ひとつ目、ふたつ目、三つ目 グリム兄弟 Bruder Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)娘《むすめ》が -------------------------------------------------------  昔 むかし、ひとりの女の人がいました。この人には、三人の娘《むすめ》がありました。  いちばん上の娘は、ひたいのまんなかに、目がひとつしかありませんでした。それで、みんなから、ひとつ目、とよばれていました。  二番めの娘は、ふつうの人間とおなじように、ふたつの目をもっていました。それで、ふたつ目、とよばれていました。  いちばん下の娘は、目が三つありました。それで、三つ目、とよばれていました。この娘の三番めの目は、やっぱり、ひたいのまんなかにくっついていました。  さて、ふたつ目だけは、ちょっと見たところ、ほかの人間とすこしもかわりありません。それで、きょうだいからも母親からも、きらわれていました。みんなは、ふたつ目に向《む》かって、しょっちゅう、こういうのです。 「おまえは、なんだい。目がふたつあって、まるで、いやしい人間どもとおんなじじゃないの。あたしたちのなかまじゃないよ。」  こういっては、みんなで、ふたつ目をいじめるのです。着《き》るものも、ひどい服《ふく》しかやりませんし、食べるものも、自分たちの食べのこしたものしか、やらないのです。こうして、みんなは、ふたつ目にひどいことばかりしました。  あるときのことです。ふたつ目は、野原にでてやぎの番をするように、いいつかりました。けれども、おなかがすいてたまりません。むりもないのです。姉さんも妹も、ほんのわずかの食べものしかやらないのですからね。  ふたつ目は畑の畦《あぜ》にすわって、しくしく 泣《な》きだしました。ふたつの目から、涙《なみだ》があふれてきました。やがて、涙はふたつの小川となって、ながれ落《お》ちました。泣き悲《かな》しみながら、ふたつ目は、ふと 目をあげてみました。すると、すぐそばに、ひとりの女の人が立っています。 「ふたつ目や。おまえ、なにを泣いているの。」と、その女の人がたずねました。  ふたつ目は答えました。 「だって、泣かずにはいられませんもの。あたしはふつうの人間とおなじように、目がふたつあります。それで、姉さんからも妹からも、お母さんからもきらわれて、みんなにいじめられてばかりいるんです。それに、着《き》るものもお古しかもらえませんし、食べるものだって、みんなの食べのこしたものしかもらえないんです。今日なんて、あんまりすこしでしたから、おなかがすいてすいてたまらないんです。」  すると、その女の人がいいました。 「ふたつ目や、涙《なみだ》をおふきなさい。わたくしがいいことを教えてあげますから、これからは、そんなに、おなかがすいてたまらないようなことはないでしょう。  おまえのやぎに、こういいなさい。『メエメエ やぎさん、テーブルだして』。  そうすれば、きれいな布のかかったテーブルが、すーっと、おまえのまえにでてきますよ。テーブルの上には、びっくりするほどおいしいごちそうが、たくさんたくさん、ならんでいます。おまえは、それをおなかいっぱい、食べていいんですよ。そして、食べ終《お》わったら、『メエメエ やぎさん、テーブルさげて』と、いいなさい。  そうすれば、テーブルは、すーっと消《き》えてなくなりますからね。」  こういい終わると、女の人の姿《すがた》は消えてしまいました。 (あの女の人のいったことは、ほんとかしら。まあ、いいわ。ためしてみよう。だって、おなかがすいてたまらないんですもの。)  ふたつ目はこう考えて、女の人のいったとおりに、いってみました。 「メエメエ やぎさん、テーブルだして」 と、どうでしょう。こう、いい終わるかいい終わらないうちに、もう、白い布のかかったテーブルが、目のまえにあらわれたではありませんか。テーブルの上には一枚のお皿《さら》がのっていて、それに、ナイフと、フォークと、銀《ぎん》のスプーンがついています。そして、そのまわりには、見たこともないようなすてきなごちそうが、どっさりならんでいます。そのごちそうはまだあたたかで、ホカホカと湯気《ゆげ》をたてています。まるで、たった今、台所からもってきたみたいです。ふたつ目は、自分の知っているお祈《いの》りのなかで、 「神さま。いつでも、わたしたちのお客《きゃく》さまになってくださいませ。アーメン。」 という、いちばん短《みじか》いお祈りを、おおいそぎでとなえました。  そして、さっそく、そのごちそうにかぶりつきました。  おなかがいっぱいになると、ふたつ目は、女の人におそわったとおり、 「メエメエ やぎさん、テーブルさげて」 と、いいました。  とたんに、テーブルも、それから、テーブルの上にのっていたものも、すーっと消《き》えてしまいました。(まあ、なんて、すてきなお給仕《きゅうじ》ぶりでしょう。)と、ふたつ目は思いました。もう、うれしくてうれしくて、にこにこしていました。  日が暮《く》れてから、ふたつ目は、やぎをつれて帰ってきました。せともののお皿《さら》に、ふたつ目の食事がはいっていました。姉さんと妹がいれておいてくれたのです。でも、今日は、ふたつ目は、それに手をつけませんでした。  あくる日も、ふたつ目は、また、やぎをつれて野原にでました。お弁当《べんとう》にもらってきた、パンのきれっぱしには手をつけないで、そのままにしておきました。  いちどめも、二どめも、姉さんと妹は気がつきませんでした。でも、そういうことがたびたび重《かさ》なると、とうとう、みんなも気がついて、 「ふたつ目ったら、へんねえ。ごはんにちっとも手をつけないわ。今までは、やったものは、なんでも食べてしまったのに。なにかいいものを見つけて、どこかで食べてるのにちがいないわ。」 と、いいました。  こう思うと、ふたりとも、ほんとうのことを知りたくてなりません。 「そうだわ。ふたつ目が、こんど、やぎを野原につれていくとき、あたしがいっしょについていく。」と、ひとつ目がいいました。  ひとつ目は、よく見はっていて、野原でふたつ目がなにをするか、そしてだれか、飲《の》みものや食べものを、もってきてくれる人がありはしないか、見ていようというのです。  ふたつ目が、いつものように野原にでかけようとすると、ひとつ目がそばによってきて、 「あたしも、野原へいっしょに行くよ。おまえがちゃんとやぎの番をして、草をたくさん食べさせているかどうか、見ていてやるよ。」と、いいました。  けれども、ひとつ目がおなかのなかでなにを考えているかは、ふたつ目には、ちゃんとわかっていました。それで、ふたつ目は、やぎを、たけの高い草むらのなかに追《お》いこんでおいてから、 「ねえ、ひとつ目姉さん。ここにすわりましょうよ。あたし、なにか歌をうたってあげるわ。」と、いいました。  ひとつ目は腰《こし》をおろしました。なれない道を歩いたうえに、お日さまにかんかん照《て》りつけられたので、すっかりくたびれて、ねむくなっていました。ふたつ目は、 「ひとつ目ねえさん、おきてるの。  ひとつ目ねえさん、ねているの」 と、くりかえしくりかえし、うたいました。そのうちに、ひとつ目は、たったひとつしかない目をとじて、ぐうぐう 寝《ね》てしまいました。こうなれば、もうなにをしても、見つけられる心配《しんぱい》はありません。そこでふたつ目は、 「メエメエ やぎさん、テーブルだして」 と、いいました。そして、でてきたテーブルの上のごちそうを、おなかいっぱい、食べたり飲《の》んだりしました。それから、 「メエメエ やぎさん、テーブルさげて」 と、いいました。すると、あっというまに、なにもかも消《き》えてしまいました。  そこで、ふたつ目は、ひとつ目を起《お》こして、いいました。 「ひとつ目姉さん、あなたはやぎの番をするっていってたのに、ねむってしまったのね。これじや、やぎはどこへでもにげられるわよ。もう ぼつぼつ、うちへ帰りましょうよ。」  それから、ふたりはうちへ帰りました。ふたつ目は、今日も、お皿《さら》には手をつけませんでした。でも、ひとつ目には、ふたつ目がどうしてごはんを食べようとしないのか、わけがわかりません。ですから、ひとつ目は、母親になんにも話すことができませんでした。それで、いいわけをして、「あたし、野原でねむってしまったの。」と、いいました。  あくる日、母親は、こんどは三つ目にむかって、 「今日は、おまえがいっしょにお行き。ふたつ目が、外でなにか食べるかどうか、そうして、だれか食べものや飲みものをもってきてやるかどうか、よく気をつけて見ているんだよ。こっそり食べたり飲んだりするのに、きまっているんだから。」と、いいました。  そこで、三つ目は、ふたつ目のところへ行って、 「今日は、あたしがいっしょに行くわ。あんたがちゃんとやぎの番をして、草をたくさん食べさせているかどうか、見ているわ。」と、いいました。  けれども、三つ目がおなかのなかで考えていることぐらい、ふたつ目には、ちゃんとわかっています。それで、やぎを、たけの高い草むらのなかに追《お》いこんでおいてから、 「ねえ、三つ目ちゃん。ここにすわろうよ。あたし、なにかうたってあげるわ。」と、いいました。  三つ目は腰《こし》をおろしました。うんと歩いたうえに、お日さまに照《て》りつけられたので、すっかりくたびれて、ねむくなっていました。  ふたつ目は、また、このまえとおなじ歌をうたいはじめました。 「三つ目ちゃん、おきてるの」  ところが、そのつぎに、 「三つ目ちゃん、ねているの」 と、うたわなければいけないのに、つい、うっかりして、 「ふたつ目ちゃん、ねているの」 と、うたってしまいました。そして、それを、なんどもなんども、くりかえして、 「三つ目ちゃん、おきてるの。  ふたつ目ちゃん、ねているの」 と、うたいつづけました。  それを聞いているうちに、三つ目の、三つある目のうち、ふたつはまぶたが合《あ》わさって、ねむってしまいました。ところが、三番めの目だけは、おまじないをかけられなかったものですから、ねむりませんでした。けれども、三つ目は、この目もつぶって、ねむっているようなふりをしました。でも、それは三つ目のはかりごとだったのです。ほんとうは細《ほそ》く目をあけて、なにもかも、ちゃんと見ていたのでした。  ふたつ目のほうでは、三つ目が、ぐっすり寝《ね》てしまったものと思いました。そこで、いつもの文句《もんく》をとなえました。 「メエメエ やぎさん、テーブルだして」  ふたつ目はテーブルに向《む》かって、すきなだけ、食べたり飲《の》んだりしました。それから、こんどは、テーブルが消《き》えてなくなるように、 「メエメエ やぎさん、テーブルさげて」 と、いいました。  ところが三つ目は、なにからなにまで、すっかり見ていたのです。それから、ふたつ目は、三つ目のところへ行って、三つ目を起《お》こして、いいました。 「まあ、三つ目ちゃんたら、寝《ね》てしまったの。さぞ、いい番ができたでしょうねえ。さあ、もううちへ帰りましょうよ。」  こうして、ふたりは家に帰りました。ふたつ目は、今日もまた、なんにも食べません。それを見て、三つ目は母親にいいました。 「あのなまいきなやつが、どうして、なんにも食べないのかわかったわ。あいつったら、野原へ行くとね、やぎにむかって、『メエメエ やぎさん、テーブルだして』っていうのよ。そうすると、すーっとテーブルがあらわれてくるわ。そのテーブルには、びっくりするくらいのごちそうが、いっぱいならんでるのよ。うちで食べるものなんか、くらべものにもならないわ。  それから、おなかがいっぱいになると、こんどは、『メエメエ やぎさん、テーブルさげて』っていうの。そうすると、みんな消《き》えてなくなっちまうわ。あたし、ちゃあんと見たんだから。  あいつにおまじないをかけられて、ふたつの目はねむったの。でも、いいぐあいに、ひたいのまんなかの目だけは、ねむらずにいたのよ。」  それを聞くと、母親はねたましい気持ちでいっぱいになりました。で、思わず、 「おまえって子は、あたしたちよりも楽《らく》をしようってのかい。そんなお楽しみをいつまでもさせるもんか。」と、どなりつけました。  母親は、すぐさま、牛や羊《ひつじ》をころす包丁《ほうちょう》をもってきて、やぎの心臓《しんぞう》めがけて、ぐさりとつきさしました。やぎはばったりたおれて、死《し》んでしまいました。それを見ると、ふたつ目は、悲《かな》しくて悲しくてたまりません。表《おもて》にでていって畑の畦《あぜ》にすわって、わあわあ 泣《な》きだしました。  すると、いつかの女の人が、ふいに目のまえにあらわれてきて、 「ふたつ目や。なにを泣いているの。」と、たずねました。 「だって、泣かずにはいられませんもの。あなたの教えてくださった文句《もんく》をとなえますと、あのやぎさんは、毎日 毎日、おいしいごちそうをだしてくれたんですよ。それなのに、そのやぎさんが、お母さんにころされてしまったんですもの。あたし、これからはまた、おなかがすいてすいて、つらい思いをしなくちゃなりません。」 と、ふたつ目は答えました。すると、女の人がいいました。 「ふたつ目や。それでは、あたしがいいことを教えてあげましょう。姉さんと妹にたのんで、ころされたやぎの腹《はら》わたをもらっておいで。そして、それを、門のまえの地面《じめん》のなかにうめなさい。そうすれば、今に、しあわせになれますよ。」  こういうと、女の人の姿《すがた》は消えてしまいました。  そこで、ふたつ目はうちに帰ると、姉さんと妹にむかって、 「ねえ、お願《ねが》い。あたしのやぎのどんなところでもいいから、すこしわけてちょうだい。いいところでなくてもいいわ。腹わただけでいいのよ。」と、いいました。  それを聞くと、姉さんも妹も、にやにやわらって、 「そんなものだけでいいんなら、やるよ。」と、いいました。  こうして、ふたつ目は腹わたをもらいました。そして、夜になると、女の人から教《おそ》わったとおりに、こっそり門のまえにうずめました。  あくる朝、みんないっしょに起《お》きました。みんなで門の外へでてみますと、これはまた、どうしたというのでしょう。それはそれはふしぎな美《うつく》しい木が一本、はえているではありませんか。銀《ぎん》の葉《は》がしげっていて、葉のあいだからは、金のりんごが、キラキラ 光っています。きっと、世界じゅうさがしてみても、こんなに美しくて、尊《とうと》いものはないでしょう。  けれども、こんなところに、こんなりっぱな木が、どうして、ひと晩《ばん》のうちにはえたのでしょう。だれにも、わけがわかりませんでした。ただ、ふたつ目だけは、その木がやぎの腹《はら》わたからはえでたのに、気がつきました。なぜって、その木のはえているところは、ちょうどふたつ目が、腹わたをうずめたところでしたもの。そのとき、母親がひとつ目に向《む》かって、 「おまえ、ちょっとのぼって、あの実《み》をとってきておくれ。」と、いいました。  ひとつ目は、さっそく、木にのぼっていきました。ところが、その金のりんごをつかもうとすると、枝《えだ》が、するっと 手からにげていってしまいました。なんどもなんども、やってみましたが、いくらやってもおんなじです。どんなに体をひねってみても、手をのばしてみても、どうしても、りんごはひとつもとれないのです。  そのようすを見ると、母親は、こんどは三つ目に向かって、 「三つ目や。こんどは、おまえがのぼってごらん。おまえなら目が三つもあるから、ひとつ目よりは、まわりがよく見えるだろう。」と、いいました。  そこで、ひとつ目がすべりおりてきて、かわりに、三つ目がのぼっていきました。でも、三つ目も、やっぱり うまくいきません。三つ目が、どんなにねらいをつけても、金のりんごは、にげていってしまうのです。  とうとう、母親はがまんできなくなって、自分で木にのぼっていきました。けれども、母親も、ひとつ目や三つ目とおんなじです。どうしても、りんごをつかむことができません。  そのとき、そばから、ふたつ目が、 「こんどは、あたしがのぼってみるわ。もしかすると、うまくいくかもしれないから。」と、いいました。  それを聞くと、姉さんと妹は、 「ふたつ目のおまえなんかに、なにができるもんかい。」と、大きな声でいいました。  でも、ふたつ目は、かまわずにのぼっていきました。と、どうでしょう。金のりんごは、にげるどころではありません。向こうからひとりでに、ふたつ目の手のなかに、はいってくるではありませんか。ふたつ目は、それをつぎつぎともぎとりました。そして、まえかけをいっぱいにして、おりてきました。ところが、母親は、それをみんなとりあげてしまいました。  ほんとうなら、これだけのことをしたのですから、母親もひとつ目も三つ目も、みんなで、このかわいそうなふたつ目を、まえよりも、大事《だいじ》にしてやらなければなりません。それなのに、ふたつ目だけが、りんごをうまくとることができたものですから、ねたましくてたまらないのです。それで、みんなは、まえよりももっと、ふたつ目をいじめるようになりました。  ある日、みんながいっしょに、この木のそばに立っていました。すると、ひとりの若《わか》い騎士《きし》が、通りかかりました。 「ふたつ目、早く 早く、その下におはいり。おまえがいると、あたしたちが恥《はじ》をかくじゃないの。」  ふたりのきょうだいは、こうさけぶと、木のそばにあった空《あ》きだるを、おおいそぎで、ふたつ目の頭の上に、すっぽりとかぶせてしまいました。そして、ふたつ目がもいでおいた金のりんごも、いっしょにそのなかへおしこみました。  まもなく、騎士が近づいてきました。見ると、それはそれはりっぱな人でした。騎士は馬をとめて、金と銀《ぎん》とでキラキラしている美《うつく》しい木を、うっとりとながめていました。それから、ふたりのきょうだいに向《む》かって、 「この美しい木はだれのものかね。わたしに、これをひと枝《えだ》折《お》ってくれれば、ほしいものをなんでも、お礼《れい》にあげよう。」と、いいました。  すると、ひとつ目と三つ目は、すぐに、 「この木はあたしたちのものでございます。ひと枝折ってさしあげましょう。」と、答えました。  ふたりは、すぐに枝を折ろうとしました。ところが、ふたりが、いっしょうけんめい、枝やりんごをつかまえようとしても、そのたびに、枝もりんごもにげていってしまうのです。どうしても、折りとることができません。そのようすを見て、 「この木は、おまえたちのものだということだが、おまえたちに、枝ひとつ折れないというのは、まことにふしぎだな。」と、騎士はいいました。  それでも、ふたりのきょうだいは、 「この木はあたしたちのものでございます。」と、いいはりました。  ところが、ふたりがこんなことをいっているとき、ふたつ目が、たるの下から、金のりんごをふたつ、三つ、外へころがしました。りんごは、騎士の足もとへ、ころころところがっていきました。ひとつ目と三つ目がうそばかりついているので、ふたつ目がおこって、こんなことをしたのです。  りんごを見ると、騎士はびっくりして、たずねました。 「そのりんごは、どこからころがってきたのかね。」  ひとつ目と三つ目は、 「じつは、あたしたちには、もうひとりきょうだいがおります。ただ、そのものは、ほかのいやしい人間とおなじように、目がふたつしかございません。それで、お目にかけるわけにはまいらないのです。」と、答えました。  けれども騎士《きし》は、そのふたつ目に、ぜひ会《あ》いたいと思いました。それで、 「ふたつ目や。でてきなさい。」と、よびました。  その言葉を聞くと、ふたつ目は安心《あんしん》して、たるのなかからでてきました。  騎士は、ふたつ目がたいそう美《うつく》しいのにびっくりして、 「ふたつ目、おまえなら、この木の枝《えだ》を、折《お》ってくれることができるだろうね。」と、いいました。 「はい、折ってさしあげることができると思います。この木はあたくしのものでございますから。」と、ふたつ目は答えて、木にのぼりました。  そして、美しい銀《ぎん》の葉《は》と、金の実《み》のついている枝を一本、折ってきて、騎士にわたしました。  そこで、騎士はいいました。 「ふたつ目や。お礼《れい》には、なにをあげようかね。」 「あたくしは、朝早くから夜おそくまで、おなかがすいて、のどがかわいてたまりません。そのうえ、苦《くる》しみと悲《かな》しみの、絶《た》えたことがございません。もしも、あなたさまがあたくしをおつれくださって、この苦しみからすくってくださいますなら、どんなにかうれしゅうございます。」と、ふたつ目は答えました。  そこで、騎士はふたつ目をだきあげて、自分の馬にのせ、父親のお城《しろ》につれて帰りました。  騎士は、ふたつ目に美しい服《ふく》を着《き》せ、すきなだけ、食べたり飲《の》んだりさせました。そればかりではありません。ふたつ目を、すっかり すきになりましたので、ふたつ目と結婚《けっこん》することにしました。やがて、ふたりのご婚礼《こんれい》の式《しき》があげられました。だれもかれも おおよろこびでした。  さて、ふたつ目が、美しい騎士につれられていったのを見ると、姉さんと妹は、もう、ふたつ目のしあわせがうらやましくてなりません。 (でも、いいわ。まだ、あのふしぎな木がのこっているんだもの。あの金の実をとることはできないけれど、みんながあの木のまえに立ちどまって、それから、あたしたちのところへやってきて、ほめてくれるわ。今に、あたしたちにだって、運《うん》が向《む》いてくるかもしれないわ。)と、ふたりは考えました。  ところが、あくる朝になってみますと、どうでしょう。その木はかげもかたちもないのです。これで、ふたりののぞみは、だめになってしまいました。  一方《いっぽう》、ふたつ目は、自分の小さな部屋《へや》から、表《おもて》をながめました。と、その木が、お部屋のまえにはえているではありませんか。ふたつ目は、うれしくて、思わずとびあがりました。その木は、ふたつ目のあとに、ついてきたのでした。  ふたつ目は、ながいこと、しあわせに暮《く》らしました。  あるとき、みすぼらしい女がふたり、ふたつ目のお城《しろ》へやってきました。女たちは、 「なんでも、けっこうです。どうか、おめぐみください。」と、お願《ねが》いしました。  ふたつ目は、ふと、その顔をながめました。と、どうでしょう。自分の姉さんのひとつ目と、妹の三つ目ではありませんか。ふたりは、今は、すっかり落《お》ちぶれていました。そこらを歩きまわっては、人の家のお勝手《かって》で、食べものを、めぐんでもらわなければならない身《み》の上に、なっていたのです。  でも、心のやさしいふたつ目は、ふたりを、よろこんでむかえました。そして、いろいろと親切《しんせつ》に、世話《せわ》をしてやりました。ですから、姉さんも妹も、若《わか》いころ、ふたつ目に、さんざんひどいことをしたのを、心から後悔《こうかい》しました。 底本:「グリムの昔話(2)林の道編」童話館出版    2000(平成12年)年12月10日 第1刷    2015(平成27年)年5月20日 第15刷 底本の親本:「グリム童話全集」実業之日本社 入力:sogo 校正: YYYY年MM月DD日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。