ジョン・モートンスンの葬式 John Mortonson's Funeral ビアス・アンブローズ Bierce Ambrose 妹尾韶夫訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)涙《なみだ》を流した。 -------------------------------------------------------  ジョン・モートンスンは死んだ。彼はいまや「悲劇の人」のせりふを言い終つて、舞台をしりぞいたのだ。  死体は、ガラスをはめた、立派なマホガニーのひつぎにおさめられた。葬式の万端は、故人が聞いたとしても、満足するであろうような行きとどいた注意のもとにおこなわれた。ガラス越しに見える彼の顔は、見た目に不快なものではなかつた。苦痛なしに、息を引きとつたせいか、葬儀屋が直し得ないような筋肉のひきつりもなく、かすかな微笑さえ浮かべていた。午後二時になると、今後友人の必要もなく、尊敬される必要もなくなるこの人に、最後の尊敬のこもつた告別をするため、友人達が集まるはずになつていた。生き残つた家族の誰彼は、時々てんでに棺のそばへ近より、ガラスの下の、静かな死顔をみて涙《なみだ》を流した。いくら涙を流しても、彼らじしんのためにもならねば死人のためにもならぬのだが、死という事実に直面した彼らには、理屈もなければ、哲学もないのであつた。  やがて、二時ちかくなると、ぼつぼつ友人たちが到着しはじめた。彼らはうちしおれた遺族に、こんな場合のおきまりの悔みの言葉をのべたあとで、この儀式における、自分の位置の重大さを意識しながら厳粛な態度で座席にすわつた。牧師が堂々と姿を現わすと、ほかの人たちが、急に取るに足らぬ小さい存在のように思われだした。牧師についで部屋に入つたのは未亡人だつた。未亡人が現れると、悲しみの気分が満ちあふれた。かの女は死んだ良人のひつぎのそばに歩みよりちよつと冷たいガラスを覗いて、それから静かに娘のそばへ導かれた。やがて、牧師が、低く、物悲しげに、故人に讃辞を呈しはじめる。寄せてはかえすうら淋しい海の波のように、高くなつたり、低くなつたりするその声に誘われて、ここそこに、啜り泣きの声が聞こえだした。牧師の言葉とともに、鬱陶しかつた日は、いつそう薄暗くなり、黒雲が低くおおいかぶさつて、ポツリポツリと雨の音さえ聞こえはじめ、この世のあらゆるものが、ジョン・モートンスンの死を、嘆いて、泣いているように思われた。  牧師の讃辞につづいて、祈祷がおこなわれ、それから一同が讃美歌をうたいだすと、棺を担《かつ》ぐ男たちが、台のそばに集まつた。だが、讃美歌の最後の余韻が消えかかると、だしぬけに未亡人が棺に走りよりヒステリーのように烈しく泣きだした。かの女はなだめられて泣くのをやめ、牧師につれられて、もとの位置に帰りかけたが、最後までガラス越しに見える良人の死顔から、目を離そうとしなかつた。そして両手をあげ、叫声を立てたと思うと、ぱつたり喪心して、仰向けに倒れてしまつた。  弔問客や友人たちは、棺を取りかこむようにして集まつた。マントルピースの上の時計が、おごそかに三時を打つと、一同がジョン・モートンスンの死顔に、最後の一瞥をくれた。  陰気な顔で、彼らが、棺のそばを離れる時のことだつた。恐ろしい死顔を見て、いささか慌てたせいか、一人の男が、ごつんと棺に衝突して、弱い台の脚を、一本倒してしまつた。その拍子に、どさんと棺が床に落ち、微塵にガラスがこわれてしまつた。  すると、そのガラスのこわれたところから、ジョン・モートンスンの飼猫がのつそりはいだして、ものうげに床に飛びおりて坐つたと思うと、静かに真つ赤に染つた口のあたりを前足でふいて、悠々部屋から出ていつた。 底本:「宝石五月号」岩谷書店    1954(昭和29)年5月1日 ※底本は新字新かなづかいです。なお拗音・促音の大書きと小書きの混在は、底本通りです。 入力:sogo 校正: YYYY年MM月DD日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。