受難の人・鳩山一郎 廣川弘禪 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)咀|嚼《しゃく》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)咀|嚼《しゃく》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#3字下げ] /\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号) (例)だん/\ ------------------------------------------------------- [#3字下げ]天皇陛下萬歳![#「天皇陛下萬歳!」は中見出し]  私と鳩山氏との付き合ひは、今から二十年許り前、私が政友會に入るとき紹介する人あつて手引きしてもらつたのに始まる。  戰前での印象は薄れたが、戰後氏が追放になるまで、自由黨創設當時も一緒に働いた。追放中も時々熱海に氏を訪ね、めしを食ひながら色々話し合つたものである。當時も鳩山氏は政局の動きに詳しく、あからさまではないがなにがしかの不滿も聞いた。  一體鳩山といふ人は非常に開放的な人で、スポーツマンシップといふか、大衆に親しみをもち、人に好惡の別をつけぬ人である。將たる器も備はつてゐる。よく評して親の地盤で苦勞なしに上つてきたといふが、選擧といふものはそんななま易しいものでなく、やはり彼の實力と頭腦の明ルさからくる人格の力といふべきであらう。戰後自由黨立黨式の際、自ら音頭をとつて「天皇陛下萬歳」を三唱したが、あの左翼全盛時代で、またアメリカの御機嫌ばかり取つてゐた當時、このやうに行動し得た人はをるまい。鳩山氏のシンの強さはこれで分るであらう。  鳩山氏の健康は一番問題になるし、昨年の十月選擧の時、私が「鳩山はもう使ひものにならぬ」といつたとか新聞に出たことがあるが、あの頃は階段も獨りで昇れぬほどであつたが、今は違ふ。最近お會ひした時にはその元氣さに驚いたものだ。世間では色々取沙汰するが、私のみるところでは、小兒麻痺第二期のルーズベルトや、死ぬ前のスターリンに較べて、遙かに健康且つ活動的である。副總理もゐることであるし、總理になつても充分その職責に耐へることはできよう。またあの系統の病氣はだん/\恢復する可能性があるものだ。 [#3字下げ]官僚と政黨の違ひ[#「官僚と政黨の違ひ」は中見出し]  今度の解散は滅茶である。戰爭中の議會で佐藤賢了といふ軍人が暴言をはいたのが未だに語り傳へられる通り、吉田のバカヤローも青史に殘るものである。戰前は主權在天皇で不敬罪があつたが、主權在民の今日逆に國民に對して不敬罪を犯したものでまづ總辭職して、國民に手をついて詫びなければ濟なかつた問題である。これは吉田の官僚上り特有の獨善主義がなしたわけである。  その點鳩山氏は根からの政黨人で、苦勞の仕方が違ふ。此前の首班爭ひのときも、よく状勢を判斷していさぎよく吉田に讓り、できるだけ協力してきた。それに對して吉田は所謂四原則も履行せず、黨内で遇するに非常に冷たかつた。私も三木武吉とその間に立つて奔走、苦勞したものである。しかし鳩山氏はじつと今まで我慢してこられた。その心中さぞ不愉快であつたらうと察するに餘りがある。それだけに今度の解散がいよ/\本極りになつたときの鳩山氏の怒りやうといつたらなかつた。  今までも鳩山派と目された黨内四十五、六人の人々にも、吉田は國務大臣はおろか、政務次官、各種委員、黨役員にも起用せず、政府、議會をとはず、一切の人事をその手中に握つてゐた。黨員が自分の黨の總裁にも碌々會へない。折角官邸や大磯にまで出かけても門前拂ひを食はせるなど以つての外である。原敬であつたか、毎年大晦日にはよつぴて家にゐて、黨員の中で不如意なものが金を借りに來るのを待つてゐたといふ話があるが、政治家にはそのやうな情愛が必要ではないか。今度の選擧は文句なしに苦しい。しかし家、屋敷をカタに置いてまで出馬したのは、鳩山氏と私ぐらゐなものだらう。  選擧戰の天王山は再軍備問題であらうが、それについても吉田は陰でコソコソ闇取引をしてゐるやうなもので、現に保安廳長官の木村篤太郎君も内輪の話では「ヤレヤレ嘘をつくのはつらいよ」とこぼしてをるが如く、またスイスなどの例をひくまでもなく、獨立國に軍備はなくてはならぬものだ。鳩山氏の自衛軍備説もそこに立脚してゐるものと思つてゐる。 [#3字下げ]保守再編成の旗印[#「保守再編成の旗印」は中見出し]  戰後の政黨はいはゞ温室育ちである。總司令部から引きつゞき、アメリカの顏色ばかりうかゞつて一本立ちではなかつた。今こそ自主的な政治、外交態勢を確立し、保守再編成を一刻も早くせねばならぬときである。重光氏とも鳩山氏は別に犬猿の間柄でもないのだから、この點充分協力してゆける線はあるだらう。  鳩山氏の短所など私はいひたくないが、あまりあけつぴろげに廣げすぎることだと人はいつてゐる。しかし政治家には大衆的政治家と官僚的政治家との二つの型があり、元來政黨即政治であるべきものであるから、議會政治に於ては別に言つて惡い祕密などあつてはならないものだ。この點吉田の祕密獨善には困つたもので、鳩山氏がそれによつて非難されるといふ心配はあるまい。鳩山氏が話題豐富でそのやうな誹りをうけるのも、彼がそれだけよく政事を咀|嚼《しゃく》してゐる證據ともいえよう。  また死花を咲かせたいのだとか、最後の政治的野心がなせる業だといふ人もあるが、年齡的にも健康的にも不利な條件がさういはしめるので、鳩山氏はあの立黨の精神にもある通り、眞に國を憂ふる一心から立つてゐるのだと思ふ。  最後に考へてみれば、鳩山氏は家庭的には頗る惠まれてはゐるが、戰後は苦難の道ばかりでお氣の毒な人だと思ふ。健康と同時に自信を取り戻して保守再編成の大道に踏みだして貰ひたいもの、私も及ばずながら一臂の力をかさうと思つてゐる。 底本:「文藝春秋 昭和二十八年五月号」文藝春秋新社    1953(昭和28)年5月1日 ※拗音・促音の大書きと小書きの混在は、底本通りです。 入力:sogo 校正: YYYY年MM月DD日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。