この物語について 橋爪健著 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)悲劇《ひげき》の |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)三百|余《よ》年前《ねんまえ》 -------------------------------------------------------  この物語『悲劇《ひげき》の騎士《きし》』の原題《げんだい》は、『シラノ・ド・ベルジュラック』(Cyrano de Bergerac 1897)ですが、これはまた、実際《じっさい》に生《い》きていた人《ひと》の名《な》まえでもあります。  今《いま》から三百|余《よ》年前《ねんまえ》、十七|世紀《せいき》のはじめに生《うま》れた、実在《じつざい》のシラノは、人《ひと》なみはずれた醜《みにく》い大鼻《おおはな》の持主《もちぬし》でしたが、若《わか》いころ、軍隊《ぐんたい》に入《はい》って天下無敵《てんかむてき》の剣客《けんかく》となり、かず知《し》れぬ決闘《けっとう》に勇名《ゆうめい》をうたわれました。戦争《せんそう》で負傷《ふしょう》してからは、軍人《ぐんじん》をやめ、するどい頭《あたま》とあふれる奇才《きさい》によって、一|風《ぷう》かわった喜劇《きげき》、悲劇《ひげき》、詩《し》、月世界《つきせかい》旅行記《りょこうき》などを書《か》いて、当時《とうじ》のフランス文壇《ぶんだん》に特異《とくい》の地位《ちい》をしめた人《ひと》で、これを芝居《しばい》にしたのが、この作品《さくひん》であります。 [#1字下げ]作者[#「作者」は窓中見出し]この物語の原作者《げんさくしゃ》エドモン・ロスタン(Rostnd, Edmond 1868〜1918)は、経済学者《けいざいがくしゃ》の子《こ》としてマルセイユに生《うま》れ、はじめ詩《し》から出発《しゅっぱつ》して、たくさんの劇《げき》を書《か》きましたが、一八九七|年《ねん》十二|月《がつ》、パリのポルト・サン・マルタン劇場《げきじょう》に上演《じょうえん》された『シラノ・ド・ベルジュラック』によって、フランス演劇史《えんげきし》始《はじま》って以来《いらい》の大成功《だいせいこう》をおさめ、一|躍《やく》、世界的《せかいてき》な劇作家《げきさっか》になったのであります。  その後《ご》も、動物劇《どうぶつげき》『シャトンクレール』『天《あま》かけるマルセイエーズ』などの詩劇《しげき》を発表《はっぴょう》しましたが、この『シラノ』ほど評判《ひょうばん》になったものはありませんでした。 [#1字下げ]内容[#「内容」は窓中見出し]  この物語《ものがたり》の中《なか》のシラノと、実在《じつざき》したシラノとでは、いくぶん違《ちが》ったところもありますが、大体《だいたい》はそっくりそのままで、ロスタンの見事《みごと》な脚色《きゃくしょく》によって、みにくいシラノの美《うつく》しい奇人《きじん》ぶりが、生々《いきいき》とえがかれています。  剣《けん》でも詩《し》でも弁舌《べんぜつ》でも、フランス一といわれた青年隊員《せいねんたいいん》シラノは、美《うつく》しい従妹《いとこ》のロクサーヌを心《こころ》ひそかに思《おも》いながら、自分《じぶん》のみにくい顔《かお》をはじて、少《すこ》しもその思《おも》いをうちあけず、何《なに》も知《し》らないロクサーヌと、おなじ隊員《たいいん》の美男子《びだんし》クリスチャンが愛《あい》しあうのを知《し》ると、自分《じぶん》は縁《えん》の下《した》の力持《ちからも》ちになって、二人《ふたり》を結《むす》ばせます。  そして、クリスチャンが戦死《せんし》して、ロクサーヌが修道院《しゅうどういん》へ入《はい》ってからも、十四|年間《ねんかん》、心《こころ》の秘密《ひみつ》を守《まも》りながら、彼女《かのじょ》のためにつくし、ついに目《め》に見《み》えぬ敵《てき》の悪《わる》だくみにかかって、笑《わら》って死《し》んでいったシラノ――これが、この物語《ものがたり》のあらすじです。  その美《うつく》しい犠牲的《ぎせいてき》な愛情《あいじょう》と、男《おとこ》らしい心意気《こころいき》は、フランス人《じん》ばかりでなく、世界中《せかいじゅう》の人《ひと》びとの心《こころ》を、強《つよ》くうったのであります。  この劇《げき》は、その後《ご》も世界各国《せかいかっこく》で上演《じょうえん》され、好評《こうひょう》を受《う》けていますが、日本《にほん》でも、新国劇《しんこくげき》の沢田《さわだ》正二郎《しょうじろう》が『白野《しらの》弁十郎《べんじゅうろう》』という外題《げだい》で熱演《ねつえん》してから、今《いま》でも、時《とき》どき上演《じょうえん》されて、大《だい》かっさいをあびています。 底本:「悲劇の騎士(少年少女世界の名作・92)」偕成社    1968(昭和43)年10月1日発行 入力:sogo 校正: YYYY年MM月DD日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。