いばら姫 グリム兄弟 Bruder Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)願《ねが》い [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)つむ[#「つむ」に丸傍点] -------------------------------------------------------  ずっとずっと、昔のこと、王さまとおきさきさまがいました。  ふたりは、毎日 毎日、「ああ、子どもがひとり ほしいものだ。」と、いっていました。  けれども、いつまでたっても、子どもはさずかりませんでした。  ある日、おきさきさまは水をあびていました。すると、一ぴきのカエルが、水のなかからはいあがってきて、おきさきさまにいいました。 「あなたの願《ねが》いはかなえられます。一年たたないうちに、お姫さまがお生まれになりますよ。」  カエルのいったことは、ほんとうでした。おきさきさまは、女の子をお生みになりました。  その子は、それはそれは、かわいらしいお姫さまでしたので、王さまはおおよろこびで、りっぱなお祝《いわ》いの会をひらきました。そのお祝いの会には、親類《しんるい》の人やお友だちや、知りあいの人たちばかりでなく、うらないをする女たちもまねきました。うらない女に、かわいい娘《むすめ》が一生《いっしょう》しあわせにすごせるようなうらないを、してもらいたかったからです。  さて、この国には、十三人のうらない女がおりました。ところが、この女たちにごちそうをよそってだす金のお皿《さら》は、十二枚しかありません。そのため、ひとりだけはよばれませんでした。  お祝いの会は、それはそれはにぎやかでした。宴会《えんかい》がすむと、うらない女たちは、お姫さまに、それぞれふしぎな贈《おく》り物《もの》をしました。ひとりの女は、徳《とく》を贈りました。もうひとりは、美《うつく》しさを贈りました。それから、三番めの女は、富《とみ》を贈りました。こういうぐあいに、この世の中で人がほしいと思うものは、のこらず贈ったのでした。  こうして、十一番めのうらない女が、おまじないの言葉をいい終《お》わったとき、とつぜん、十三番めの女がはいってきました。この女は、自分だけがよばれなかったうらみを晴《は》らそうと、やってきたのでした。この女は、だれにもあいさつせず、だれにも目もくれず、いきなり、 「姫は、十五の年に、つむ[#「つむ」に丸傍点]にさされて死んでしまうぞよ。」と、大声にさけびました。  こういい終わると、あとはなにもいわずに、くるりと背《せ》を向《む》けて、広間をでていってしまいました。だれもかれもが、びっくりしました。  そのとき、十二番めのうらない女が進《すす》みでました。この人だけは、まだ、贈り物のまじないをしていなかったのです。と、いっても、今ののろいのまじないを、とり消《け》すことはできません。ただ、その力を弱くすることができるだけでした。このうらない女は、 「お姫さまは、ほんとうに死《し》んでしまうのではありません。百年のあいだ、ぐっすりねむりつづけるのです。」と、いいました。  王さまは、かわいいお姫さまを、不幸《ふこう》な目にあわせまいと思いました。そこで、 「つむ[#「つむ」に丸傍点]は、のこらず焼きすててしまえ。」と、いいつけました。  ところで、うらない女たちの贈《おく》り物《もの》は、みんなほんとうになりました。どんな人でも、お姫さまをひと目見れば、かわいくてたまらなくなりました。それほど、お姫さまは美《うつく》しく、しとやかで、やさしく、そのうえ りこうだったのです。  やがて、お姫さまは十五になりました。ちょうどその日、王さまとおきさきさまはでかけて、お姫さまだけがお城《しろ》にのこっていました。  お姫さまは、お城のなかを、すみからすみまで歩きまわって、気の向《む》くままに、あっちの部屋《へや》を見たり、こっちの部屋を見たりしていました。そして、いちばん最後《さいご》に、ひとつの古い塔《とう》のところへきました。せまい階段《かいだん》をのぼっていくと、小さな戸のまえにでました。見ると、鍵穴《かぎあな》にはさびた鍵がささっています。お姫さまは、その鍵をまわしました。すると、戸が、ぱっとあきました。  小さい部屋のなかには、ひとりのおばあさんがすわっていました。おばあさんはつむ[#「つむ」に丸傍点]をもって、せっせと麻《あさ》をつむいでいました。 「こんにちは、おばあさん。そこで、なにをしているの。」と、お姫さまはたずねました。 「糸をつむいでいるのだよ。」 と、おばあさんはいって、うなずきました。 「そこで、とってもおもしろそうに、とびまわっているのは、なあに。」  こうききながら、お姫さまは、つむ[#「つむ」に丸傍点]を手にとって、自分もつむいでみようとしました。ところが、つむ[#「つむ」に丸傍点]に、ちょっと さわったとたん、あのまじないの言葉がほんとうになりました。お姫さまは、つむ[#「つむ」に丸傍点]で指《ゆび》をさしてしまったのです。  (いたいっ)と思ったとたん、お姫さまはそこにあったベッドにたおれて、そのまま、ぐっすり ねむりこんでしまいました。それも、お姫さまだけではありません。お城《しろ》じゅうのものが、みんな、ねむりこんでしまったのです。  王さまとおきさきさまは、ちょうどお城に帰ってきて、広間にはいったところでしたが、そこでそのまま、ねむりはじめました。お城の家来《けらい》たちも、ひとりのこらずねむりはじめました。馬小屋《うまごや》では、馬がねむりました。犬は中庭《なかにわ》でねむりました。ハトは屋根《やね》の上でねむりました。ハエは壁《かべ》にとまったままねむりました。  それだけではありません。かまどのなかで、チラチラ 燃《も》えていた火までが、じっと動《うご》かなくなって、ねむってしまいました。焼《や》き肉も、ジュウジュウ 音をたてません。  台所で働《はたら》いていた小僧《こぞう》が、なにかへまをやりました。それで、料理人が小僧の髪《かみ》の毛をつかんで、ひっぱろうとしたのですが、その手をはなして、そのままねむってしまいました。風も、ぴたりとやみました。お城のまえの木々の葉《は》も、動かなくなりました。  やがて、お城のまわりには、いばらがしげりはじめました。そして、一年 一年、とたつうちに、ずんずん高くのびて、とうとう、お城を、すっかり とりかこんでしまいました。しかもお城の上までのびていったので、もうなにひとつ、見えなくなりました。今は、屋根の上の旗《はた》さえも、どこにあるのかわかりません。 「美《うつく》しいいばら姫が、ねむりつづけているそうだ。」  こんなうわさが、国じゅうにひろまりました。お姫さまはいつのまにか、いばら姫と、よばれていたのです。  このうわさを伝《つた》え聞いて、ときおり、よその国の王子たちがたずねてきました。王子たちは、いばらの垣根《かきね》をこえて、お城のなかへはいろうとしました。けれども、はいることはできませんでした。いばらは、まるで手をもっているように、おたがいに、しっかりと組《く》みあっていたからです。王子たちは、いばらにひっかかってにげだすことができなくなり、そのまま、あわれな死《し》にかたをしてしまうのでした。  それから、長い長い年月《ねんげつ》がたちました。  あるとき、ひとりの王子が、この国にやってきました。王子は、ひとりのおじいさんから、いばらの垣根の話を聞きました。 「あのいばらの垣根の奥《おく》には、お城があるんだ。お城のなかには、いばら姫という、おどろくほど美しいお姫さまが、もう百年ものあいだ、ねむりつづけている。いやいや、お姫さまだけでなく、王さまや、おきさきさまや、そのほか、お城《しろ》の家来《けらい》たちも、みんな、ねむりつづけているんだ。」  このおじいさんは、また、自分のおじいさんから聞いたという話も、聞かせてくれました。 「今までに、いろいろな国から、おおぜいの王子たちがやってきて、いばらの垣根《かきね》をおしわけて、なかにはいろうとした。だが、みんな、いばらにひっかかって動《うご》けなくなり、とうとう、あわれな死《し》にかたをしてしまったそうな。」  この話を聞くと、若《わか》い王子はいいました。 「ぼくはこわくはない。よし、行ってみよう。その美《うつく》しいいばら姫に会《あ》ってくる。」  親切《しんせつ》なおじいさんは、なんとかして、思いとどまらせようとしました。けれども、王子は、そんな言葉には耳をかしませんでした。  ところが、その日は、みんながねむりこんだあの日から、ちょうど、百年の年月《ねんげつ》がたったときでした。そして、いばら姫が、長い長いねむりから目をさます日だったのです。  王子は、いばらの垣根に近づきました。ところが、いばらの垣根には、今日はまた、美しい大きな花が一面《いちめん》にさいているではありませんか。しかも、おどろいたことには、それがひとりでに両側《りょうがわ》にわかれて、王子をすこしもきずつけずに、通してくれるのです。そして、王子がなかへはいってしまうと、またふさがって、もとの垣根になりました。  お城の中庭《なかにわ》には、馬やぶちの猟犬《りょうけん》が、横になってねむっているのが見えました。屋根《やね》の上にはハトがとまって、小さな頭を羽の下につっこんで、寝《ね》ていました。  お城《しろ》のなかにはいりますと、ハエが壁《かべ》にとまったまま、ねむっていました。それから、台所では、料理人が小僧《こぞう》につかみかかろうとするようなかっこうで、手をふりあげていました。女中は黒いニワトリをまえにおいて、これから羽をむしろうとしていました。  王子は、なおも奥《おく》へはいっていきました。広間では、家来たちがみんな横になって、ねむっていました。そして、玉座《ぎょくざ》のそばには、王さまとおきさきさまが横になっていました。  王子は、もっともっと 奥へはいっていきました。あたりは、しーんと 静《しず》まりかえっています。自分の息《いき》が聞こえるくらいです。とうとう、王子はあの塔《とう》のところまできました。そして、いばら姫のねむっている、小さな部屋《へや》の戸をあけました。  いばら姫は、そこにねむっていました。その美しいことといったら、びっくりするほどです。王子は、お姫さまから目をはなすことができませんでした。王子は体をかがめて、お姫さまにキスをしました。と、王子がくちびるをふれたとたん、いばら姫はぱっちりと目をあけて、深《ふか》い深いねむりからさめました。そして、やさしく王子をみつめました。  それから、ふたりは、いっしょに下へおりていきました。すると、王さまが目をさましました。それから、おきさきさまも、家来《けらい》たちも、みんな目をさましました。だれもかれもがびっくりして、たがいに見つめあいました。  中庭《なかにわ》では、馬が起《お》きあがって、体をゆすぶりました。猟犬《りょうけん》がとびだしてきて、しっぽをふりました。屋根《やね》の上のハトも、羽の下からかわいい頭をだして、あたりを見まわしました。そして、野原のほうへ飛《と》んでいきました。壁《かべ》にとまっていたハエも、とびたちました。台所の火も動《うご》きだして、チラチラと燃《も》えあがり、食べものを煮《に》はじめました。焼《や》き肉も、また ジュウジュウ 音をたてはじめました。料理人が小僧《こぞう》の横っつらをなぐりつけたものですから、小僧は、きゃっ、とさけびました。女中は、ニワトリの羽をきれいにぬきとりました。  それから、王子といばら姫のご婚礼《こんれい》の式《しき》が、それはそれはりっぱにおこなわれました。  そして、ふたりは、一生《いっしょう》楽しく暮《く》らしました。 底本:「グリムの昔話(2)林の道編」童話館出版    2000(平成12年)年12月10日 第1刷    2015(平成27年)年5月20日 第15刷 底本の親本:「グリム童話全集」実業之日本社 入力:sogo 校正: YYYY年MM月DD日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。