会社改革の方針 豊田喜一郎 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#ここから2字下げ、折り返して3字下げ] -------------------------------------------------------       会社改革の方針        一、改革の必要  日本は米国流の自由経済組織に変更され世界平等の立場に於いて競争しなくてはならぬ時代が追々来たるものと思う。保護された事業、独占的事業は改革されなくてはならぬ。  日本の自動車工業は、統制経済の下に於いて、育成され保護されて来て、未だ自由経済の荒波にもまれたことがない。いわば温室育ちである。而して当社の立場は、世界事業の立場からみれば、決して一流会社とは言えぬ。ことに戦争の敗退により、自動車会社としては、第三流程度の会社と見る可きであろう。  かかる会社が、今後独立独歩、自由経済の荒波に対して、難破することなく、航行を続けることは甚だ困難である。大きな痛手を負うたこの工場を、如何にして統制経済から自由経済組織に持ち行くか、この時が当社の生死のわかれ目だと思う。  幸いにして自由経済組織にうまく乗り込みうれば、前途は洋々たるものがあるが、そこに一大覚悟を要する。        二、根本方針  自動車製造の専門工場の一本槍でどこまでも突進し、倒れて後止む。  自動車にも各種あるが、専門工場として、海外にまけないためには、各種の自動車製造をなすことを中止し、止むを得ざる場合には、工場別に専門工場を作り、雑工業の観を呈せざる様になす。  そして、専門工場たる以上、どこまでも専門機械と専門設備とに主力を注ぎ、多量生産方針によりて、安くて優秀なるものを作り、世界一流会者にまけざる製品を作りうるまで突進す。而して、輸出を目的としてすすむ。        三、製品別工場の確立  各工場を専門工場として、完全なる発達をはかるために、製品別に工場を確立し、各工場の進歩の程度を明らかにするため、独立経理のもとに、自由経済観念を養うと共に、工場の経済能率の向上をはかる。(従来の統制経済に依存したお役所的観念を一掃し、全くの民間的自由経済社会にたちうるための人的養成方法として)  故に、工場を下記の如く分類し、各工場に独立経営的色彩をもたせる。 [#ここから2字下げ、折り返して3字下げ] (一) 鋳物工場 (二) 鍛造工場 (三) ボデー工場(プレス、塗装) (四) 大型機械加工工場(第一、第二、第三)及び組立工場 [#ここで字下げ終わり] [#ここから3字下げ]   大型自動車のみを作る。 [#ここで字下げ終わり] [#ここから2字下げ] (五) 小型機械加工工場 [#ここで字下げ終わり] [#ここから3字下げ] 小型自動車のみを作る。東広場に二〇〇〇坪(六六〇〇m2[#「2」は上付き小文字])程度の工場を新設す。 [#ここで字下げ終わり]  以上の五工場を完全なる専門工場として、発達させるために、独立経理をなし、その工場の経済的能率の向上が、直接明白になり、且つ、幾分その恩沢に浴するような組織とす。  刃具、メッキ、焼入れ、工機工場は本部直属の工場として経理を見、尚他の経費と共に前記五工場に分担せしむるものとす。  他の部門については次の通りとす。 [#ここから2字下げ、折り返して3字下げ] (一) 研究部は、出来るだけ縮小して東京に移す。 (二) 設計部は、当分の間、機械設備の改良、段取に力を注ぐ。 (三) 直接製造に関係なき部門は、廃止又は出来るだけ縮小す。また東京に移しうるものは極力東京に移す。 (四) 試作工場は、別動隊となし、特別経理となす。 (五) 事務員は、出来るだけ減少し現場につかせる。 (六) 余剰人員のなきよう配置がえをなす。 [#ここで字下げ終わり]        四、工場組織の変更  製品別工場の確立とともに、当然おこる工場組織の変更に伴い、伝票制度、賃銀制度、経理方式を改正す。 [#ここから2字下げ、折り返して3字下げ] (一) 伝票制度は、順次流れ作業方式に改む。 (二) 賃銀制度は、順次出来高払いに改む。 (三) 経理方式は、独立経営式となし、各工場は注文方式をとり、伝票制度と相まって一つの形式を作る。かくして順次自由経済組織に持ちゆく。 [#ここで字下げ終わり]        五、設備改善掛  作業員以外に設備改善掛をおく。これは各工場の設備を改善するものにして、この組織は別に定むるとするも、その方針は、各工場の設備を改善して、他の如何なる工場にもまけない様な能率を発揮しうる工場に改善するものなり。  工機工場、刃具工場、試作工場、刈谷工機及び外注他工場を動員して三か年間、設備の大改善をなすものとす。尚、直接衝にあたる人は、設計及び工務の者とす       改革の実行を容易ならしむるための必要条項 [#ここから改行天付き、折り返して1字下げ] 一、組織の変更と共に、人事異動が当然おこる。殊に統制経済組織から自由経済組織に移るため、従来の適材適所が新しい見方によって、変更されなくてはならぬ。又組織上余る部分もあれば、足らない部分もある。これがうまく埋め合わせる様なことは出来得ない部分があり、或は、外部より人をいれてよりよい能率をあげる様な組織にしなくてはならぬ所もあり、或は異動によりて解決しうる所もあろう。 [#ここで字下げ終わり] [#ここから2字下げ、折り返して1字下げ] この人事の適材適所に変更することに対する権限を、社長に一任すること。 但し、下記の点は当方にて注意す。 [#ここで字下げ終わり] [#ここから2字下げ、折り返して3字下げ] (一) 適材適所に対して、意見があったら申告して差支えなし。但し、大衆の見る目を主とするため、一部分の人の意見は聞き入れないことがある。ここに注意す可きは大衆の目といえども彼らの安逸を主眼とした見方があるが、これは排斥する。  即ち、無能者を主班に持ち来たり、下部にてこれをあやつらんとする傾向があるが、これは絶対に排斥する。 (二) 変更が完成するまでは、一部の人の中には適当な場所がなくて、遊ばなければならぬ場合がある。そういう人は一事仮りの場所に入れておいて、他日変更することがある。 (三) 変更により失職はさせないが、今までよりも割の悪い位置になる人もあるが、それは、止むを得ないものと心得られたし。 [#ここで字下げ終わり] [#ここから改行天付き、折り返して1字下げ] 二、賃銀制度の改革をなす。これは専門委員を作り、改革案をねらしめる。根本方針は、よく働くもの、実力のあるものに多く与える方式をとる。 三、新入社は全部社長の許可のもとになす。 四、設備改善掛は社長が引受け適当なる人物をあてる。人選は社長に一任されたし。 [#ここで字下げ終わり] [#ここから2字下げ、折り返して1字下げ] 予定は三か年間とし、その間どの程度まで自由経済社会になるか不明なるも、工場内部の組織及び設備は、世間の動きとあまり関係なく進行するも、外部との関係多き部門は、社会情勢と平行して進む予定である。 底本:「豊田喜一郎文書集成」名古屋大学出版会    1999(平成11)年4月15日初版    1999(平成11)年4月15日初版 底本の親本:「トヨタ自動車三〇年史」トヨタ自動車工業株式会社社史編集委員会編    1967(昭和42)年12月 初出:「トヨタ自動車三〇年史」トヨタ自動車工業株式会社社史編集委員会編    1967(昭和42)年12月 入力:sogo 校正: YYYY年MM月DD日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。