きつねと 馬 グリム兄弟 Bruder Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)お百《ひゃく》しょう -------------------------------------------------------  あるお百《ひゃく》しょうが、とても よくはたらく 一とうの馬《うま》をもっていました。  ところが、馬《うま》は、だんだん 年《とし》をとって、とうとう はたらくことができなくなりました。すると、しゅじんは、たべものをやるのが、いやになりました。 「おまえは、もう、やくにはたたなくなった。それは、わしにも よくわかっているが、しかし わしは、おまえを かわいくおもっている。だから もしも、おまえが、まだここへ ライオンをつれてくるだけの 力をもっているのなら、かっておいてやることにしよう。だが、ひとまず、この馬小屋《うまごや》からでていってくれ。」  こう いって、お百《ひゃく》しょうは、馬《うま》を、ひろい野原《のはら》へ おいだしてしまいました。  馬《うま》は、しょんぼりと、森《もり》のほうへあるいていきました。森《もり》へいけば、雨《あめ》や風《かぜ》を、いくらかはふせげるだろう、とおもったのです。  とちゅうで、きつねにであいました。きつねは、馬《うま》にたずねました。 「おまえさん、なんだって、そんなにうなだれて、さびしそうに あるいてるんだね。」 「ああ、あ。よくばりこんじょうってものは、やりきれんよ。いくら、こっちが、ま心《ごころ》をこめて つくしてきても、どうしようもないんだからなあ。  おれは、なが年《ねん》のあいだ、しゅじんのいうとおりに、いっしょうけんめい はたらいてきた。  そりゃあ 今《いま》は、はたけ仕事《しごと》はできないさ。しかし、しゅじんときたら、おれを、さんざん はたらかせてきたくせに、そのこともわすれちまって、くいものをくれるのがいやで、おれをおいだしちまったんだ。」 と、馬《うま》ははなしました。 「なぐさめてもくれないでかね。」と、きつねがたずねました。 「いんや。そのなぐさめかたが、また ひどいんだ。なにしろ、おれが、しゅじんのところへ、ライオンをつれてくるぐらい つよければ、かっておいてやろうって いうんだからな。おれに、そんなことができっこないぐらい、わかりきってるくせになあ。」 と、馬《うま》はこたえました。 「ようし、おれが手《て》だすけしてやるよ。おまえさんは、そこへねころがって 手足《てあし》をのばしていたまえ。ぴくりとも うごくんじゃないよ。死《し》んだようにしてるんだぜ。」 と、きつねがいいました。  馬《うま》は、きつねにいわれたとおり、ごろりと そこにねころびました。  きつねは、ちかくのほらあなにいる ライオンのところへいって、 「おもてに、死《し》んだ馬《うま》がいますよ。でてごらんなさい。うまいごちそうにありつけますよ。」 と、いいました。  ライオンは、きつねといっしょに でていきました。 馬《うま》のそばまでくると、きつねは、ライオンにいいました。 「ここじゃ、気《き》らくにたべられませんね。よかったら、わたしが、この馬《うま》のしっぽを、あなたの体《からだ》に しばりつけてあげますよ。そうすりゃ、あなたは、この馬《うま》を ほらあなのなかへひきずりこんで、ゆっくり たべられるってわけですよ。」  ライオンは、たしかに いいかんがえだ、とおもいました。そこで、きつねが、じぶんに、馬《うま》を しっかり むすびつけることができるように、じっと たっていました。  ところが、きつねは、馬《うま》のしっぽで、ライオンの足《あし》を ぐるぐるまきにしてしまったのです。しかも、ライオンが、どんなに力をふりしぼっても ちぎれないように、ぎゅっとむすんでしまったのです。  この仕事《しごと》をおえると、きつねは、馬《うま》のかたをたたいて、 「そうれ いけ。そうれ いけ。」と、いいました。  とたんに、馬《うま》ははねおきて、ライオンをひきずったまま はしりだしました。  ライオンは、ウオー ウオーと、すさまじい声《こえ》で ほえたてました。森《もり》の鳥《とり》という鳥《とり》が、こわがって とびたちました。けれども、馬《うま》は、ライオンがほえたてても おかまいなしです。野原《のはら》をこえて しゅじんの家《いえ》の戸口《とぐち》まで、ライオンをひきずっていきました。  しゅじんも、それをみると、かんがえをかえて、 「おまえは、うちにおいて だいじにしてやろう。」と、いいました。  こうして、馬《うま》は、死《し》ぬまで おなかいっぱい たべさせてもらいました。 底本:「グリムの昔話(1)野の道編」童話館出版    2000(平成12年)年10月20日 第1刷    2014(平成26年)年8月20日 第14刷 底本の親本:「グリム童話全集」実業之日本社 ※底本は表題に「きつねと 馬《うま》」とルビがふってあります。 入力:sogo 校正: YYYY年MM月DD日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。