学生運動取締に関する質問 山本宣治 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)拉致《らっち》したと [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#地から2字上げ] ------------------------------------------------------- [#地から2字上げ] 昭和四年二月二十一日予算委員会 [#ここで字上げ終わり]  私の質問は文部省所管の歳出に関して、いわゆる思想善導費の諸項目に関しての質問であります。これに関しては既に川崎氏、原氏、又椎尾博士これらの諸委員からお尋ねに依りまして、これに当局がお答えになっておりまするから、それは詳細すでに熟読いたしまして、重複の点を全部省きまして、私はついこのほどまで京都帝国大学に職を奉じておった関係上、こうした問題の内容に関して、具体的事実を得る便宜があった。そうした関係上事実をあげて、それに対する文部当局の所見或いは対策を承りたいと思うのであります。それで一月二十五日の本会議でありましたが、それに文部大臣は浅原健三君の質問に答えるに、こういう言葉をもってしておられておる。そのまま読みますると「浅原君より文部大臣に向いまして、警官が神聖なる教場に乱入をいたして制服制帽のままで学生を拉致《らっち》したというような事があるが、それに対して文部大臣の権威を冒涜するようなことはないかというような、きわめて私に対してはご深切なる御質問でありました。しかし私の受けておりまする所によりますると、さようなことについては何らの報告がございませぬ。又私はさような事のないことを信じておりまするから、どうかさようにご承知を顧います」かようにお答えになっておるのでありまするが、質問当時におきましてはそれより遡りまして以前に東京帝国大学の校内において、教室において、聴講中の帝大生が教室の中から警察へ引致された。或いは正門の前において構内に入ろうとする学生があった。それを正門の傍で警官が検束したという風な事実を浅原君は指しておったものであります。一月二十五日以前の事件は私は申しませぬ。その後において今申したような事実があったのであります。去る二月一日の事であります。金沢の第四高等学校文科三年生宮島隅夫および野田薪三、滋賀政夫の三名は授業中突如広阪警察署に引致されて、一応取調べの上に帰宅せしめられたという事実があります。この三名の人の引張られたのは昨年軍事教練反対運動の急先鋒となり、又最近は軍事教練の費用の内容を明らかにせよと当局に迫った為に、常に不穏分子として当局から睨まれたからであるという風なことなのでありますが、こういう風なことで文部省の直轄学校の校内に、しかも授業中に警察官が闖入して学生を引致するという風なことはこれは当局は常態であるとお考えになりますか、まずその辺の御所見を伺いたい。 [#ここから1字下げ、折り返して2字下げ] ◇勝田国務大臣 山本君のお尋ねでありまするが、その件については未だどういう実際の状況であったかという報告は得ておりませぬが、しかし私はさような事はないと思います。これは教場で授業しおる所へそこに警官が闖入して、それをすぐ拉致するというような事柄でなくして、或いは教場において授業を受けつつあったのかも知れませぬが、これをその外に呼んで、そうしてそれを拉致したというようなことと私は信じておる。又私などの報告を得ておる所によりましても、学校の講堂だとか、教室だとか、そういう中に警官が闖入して生徒を拉致して行くということはどうもないようであります。それだけお答えしておきます。 [#ここで字下げ終わり]  ないようであるというお答えでありましたが、もしあったらどうであるかということを、今お聞きしたのでありますが、直轄学校にそういう風に警官が出入りするという事実…… [#ここから1字下げ、折り返して2字下げ] ◇堀切委員長 山本さん、もしあったらどうかという仮定であるというと事実に添わず、何ぼでも質問を発せられようになりますから…… [#ここで字下げ終わり]  それでは委員長の注意がありますから、その点差控えまして、先年京都大学におきまして寄宿舎の寄宿生が丁度留守中に、その部屋におる人の承諾も、或いは舎監の承諾も得ずしてからに臨検された事実があったのでありますが、そのたびごとにやはり学校当局と警察当局との間に、折衝がしばしば行われるという事実がある。それでこういう風な事実から出発して、つまり文部当局は前に原委員にお答えになった所などから綜合いたしましても、警察官が学校内に入ると種々望ましからぬ結果が起るから、それで代りに他の方法をもってしようとして、たとえば学生主事、生徒主事というような機関をおかれたのでありますかということをお伺いいたしておきます。 [#ここから1字下げ、折り返して2字下げ] ◇勝田国務大臣 学校といたしましては、申すまでもなく警察官吏などが学校の校内などに出入をいたすということは、これはなるべくさようなことを避けなければならぬのでありまして、学生主事或いは生徒主事の如うきものをおきましたのは、とにかく学生のきわめて純正にして、しかして青年新奇を好むというような心からいたしまして、外部の誘惑の為に或いは悪思想に流れ、又は深い淵に沈溺するというようなことをこれを指導いたして避けて行く、したがってそういうことでありますれば、警察官吏などが或いは学校或いは学生の身辺などに近づくということは、自然にこれはなくなる訳でありますから、つまり予防的に指導的にこれをやる。かようなことを申しておいた次第でございます。 [#ここで字下げ終わり]  この点に関してはすでに原委員が学生主事の任務を説明するのに、学校内において刑事巡査の如き役目をするものであるかという風な問をなされておる。これに対して文部大臣は探偵政治をやるのではない、仏の心をもってその職務を行わしめるのであるという風なご釈明があったように記憶しております。所で今学生主事なるものがどういう行跡をせられておるかということに関して、私の調査し得た所によりますると、主事が一々学生の下宿を訪問して、そうして留守中でもその部屋に入って、そうして書棚に載せてある本[#「本」は底本では「木」]を一々点検して「マルクス」「レーニン」主義に関する本はないかという風なことを一々見て廻り歩いて、つまり思想傾向を調べて歩いておるということであります。或いは又京都に起きました実例でありますが、京都大学の門前に本屋があって、その本屋に改造社の経済学全集と、日本評論社の経済学全集と、この広告が二つ並び立っておった。ところが学生主事はこの広告札の並立を見て所轄警察署にああいう風な二つの経済学全集が並び立っておる時に「マルクス」「レーニン」主義的の経済学全集の広告が大きいのは望ましからぬことであるからというので、警察署を介して本屋に注意をして、改造社の経済学全集の広告札を小さくさせて、日本評論社の経済学全集の広告を拡げさせたというような事例もある。こういうような事が任務であり、行跡であり、これが常態であるものと解釈しまして、それについて文部大臣はこういうお答えをしておられる「緊急にこれをおきましてなお数箇月にしか相なりませぬが、しかしそれらの効果はよほど挙っておるのであります」こういう風にお考えになっておりますが、よほど効果が挙ったと……でこの学校内の情勢から申しますと、今までおった学生監はたいてい坊さんか牧師か宗教趣味に富んだ人格者であって、学生生活の内密に入って一々「スパイ」をやるというような恥知らずのことはやれない。そこで学生主事生徒主事なるものが更に勇敢なる「スパイ」とし、或いは「プロヴォカツール」として、つまり平地に波瀾を起しても事件を拵えようとする一つの技術者として送られたという非難が、学生間において非常に多いのであります。そこでこの頃東京帝大、京都帝大、東北帝大等におきまして、訓育費というものが各三百円ずつ計上されておる。これは人件費旅費以外のものでありますか、どういう方面にお使いになる積りでありますか、これを伺いたいと思います。 [#ここから1字下げ、折り返して2字下げ] ◇勝田国務大臣 この訓育費につきましては、申上げる如く学生主事或いは生徒主事なる者は、とにかく学生の善良なる友達としてこれを指導し、悪い魔道に陥らせないように訓育をしていくという訳でありまするのでその間には或いは共に遠足に行くこともございましょう。或いは茶話会などを開くこともありましょう。又学生の寄宿しておる下宿屋などを訪問して、そうして歓談することもございましょう。種々なる事がありまするので、かような場合に要する若干の費用をつまりここに認めた訳であります。 [#ここで字下げ終わり]  分科会においてのお答えであったと思いまするが、文部大臣のお答えの中に、今の教育では教師は一寸学校へ首を出して講義をすればすぐ帰ってしまう。でその外につまり人格陶冶の任に当る人がないから、その点で今の教育の欠陥を補う為に、学生監以外に学生主事をおいたというようなお話であったが、これをイギリス風にイギリスの贅沢なやり方で、少数の学生に対して「チューター」をおくという風なことを意味する如くにも取れたのであるけれども、そういうことは日本においては実行不可能であります。その不可能であるという事を目標としておいでになるのではありませぬか。現在訓育費は何に使われておるかといいますると、今お話になったその外に、たとえば三大節にはその式に列した学生に饅頭を食わす、こういう事に訓育費が現に使われておる。或いは左傾の学生を一々摘発することに便宜を与えておる。右傾派に属する生徒に酒を飲ます費用に使われておる。或いは又先頃御大典の時でありますが、御大典の際に京都帝大の或る一つの部屋で学生や職員を遠ざけて、そうして何をやっておるかと窺い見るというと、活動写真の撮影であります。登場人物はどういう人であるかというと、文部省の高官であって、それが金ピカ服を着て帝大の高壮なる建築を出つ入りつしておる所を撮影しておる。そういうものが何に使われるかと非常に好奇心に駆られて或る教授が見ておった。ところが後にこれが地方の高等学校或いは青年団に送られて、めいめい学校へ行って勉強して他日立身出世をすればこういう風な大厦高楼に出入りし、こういう風な金ピカ服を着られるというような意味で、いわゆる思想善導の映画に実写されるということになっておる。そういう風な費用もこの訓育費から使われるということでありますが、そういう事だけが訓育の全部でありますか、そこをお伺いいたしたい。 [#ここから1字下げ、折り返して2字下げ] ◇勝田国務大臣 それがその全部と申す訳ではありませぬ。しかしお話のような事柄にこの訓育に関する経費を使っておるということは私はないと思います。 [#ここで字下げ終わり]  今申しておりまするのは、現在の「ブルジョア」教育の最も徹底した最高学府における問題であります、そうしてそこに学ぶ人は、この「ブルジョア」の子弟の中で最も優秀なる人のみであります。そこへ来るまでに小学中学において修身と倫理の話はうんと聴いて来て、思想善導に関しては最も完全なる条件を持ち、最も恵まれた環境の中に育って来て、なおこうした形式の訓育を必要とするという点に、文部当局は何か自信の欠乏をお感じにはならないか、この点に関して、大学内においても事実思想善導の完全に行われておるというのは――これは地方の高等学校と大都市の高等学校を比べて見ますというと、文部当局から見れば、大都市においては「ルーズ」になっておる。地方の高等学校の方が中央政府の指令が行き届いて行われておるという風にお考えになるか知れませぬが、帝国大学の進歩的な職員の中には決して地方高等学校の「ゲートル」を穿かせて訓練を盛んに行い、そうして横文字の本は精々読ませないように、新刊雑誌はまるきり読ませないというような風にした教育を決して歓迎するのではない。それは現に中央の大学の中には、学校は指して申しませぬが、僻遠の地方の学校の出身者は一高とか三高のような高等学校の出身者と、その素養においては二年三年の差異を見ておるというような実情であります。この思想善導というものは何を目標としておるかといえば、即ち危険思想にかぶれないで、そうしてできるだけ学校当局者の統治の容易いような、毒にもならなければ薬にもならぬものを目標として立っておるように見受けらるるのでありますが、これに関して弘前高等学校の最近の「ストライキ」の状勢に関して今お話になった以外に、只今「ストライキ」が起きておるという実情が目の前にある。学校の当事者が生徒に委ねられたその金を横領して何か使途不明の所に使い果した。こういう事態の前に学生はその校長のやった非違を糺弾してはいけないという風にお考えになるのでありますか。「ストライキ」に関する所見を伺いたい。 [#ここから3字下げ、折り返して4字下げ] 〔「答弁の必要なし」「大臣の発言を抑圧する必要はない」と叫びその他発言するもの多し〕 [#ここで字下げ終わり] [#ここから1字下げ、折り返して2字下げ] ◇工藤委員 議事進行です――これはお答えになった方がよろしいかと考えるのですが、この思想善導に最も影響のあるのは、やはり「ストライキ」などの問題と思います。即ち師弟の間の問題がわが国の道徳の一の根底をなすのですから、これに対して文教の重任にある当局大臣は、あなたがたはどうか知らぬが、政府はこう考えておるというてしたがってこれに善処する方法をかような席で発表するということは、もっとも適当なる機会を得たのではないかと思いますから、議事進行の上に置いて文部大臣の所見を発表することを要求いたします。 [#ここで字下げ終わり]  只今の質問の要点が確かにお分りにならないと思いますから、簡単に反復いたします。学校当事者が非違を行うたという実跡がある場合に、学生生徒はそれを糺弾してはいけないものであるか、これをお伺いいたします。 [#ここから1字下げ、折り返して2字下げ] ◇勝田国務大臣 学校の当局者が非違を行うた場合に、これを匡正する途は種々備っております。しかして学生といたしましてこれを直接に糺弾するが如きはこれを認むることは出来ませぬ。 [#ここで字下げ終わり]  所がこの頃はそういうように「ストライキ」をしては悪いということになっておりまするが、ここに居られる高官や議員諸君の青年時代を顧みてご覧になるならば、その時分において「ストライキ」の勇士であった人が必ずや多いであろうと思います。それに関して前のことは申しませぬが、その学校当局に対して、学生が非違を糺弾するのが悪いというのならば、更に学校内において当局が分裂抗争をするというのは、これは望ましいことであるか、私は事実についてお伺いするのであります。この前の通常予算第十款第二項、大東文化協会事業費補助に関して十五万円を使っておるのでありまするが、学校の中においては平沼派反平沼派というような対立があって、学校の内で教師が学生を使嗾《しそう》してそうしてその中で抗争しておるという事実がある。ところがこの文化協会なるものは東洋思想の極致を代表し、思想を涵養する機関としてかくのごとき莫大なる費用を補助しておる所であるはずなのに、そこでのべつ抗争しておる。又最近には井上哲次郎博士が杉浦氏の追悼会の席上において暴力団に襲われたというような事実これはやはり大東文化協会の内部闘争の延長と見なければならぬ。こういう風な学校内における分裂抗争がいけないというならば、十五万円の金は何故お使いになったのであるか、この点を私はお聞きしたい。 [#ここから1字下げ、折り返して2字下げ] ◇勝田国務大臣 多少学校内において教員らの間に紛擾があったというようなことは聞きました。それで学校当局者ならびにこれに関係のある人に厳命を下しまして、今日としては大津君を校長として立派に何も支障なくその校務を行っておるような次第であります。 [#ここで字下げ終わり]  それでは学校の中で学生が当局の非違を糺弾するという事は悪い。即ち学生は当局者に対して糺弾権を持たぬという風な意味のお答えでありましたが、学校はやはり他日社会に出た時の色々な訓練を受ける場所である。ところで立憲政治の本義から言えば、たとえば学生がそれぞれ人となって、衆議院議員となる。その時に当局の非違は発見しても糺弾してはいけないという風なことを、すでに学生々活の中で教え込むようになる。即ち奴隷根性を学校内部において叩込むということになると解してよろしゅうございますか。 [#ここから1字下げ、折り返して2字下げ] ◇安藤(正純)政府委員 たびたび山本君からのご質問で大臣からしばしば答弁をしておりますので、もうそう細かい事に大臣が出る必要もないと思います。私でよろしかろうと思って私から答弁をいたします。ただ今の学校の生徒に対して「ストライキ」等をどうするかと云うこと、これに対して文部省といたしましては生徒や学生が校長や教師に対しまして、或いは学校に対して「ストライキ」をやるとか、反抗運動をやるとかいうようなことを認めるなどということはもっての外の事でありまして、これは学校の規律を紊《みだ》す所以でありますから、当然そういう不穏の行動は慎しましめなければならないのであります。しかして校長と言い、教師と言い、必ずしもそれが時と場合によりましては良くない事もあるかも知れない。さような場合におきましては、又文部省――監督庁官といたしまして、当然これに対して相当の処置を行うということはこれは当然な事であります。今日の議場におきまして、生徒や学生が校長や教師に対して糺弾権があるかないかなどというご質問が出るということは、これは国民思想善導の上に意外なる御質問だと思います〔「ヒヤヒヤ」〕 [#ここで字下げ終わり]  細かい問題であるという風な政府委員のお答えでありましたが、思想善導に関しては既に貴族院において二荒伯が田中首相に思想善導の善とは何ぞやということを聞かれた時に、きわめて簡単に正しく導くという風な御話でありました。その正しくとか、善くとかいうことを申しましても、校長の言う意味と、或いは文部省当局の言う意味と、青年学生の言う意味とは、そこに盛られる内容が違うのであります。思想善導というのは具体的にお答えするならば、学生には「ストライキ」をするな、又工場労働者に対しても同じく「ストライキ」をやってはいかぬ。小作人は小作争議などをやってはいかぬ。こういう風に解してよろしいのでありますか。 [#ここから1字下げ、折り返して2字下げ] ◇安藤政府委員 簡単にお答えいたしますが、工場の労働者に対する「ストライキ」という事と、学校の生徒が校長や学校に対して「ストライキ」をやるという事とは、非常なる根柢において意味の相違があるのではなかろうかと思うのであります。これを同一に混同して「ストライキ」はどこでも行われてよろしいというような事になっては――そういう思想を抱いて居る者がだんだん多くなっては、これこそ実に国民思想振作の為の大問題ではなかろうかと思うのでありまして、私共はこういう質問がしばしばこういう席上に出るのをすこぶる遺憾とする次第である。 [#ここで字下げ終わり] [#ここから2字下げ] 〔「ヒヤヒヤ」「ノウノウ」と叫びその他発言する者多し〕 [#ここで字下げ終わり] [#ここから1字下げ、折り返して2字下げ] ◇堀切委員長 諸君に注意致します。静粛に顧いますが、しかし質問者のご質問或いはその言葉などによってなかなか委員長が努力しても静粛になりかねる事がありますから、ご注意を願いたい。たとえば、昨日の横山君のご質問の如く、本議場ではだいぶ横山君は紛擾も起された事もありますが、昨日は静粛に謹聴しておった(ヒヤヒヤ)というような訳ですから、どうぞご質問なさる方においても静粛になるようにご注意を願いたい。 [#ここで字下げ終わり]  弘前の高等学校におきまして校長の非違を発見した生徒が大会を開いてこれを糺弾した所が、その決議文を生徒主事がすぐ受取って焼払った。そうしてその時に二十五日以後の学年試験に応じない生徒は二年三年以上は全部落第とし、一年は全部放校するに決するという訓示があったということであります。こういうような事実に徴しますると、今政府委員の申された如く、温情主義的の教育がその学校の内に行われておらぬ。今日における教育は「ブルジョア」資本主義の大量教育でありまして、職業教育である。おのおの職業を得て立身出世をしよう、或いはとにかく一つの位地を得ようという為に、努力する、その間に最小時間において最大の効果を挙げようとしてやる場合に、学校というものは人格の陶冶をする機関ではなくして、知識或いは職業的訓練を最も能率よく授ける機関であるとして学生は今日行っておる。だから校長先生から人格的陶冶を加えて戴こうとは思っておらぬ。その点において学校が学生の要求を満してくれないならば、ここに種々の要求が起って来るのは当然の事である。その要求を完全に満し得ないような学校がある。ために学生主事という風ないわば一種の思想警察という風な制度を学校内に輸入して、そうして何事ぞといえば放校に処するとか或いは落第をさせるとかいう風な事を言って、学生をその圧迫の下に押しつけようとしておる。これでは決して真の教育とは言えない…… [#ここから3字下げ] 〔此時発言する者多し〕 [#ここで字下げ終わり] [#ここから2字下げ] ◇堀切委員長 静粛に、 [#ここで字下げ終わり]  殊に学生主事という風なこの「スパイ」の如きものを学校内に輸入したというのは、もはや今の学校教育が情操とか或いは温情主義とか、そういう風なものには、立ち得ないということを自ら告白し来ったものであるとこう解釈して、私はもはやこれ以上社会観或いは世界観の相違に基づく所の質問を打切ります。 底本:「現代日本記録全集12 社会と事件」筑摩書房    1970(昭和45)年4月25日初版第1刷 底本の親本:「山本宣治全集第八巻」ロゴス書院    1930(昭和5)年 入力:sogo 校正: YYYY年MM月DD日作成 青空文庫作成ファイル: 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