三まいの 鳥のはね グリム兄弟 Bruder Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)王《おう》さま [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#ここから1字下げ] -------------------------------------------------------  むかし むかし、ひとりの王《おう》さまがいました。王《おう》さまには、三人の王子《おうじ》がありました。  ふたりの王子《おうじ》はりこうで、気《き》がきいていました。ところが、三ばんめの王子《おうじ》は、ろくに口もきかない ぼんやりでした。それで、みんなから、おばかさん、とよばれていました。  王《おう》さまは、年《とし》をとって 体《からだ》もよわってきました。これでは、いつ 死《し》ぬかもしれません。 (わしの死《し》んだあと、どの王子《おうじ》に、国《くに》をつがせたらよいのかな。) と、かんがえてみました。でも、かんがえが はっきりときまりません。  そこで、王《おう》さまは、三人の王子《おうじ》にむかって、いいました。 「おまえたち、たびにいっておいで。だれでも よい。いちばん みごとなじゅうたんをもってかえったものを、わしの死《し》んだあと、この国《くに》の王《おう》さまにしよう。」  王子《おうじ》たちが、どっちへいくかで けんかをはじめてはいけません。そこで、王《おう》さまは、三人を おしろの外《そと》へつれていって、鳥《とり》の羽《はね》を三まい、空《そら》へふきとばしました。 「いいかな。おまえたちは、それぞれ鳥《とり》の羽《はね》のとんでいくほうへ、いくのだぞ。」 と、王《おう》さまはいいました。  一まいの羽《はね》は、東《ひがし》のほうへ とんでいきました。もう一まいは、西《にし》のほうへ とんでいきました。ところが、三まいめの羽《はね》だけは、まっすぐ 上にまいあがったのです。その羽《はね》は、とおくへとばないで、すぐ 地面《じめん》におちてきました。  そこで、ひとりの兄《にい》さんは、右《みぎ》のほうへいきました。もうひとりの兄《にい》さんは、左《ひだり》のほうへいきました。兄《にい》さんたちは、おばかさんをわらいました。なぜって、おばかさんは、三まいめの羽《はね》の おちてきたところに、いつまでも いなければならないんですからね。  おばかさんは、そこにすわりこんで、しょんぼりしていました。ふと 気《き》がつくと、羽《はね》のそばに、あげ戸《ど》があります。その戸《と》をあけてみると、かいだんがついています。  おばかさんは、そのかいだんをおりていきました。すると こんどは、また べつの戸《と》がありました。その戸《と》を、ドンドンと たたくと、なかで、こんなことをいっているのがきこえてきました。 [#ここから1字下げ] 「あおい ちっちゃな、むすめさん、 しわくちゃばあさん、 しわくちゃばあさんの 犬《いぬ》っころ、 あっちも こっちも、しわっくちゃ、 外《そと》にいるのは だれだろ。はよ おみせ。」 [#ここで字下げ終わり]  戸《と》が、すーっと あきました。みると、でぶでぶの 大きなひきがえるが一ぴき、すわっています。そのまわりには、小さなひきがえるが、うじょうじょ います。 「おまえさん、なにがほしいんだね。」と、でぶのひきがえるがききました。 「いちばん きれいで、いちばん じょうとうのじゅうたんが、ほしいんだけど。」 と、おばかさんはこたえました。  すると、でぶのひきがえるは、わかいひきがえるをよんで、いいました。 [#ここから1字下げ] 「あおい ちっちゃな、むすめさん、 しわくちゃばあさん、 しわくちゃばあさんの 犬《いぬ》っころ、 あっちも こっちも、しわっくちゃ、 大きなはこを もってきな。」 [#ここで字下げ終わり]  わかいひきがえるは、はこをもってきました。でぶのひきがえるは、はこをあけました。なかから、一まいのじゅうたんをとりだして、おばかさんにくれました。  なんともいえないほど うつくしい、みごとなじゅうたんです。この世《よ》の中では、とうてい だれにも おることができないような、りっぱなじゅうたんです。おばかさんは、ひきがえるに おれいをいって、上にのぼっていきました。  ところで、ふたりの兄《にい》さんは、まえから、いちばん下のおとうとを まぬけだ、とおもっていました。 (あいつなんかには、なんにも みつかりっこない。なんにも もってきやしないさ。) と、きめこんでいました。しかも、ふたりは、 「そんなものをさがすのに、ほねをおるなんて ばかくさい。」 と、いうしまつ。ばったり であった ひつじかいのおかみさんから、ごわごわの毛布《もうふ》をはぎとって、それを、王《おう》さまのところへ もってかえってきました。  ちょうど、そのとき、おばかさんもかえってきました。おばかさんは、王《おう》さまのまえに、うつくしいじゅうたんを さしだしました。  王《おう》さまは、それをみると、びっくりしました。 「これほど みごとなじゅうたんを もってきたとは、かんしんだ。  では、やくそくどおり、この国《くに》は、いちばん下の王子《おうじ》のものとするぞ。」 と、いいました。ところが、ふたりの兄《にい》さんが、だまってはいません。 「いいですか。あのばかものは、なにをやらせても、どこか ぬけているんですよ。あんなのが、王《おう》さまになれるもんですか。どうか、もうひとつ、あたらしいもんだいをだしてください。」と、お父さんに、うるさく、たのみました。  そこで、王《おう》さまは、こういいました。 「いちばん うつくしいゆびわを もってかえったものに、この国《くに》をゆずるとしよう。」  王《おう》さまは、また 三人のきょうだいを、おしろの外《そと》へつれていきました。  そして、三まいの鳥《とり》の羽《はね》を、空《そら》にふきとばしました。  三人は、それぞれ、その羽《はね》のとんでいくほうへ、でかけることにしました。  ふたりの兄《にい》さんは、こんども、ひとりは 東《ひがし》へ、ひとりは 西《にし》へ、いきました。  おばかさんの羽《はね》だけは、まっすぐ上に まいあがりました。それからまた、いつかの戸《と》のそばへ、おちてきました。おばかさんは、またもや、あの でぶのひきがえるのところへ、おりていきました。 「いちばん うつくしいゆびわが、ほしいんだけど。」と、ひきがえるにはなしました。  でぶのひきがえるは、すぐに、大きなはこをもってこさせました。はこのなかから、ひとつのゆびわをとりだして、おばかさんにやりました。そのゆびわは宝石《ほうせき》で、きらきらひかっています。なんともいえない うつくしさです。この世《よ》の中では、かざりものをつくる どんなしょくにんでも、とうてい つくれそうもない、うつくしいゆびわです。  いっぽう、ふたりの兄《にい》さんは、おばかさんが、金《きん》のゆびわを さがすつもりでいるのをみて、げらげら わらいました。そのくせ、じぶんたちは なんにもしません。ただ、車《くるま》のふるいわ[#「わ」に丸傍点]から、くぎをぬきとってきただけでした。  そして、それを 王《おう》さまのまえに、もっていったのです。  おばかさんのほうは、金《きん》のゆびわを、王《おう》さまにさしだしました。  そこで、お父さんは、またまた、 「国《くに》は、いちばん下の王子《おうじ》のものとする。」と、いいました。  ふたりの兄《にい》さんは、またしても しょうちしません。いつまでもいつまでも、王《おう》さまに、うるさくせがみました。  王《おう》さまも、とうとう まけて、さいごに もういちど、三つめのもんだいをだしました。 「いちばん きれいなよめを、つれてかえってきたものに、国《くに》をゆずろう。」  王《おう》さまは、こう いうと、こんどもまた、三まいの鳥《とり》の羽《はね》を、空《そら》にふきとばしました。  羽《はね》は、まえの二かいとおなじように、とびました。  そこで、おばかさんは、すぐに、でぶのひきがえるのところへ おりていって、 「こんどは、いちばん きれいなおよめさんを、つれてかえるんだよ。」と、いいました。 「おやおや、いちばん きれいなおよめさんだって。それは、すぐには あげられないよ。でも、きっと あげるから、あんしんしておいで。」  こう いうと、でぶのひきがえるは、ふしぎなものをくれました。なんと それは、なかをくりぬいたにんじんを ひっぱっている、六ぴきのはつかねずみです。  おばかさんは、すっかり しょげてしまいました。 「こんなもの、なんにもなりゃしないよ。」と、いいました。 「まあまあ、そういわずに、わたしの 小さいひきがえるを、一ぴき そのなかへいれてごらんよ。」と、でぶのひきがえるはいいました。  おばかさんは、まるくかたまっている 小さなひきがえるのなかから、いいかげんに、一ぴきつかみだしました。そして、それを、にんじんのなかにいれてみました。  ところが、いれたとたんに、そのひきがえるが、びっくりするほど うつくしいおひめさまに、かわってしまったではありませんか。しかも、そればかりではありません。にんじんは馬車《ばしゃ》になりました。六ぴきのはつかねずみは、六とうの馬《うま》にかわったのです。  おばかさんは、おひめさまにキスをしました。それから、六とうの馬《うま》に 馬車《ばしゃ》をひかせて、おひめさまを、王《おう》さまのところへつれていきました。  兄《にい》さんたちは、あとから もどってきました。ふたりとも、うつくしいおよめさんをさがすために、ほねをおったりは しませんでした。ただ、いきなりであった お百《ひゃく》しょうの女を、つれてきたのです。  王《おう》さまは、おひめさまをひと目みただけで、 「わしの死《し》んだあと、この国《くに》は、いちばん下の王子《おうじ》のものだ。」と、いいました。  ところが、ふたりの兄《にい》さんは、またまた もんくをいいだしました。王《おう》さまの耳《みみ》が きこえなくなるくらいの大声《おおごえ》で、わめきたてるのです。 「おばかさんが 王《おう》さまになるなんて、そんなこと しょうちできません。」  そして、こんなことをいいだしました。 「広間《ひろま》のまんなかに わ[#「わ」に丸傍点]をぶらさげて、そのわ[#「わ」に丸傍点]を、つれてきた女たちに とびぬけさせてください。うまくとびぬけた女を つれてきたものがかち、ということにしてください。」  ふたりは、おなかのなかで、こう かんがえていたのです (百《ひゃく》しょう女なら、うまく とぶだろう。体《からだ》がじょうぶだからな。しかし、あんな きゃしゃなおひめさまが とんだりしたら、いっぺんに 死《し》んじまうだろう。)  年《とし》とった王《おう》さまは、このとびくらべも おゆるしになりました。  まっさきに、ふたりの百《ひゃく》しょう女がとびました。ふたりとも、うまく わ[#「わ」に丸傍点]をとびぬけました。ところが、体《からだ》が どたどた しています。で、とんだひょうしに、どたりと たおれて、ぶかっこうなうでと足《あし》とを、おってしまいました。  こんどは、おばかさんのつれてきた、うつくしいおひめさまがとびました。まるで、めじかのように、かるがると とびぬけました。これでは もう、もんくのつけようが ありません。こうして、おばかさんは、王《おう》さまのかんむりをいただいて、ながいあいだ かしこく 国《くに》をおさめました。 底本:「グリムの昔話(1)野の道編」童話館出版    2000(平成12年)年10月20日 第1刷    2014(平成26年)年8月20日 第14刷 底本の親本:「グリム童話全集」実業之日本社 ※底本は表題に「三まいの 鳥《とり》のはね」とルビがふってあります。 入力:sogo 校正: YYYY年MM月DD日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。