先づ御誓文を遵奉せよ 添田壽一著 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)情實※[#「夕/寅」、第4水準2-5-29]縁に -------------------------------------------------------  千歳不磨の我が憲法發布せられてより、茲に三十星霜を閲するに至れり、此の秋に當り吾人亦一言なきを得ざるなり。吾人は共の當局者と在野の人士とを間はず全國民に向つて、明治天皇陛下の五箇條の御誓文を遵奉せむことを要望せざるを得ず。是れ今日まで發生せる政治的、社會的、經濟的諸種の紛擾は御誓文反戻に基因せるもの多きに居るを以てなり。 [#ここから改行天付き、折り返して1字下げ] 第一、廣く會議を興し萬機公論に決すべし。 [#ここで字下げ終わり] 不磨の大典たる帝國憲法が制定せられ、帝國議會の開設を見るに至れるは何の爲めぞや。其理由經過は何人にも明白なるに拘らず、其實行に於て意の如くならざるものあるは恐懼に堪へざるなり。帝國憲法を發布せられてより茲に三十年、未だ憲政有終の美を濟すに至らず、動もすれば帝國議會は政府の爲めに侮蔑せられ言論の自由亦拘束せらるゝを免れず。政黨も亦自重の念に乏しく、徒に政權の爭奪に焦慮し、小黨分立互に反目嫉視、常に目前の小事に汲々乎たり。國民亦憲法の實施に熱中せず、選擧權の重ずべきを知らず。國民にして憲政の運用に冷淡なる以上、如何にして憲政の實を擧げ、其の利を完くすることを得べけむや。是れ吾人が常に國民の猛省自覺を絶叫して止まざる所以なりとす。 [#ここから改行天付き、折り返して1字下げ] 第二、上下心を一にし盛に經論を行ふべし。 [#ここで字下げ終わり] 帝國獨得の長所は、萬世一系の皇室と、同一民族より成れる國民とが合して一體を成せるに在り。然るに動もすれば、君民の間を離隔せむとする作用の行はれむとするを見て、吾人は憂慮に堪へず。殊に經綸理想に至つては、官民の間殆ど見るに足るものなきを遺憾とす。擧國目前一時の細事に沒頭し、思を大局將來に致す者は頗る稀なり。此の如くにして國運の隆昌を期せむ事、所謂木に縁つて魚を求むると一般、國家の前途轉た憂惧に堪へざるものあり。 [#ここから改行天付き、折り返して1字下げ] 第三、文武一途庶民に至る迄各其の志を遂げ人心をして倦まざらしめん事を要す。 [#ここで字下げ終わり] 官民動もすれば疎隔、甚しきは行政各部の間統一を缺き、恰も群雄割據の状態に似たるものあり。民間各種事業に於ても連絡共同缺如、甚しきは反目嫉妬互に妨害排擠是れ事とせり。殊に憂ふべきは不平不滿の暗流伏在し、人心の銷沈倦怠其極に達せるに在り。鋭意人心を一新し、各方面に新人物新分子を注入し、人材登用新陳代謝の途を開くなくむば、國民の元氣益々沮喪して國運の衰頽を來すべきや必せり。 [#ここから改行天付き、折り返して1字下げ] 第四、舊來の陋習を破り天地の公道に基くべし。 [#ここで字下げ終わり] 人心日に輕佻浮薄に流れ、廉節徳義は地を拂つて去り何事も情實※[#「夕/寅」、第4水準2-5-29]縁に依りて左右せらる。請託盛に行はれて疑獄事件をも惹起し、官紀紊亂、風紀廢頽、滔々たる天下金錢萬能主義の支配する所となる。總ての事公明正大を缺き、祕密陰險に失し、國家の公事も白晝公然論議することを避け、暮夜密談によりて決せられ、公道よりは私情によりて左右せらる。然るに一度び眼を國外に放たむか、大戰開始以來列強官民の活動奮起は殊に目覺しきものあり。帝國獨り舊來の陋習を脱せず、私利私情の左右する所たらむか、如何にして今後益※[#二の字点、1-2-22]激甚なるべき個人的國家的競爭に堪へむとするか寒心せざらむと欲するも得べけむや。 [#ここから改行天付き、折り返して1字下げ] 第五、智識を世界に求め大に皇基を振起すべし。 [#ここで字下げ終わり] 洽く智識を外に求むる上に遺憾の點多きのみならず。國内に於てすら思想の發達は意の如くならず、故に國民智識の進歩は極めて遲々たり。國外より新思想を注入せむとすれば、一概に危險視して排斥せらる。實状斯の如くなる以上、世界思潮の進歩に後るゝのみならず、偏狹狷介、人心の萎縮、元氣の沮喪を釀せる、豈驚くに足らむや。須らく官民倶に此際奮然猛省、内は郎ち諸般廓清の實を擧げ、外に對しては大に皇基を振興すべきなり。此の大目的を達せんと欲せば、我固有の美風長所たる民本主義の適用を國内に局限せず、之を國外に及ばし、以て國際間の和親融和を促進し、其の恩澤を全世界の人類に普及せしむべきのみ。此くして始めて日本の使命天職を全くし、世界の平和人類の幸福に貢獻することを得む。其他勞力資本調和問題の如きに於ても、亦我固有の美風たる温情主義を以て圓滿に解決し、範を他邦に示す位の自信あるを要す。  幸か不幸か今回の歐洲大戰は世界の平和文明に向て皇基を振興するに屈竟の機會を附與せり。彼の汎獨主義の如く、暴力兵力を以て世界を征服せんとするが如きは最も排すべしと雖も、正義人道に適へる理想を以て世界の人類を裨益するは當に帝國自ら任ずべき所たり。帝國が大戰に加入し今復大陸に出兵せるも畢竟此の義に外ならず。獨國の毒手より露國々民を救ひ遙に佛白戰線の聯合軍と東西呼應して獨軍を挾撃し、以て極東をして獨禍より免れ、戰局の終熄を速かならしめむが爲め、多大の犧牲を意とせざるは、全く平和交明正義人道を念とするが爲めのみ。  殊に我日本帝國が其天職使命として努力すべきは、有形に偏せる西洋文明と、之を閑却せる東洋文明との長短相補ひ、兩文明を調和するに在るは、吾人既に之を細説せることあり。西洋文明の弊に陷り物質的自我的實益主義に偏倚せる結果は、經濟的帝國主義の採用となり、英獨經濟上の爭覇となり、終に今囘の大戰を釀成するに至れるは、事實の證明する所なり。今囘の大戰は實益崇拜に對する一種の天罰とも稱するを得べし。世界の人類をして今囘の如き大戰亂の再燃より免れしめ、眞に永續すべき平和の實現を期せむには、歐米諸國をして物質に偏せる過去の錯誤を悟らしめ、無形の靈的方面に一層重きを置かしむるの他あるべからず。此の最大使命を遂行するは、建國以來正義人道を重じ東西何れにも偏せず、常に中正の地位に立てる我帝國を措いて他に求むべからず。天下後世に對して、帝國の負ふ所斯くの如く至大、爲すべき事業、果すべき任務の至重なるに拘らず、五箇條の御誓文の各項をすら實行も得ざるが如きは、何等の爲體ぞや。官民心を一にして御誓文を遵奉し、其實行に努めむか、過去に於ける錯誤を防止し得べきは勿論、帝國自身の隆昌に資し、更に進んでは、人類の幸福、世界の文明に貢獻するを得べし。來る二月十一日は憲法發布三十年に相當するを以て盛大なる記念祝賀會が開催せらるとの事なるが、吾人は憲法發布の祝賀をなす以前に先づ以て御誓文遵奉を我が國民に強要せざるを得ず。 底本:「中外新論 二月號」株式会社中外新論社    1919(大正8)年2月1日発行 ※「今回」と「今囘」の混在は、底本通りです。 入力:sogo 校正: YYYY年MM月DD日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。