三人の糸くり女 グリム兄弟 Bruder Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)腹《はら》だち [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)より[#「より」に傍点] -------------------------------------------------------  むかし、あるところに、ひとりの女の子がおりました。この子はなまけもので、糸をつむぐのが大きらいでした。おかあさんがいくらいっても、どうしてもいうことをききませんでした。とうとう、おかあさんはがまんがしきれなくなって、あるとき、腹《はら》だちまぎれに女の子をぶちました。すると、女の子はわあ、わあ声をあげて、泣《な》きだしました。  ちょうどそこへ、お妃《きさき》さまが馬車《ばしゃ》にのってとおりかかりました。お妃さまは、泣き声をききつけて、馬車をとめさせました。それから、うちのなかへはいっていって、おかあさんに、 「往来《おうらい》まで泣き声がきこえますが、どうしてそんなにぶつのですか。」 と、たずねました。  するとおかあさんは、じぶんのむすめがなまけてばかりいることをひとに知られるのをはずかしく思ったものですから、こういいました。 「この子に糸くりをやめさせることができないものでございますから。この子は年がら年じゅう、糸くりをしたがっておりますが、わたくしどもは貧乏《びんぼう》で、アサを手にいれることができないのでございます。」  それをきいて、お妃《きさき》さまがこたえました。 「あたしは糸くりの音をきくのが大すきです。あの、糸車《いとぐるま》のブンブンいう音をきくぐらい、たのしいことはありません。おまえのむすめを、いますぐお城《しろ》へよこしなさい。あたしのところには、アサがたくさんありますから、すきなだけ糸くりをさせてやりましょう。」  おかあさんは心のそこからよろこびました。こうして、お妃さまは女の子をいっしょにつれていきました。  お城《しろ》へつきますと、お妃《きさき》さまは女の子を上の三つのへやにつれていきました。見れば、どのへやにもそれはそれはみごとなアサが、床《ゆか》から天井《てんじょう》までぎっしりつまっています。 「さあ、このアサをつむいでおくれ。」 と、お妃さまがいいました。 「これをのこらずつむいでしまったら、あたしのいちばん上のむすこのおよめさんにしてあげますよ。おまえは貧乏《びんぼう》ですけど、そんなことはかまいません。いっしょうけんめいせいだしてはたらくことが、なによりの嫁《よめ》入《い》りじたくですからね。」  女の子は、びっくりしてしまいました。だって、こんなにたくさんのアサでは、三百ぐらいのおばあさんになるまで、まい日朝から晩《ばん》までひっきりなしにつむいだって、とてもつむぎきれはしませんもの。女の子はひとりになりますと、しくしく泣《な》きだしました。そうして、三日のあいだ、手もうごかさずに泣《な》きつづけていました。  三日めに、お妃《きさき》さまがやってきました。お妃さまは、まだなんにもつむいでないのを見ますと、ふしぎに思いました。けれども女の子は、 「おかあさんのうちを遠くはなれてまいりましたものですから、それがとてもかなしくって、まだしごとにとりかかれなかったのでございます。」 と、いいわけをしました。  お妃《きさき》さまは、それもむりもないと思いましたが、へやをでていくときにこういいました。 「あしたは、しごとをはじめてくれなければいけませんよ。」  女の子はまたひとりになりますと、どうしていいのかわからなくなって、かなしみながら窓《まど》ぎわにあゆみよりました。すると、むこうから三人の女がやってくるのが見えました。そのうちのひとりは、ひらべったい、ひろい足のうらをしていました。もうひとりは、大きな下くちびるがあごまでぶらさがっていました。三人めの女は、はばのひろい親指《おやゆび》をしていました。  三人の女は窓のまえに立ちどまって、上を見あげて、 「どうかしたの。」 と、女の子にたずねました。  女の子は、じぶんのこまっているわけを話しました。それをききますと、三人の女たちはたすけてあげようといって、 「おまえさんがわたしたちを婚礼《こんれい》の席《せき》によんでくれてね、わたしたちのことをはずかしがらずにおばさんたちだといって、おまえさんの食卓《しょくたく》につかせてくれるなら、そのアサをかたっぱしからつむいであげよう。それも、いくらもたたないうちにやってしまうよ。」 「ええ、そうするわよ。」 と、女の子はこたえました。 「さあさあ、はいってきて、すぐにしごとをはじめてちょうだい。」  そこで、女の子は、この三人のきみょうな女たちをなかにいれて、さいしょのへやにすこしばかり場所《ばしょ》をつくってやりました。すると、女たちはそこにこしをおろして、さっそく糸をつむぎにかかりました。ひとりが糸をひきだして、車をふみました。するともうひとりが、その糸をしめらして、三人めの女がそれをぐるぐるまわして、指でうけ盤《ばん》をたたきました。そして、この女がたたくたびに、いくらかのより[#「より」に傍点]糸《いと》が下へおちました。しかもそのより糸は、まことにみごとにつむいであるのでした。  女の子は、この三人の糸くり女をかくしておいて、お妃《きさき》さまのくるたびに、つむぎあがったより糸をたくさん見せました。ですから、お妃さまは、口をきわめて女の子をほめました。  さいしょのへやがからになりますと、こんどは、二ばんめのへやにうつりました。こうして、とうとう三ばんめのへやになりましたが、これもたちまちのうちにかたづいてしまいました。そこで、三人の女は女の子におわかれをして、 「わたしたちに約束《やくそく》したことをわすれるんじゃないよ。おまえさんのしあわせになることだからね。」 と、いいました。  女の子がお妃《きさき》さまにからっぽになったへやと、より糸の大きな山を見せますと、お妃さまは婚礼《こんれい》のしたくをしました。花むこも、こんな器用《きよう》なはたらきもののおよめさんをもらうのをよろこんで、女の子のことをそれはそれはほめました。 「じつは、あたくしにはおばが三人ございます。」 と、女の子がいいました。 「いままであたくしをたいへんしんせつにしてくれておりましたので、こういうしあわせな身《み》になりましても、おばたちのことをわすれたくはございません。つきましては、おばたちを婚礼《こんれい》の席によんで、いっしょの食卓《しょくたく》につかせてやりたいと思いますが、おゆるしねがえませんでしょうか。」 「ゆるしてあげますとも。」 と、お妃《きさき》さまと花むこがいいました。  さて、いよいよおいわいがはじまりました。そのとき、みょうななりをした三人の女がはいってきました。すると、花よめは、 「おばさまがた、よくおいでくださいました。」 と、いいました。 「いやはや、どうも。」 と、花むこがいいました。 「おまえはまた、ずいぶんみっともないれんちゅうと知りあいなんだねえ。」  それから、花むこはひらべったい足をしている女のところへいって、たずねました。 「あなたは、どうしてそんなひらべったい足をしているのですか?」 「ふむからだよ、ふむからだよ。」 と、その女はこたえました。  そのつぎに、花むこはもうひとりの女のところへいってききました。 「あなたは、どうしてそんなにたれさがったくちびるをしているのですか?」 「なめるからだよ、なめるからだよ。」 と、その女はへんじをしました。  さいごに、花むこは三人めの女にたずねました。 「あなたは、どうしてそんなにはばのひろい親指《おやゆび》をしているのですか?」 「糸をまわすからだよ、糸をまわすからだよ。」 と、その女はこたえました。  それをきくと、王子《おうじ》はびっくりして、 「それなら、わたしの美しい花よめには、もうこれからは、けっしてつむぎ車《ぐるま》に手をふれさせないことにする。」 と、いいました。  おかげで、花よめはあのいやな糸くりをしないでもいいことになりました。 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社    1980(昭和55)年6月1刷    2009(平成21)年6月49刷 入力:sogo 校正: YYYY年MM月DD日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。