十二人の狩人 グリム兄弟 Bruder Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)愛《あい》して -------------------------------------------------------  昔 むかし、あるところに、ひとりの王子がいました。王子には、いいなずけの王女がありました。その王女を王子は心から愛《あい》していました。王女のそばで王子は、毎日、たいそう楽しくすごしていました。ところが、そこへ、たいへんな知らせがきました。王子の父親が病気で今にも死にそうだ、というのです。そして、死ぬまえに王子にひとめ会いたい、というのです。  この知らせを聞くと、王子は愛《いと》しくてならない王女に向かって、こう言いました。 「ぼくは、おまえをここに残《のこ》してでかけなければならない。だから、ぼくの思い出として指輪をあげておくよ。今に王さまになったら、きっと、おまえを連れにもどってくるからね。」  こう言うと、王子は馬に乗ってでかけました。父親のもとへついてみると、病気はとても重く、今にも死にそうでした。父親は王子を見ると、 「ああ、王子よ。よくもどってきてくれた。わしは死ぬまえに、もう一度、おまえの顔が見たかったのだよ。どうか、わしの望《のぞ》みどおりにお嫁《およ》さんをもらうと、約束しておくれ。」 と、言いました。そして、ある王女の名前をあげて、 「その王女をお妃《きさき》にむかえておくれ。」と、言いました。  王子は、父親の病気が重いので、悲しくて悲しくてなりません。それで、深く考えもしないで、 「はい、お父さん。お父さんのおっしゃるとおりにいたします。」と、返事をしました。  この言葉を聞くと、王さまは目をつぶって、それなり、息をひきとりました。  そこで、王子が王さまになり、そのおふれが国じゅうに知らされました。やがて、喪《も》の期間が過《す》ぎました。新しい王さまは父親との約束を守らねばなりません。そこで、使いをやって、 「王女さまをお妃にいただきたい。」と、申しこませました。王女も承知《しょうち》しました。  このうわさが、王さまの最初のいいなずけだった別の王女の耳にはいりました。王女は、王さまの気持ちが変わったことをなげき悲しみました。そのため、すっかりやせ衰《おとろ》えてしまいました。そのようすを見て、王女の父親が言いました。 「どうして、そんなに悲しんでいるのだね。おまえの望《のぞ》むものはなんでもかなえてあげよう。」  王女はしばらく考えていましたが、こう言いました。 「お父さま。わたし、顔も姿《すがた》も背《せ》の高さもわたしにそっくりの女の子を十一人ほしいんです。」 「できるものなら、おまえの望みをかなえてあげるよ。」  こう言うと、王さまは国のすみからすみまで長いことかかって探《さが》させ、とうとう、顔も姿も背の高さも自分の娘にそっくりの女の子を、十一人見つけだしました。  十一人の娘たちは王女のまえにやってきました。王女は、狩人《かりうど》の着る着物を十二枚、そっくり同じにつくらせました。そして、十一人の娘たちにその着物を着せ、自分も十二枚目の着物を着ました。王女は父親に別れを言うと、娘たちを連れて馬に乗ってでかけました。  やがて、王女が心の底から愛《あい》している、もとのいいなずけの御殿《ごてん》にやってきました。 「狩人はお入りようではございませんか。わたしたち十二人をいっしょに使ってくださいませんか。」と、王女はたずねました。  王さまは王女を見ました。けれども、自分のいいなずけだとは気がつきませんでした。でも、そこにいる十二人はみんなきれいな人ばかりです。 「よろしい。やとってやろう。」と、王さまは答えました。  こうして、みんなは王さまの十二人の狩人になったのです。  さて、この王さまは一頭のライオンを飼《か》っていました。ところが、そのライオンというのが、それはそれは変わっているのです。なにしろ、だれかが隠《かく》していることでも秘密《ひみつ》にしていることでも、このライオンにはちゃんとわかるというのですから。  さて、ある晩《ばん》のことです。 「王さまは、狩人を十二人やとったつもりでいらっしゃるんですね。」 と、そのライオンが言いだしました。 「そうだよ。あれは十二人の狩人だ。」と、王さまは答えました。 「とんでもない。あれは十二人の娘ですよ。」と、なおもライオンは言いました。 「そんなばかなことがあるものか。娘たちだという証拠《しょうこ》が見せられるか。」 と、王さまは答えました。 「王さまの隣《とな》りの部屋に、エンドウ豆をまかせてごらんなさい。そうすれば、わけありません。男なら豆の上を歩くときでも、のっしのっしと歩きますから、豆はひとつも動きません。ところが、女の子だとちょこちょこ小股《こまた》に歩いたり、足をひきずったりしますから、豆がころころころがるんですよ。」と、ライオンは言いました。  王さまはライオンの考えをおもしろいと思いました。そこで、豆をまかせてみました。ところが、王さまの家来《けらい》の中に、狩人たちと仲のいい男がいました。この男は狩人たちが試《ため》されることになったのを聞きつけたのです。そこで、さっそく狩人《かりうど》たちのところへ行って、聞いてきた話を残《のこ》らずして聞かせました。そして、 「ライオンのやつは、おまえさんたちのことを女の子だと言って、王さまをだまそうとしているんだよ。」と、言いました。  王女は家来《けらい》にお礼を言いました。それからこんどは、娘たちに向かって、 「みんな、うんとがんばって、豆をしっかり踏《ふ》みつけてちょうだい。」と、言いました。  あくる朝、王さまは十二人の狩人をお呼《よ》びになりました。みんなは豆のまいてある隣《とな》りの部屋にはいってきました。けれども、だれもかれも豆をしっかり踏みつけて、のっしのっしと歩きました。ですから、豆はひとつぶも、ころげたり動いたりはしませんでした。やがて、十二人の狩人は王さまのところからもどっていきました。すると、王さまはライオンに向かって、 「おまえはうそをついたな。みんな、男みたいに歩くじゃないか。」と、言いました。  すると、ライオンは、 「自分たちが試《ため》されることを知っていたんですよ。だから、がんばって、男みたいに歩いたんです。こんどは、糸車を十二台、隣りの部屋に運ばせておいてごらんなさい。そうすれば、みんな、そばへ寄《よ》って喜《よろこ》びますよ。男ならそんなことはしませんがね。」と、言いました。  王さまはこの考えもおもしろいと思いました。そこで、糸車を隣りの部屋に運ばせました。ところが、狩人《かりうど》たちのことをよく思っていた家来《けらい》が、また、こっそりみんなのところへ行きました。そして、この謀《はかりごと》を知らせました。そこで、王女は自分たちばかりになると、十一人の娘に向かって、「みんな、うんとがんばって、糸車のほうは見ないようにしてちょうだい。」と、言いました。  あくる朝、王さまは十二人の狩人をお呼《よ》びになりました。みんなは隣《とな》りの部屋を通りましたが、だれひとり、糸車のほうは見向きもしませんでした。  そこで王さまは、また、ライオンに言いました。 「おまえはうそをついたな。あれは男だぞ。糸車のほうは見向きもしなかったからな。」  すると、ライオンは答えました。 「自分たちが試《ため》されることを知っていたんですよ。だから、がんばって、見ないようにしていたんです。」  けれども、王さまは、もうライオンの言うことを信じようとはしませんでした。十二人の狩人は、いつも、王さまのおともをして狩りにでかけました。王さまは狩人たちといっしょにいればいるほど、ますます、狩人たちが好きになりました。  こうした、ある日のことです。いつものように狩りをしていると、王さまの花嫁《はなよめ》がおいでになる、という知らせがきました。それを聞くと、ほんとうのいいなずけは悲しくてたまりません。胸《むね》もはりさけそうです。とうとう気を失《うしな》って、ばったり、その場に倒《たお》れてしまいました。  王さまはかわいがっている狩人がどうかしたと思って、急いでそばへ駆《か》けよりました。そして、介抱《かいほう》しようとして、狩人のはめている手袋《てぶくろ》を脱《ぬ》がせました。と、どうでしょう。その手にはめている指輪は、自分が最初のいいなずけにわたした、あの指輪ではありませんか。顔をのぞきこんでみると、まちがいもなく自分のほんとうのいいなずけです。王さまはすっかり心を動かされて、思わずキスをしました。王女が目をあけると、王さまは、 「おまえはわたしのもの、わたしはおまえのもの。この世のどんな人もこればかりは変えられない。」と、言いました。  そして、もうひとりのいいなずけのほうへは使いをやって、 「実は、わたしにはもうお妃《きさき》があるのです。古い鍵《かぎ》が見つかれば新しい鍵はいりません。どうか、あなたのお国へお帰りください。」と、ていねいに言わせました。  それから、ご婚礼《こんれい》のお祝いをしました。あのライオンはほんとうのことを言ったわけですから、もとどおり、かわいがってもらいました。 底本:「グリムの昔話(3)森の道編」童話館出版    2001(平成13年)年4月10日 第1刷    2019(平成31年)年3月20日 第15刷 底本の親本:「グリム童話全集」実業之日本社 入力:sogo 校正: YYYY年MM月DD日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。