要点で、馬力を多くすれば從つてガソリンが多く必要なるは當然の事で、使用目的によつてはガソリン使用量よりも、馬力の多い方が有利な塲合もありますが、日本の現状から見たら必ずしも馬力の多い事のみを必要としない樣に思はれます。何馬力なれば最も適すると云ふ樣な絶對的のものでなく、比較的の問題ではなからうかと思ひます。只同じ設計で製作上の欠点から馬力の出方が少いと云ふならば、之は相當大きな問題で御座いますが、ヱンジンそれ自身は多年研究されて居り、それと大差ない設計のものを作り、製作も大した欠点が無いとすれば、ヱンジン自体として非常な馬力の相違を來す筈もなく、寧ろヱンジン自信が原因となつて、取扱方、調整の仕方如何による變化が相當に多い樣に思はれます。日本でも色々な方面に自動車を使用致します關係上、如何なる目的にも滿足すると云ふ事は無理で、當社と致しましては日本の國情に適する、最も經濟な車と云ふ所に主力をおいてあります關係上、支那地方にて非常な道路の惡い所には、或ひは馬力の不足を感ずる塲合があるかも知れません。こんな塲合も考慮致しました。今迄のものよりは幾分馬力も多くなる樣に設計をかへ、支那向のものに對しては、特にバルブを換へて大きな馬力の出る樣に致しました。それが爲幾分ガソリンが多くいるかも知れませんが、之は當然の事で御座います。尚支那にて多數の人を運搬する爲には、特に双發自動車を設計し百人以上の人を運搬し得るバスの製作に取かゝつて居ります。 [#ここで字下げ終わり]  以上の如き改造は當然當社として爲さなくてはならぬ事で、之を以つて決して滿足す可きでは無く、今迄皆樣から御聞きし又當社としても改良したい幾多の点がありますが、之は順次改良して參ります。只茲に考へなくてはならぬ点は、改良改良に追はれて部品供給の問題を粗忽にする譯には參りませぬので、改良によつて相當の効果のある点は、ドシ/\改良しますが、左程でもない時には新車發表の度に集めて置いて改良し、今迄部品供給に差支へない樣に致し度いと存じます。  以上申述べました樣に擧母工塲移轉と共に、思ひ切つて各種の改造を致しました爲に、一時的には生産高も調子の整うまで減少し、部品の供給の不都合の点も御座いましやうが、どうぞ其点を御許し願ひ度う存じます。そのかはり全部の調子が整つて參りましたら、其後に於ては決して皆樣に御迷惑のかゝる事のない樣になります。  之は吾々が自動車事業に對する經驗と智識のなかつた爲でもありませうが、又吾國の状態から見て自動車事業の發達の道程として、止むを得ない事とも思はれます。研究時代の雜然たる時代を去つて、愈々本製作のレールに乗らんとしつゝある現状にありますから、暫らく御辛抱の程を御願ひ致します。       四、擧母工塲御案内に就て  擧母工塲は大變邊鄙な所にありまして、皆樣の御出を願ふには大變不便で御座います。何れもう少し便利にはなりますが、現在の所では名古屋驛から自動車で凡そ一時間、名古屋市内東田町から擧母行のバスが出ます。之で凡そ一時間、擧母の町で乗り換へて凡そ十五分で當社に着きます。又東海道岡崎市からは省營バスでトヨタ前迄凡そ四十分、三河電鐵にて凡そ四十分、又東海道刈谷驛から三河電鐵電車にて四十分程掛ります。即ち電鐵の停車塲は別圖の三河豐田驛に御下車。バス停留塲は擧母《ころも》町。岡崎市間の省營バスのトヨタ前で御下車下さい。  當社で事務所受付まで御出下されば御案内致す筈で御座いますが、實は擧母工塲は前述の如く各方面に大改革を致しました關係上、工塲内部の整理、製作の準備等で非常に雜然としてをり、又多忙で御座います爲に、御案内する暇もなく、亦甚だ失禮な申分ですが、邪魔にもなりますので、整理がつく迄御遠慮を願ひ度いので御座います。來年の三月迄には整理をつけまして、改めて皆樣に御出を願ふ樣御招待を申上げます。それ迄には工塲内部の案内書も説明書も出來ますし、案内方法も定まり、皆樣に御納得の行く樣にし度いと思ひます。  自動車は一般的のものでもあり、工業智識の普及にもなりますので、皆樣に見て頂ける樣に參觀道路も作りまして一般に公開する積りで居ります。どうぞ其の節には御家族御同伴にて御覽を願ひ度う存じます。亦實際に使用して居らるゝ方々には、尚更見て頂く必要がありますので、特に各方面の代理店の方々より特別招待日を定めて、見に來て頂く樣な考へも持つて居りますので、どうぞ來年の四月迄御待ち願ひ度う存じます。  現在は何と申しましても、引越し間もなくで未だに舊部品を作つて居る所もあり、まだ設備の完成しない所もあり、建築の不足を補ふてゐる所、建築後の整地工事をしてゐる所もあります樣な次第で一度で何萬坪と云ふ大きなものを作つた爲に、その整理丈でも相當骨が折れ時間がかゝります。  去る十一月三日の明治節に移轉の大部分が完了致しまして内祝を致し、十一月二十日頃からやつと各部の仕事が一通り開始出來た樣な次第で、未だ設備の一部分は工事中で御座います。  來年二月迄には工事殘りを片づけ、設備も一通り終了する豫定で御座います。それと共に順次増産して參り來年三月までには、刈谷工塲の三倍に當る製作數量に達する筈であります。 底本:「豊田喜一郎文書集成」名古屋大学出版会    1999(平成11)年4月15日初版 初出:トヨタ自動車工業株式会社発行冊子 入力:sogo 校正: YYYY年MM月DD日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。